34 / 52
第五章:拝啓万屋御一同様
私が正義のヒーローです!
しおりを挟む
ライブハウス「スイーツ」の前ではファンが群れを成しており、αチームの三人はその中に潜り込んでいた。
健一「す、すごい人ですね、重氏」
重「本当だねぇ、健一氏。修氏もそう思わ…」
修「氏氏氏氏氏氏氏氏うるせぇなタコ!」
重「だって、そういうイメージあるじゃない」
修「氏を使ってんのはお前らだけじゃねぇかよ、ったく、にしてもコイツらどんだけ熱いんだよ。冬だっつーのに、コイツらの熱気でちっとも寒くねぇ」
重「修がアメフト見てる時より大人しいけどね」
健一「そんなに熱いんですか?」
重「もう、すごいんだから」
修「…………今日は冷えるな」
重「寒くなかったんじゃないのか!」
そのとき、会場スタッフが言った言葉に、ファン達は湯気の量を増加させた。
スタッフ「それでは、入場受付開始します! こちらから並んで、荷物検査を済ませてください!」
修「うぅ、妙に緊張するな」
重「だね……」
会場前が慌ただしくなっている頃、会場の裏にビンテージグリーンの高級車が到着した。その車の運転席には知哉、助手席には椎名、後部座席には渡の姿があった。
知哉「どうでもいいけど、この車どうしたんだよ?」
渡「姉貴に借りたんだよ」
椎名「ヘントレーだよねコレ?」
渡「えぇ」
三人が話をしていると、会場の裏口から男が出てきた。知哉と椎名は慌てて車を降り、知哉は後部座席のドアを開けた。
男「お待ちしておりました」
男は車から降りてきた渡に丁寧に頭を下げた。
渡「これはどうも」
いやらしい手つきで髪を直す渡。すでに役になりきっている。
男「どうぞこちらへ」
スーツをだらしのなく着たチンピラ風の男が三人を中へと案内する。
男「皆様には会場二階にあります、VIPルームでお楽しみいただきたく思います」
ぎこちない話し方の男は、品の良さを装った。
渡「そうですか、それで雨宮社長は?」
男「VIPルームで他のお客様方とお待ちになっております」
男と共にエレベーターで二階についた三人は、VIPルームへ歩き始めた。
知哉「……なにこれ?」
センスのない壁紙と絨毯。安いレプリカの絵画や壺。それがライブハウスの二階だった。
知哉「ある意味すごいですねぇ……」
小声で椎名に話しかける知哉。
椎名「……うん」
椎名が小声で返すと、渡も小声で間に入っていった。
渡「なんだろうね、これは……」
男「いかがされました?」
男も小声で話しかける。
渡「あれ? 聞こえてました?」
男「いえ、みなさんがヒソヒソと話をされていたので、そうしたほうが良いのかと思いまして……」
三人は思った、コイツは相当なバカなんだと。
男「えっと、VIPルームはこちらになります」
男は成金趣味のドアを開け、三人を中に通した。
渡「うわぁ……」
ワインレッドの絨毯に、ピンクの豹柄の壁紙、無駄にデカいモノクロの皮張りソファー、金縁のガラステーブル。そんなバカみたいな部屋をチープなシャンデリアが薄暗く照らしていた。が、三人は呆れるのも面倒になり、とりあえず中へ入った。
部屋の奥はステージがよく見えるようガラス張りになっていて、先に来ていたゲスな客たちが会場を覗いていた。どいつもこいつもニタニタと下品な顔で笑っていた。
雨宮「いやぁ、湊社長、お待ちしていましたよ」
事務所の社長、雨宮が笑顔で渡に話しかけてきた。湊と呼ばれた渡も笑顔で答えた。
渡「いやいや、少し遅れてしまいましたかな?」
雨宮「いえ、そんなことありませんよ」
渡「あ、一応紹介しておきましょう、これは私の秘書のようなもので姉ヶ崎といいます」
椎名「姉ヶ崎です、以後、お見知りおきを……」
雨宮「こちらこそ、よろしくどうぞ」
渡「そして、こっちの大きいのはボディーガードでして、名前は……」
雨宮「名前は?」
渡「ま、名前はいいでしょ。適当にデクノボウでもマツボックリでも、お好きなように呼んでください」
知哉「………………」
雨宮「はぁ、テキトーにですか、えーっとそれじゃ、そう、マティーニ君とでも呼びましょう」
得意げに言い放った雨宮。何でも屋の三人は必死に笑いを堪えた。
雨宮「マティーニをご存知かな?」
知哉「は、はい。たしなむ程度に……」
雨宮「それは良かった。では港さん、開演までおすわりになって待っていて下さい」
雨宮はにこやかな顔を見せて、部屋の奥へ行ってしまった。
渡「お、おいマティー……」
渡は言い終える事ができず、うつむいて声を殺しながら笑った。
知哉「やめろ、笑わすんじゃねぇよ…… バレるだろ……」
椎名「本当にやめて、が、我慢できないから……」
その頃、αチームの三人はライブハウスの中に入り、ライブが始まるのを待っていた。各々、踊りや掛け声を頭の中で繰り返していた。
重「うぅ、うまくできるか不安だ」
健一「僕もです、あの、二番目の掛け声とかつっかえちゃいそうで……」
重「そうなんだよねぇ、修は心配なことないの?」
修「会場の左端に進之助がいることが心配」
重「そうなんだよねぇ、二番目の進之助とかつっかえちゃいそうで…… ごめん修、いま何て言った?」
修「進之助のバカが会場にいるって言ってんだ!」
重「えぇ!? 進ちゃんいるの!?」
修「あぁ、俺ちょっといって話してくるから」
健一「あ、修さん!」
修「なんだい?」
健一「例のことを話すんでしたら、トイレの個室に入って筆談のほうがいいですよ」
修「なるほど、そうするよ」
修はファン達の間を行き、進之助の腕を掴むと何も言わずトイレの個室まで引っ張っていった。急の事に進之助は呆気にとられたままついていった。
進之助「お、おい! なん……」
修は声を出そうとする進之助の口を手で押さえ、個室の中に入った。そして、手帳とペンを取り出すとスラスラと書きだした。
修『人に聞かれちゃマズいから書いて説明する』
書いた文を進之助に見せると、進之助は手帳とペンを奪い取り、何やら書きだした。
進之助『なんだよまったくめんどうくせぇ』
修『いいから聞け、ってか読め、ライブの後にオークションがあんだ』
進之助『ほんとうなのかよ』
修『マジだ、んで作』
進之助『なんか考えあんのか?』
修『書いてる途中で手帳取るな!』
進之助『お前がノロノロ書いてるからだろ!』
修『言い、じゃなかった書きやがったなこの野郎!』
進之助『書いてやったよ!』
修『黙って読んでりゃいい気になりやがって!』
進之助『だまってなけりゃどうすんだ?』
修『黙るぐらい漢字で書けバカ!』
進之助『馬塵ぐらい漢字で書け馬塵!』
修『カはシカの鹿だ馬鹿! なに土付けてんだ!』
進之助『つ、土ついてる方が男らしいじゃねぇか!』
便器をはさんで熱を増す書き合い。
健一「おそいですね修さん」
重「そうだね、なにやってんだか……」
健一「あっ、戻ってきました」
トイレから戻ってきた修は、ファンの間をゴリゴリグリグリと抜けてきた。
重「遅いじゃないの! なにしてたの!」
修「あのバカが話通じねぇんだよ」
健一「修さん、重さん、ライブ始まるみたいですよ!」
会場はしだいに暗くなっていき、ファン達は身構えだした。それはVIPルームにいたゲスな客たちも同じだった。
雨宮「皆さん、そろそろ始まります。どうぞ窓に近づいて品定めを……」
渡「えぇ、じっくりと……」
胸くそ悪い気持ちを微塵も感じさせずに笑顔を見せる渡。たいした演技力だと知哉が感心していると、窓ガラスを震わすほどの音量で、ポップな、大変ポップな、イラつくほどポップな曲が流れだした。
ファン『1速・2速・3速・4速! パドルシフトくそ喰らえ!』
ファン達は掛け声、合いの手とともに踊りだした。もちろんαチームの三人も必死に踊り、声を上げる。
修「5速・6速! イキがりスポーツAT車!」
健一「シケた音の改造車! 恋にはバック必要なし!」
重「グングン高鳴る私の回転数!」
そんな三人に同情の眼差しを送る椎名。知哉はその横で、ファンの熱気に自らも熱くなってしまっていた。
知哉「いやぁ、すごいですね! これじゃ熱キョウのキョウの字が、狂うの狂の字になっちゃいますよ!」
渡「最初っから狂うって字だよバカ!」
雨宮「面白い方ですねぇ」
知哉「…………マティーニ黙ってます」
マティーニが誓いを立てたと同時に、ふるーつミントのメンバーがステージ上に現れた。
歌『恋に臆病な私 恋の縁石乗り上げるたびに サイドスカートが傷ついていくぅー それでも君に見つめられると 心のギア比がトキメキだす うっかり2速発進 それでも構わない TCなんていらない カウンター当てて恋の曲り道を ぬ・け・だ・す・の! また君にぃー 逢えたならぁー 私のぉー エキゾースト音がぁー 高鳴るぅー ブルルルンッ! ハイッ!』
ファン『ブルルルンッ! ハイッ!』
オープニング曲が終わると、ふるーつミントはアイドル特有のあいさつを始めた。
赤「勇気リンリン真っ赤な・ぷるぱ!」
緑「急な雨にも元気な・まぁたん!」
黄「もたれた心に爽やか・りもん!」
桃「ちょ、ちょっぴり照れ屋の末っ子・すもも!」
紫「甘さ控えめ大人な・ちょこ!」
ふるミン『五人合わせて、ふるーつミントです!』
その後もライブは盛り上がり続けた。が、ファン達に異変が見られ、αチームの三人はそれを肌で感じていた。
修「おい、シゲっ! なんかヤバいぞコイツら!」
重「ホント、みんな目がすわっちゃってるよ!」
そう、彼らは純粋なアイドルのファンたちではない。いかがわしい事が目当てのゲスな男たちなのだ。
健一「異様な雰囲気になってきましたね……」
修「だな」
重「だね」
VIPルームでは、雨宮がβチームと他の上客たちに商品の説明をしていた。
雨宮「赤、黄、緑、桃、紫。どの色のアイドルたちもオススメですよ?」
上客の一人が下品に口元をゆるませながら雨宮にたずねた。
上客「あのチョコちゃんはいくつなんだい?」
雨宮「チョコちゃんは21歳ですが」
上客「いやいや、スリーサイズの話だよ」
雨宮「おっと、これは失礼」
VIPルームで下品な話が続けられている間もライブは進んでいった。
二時間後、曲の他にもトークやゲームも行ったライブは残すところ一曲となっていた。
雨宮「皆さん、この曲が終わり次第、下のステージに降りてオークションを始めます。なのでこの一曲の内にどの子にするか決めておいてください」
上客達は促されるままにアイドルを見つめ続けた。βチームの三人は雨宮の言葉に緊張していた。
椎名「……いよいよですね社長」
渡「あぁ、そうだな……」
会場で踊り、声を上げ続けていたαチームはだいぶ疲れていた。
修「大丈夫か健一君?」
健一「は、はい、何とか……」
修「最後の一曲だから頑張ってくれ……」
健一「はい!」
修「シゲは大丈‥」
重「まぁーーーーーーー」
重の半開きになった口からは魂が半分出ていた。それでも、ゆっくりではあるが体は踊り続けていた。
修「大丈夫かよシゲっ!? しっかりしろ!」
慌てて重の両肩を掴み揺らす修。
重「ほ、ほぇ…… も、もう無理かなぁ……」
修「おい、しっかりしてくれよ! 最後なんだからよぉ!」
重「頑張る、頑張る……」
修「ほら、始まるぞ!」
ラストソング『純愛大四喜』が始まり、この曲も大盛り上がりのまま終わった。アイドル達はステージ上から感謝と別れの言葉をファン達に送り始めていた。しかし、それは雨宮によってすぐに中断された。
雨宮「はいはい、ふるーつミントの皆さんご苦労様でした」
VIPルームから降りてきた雨宮はβチーム含む上客達とともにステージに上がった。急な出来事にアイドル達は顔を見合わせていたが、リーダーの赤アイドル・ぷるぱが雨宮にたずねた。
ぷるぱ「社長? これはどういうことなんですか?」
雨宮「お前らは黙って立ってりゃいいんだ!」
今までに見たことが無い雨宮の姿に、アイドル達は怯え、身を寄せた。
雨宮「失礼いたしました。それでは会場の皆さん、番号札の準備はよろしいでしょうか?」
ファン達が取り出し振る白い番号札が異様な空間を作り出す。
雨宮「それでは『ふるーつミント』オークションを開催いたします!」
ライブの時より盛り上がりを見せる会場。ファンに囲まれているαチームは緊張感が高まっていた。
健一「いよいよですね……」
修「あぁ。大先生、ビデオのほうは大丈夫か?」
重「問題ないよ、撮れてるよ」
修「よし、健一君、落ち着いていけ」
健一「はい」
αチーム同様、βチームも緊張感は高まり、余念は無かった。
渡「椎名さん、撮れてますか?」
渡は小声で確認を取る。
椎名「うん、大丈夫」
渡「知ちゃん、いざとなったら頼むよ?」
知哉「あぁ、教授も柔軟しとけよ? バレないようにな」
αチームβチームともに準備は整っていた。そんな事とはつゆしらず、雨宮はオークションを進めていく。
雨宮「本来は、目玉の商品は最後にとっておくものですが、今回はいくつもあるのでいきなりやりましょう!」
雨宮が目で部下に合図を送ると、二人の部下が千代子を無理やり雨宮の横へと立たせた。嫌がる千代子は抵抗するが、男二人には敵わない。
雨宮「まずは、チョコちゃんが着ている全衣装を出品いたします!」
待ってましたと、狂ったように叫ぶファン達。
雨宮「競り落とされた方にはチョコが身につけている着衣すべてをこの場で差し上げたいと思います! それでは始めましょう10万円からスタートです!」
オークションが始まると、立て続けに札が上げられた。
健一「うわっ、えっ、どうし、うわっうわっ、千代子が、わわわ!」
オークションの急な展開に慌てふためく健一。
修「おい、落ち着けって健一君! もう少しアイツらの悪事をあぶり出さねぇといけねぇんだから! 今は耐えてくれ!」
重「いざとなったら、修に知ちゃんに教授さんが飛び出て、アイツらをコテンパンコテンパンしてくれるから!」
健一「いや、でも…… えっ、コテンパンコテンパン?」
重「そう! 修も知ちゃんも強いし、教授ちゃんもあー見えてボクシングで強いちぃ! だから万が一のことがあっても大丈夫だっちゃ!」
修「大丈夫だっちゃ! じゃねぇよバカ! 強いちぃだの、教授ちゃんだのよ! なに細かい情報出して自分は闘わないで済むようにしてんだ! ちゃんとコウスイ持ってきてんだからな? いざってなったら飲めよ!」
重「えぇ! いやでも、ずいぶんの間、ほら、変身してないし……」
健一「なんですか、そのコウスイって!」
修「昔のアニメで『光水』って水を飲んでパワーワップするのがあってよ」
健一「は、はい……」
修「この重ってのは、その『光水』をずっと硬い水って書く『硬水』だと思ってたんだよ。なんで小学一年の時に硬水なんて言葉を知ってるかは分からねぇけどよ」
健一「で、どうなるんですか、重さんが硬水を飲むと?」
修「変身すんだよ」
健一「変身!?」
修「まぁ一種の自己暗示みてぇなもんだよ。ヒーローになりきっちまってるもんだから、バカみたいに強くなんだよ、この重ってやつは」
重「でも、最後に変身したのは中一の時だし……」
修「シゲの変身があったから、あん時ひったくりと下着泥棒と食い逃げをいっぺんに捕まえられたんじゃねぇか!」
重「でも……」
修「でももヘチマもねぇ!」
二人が言い合いをしているうちにオークションの値は競り上がっていた。
健一「ちょっとお二人! オークションがどんどん進んじゃってますよ!」
健一はなんとかならないものかと、千代子のために札を上げた。
雨宮「はい! 25万円を超えました!」
進之助「チキショー、おりゃー!」
雨宮「はい、48番の紳士!」
進之助は何とか食い止めようとオークションに参加した。
知哉「おい教‥ 社長! あそこに進之助さんがいらっしゃいます!」
渡「えっ!? なにやってんだあのバカ!」
オークションは白熱していき、その金額の高さから札を上げる者も少なくなっていった。そして残ったのはゲーリー山岡の一番弟子で実演販売界の新生、進之助。
進之助「まだまだ!」
千代子の幼馴染で惣菜屋の跡取り、健一。
健一「なんのなんの!」
あこぎな商売で弱者から金を巻き上げてきたゲス、VIP客。
VIP客「安い安い!」
とにかくキョエーな男。
ファン「キョエー!」
以上の四人になった。
雨宮「ついに100万円を超えました! さぁ、他にいらっしゃいませんか? いらっしゃらなければ110番のファンの方に決まります!」
進之助「なんの、なんの……」
健一「まだまだ……」
二人は金額に驚きながらも札を上げようとしていた。が、面倒になったVIP客が高らかに宣言をしながら札を上げた。
VIP客「200万!」
200万円という金額に驚くあまり、進之助と健一は札を上げるのを忘れてしまった。そしてもう一人残っていたファンも二人同様、札を上げ損ねてしまった。
ファン「きょ、きょえ!?」
雨宮は嬉しそうに笑いながら続けた。
雨宮「35番の方が200万! 200万円です! さぁ他にいませんか? いないですね? それでは35番の方、落札です!」
その言葉を合図に雨宮の部下が木槌を得意げに鳴らした。その乾いた木槌の音のおかげで会場は我に返った。
進之助「しまった!」
健一「わっ、わっ、わっ! おさるさん! しげむさん!」
重「落ち着いて健一君! 僕らの名前まで混ざっちゃって……」
雨宮は会場のどよめきをよそに、落札者のVIP客をステージ中央へと招いた。
雨宮「どうぞ、こちらへ」
VIP客「どうもどうも」
雨宮「落札おめでとうございます」
VIP客「ありがとうございます。はい、きっかり200万」
雨宮「これはこれは、早速のお支払いありがとうございます。オイ、チョコをこっちに連れてこい」
雨宮の部下二人は、嫌がる千代子を無理やり腐河の横へ連れて行った。
VIP客「いやぁ、近くで見るともっと素敵ですねぇ」
千代子を舐め回すように見るVIP客。
VIP客「さて、それでは着ているものを全ていただきましょうか?」
雨宮「どうぞどうぞ。全てアナタのものなんですから」
VIP客「では、遠慮なく……」
千代子の体にVIP客の手が触れそうになったその時だった。
修「待て!」
ファン「待て!」
修と同時に声を上げたのは、先ほどまで『キョエー!』と叫んでいたファンの男だった。
修「いますぐその手を放せ!」
ファン「いますぐに手を放しなさい!」
同じ内容を同じタイミングで言った二人は、その時になって互いの存在を知った。
修「えっ?」
ファン「えっ?」
二人は互いの顔を見ると、驚いた顔のまま会釈をした。
修「あの、どうも……」
ファン「あっ、どうも」
修「あの、何と言えばいいのか、どちら様といいますか、その……」
ファン「あ、申し遅れました。私、若松警察署の刑事課に所属します、大岡と申します」
修「刑事さんなんですか!?」
大岡「はい、様々な犯罪行為をしている芸能事務所があるとの情報を掴みまして……」
修「なるほど、それでここに?」
大岡「えぇまぁ。失礼ですが……」
修「私はですね、若松で何でも屋をやっている者でして」
大岡「何でも屋さん!」
修「はい。まぁ依頼として請け負ったわけじゃないんですが、知人の幼馴染の女性が、悪徳な芸能事務所に…… という話を、まぁもらいまして。なんでも、現段階では警察は動けないと知人が言われたらしく、事が起きてからでは遅いということで、ここにやってきた訳なんです」
大岡「そうだったんですか! いやぁ、極秘裏に捜査を進めていましたもので、なるべく情報が漏れないよう、我々が動きやすいように『現段階では動けない』ということに……」
修「なるほど。いやぁ合点がいきました。立場は違えど、お互い大変ですねぇ」
大岡「そうですねぇ。それでも前に向かって進んでいくしかありませんものね」
修「全くです。どうです、これから一杯?」
大岡「お気持ちは嬉しいのですが、まだ仕事中なもので」
修「そうでしたそうでした。それだったら…… 今度蕎麦でもどうですか?」
大岡「蕎麦ですか! 好物なんですよ!」
修「いやぁ、いい店を知ってるんですよぉ!」
雨宮「オイ! お前ら!」
雨宮の言葉を無視して、名刺交換まで始める二人。
雨宮「ちょ、ちょっと待てコラァ! シカトしてんじゃねぇぞこの野‥」
修「うるせぇんだよこの野郎! 夏の陽にやられて干からびたバッタみたいな顔しやがって! 学だけじゃなく礼儀もねぇのかバカ!」
雨宮「ベラベラと傷つくこと言いやがって! おう、お前ら!」
雨宮の声に反応して、手下のチンピラたちがステージ脇から十数人ほど出てきた。
雨宮「このバカども全員、皆殺しに‥」
修「全員、皆殺し? 右に右折するみたいに言いやがって、バカはお前なんだよ!」
雨宮「くっそぉ! やっちまえ!」
雨宮が叫ぶと、会場のいたるところから更に手下たちが大勢出てきた。急な事態に恐れをなしたファン達は会場の端により、αチームと大岡は手下たちに囲まれる形となってしまった。
修「よし、健一君、頼んだぞ?」
健一「はい!」
様子を見ていた渡と知哉は同時に動いた。
渡「3・2・1……」
知哉「ゴー」
知哉は勢いよく走り出すと、千代子を左右から押さえつけている男二人を、足を左右に広げたドロップキックで吹き飛ばした。
雨宮「なっ!?」
渡「ほいっ、ほいっ、ほいっと! ついでにほいっと!」
渡はその隙に、鋭いステップインと左右のショートフックを使って、他のメンバー近くの四人のチンピラを叩き伏せる。
二つの出来事で生じた少しの間に、健一と進之助は千代子を、椎名は他のメンバーのもとに駆け寄り、ステージ後方で一塊となって体勢を整えた。さらに、その動きに機転を利かせた大岡は、同じくファンに紛れ込ませていた部下五人を素早くステージ後方に配置した。
雨宮「無駄なチームワーク見せやがって!」
修「あとはお前を捕まえて終りだ」
重は修に小声で話しかける。
重「修? 硬水をまだもらってないんだけど?」
修「ゴミはゴミらしく、ゴミ箱に入れてやるぜ!」
気付かない修。
大岡「諦めて、大人しくしなさい!」
雨宮「うるせぇ!」
重「ねぇ修ってば、硬水‥」
雨宮「てめぇらも何してんだ! とっととやっちまえ!」
重「ちょっと! 早くしないと始まっちゃうよ!」
修「ぐたぐた言ってねぇでさっさと来いよ、この野郎!」
重「ちょっと! 早く硬水ちょうだ‥ いぃっ!」
重に硬水が届かないまま大乱闘が始まってしまった。
修「この野郎!」
相手の攻撃をさばくと同時に、裏拳に直拳をめり込ませていく修。
渡「ほいっと、ほいっと! ワンほいっと、ツーほいっと!」
まったくボクシングらしくない掛け声だが、次々にカウンターを取っていく渡。
知哉「ぬおおおっ!」
アックスボンバーで倒した相手をジャイアントスイングで他のチンピラごと吹き飛ばし、さらに起き上がってくる者にシャイニングウィザードを決め込む知哉。
進之助「ほにゃ!」
健一「くいっ!」
椎名「ぺいむっ!」
戦いに不慣れな三人ではあったが、大岡の部下と共に何とかしのいでいた。
大岡「公務執行妨害!」
大岡は次々と襲いくるチンピラ達を、用意しておいた結束バンドで瞬く間に取り押さえていく。
重「あぶ、あぶない! やめて!」
硬水をもらえず変身できない重は、会場中を走り回りながら何とかしのいでいた。
重「修! 修修修! 早く硬水! 硬水早く!」
怒号が響く会場で、重の声はかき消された。
雨宮「くっ、何だコイツら、なんでこんなに強いんだよ!」
このままでは、と思った雨宮は素早く会場の壁に近づいた。そして安物の絵画の額縁をひっくり返した。すると、そこには38口径の拳銃が取り付けられていた。
雨宮はそれを手にするや否や安全装置を外し、銃口を上に向けて一発だけ撃った。
パァンッ!
乾いた音がその場の人間の耳をつんざく。
雨宮「キレたぞこの野郎!」
敵味方関係なく銃口を向ける雨宮に、全員は乱闘をやめて距離を置いた。その時、チンピラの一人が修のバッグを蹴飛ばしてしまい、中から硬水のミネラルウォーターである『ヴォルヴォックス』のペットボトルが転げ出てしまった。
重「んぐー!」
パニック状態に陥ってしまった重は、会場が静まり返ったのにもかかわらず、ぐるぐると走り続けていた。
知哉「あのバカ……」
知哉に言われたらおしまいである。が、その時だった。転がっていたヴォルヴォックスを踏みつけた重は、見事にすってんと転んでしまった。
重「イタッ! 何よもう! あっ硬水!」
重はペットボトルを拾いフタを開けると、水をガブ飲み、あっという間に飲み干してしまった。
修「シゲ! 今は飲むな! 相手は銃を持ってんだぞ!」
雨「悠長に水なんか飲みやがって! 銃が見え‥」
重「黙れ悪党!」
普段の重からは想像できない爽やかで清々しい声が響いた。飲み終えたペットボトル片手に重はゆっくりと立ち上がる。
重「そこのお前、こっち来い」
重は近くにいたチンピラを呼びつけると、ラベルとキャップを分別したペットボトルとメガネを渡した。
重「しばしの間、俺のメガネを持っていろ」
チンピラ「は、はい……」
重「声が小さい!」
チンピラ「は、はい!」
重「よし。いいか、レンズには指一本触れるなよ?」
チンピラ「はいっ!」
重「うむ。おいキサマ! そうだ、銃なんぞ持っているキサマだ!」
重の鋭い眼光が雨宮を貫く。
重「夢や希望をうたう事務所も日陰の梨、純真可憐な乙女を食い物にしようとは断じて許せん! この俺『フォルス・スタートマン』が‥」
修「5ヤード罰退じゃねぇか……」
重「……フォルス・スタートマン改め、お色気レモンタルトマンが」
修「改めたなオイ!」
重「キサマを成敗してくれる!」
重を知っている人間以外がキョトンとしている中、雨宮は何とか我に返った。
雨宮「訳のわからねぇこと言いやがって! 銃が見えねぇのかよ!」
渡「そうだよ大先生! あぶないって!」
大岡「危険ですの下がってください!」
重「戦友よ、心配は無用…… だっ!」
言葉と共に雨宮に向かい走り出す重。いや、お色気レモンタルトマン。
雨宮「う、うわっ!」
予想していなかったお色気レモンタルトマンの動きに、雨宮は慌てて銃を撃った。
パァンッ!
重「すぅ……」
お色気レモンタルトマンは素早く反応すると忽然と姿を消した。当然、会場全体が度肝を抜かれた。
雨宮「なっ! どこへ消えた!」
辺りを見回し、血眼になって探す雨宮は、未だ経験したことのない恐怖を感じていた。そしてそれは、空中に舞うお色気レモンタルトマンの姿を発見した時、頂点に達した。
雨宮「い……」
重「ウルトラ・スーパー・ハイメガ」
空中でクルクルと様々な方向へ回転するお色気レモンタルトマン。
雨宮「う……」
重「イリーガル・フォーメーション・フルーティー」
雨宮「や、やめ……」
重「キリモミ・ヨーイング・コーキング・ハイメガ」
雨宮「ハ、ハイメガ二回目……」
重「成敗キック!」
空中の回転状態からどうやって推進力を得たのかは定かではないが、お色気レモンタルトマンは目にも止まらぬスピードで蹴りを繰り出した。そして、お色気レモンタルトマンの右足のツマ先が雨宮の眉間に触れるか触れないかのところで、お色気レモンタルトマンは一回の前方宙回転で雨宮の頭上を越え、音もなく着地した。
雨宮「ぐうぅ……」
声を漏らす雨宮をよそに、お色気レモンタルトマンは勿体ぶりながらゆっくりと立ち上がる。
重「成敗!」
正義の一言。雨宮はその言葉に反応するかのようにその場に倒れこみ爆発。七色の煙と共に木端微塵に、まぁなるわけはない。成敗キックで気絶し、その場にただ倒れこんだのだった。
重「ふんっ! 寸止めにしてやったのに礼も無しか! ……まぁいい、オイ! メガネ!」
メガネを預かっていたチンピラは、ハッと我に返ると大きな声で返事をし、大急ぎでお色気レモンタルトマンのもとへメガネを届けた。
重「ご苦労!」
と受け取ったお色気レモンタルトマンは、またしても、勿体ぶりながらゆっくりとメガネをかけた。
重「はぁーん……」
変身の影響か、その場にへたり込む重。
修「お、大岡さん! 早く!」
大岡「……え? あっ、よしっ、確保だ、確保しろ!」
大岡の部下二人が雨宮に手錠をかけると、チンピラ達も諦めたのか、抵抗をやめて大人しくなった。
渡「なんだか、前よりも強くなってなかった?」
知哉「おう、とんでもなくな?」
修「しかも、寸止めしてあれだぜ?」
その後、外で待機していた大岡の部下たちも加わり、悪徳な事務所の人間達は様々な罪状で逮捕され、ふるーつミント以外のアイドルや練習生も無事に保護された。また、進之助・健一・何でも屋達も聴取などいろいろあり、一旦落ち着けるまでに四日ほどかかってしまった。
健一「す、すごい人ですね、重氏」
重「本当だねぇ、健一氏。修氏もそう思わ…」
修「氏氏氏氏氏氏氏氏うるせぇなタコ!」
重「だって、そういうイメージあるじゃない」
修「氏を使ってんのはお前らだけじゃねぇかよ、ったく、にしてもコイツらどんだけ熱いんだよ。冬だっつーのに、コイツらの熱気でちっとも寒くねぇ」
重「修がアメフト見てる時より大人しいけどね」
健一「そんなに熱いんですか?」
重「もう、すごいんだから」
修「…………今日は冷えるな」
重「寒くなかったんじゃないのか!」
そのとき、会場スタッフが言った言葉に、ファン達は湯気の量を増加させた。
スタッフ「それでは、入場受付開始します! こちらから並んで、荷物検査を済ませてください!」
修「うぅ、妙に緊張するな」
重「だね……」
会場前が慌ただしくなっている頃、会場の裏にビンテージグリーンの高級車が到着した。その車の運転席には知哉、助手席には椎名、後部座席には渡の姿があった。
知哉「どうでもいいけど、この車どうしたんだよ?」
渡「姉貴に借りたんだよ」
椎名「ヘントレーだよねコレ?」
渡「えぇ」
三人が話をしていると、会場の裏口から男が出てきた。知哉と椎名は慌てて車を降り、知哉は後部座席のドアを開けた。
男「お待ちしておりました」
男は車から降りてきた渡に丁寧に頭を下げた。
渡「これはどうも」
いやらしい手つきで髪を直す渡。すでに役になりきっている。
男「どうぞこちらへ」
スーツをだらしのなく着たチンピラ風の男が三人を中へと案内する。
男「皆様には会場二階にあります、VIPルームでお楽しみいただきたく思います」
ぎこちない話し方の男は、品の良さを装った。
渡「そうですか、それで雨宮社長は?」
男「VIPルームで他のお客様方とお待ちになっております」
男と共にエレベーターで二階についた三人は、VIPルームへ歩き始めた。
知哉「……なにこれ?」
センスのない壁紙と絨毯。安いレプリカの絵画や壺。それがライブハウスの二階だった。
知哉「ある意味すごいですねぇ……」
小声で椎名に話しかける知哉。
椎名「……うん」
椎名が小声で返すと、渡も小声で間に入っていった。
渡「なんだろうね、これは……」
男「いかがされました?」
男も小声で話しかける。
渡「あれ? 聞こえてました?」
男「いえ、みなさんがヒソヒソと話をされていたので、そうしたほうが良いのかと思いまして……」
三人は思った、コイツは相当なバカなんだと。
男「えっと、VIPルームはこちらになります」
男は成金趣味のドアを開け、三人を中に通した。
渡「うわぁ……」
ワインレッドの絨毯に、ピンクの豹柄の壁紙、無駄にデカいモノクロの皮張りソファー、金縁のガラステーブル。そんなバカみたいな部屋をチープなシャンデリアが薄暗く照らしていた。が、三人は呆れるのも面倒になり、とりあえず中へ入った。
部屋の奥はステージがよく見えるようガラス張りになっていて、先に来ていたゲスな客たちが会場を覗いていた。どいつもこいつもニタニタと下品な顔で笑っていた。
雨宮「いやぁ、湊社長、お待ちしていましたよ」
事務所の社長、雨宮が笑顔で渡に話しかけてきた。湊と呼ばれた渡も笑顔で答えた。
渡「いやいや、少し遅れてしまいましたかな?」
雨宮「いえ、そんなことありませんよ」
渡「あ、一応紹介しておきましょう、これは私の秘書のようなもので姉ヶ崎といいます」
椎名「姉ヶ崎です、以後、お見知りおきを……」
雨宮「こちらこそ、よろしくどうぞ」
渡「そして、こっちの大きいのはボディーガードでして、名前は……」
雨宮「名前は?」
渡「ま、名前はいいでしょ。適当にデクノボウでもマツボックリでも、お好きなように呼んでください」
知哉「………………」
雨宮「はぁ、テキトーにですか、えーっとそれじゃ、そう、マティーニ君とでも呼びましょう」
得意げに言い放った雨宮。何でも屋の三人は必死に笑いを堪えた。
雨宮「マティーニをご存知かな?」
知哉「は、はい。たしなむ程度に……」
雨宮「それは良かった。では港さん、開演までおすわりになって待っていて下さい」
雨宮はにこやかな顔を見せて、部屋の奥へ行ってしまった。
渡「お、おいマティー……」
渡は言い終える事ができず、うつむいて声を殺しながら笑った。
知哉「やめろ、笑わすんじゃねぇよ…… バレるだろ……」
椎名「本当にやめて、が、我慢できないから……」
その頃、αチームの三人はライブハウスの中に入り、ライブが始まるのを待っていた。各々、踊りや掛け声を頭の中で繰り返していた。
重「うぅ、うまくできるか不安だ」
健一「僕もです、あの、二番目の掛け声とかつっかえちゃいそうで……」
重「そうなんだよねぇ、修は心配なことないの?」
修「会場の左端に進之助がいることが心配」
重「そうなんだよねぇ、二番目の進之助とかつっかえちゃいそうで…… ごめん修、いま何て言った?」
修「進之助のバカが会場にいるって言ってんだ!」
重「えぇ!? 進ちゃんいるの!?」
修「あぁ、俺ちょっといって話してくるから」
健一「あ、修さん!」
修「なんだい?」
健一「例のことを話すんでしたら、トイレの個室に入って筆談のほうがいいですよ」
修「なるほど、そうするよ」
修はファン達の間を行き、進之助の腕を掴むと何も言わずトイレの個室まで引っ張っていった。急の事に進之助は呆気にとられたままついていった。
進之助「お、おい! なん……」
修は声を出そうとする進之助の口を手で押さえ、個室の中に入った。そして、手帳とペンを取り出すとスラスラと書きだした。
修『人に聞かれちゃマズいから書いて説明する』
書いた文を進之助に見せると、進之助は手帳とペンを奪い取り、何やら書きだした。
進之助『なんだよまったくめんどうくせぇ』
修『いいから聞け、ってか読め、ライブの後にオークションがあんだ』
進之助『ほんとうなのかよ』
修『マジだ、んで作』
進之助『なんか考えあんのか?』
修『書いてる途中で手帳取るな!』
進之助『お前がノロノロ書いてるからだろ!』
修『言い、じゃなかった書きやがったなこの野郎!』
進之助『書いてやったよ!』
修『黙って読んでりゃいい気になりやがって!』
進之助『だまってなけりゃどうすんだ?』
修『黙るぐらい漢字で書けバカ!』
進之助『馬塵ぐらい漢字で書け馬塵!』
修『カはシカの鹿だ馬鹿! なに土付けてんだ!』
進之助『つ、土ついてる方が男らしいじゃねぇか!』
便器をはさんで熱を増す書き合い。
健一「おそいですね修さん」
重「そうだね、なにやってんだか……」
健一「あっ、戻ってきました」
トイレから戻ってきた修は、ファンの間をゴリゴリグリグリと抜けてきた。
重「遅いじゃないの! なにしてたの!」
修「あのバカが話通じねぇんだよ」
健一「修さん、重さん、ライブ始まるみたいですよ!」
会場はしだいに暗くなっていき、ファン達は身構えだした。それはVIPルームにいたゲスな客たちも同じだった。
雨宮「皆さん、そろそろ始まります。どうぞ窓に近づいて品定めを……」
渡「えぇ、じっくりと……」
胸くそ悪い気持ちを微塵も感じさせずに笑顔を見せる渡。たいした演技力だと知哉が感心していると、窓ガラスを震わすほどの音量で、ポップな、大変ポップな、イラつくほどポップな曲が流れだした。
ファン『1速・2速・3速・4速! パドルシフトくそ喰らえ!』
ファン達は掛け声、合いの手とともに踊りだした。もちろんαチームの三人も必死に踊り、声を上げる。
修「5速・6速! イキがりスポーツAT車!」
健一「シケた音の改造車! 恋にはバック必要なし!」
重「グングン高鳴る私の回転数!」
そんな三人に同情の眼差しを送る椎名。知哉はその横で、ファンの熱気に自らも熱くなってしまっていた。
知哉「いやぁ、すごいですね! これじゃ熱キョウのキョウの字が、狂うの狂の字になっちゃいますよ!」
渡「最初っから狂うって字だよバカ!」
雨宮「面白い方ですねぇ」
知哉「…………マティーニ黙ってます」
マティーニが誓いを立てたと同時に、ふるーつミントのメンバーがステージ上に現れた。
歌『恋に臆病な私 恋の縁石乗り上げるたびに サイドスカートが傷ついていくぅー それでも君に見つめられると 心のギア比がトキメキだす うっかり2速発進 それでも構わない TCなんていらない カウンター当てて恋の曲り道を ぬ・け・だ・す・の! また君にぃー 逢えたならぁー 私のぉー エキゾースト音がぁー 高鳴るぅー ブルルルンッ! ハイッ!』
ファン『ブルルルンッ! ハイッ!』
オープニング曲が終わると、ふるーつミントはアイドル特有のあいさつを始めた。
赤「勇気リンリン真っ赤な・ぷるぱ!」
緑「急な雨にも元気な・まぁたん!」
黄「もたれた心に爽やか・りもん!」
桃「ちょ、ちょっぴり照れ屋の末っ子・すもも!」
紫「甘さ控えめ大人な・ちょこ!」
ふるミン『五人合わせて、ふるーつミントです!』
その後もライブは盛り上がり続けた。が、ファン達に異変が見られ、αチームの三人はそれを肌で感じていた。
修「おい、シゲっ! なんかヤバいぞコイツら!」
重「ホント、みんな目がすわっちゃってるよ!」
そう、彼らは純粋なアイドルのファンたちではない。いかがわしい事が目当てのゲスな男たちなのだ。
健一「異様な雰囲気になってきましたね……」
修「だな」
重「だね」
VIPルームでは、雨宮がβチームと他の上客たちに商品の説明をしていた。
雨宮「赤、黄、緑、桃、紫。どの色のアイドルたちもオススメですよ?」
上客の一人が下品に口元をゆるませながら雨宮にたずねた。
上客「あのチョコちゃんはいくつなんだい?」
雨宮「チョコちゃんは21歳ですが」
上客「いやいや、スリーサイズの話だよ」
雨宮「おっと、これは失礼」
VIPルームで下品な話が続けられている間もライブは進んでいった。
二時間後、曲の他にもトークやゲームも行ったライブは残すところ一曲となっていた。
雨宮「皆さん、この曲が終わり次第、下のステージに降りてオークションを始めます。なのでこの一曲の内にどの子にするか決めておいてください」
上客達は促されるままにアイドルを見つめ続けた。βチームの三人は雨宮の言葉に緊張していた。
椎名「……いよいよですね社長」
渡「あぁ、そうだな……」
会場で踊り、声を上げ続けていたαチームはだいぶ疲れていた。
修「大丈夫か健一君?」
健一「は、はい、何とか……」
修「最後の一曲だから頑張ってくれ……」
健一「はい!」
修「シゲは大丈‥」
重「まぁーーーーーーー」
重の半開きになった口からは魂が半分出ていた。それでも、ゆっくりではあるが体は踊り続けていた。
修「大丈夫かよシゲっ!? しっかりしろ!」
慌てて重の両肩を掴み揺らす修。
重「ほ、ほぇ…… も、もう無理かなぁ……」
修「おい、しっかりしてくれよ! 最後なんだからよぉ!」
重「頑張る、頑張る……」
修「ほら、始まるぞ!」
ラストソング『純愛大四喜』が始まり、この曲も大盛り上がりのまま終わった。アイドル達はステージ上から感謝と別れの言葉をファン達に送り始めていた。しかし、それは雨宮によってすぐに中断された。
雨宮「はいはい、ふるーつミントの皆さんご苦労様でした」
VIPルームから降りてきた雨宮はβチーム含む上客達とともにステージに上がった。急な出来事にアイドル達は顔を見合わせていたが、リーダーの赤アイドル・ぷるぱが雨宮にたずねた。
ぷるぱ「社長? これはどういうことなんですか?」
雨宮「お前らは黙って立ってりゃいいんだ!」
今までに見たことが無い雨宮の姿に、アイドル達は怯え、身を寄せた。
雨宮「失礼いたしました。それでは会場の皆さん、番号札の準備はよろしいでしょうか?」
ファン達が取り出し振る白い番号札が異様な空間を作り出す。
雨宮「それでは『ふるーつミント』オークションを開催いたします!」
ライブの時より盛り上がりを見せる会場。ファンに囲まれているαチームは緊張感が高まっていた。
健一「いよいよですね……」
修「あぁ。大先生、ビデオのほうは大丈夫か?」
重「問題ないよ、撮れてるよ」
修「よし、健一君、落ち着いていけ」
健一「はい」
αチーム同様、βチームも緊張感は高まり、余念は無かった。
渡「椎名さん、撮れてますか?」
渡は小声で確認を取る。
椎名「うん、大丈夫」
渡「知ちゃん、いざとなったら頼むよ?」
知哉「あぁ、教授も柔軟しとけよ? バレないようにな」
αチームβチームともに準備は整っていた。そんな事とはつゆしらず、雨宮はオークションを進めていく。
雨宮「本来は、目玉の商品は最後にとっておくものですが、今回はいくつもあるのでいきなりやりましょう!」
雨宮が目で部下に合図を送ると、二人の部下が千代子を無理やり雨宮の横へと立たせた。嫌がる千代子は抵抗するが、男二人には敵わない。
雨宮「まずは、チョコちゃんが着ている全衣装を出品いたします!」
待ってましたと、狂ったように叫ぶファン達。
雨宮「競り落とされた方にはチョコが身につけている着衣すべてをこの場で差し上げたいと思います! それでは始めましょう10万円からスタートです!」
オークションが始まると、立て続けに札が上げられた。
健一「うわっ、えっ、どうし、うわっうわっ、千代子が、わわわ!」
オークションの急な展開に慌てふためく健一。
修「おい、落ち着けって健一君! もう少しアイツらの悪事をあぶり出さねぇといけねぇんだから! 今は耐えてくれ!」
重「いざとなったら、修に知ちゃんに教授さんが飛び出て、アイツらをコテンパンコテンパンしてくれるから!」
健一「いや、でも…… えっ、コテンパンコテンパン?」
重「そう! 修も知ちゃんも強いし、教授ちゃんもあー見えてボクシングで強いちぃ! だから万が一のことがあっても大丈夫だっちゃ!」
修「大丈夫だっちゃ! じゃねぇよバカ! 強いちぃだの、教授ちゃんだのよ! なに細かい情報出して自分は闘わないで済むようにしてんだ! ちゃんとコウスイ持ってきてんだからな? いざってなったら飲めよ!」
重「えぇ! いやでも、ずいぶんの間、ほら、変身してないし……」
健一「なんですか、そのコウスイって!」
修「昔のアニメで『光水』って水を飲んでパワーワップするのがあってよ」
健一「は、はい……」
修「この重ってのは、その『光水』をずっと硬い水って書く『硬水』だと思ってたんだよ。なんで小学一年の時に硬水なんて言葉を知ってるかは分からねぇけどよ」
健一「で、どうなるんですか、重さんが硬水を飲むと?」
修「変身すんだよ」
健一「変身!?」
修「まぁ一種の自己暗示みてぇなもんだよ。ヒーローになりきっちまってるもんだから、バカみたいに強くなんだよ、この重ってやつは」
重「でも、最後に変身したのは中一の時だし……」
修「シゲの変身があったから、あん時ひったくりと下着泥棒と食い逃げをいっぺんに捕まえられたんじゃねぇか!」
重「でも……」
修「でももヘチマもねぇ!」
二人が言い合いをしているうちにオークションの値は競り上がっていた。
健一「ちょっとお二人! オークションがどんどん進んじゃってますよ!」
健一はなんとかならないものかと、千代子のために札を上げた。
雨宮「はい! 25万円を超えました!」
進之助「チキショー、おりゃー!」
雨宮「はい、48番の紳士!」
進之助は何とか食い止めようとオークションに参加した。
知哉「おい教‥ 社長! あそこに進之助さんがいらっしゃいます!」
渡「えっ!? なにやってんだあのバカ!」
オークションは白熱していき、その金額の高さから札を上げる者も少なくなっていった。そして残ったのはゲーリー山岡の一番弟子で実演販売界の新生、進之助。
進之助「まだまだ!」
千代子の幼馴染で惣菜屋の跡取り、健一。
健一「なんのなんの!」
あこぎな商売で弱者から金を巻き上げてきたゲス、VIP客。
VIP客「安い安い!」
とにかくキョエーな男。
ファン「キョエー!」
以上の四人になった。
雨宮「ついに100万円を超えました! さぁ、他にいらっしゃいませんか? いらっしゃらなければ110番のファンの方に決まります!」
進之助「なんの、なんの……」
健一「まだまだ……」
二人は金額に驚きながらも札を上げようとしていた。が、面倒になったVIP客が高らかに宣言をしながら札を上げた。
VIP客「200万!」
200万円という金額に驚くあまり、進之助と健一は札を上げるのを忘れてしまった。そしてもう一人残っていたファンも二人同様、札を上げ損ねてしまった。
ファン「きょ、きょえ!?」
雨宮は嬉しそうに笑いながら続けた。
雨宮「35番の方が200万! 200万円です! さぁ他にいませんか? いないですね? それでは35番の方、落札です!」
その言葉を合図に雨宮の部下が木槌を得意げに鳴らした。その乾いた木槌の音のおかげで会場は我に返った。
進之助「しまった!」
健一「わっ、わっ、わっ! おさるさん! しげむさん!」
重「落ち着いて健一君! 僕らの名前まで混ざっちゃって……」
雨宮は会場のどよめきをよそに、落札者のVIP客をステージ中央へと招いた。
雨宮「どうぞ、こちらへ」
VIP客「どうもどうも」
雨宮「落札おめでとうございます」
VIP客「ありがとうございます。はい、きっかり200万」
雨宮「これはこれは、早速のお支払いありがとうございます。オイ、チョコをこっちに連れてこい」
雨宮の部下二人は、嫌がる千代子を無理やり腐河の横へ連れて行った。
VIP客「いやぁ、近くで見るともっと素敵ですねぇ」
千代子を舐め回すように見るVIP客。
VIP客「さて、それでは着ているものを全ていただきましょうか?」
雨宮「どうぞどうぞ。全てアナタのものなんですから」
VIP客「では、遠慮なく……」
千代子の体にVIP客の手が触れそうになったその時だった。
修「待て!」
ファン「待て!」
修と同時に声を上げたのは、先ほどまで『キョエー!』と叫んでいたファンの男だった。
修「いますぐその手を放せ!」
ファン「いますぐに手を放しなさい!」
同じ内容を同じタイミングで言った二人は、その時になって互いの存在を知った。
修「えっ?」
ファン「えっ?」
二人は互いの顔を見ると、驚いた顔のまま会釈をした。
修「あの、どうも……」
ファン「あっ、どうも」
修「あの、何と言えばいいのか、どちら様といいますか、その……」
ファン「あ、申し遅れました。私、若松警察署の刑事課に所属します、大岡と申します」
修「刑事さんなんですか!?」
大岡「はい、様々な犯罪行為をしている芸能事務所があるとの情報を掴みまして……」
修「なるほど、それでここに?」
大岡「えぇまぁ。失礼ですが……」
修「私はですね、若松で何でも屋をやっている者でして」
大岡「何でも屋さん!」
修「はい。まぁ依頼として請け負ったわけじゃないんですが、知人の幼馴染の女性が、悪徳な芸能事務所に…… という話を、まぁもらいまして。なんでも、現段階では警察は動けないと知人が言われたらしく、事が起きてからでは遅いということで、ここにやってきた訳なんです」
大岡「そうだったんですか! いやぁ、極秘裏に捜査を進めていましたもので、なるべく情報が漏れないよう、我々が動きやすいように『現段階では動けない』ということに……」
修「なるほど。いやぁ合点がいきました。立場は違えど、お互い大変ですねぇ」
大岡「そうですねぇ。それでも前に向かって進んでいくしかありませんものね」
修「全くです。どうです、これから一杯?」
大岡「お気持ちは嬉しいのですが、まだ仕事中なもので」
修「そうでしたそうでした。それだったら…… 今度蕎麦でもどうですか?」
大岡「蕎麦ですか! 好物なんですよ!」
修「いやぁ、いい店を知ってるんですよぉ!」
雨宮「オイ! お前ら!」
雨宮の言葉を無視して、名刺交換まで始める二人。
雨宮「ちょ、ちょっと待てコラァ! シカトしてんじゃねぇぞこの野‥」
修「うるせぇんだよこの野郎! 夏の陽にやられて干からびたバッタみたいな顔しやがって! 学だけじゃなく礼儀もねぇのかバカ!」
雨宮「ベラベラと傷つくこと言いやがって! おう、お前ら!」
雨宮の声に反応して、手下のチンピラたちがステージ脇から十数人ほど出てきた。
雨宮「このバカども全員、皆殺しに‥」
修「全員、皆殺し? 右に右折するみたいに言いやがって、バカはお前なんだよ!」
雨宮「くっそぉ! やっちまえ!」
雨宮が叫ぶと、会場のいたるところから更に手下たちが大勢出てきた。急な事態に恐れをなしたファン達は会場の端により、αチームと大岡は手下たちに囲まれる形となってしまった。
修「よし、健一君、頼んだぞ?」
健一「はい!」
様子を見ていた渡と知哉は同時に動いた。
渡「3・2・1……」
知哉「ゴー」
知哉は勢いよく走り出すと、千代子を左右から押さえつけている男二人を、足を左右に広げたドロップキックで吹き飛ばした。
雨宮「なっ!?」
渡「ほいっ、ほいっ、ほいっと! ついでにほいっと!」
渡はその隙に、鋭いステップインと左右のショートフックを使って、他のメンバー近くの四人のチンピラを叩き伏せる。
二つの出来事で生じた少しの間に、健一と進之助は千代子を、椎名は他のメンバーのもとに駆け寄り、ステージ後方で一塊となって体勢を整えた。さらに、その動きに機転を利かせた大岡は、同じくファンに紛れ込ませていた部下五人を素早くステージ後方に配置した。
雨宮「無駄なチームワーク見せやがって!」
修「あとはお前を捕まえて終りだ」
重は修に小声で話しかける。
重「修? 硬水をまだもらってないんだけど?」
修「ゴミはゴミらしく、ゴミ箱に入れてやるぜ!」
気付かない修。
大岡「諦めて、大人しくしなさい!」
雨宮「うるせぇ!」
重「ねぇ修ってば、硬水‥」
雨宮「てめぇらも何してんだ! とっととやっちまえ!」
重「ちょっと! 早くしないと始まっちゃうよ!」
修「ぐたぐた言ってねぇでさっさと来いよ、この野郎!」
重「ちょっと! 早く硬水ちょうだ‥ いぃっ!」
重に硬水が届かないまま大乱闘が始まってしまった。
修「この野郎!」
相手の攻撃をさばくと同時に、裏拳に直拳をめり込ませていく修。
渡「ほいっと、ほいっと! ワンほいっと、ツーほいっと!」
まったくボクシングらしくない掛け声だが、次々にカウンターを取っていく渡。
知哉「ぬおおおっ!」
アックスボンバーで倒した相手をジャイアントスイングで他のチンピラごと吹き飛ばし、さらに起き上がってくる者にシャイニングウィザードを決め込む知哉。
進之助「ほにゃ!」
健一「くいっ!」
椎名「ぺいむっ!」
戦いに不慣れな三人ではあったが、大岡の部下と共に何とかしのいでいた。
大岡「公務執行妨害!」
大岡は次々と襲いくるチンピラ達を、用意しておいた結束バンドで瞬く間に取り押さえていく。
重「あぶ、あぶない! やめて!」
硬水をもらえず変身できない重は、会場中を走り回りながら何とかしのいでいた。
重「修! 修修修! 早く硬水! 硬水早く!」
怒号が響く会場で、重の声はかき消された。
雨宮「くっ、何だコイツら、なんでこんなに強いんだよ!」
このままでは、と思った雨宮は素早く会場の壁に近づいた。そして安物の絵画の額縁をひっくり返した。すると、そこには38口径の拳銃が取り付けられていた。
雨宮はそれを手にするや否や安全装置を外し、銃口を上に向けて一発だけ撃った。
パァンッ!
乾いた音がその場の人間の耳をつんざく。
雨宮「キレたぞこの野郎!」
敵味方関係なく銃口を向ける雨宮に、全員は乱闘をやめて距離を置いた。その時、チンピラの一人が修のバッグを蹴飛ばしてしまい、中から硬水のミネラルウォーターである『ヴォルヴォックス』のペットボトルが転げ出てしまった。
重「んぐー!」
パニック状態に陥ってしまった重は、会場が静まり返ったのにもかかわらず、ぐるぐると走り続けていた。
知哉「あのバカ……」
知哉に言われたらおしまいである。が、その時だった。転がっていたヴォルヴォックスを踏みつけた重は、見事にすってんと転んでしまった。
重「イタッ! 何よもう! あっ硬水!」
重はペットボトルを拾いフタを開けると、水をガブ飲み、あっという間に飲み干してしまった。
修「シゲ! 今は飲むな! 相手は銃を持ってんだぞ!」
雨「悠長に水なんか飲みやがって! 銃が見え‥」
重「黙れ悪党!」
普段の重からは想像できない爽やかで清々しい声が響いた。飲み終えたペットボトル片手に重はゆっくりと立ち上がる。
重「そこのお前、こっち来い」
重は近くにいたチンピラを呼びつけると、ラベルとキャップを分別したペットボトルとメガネを渡した。
重「しばしの間、俺のメガネを持っていろ」
チンピラ「は、はい……」
重「声が小さい!」
チンピラ「は、はい!」
重「よし。いいか、レンズには指一本触れるなよ?」
チンピラ「はいっ!」
重「うむ。おいキサマ! そうだ、銃なんぞ持っているキサマだ!」
重の鋭い眼光が雨宮を貫く。
重「夢や希望をうたう事務所も日陰の梨、純真可憐な乙女を食い物にしようとは断じて許せん! この俺『フォルス・スタートマン』が‥」
修「5ヤード罰退じゃねぇか……」
重「……フォルス・スタートマン改め、お色気レモンタルトマンが」
修「改めたなオイ!」
重「キサマを成敗してくれる!」
重を知っている人間以外がキョトンとしている中、雨宮は何とか我に返った。
雨宮「訳のわからねぇこと言いやがって! 銃が見えねぇのかよ!」
渡「そうだよ大先生! あぶないって!」
大岡「危険ですの下がってください!」
重「戦友よ、心配は無用…… だっ!」
言葉と共に雨宮に向かい走り出す重。いや、お色気レモンタルトマン。
雨宮「う、うわっ!」
予想していなかったお色気レモンタルトマンの動きに、雨宮は慌てて銃を撃った。
パァンッ!
重「すぅ……」
お色気レモンタルトマンは素早く反応すると忽然と姿を消した。当然、会場全体が度肝を抜かれた。
雨宮「なっ! どこへ消えた!」
辺りを見回し、血眼になって探す雨宮は、未だ経験したことのない恐怖を感じていた。そしてそれは、空中に舞うお色気レモンタルトマンの姿を発見した時、頂点に達した。
雨宮「い……」
重「ウルトラ・スーパー・ハイメガ」
空中でクルクルと様々な方向へ回転するお色気レモンタルトマン。
雨宮「う……」
重「イリーガル・フォーメーション・フルーティー」
雨宮「や、やめ……」
重「キリモミ・ヨーイング・コーキング・ハイメガ」
雨宮「ハ、ハイメガ二回目……」
重「成敗キック!」
空中の回転状態からどうやって推進力を得たのかは定かではないが、お色気レモンタルトマンは目にも止まらぬスピードで蹴りを繰り出した。そして、お色気レモンタルトマンの右足のツマ先が雨宮の眉間に触れるか触れないかのところで、お色気レモンタルトマンは一回の前方宙回転で雨宮の頭上を越え、音もなく着地した。
雨宮「ぐうぅ……」
声を漏らす雨宮をよそに、お色気レモンタルトマンは勿体ぶりながらゆっくりと立ち上がる。
重「成敗!」
正義の一言。雨宮はその言葉に反応するかのようにその場に倒れこみ爆発。七色の煙と共に木端微塵に、まぁなるわけはない。成敗キックで気絶し、その場にただ倒れこんだのだった。
重「ふんっ! 寸止めにしてやったのに礼も無しか! ……まぁいい、オイ! メガネ!」
メガネを預かっていたチンピラは、ハッと我に返ると大きな声で返事をし、大急ぎでお色気レモンタルトマンのもとへメガネを届けた。
重「ご苦労!」
と受け取ったお色気レモンタルトマンは、またしても、勿体ぶりながらゆっくりとメガネをかけた。
重「はぁーん……」
変身の影響か、その場にへたり込む重。
修「お、大岡さん! 早く!」
大岡「……え? あっ、よしっ、確保だ、確保しろ!」
大岡の部下二人が雨宮に手錠をかけると、チンピラ達も諦めたのか、抵抗をやめて大人しくなった。
渡「なんだか、前よりも強くなってなかった?」
知哉「おう、とんでもなくな?」
修「しかも、寸止めしてあれだぜ?」
その後、外で待機していた大岡の部下たちも加わり、悪徳な事務所の人間達は様々な罪状で逮捕され、ふるーつミント以外のアイドルや練習生も無事に保護された。また、進之助・健一・何でも屋達も聴取などいろいろあり、一旦落ち着けるまでに四日ほどかかってしまった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言
蒼衣ユイ/広瀬由衣
キャラ文芸
若手イケメンエンジニア漆原朔也を目当てにインターンを始めた美咲。
目論見通り漆原に出会うも性格の悪さに愕然とする。
そんなある日、壊れたアンドロイドを拾い漆原と持ち主探しをすることになった。
これが美咲の家族に大きな変化をもたらすことになる。
壊れたアンドロイドが家族を繋ぐSFミステリー。
illust 匣乃シュリ様(Twitter @hakonoshuri)
黒蜜先生のヤバい秘密
月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。
須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。
だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。


28歳、曲がり角
ふくまめ
ライト文芸
「30歳は曲がり角だから」「30過ぎたら違うよ」なんて、周りからよく聞かされてきた。
まぁそんなものなのかなと思っていたが、私の曲がり角少々早めに設定されていたらしい。
※医療的な場面が出てくることもありますが、作者は医療従事者ではありません。
正確な病名・症例ではない、描写がおかしいこともあるかもしれませんが、
ご了承いただければと思います。
また何よりも、このような症例、病状、症状に悩んでおられる方をはじめとする、
関係者の皆様を傷つける意図はありません。
作品の雰囲気としてあまり暗くならない予定ですし、あくまで作品として見ていただければ幸いですが、
気分を害した方がいた場合は何らかの形で連絡いただければと思います。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる