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第三章:さよなら未確認

北風と共に去りぬ

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重「はーい、温かいウーロン茶をはいりましたよ!」

 重はテントの中からお盆を持って出てきた。

知哉「おっ、サンキュー」

修「おう、悪いな」

重「教授さーん!」

 重は少し離れたところで空を観察していた渡を呼んだ。

渡「ん? なにー?」

 首から双眼鏡をぶら下げた渡が、なだらかな芝生の斜面を上がってくる。

修「大先生がウーロン茶……」

 修は近づいてきた渡の顔を見ると、あきれた様子で空の観察を続けた。

渡「あれ、ちょっと何よ修? あっ、大先生、呼んだ?」

重「いや、ウーロン茶……」

 重も修と同じように、渡の顔を見て黙ってしまった。

渡「なによ?」

重「もう、なによじゃないよ。ちょっと見てよ知ちゃん、教授さんの顔」

知哉「ん? アハハッ、なんだよその顔」

渡「えっ?」

知哉「双眼鏡を強く当てすぎなんだよ? 両目の周りに丸くあとがついてんぞ?」

渡「えっ?」

修「ったく、頭が良いんだか、悪いんだかな」

 修は双眼鏡を覗きながら話した。

渡「うるさいねぇ、これは頭が良い悪いじゃなくて、お茶目なの、お茶目」

修「なにがお茶目だよ」

 その時だった。渡の顔を見て笑っていた重が、突然、騒ぎ出した。

重「うわっ! あれ見て! あそこ!」

知哉「あ? どうしたよ?」

重「あのデカい雲の横あたりに黒い糸くずみたいのが飛んでる!」

知哉「マジかよ大先生! どこよどこよ!?」

重「だから、あの雲のとこ…… あれ、どこに行った…… あっ、左左、小さい雲の方に……」

修「あっ!? いないぞ?」

 重の言うとおりにUFOを探す三人。しかし、なかなか見つけられないでいた。重も必死に説明していたが、その声はしだいに小さくなっていった。

重「ほら、ずっと左に動いて……」

 その場でグルグルと左に回り続ける重。そんな重に冷めた視線を送る三人。

重「…………ん?」

 重はあまりに瞬間移動するぼやけたUFOの見え方に違和感を覚え始めた。試しに重は慎重にUFOへピントを合わせようとしてみた。しかし、見ようとするとUFOは動き出してしまう。
 恐る恐るメガネをはずした重はレンズをよく見てみた。すると細い糸くずがくっついていたのだ。重はそれを指でつまみ、まじまじと見つめた。普通の糸くず、つまりこの時点でUFOはUFOではなくなった。

重「………………」

 当然、重は静かに静かにその場を離れようとする。

修「はいはい、ちょっと止まろうか?」

重「だっ、何でしょう?」

修「UFOは?」

重「え? UFO? あぁUFOね、UFOこれだった」

 重は指でつまんでいた糸くずを三人の顔の前に出した。三人が糸くずを見た瞬間、土手沿いの公園に吹いた風が、重の持つ糸くずを吹き飛ばしていった。

重「あ………………」

修「切なすぎて文句も言えねぇよ」

渡「いやぁ切なかったね。また寂しげな風だったね」

 そんなこんなで、六人体制になってから早くも三日目の夜。知哉は芝生に敷かれたビニールシートの上に寝そべり、相変わらずの空を眺めていた。

知哉「今月に入って流れ星を三つも見られるとは思わなかったなぁ…… 結構見られるもんなんですねぇ」

灰田「そうだね。僕もずいぶん長いことUFO探してるけど、流れ星のほうが断然多いねぇ」

 寝そべり話す二人のもとに、メイクを落とした椎名が近寄る。

知哉「椎名さん、何で夕方までメイクしてるんですか? ショーでもないのに?」

椎名「宣伝の一環だよ。いろんな場所でアピールしたほうがいいかと思ってね」

知哉「あぁ、そういうことだったんですか。でも、夜は何で落としちゃうんですか?」

椎名「この間のこともあるしね…… ほら重君が驚いて湯呑を割っちゃったでしょ?」

知哉「そういえば、ありましたね……」

 話す三人のもとに、トイレ休憩を済ませた修が近づいていった。

修「はぁ、危なかった。トイレまでの距離を計算してなかったよ」

知哉「汚ねぇな。でもま、俺も早めに行っておくか……」

 知哉は立ち上がると、トイレへ向かって歩き始めた。

椎名「早めに行っても、あんまり意味ないと思うんだけど」

修「まぁ、いいんじゃないですか?」

 修はシートの上に腰を下ろすと、知哉が使っていた双眼鏡を覗きこんだ。

修「さーてと、FYEはどこだ……」

 一か月前と同じ、暗視モードによる緑がかった夜空が広がっている。

修「うーん、駅前の近くは明るいから切ったほうがいいな」

 暗視モードを切り、修は見飽きた景色を東から西にゆっくりと動かし始めた。

修「まずは京新線の橋が見えて、次に高速道路の橋と。んで病院やら何やらが見えて……」

 呟きながら観察する修の後ろで、椎名は肉眼で辺りを観察していた。

椎名「京新線、高速道路」

修の呟く通りの景色が、椎名の頭の中に広がる。椎名にとっても見飽きた景色で、修の視界に次に映り込む建物が分かってしまうことに、寂しさを感じていた。

修「はい、エアーツリーが見えて……」

椎名「エアーツリーが見えて?」

修「お次に、無駄な高層マンションがあって……」

椎名「富士山を見えなくしたマンションの次が?」

修「黄色のナス」

椎名「そうそう黄色のナス…… なすて!?」

 椎名の声に灰田は反応し、すぐさま黄色のナスの位置情報を求めた。

灰田「修君どこ!? 黄色のナスどこ!?」

修「マンションの隣です! 最上階の少し左上のところです!」

灰田「いた! いたいたいたいた! 見つけたよ修君、あれだよ!」

 修は椎名に双眼鏡を手荒く渡すと、テントの中で仮眠をとっていた重と渡を叩きこ起こした。

修「二人とも起きろ! 例のFYEが出やがった! オイ、早く準備しろって!」

 修の声に、二人は飛び起きて、ビデオカメラの準備を瞬く間に済ませると、テントから飛び出しセッティングを完了させた。

重「灰田さんセッティング出来ました!」

灰田「わかったありがとう!」

 灰田は急いでカメラをいじり、未確認飛行物体である黄色のナスを捉えた。

灰田「よし、まだそこにいてくれFYE!」

 プロ仕様のカメラが何度も唸る。

灰田「渡君! 動画のほうはどうかな?」

渡「バッチリですよ! 完璧に捉えてます!」

 UFOの撮影が順調に進む中、今回が初遭遇の椎名は口をあんぐりと開けたまま、ただただ黄色のナスを双眼鏡越しに見つめていた。また重は何かしらの妖怪ではないかと、考えを巡らせながら見つめる。

修「のおおおおおぉー! マジかよ、マジかよオイ! 何だよあの形はオイ! すげぇーな、すげぇーなオイ!」

 オイオイうるさく興奮しているのは修である。久しぶりに見るUFOは修の感情を刺激しまくる。

修「ちょっと待ってくれよオイ! 上下左右に不規則に移動してんぜこの野郎!」

 修の言うとおり、縦横無尽に動き回る黄色のナス。だがここで変化が見られた。今までより高い位置に移動したナスは微動だにしなくなった。そのかわり、点滅を始めた。もしくは点滅ではなく、姿を消したり現してるのかもしれない。

修「かーっ、何のための点滅かわからねぇーのがまた良い!」

 修の興奮は一向におさまらない。もちろん依頼者の灰田も同じ事で、その瞳は子供の様に輝いていた。

灰田「いやー、こんなに長い時間FYEを見られるとは思わなかった!」

 FYEを目の当たりにしている五人は大騒ぎ。一方、知哉はのんきにトイレから戻っている最中だった。そしてテントに近づくにつれ、五人の声が聞こえてきた。しかし、全員の声が入り乱れ、何を話しているかまでは把握できておらず、どうせいつもの言い合いだろうと思っていた。

知哉「ったく何を騒いでるんだかあの連中は…… 時間を考えろよなぁ」

 知哉は特に歩みを早めるでもなく、テントへ近づいていった。

修「あれ!? あれ!? どこへ行った? なぁシゲ、どこに行ったんだよ! ナスはよぉ! なぁシゲ!」

 点滅を繰り返していた黄色のナスだったが、先ほど忽然と姿を消してしまったのである。そのため、修は重の胸ぐらを掴み揺らしていた。

重「ちょっと落ち着きなさいよ!」

 そう言われると修は素直に手を離し、黄色のナスがいた空の方を呆然と見つめ続ける。だがどこにもナスは見当たらず、修は肩を落としため息を吐いた。依頼者の自分より落ち込んでいる修に、灰田は慰めの言葉をかける。

灰田「そんなに落ち込まなくても、ね修君。UFOを、しかもFYEをあれだけ長く観察できたんだから」

修「…………そう、ですね。灰田さんの探してたFYEを見られたんですもんね」

灰田「そうだよ。僕のほうもさ、十分に撮影できたし満足だよ」

修「興奮して忘れてました。撮影うまくいきました?」

灰田「うん、写真もうまく撮れたし、動画のほうは渡君がしっかりやってくれたから」

 渡は自分の名前が出るとあたふたしだした。

渡「バ、バッチリ撮れたよ! ……まぁ、止め方がわかんないんだけどね」

修「なーにやってんだよ? ここのボタンを押せば…… あれ? 止まんないなぁ」

渡「でしょ? おかしいんだよ……」

 調子の悪くなったビデオカメラに悪戦苦闘する二人。すると、後ろの方から知哉の声が聞こえた。その知哉の声量は非常に中途半端なもので、夜に騒いでる連中を注意したい気持ちと、夜のために自分自身も大きな声を出せない気持ちが入り混じっていた。

知哉「何をそんなに騒いでんだよ?」

 知哉の中途半端な声量に全員が振り返ると、少し離れた位置で両手をポケットにつっこんだ知哉が立っていた。そしてアレもいた。

渡「あ…………」

 渡の口から少しだけ声が漏れた。だがそれ以降は誰も喋らず沈黙が続いた。

知哉「ん? なんだよ黙っちゃって、なんか変なこと言ったか?」

 全員が自分の方へ向いて黙り続ける。そのことが不気味に思えてきた知哉は小声で聞いたが、誰ひとり反応することはなかった。

知哉「き、聞こえてるかなー? 俺、何か、変なこと、言ったかな?」

 すると、椎名が知哉の後方を指さした。

椎名「知哉君…… 後ろ…… 後ろ!」

知哉「え? な、なんですかそれー? ちょっと、やめてくださいよ、そういうの……」

 嫌な予感しかしなかった知哉だが、仕方なく振り返った。

知哉「………………なんだあれ!?」

 夜空に先ほどのFYEが燦然と輝いていた。だが先ほどとは決定的に違うことがあった。それは大きさであり、つまりはFYEとの距離のことだ。そしてFYEはどんどんと距離を詰めてきた。

知哉「ちょっと! 近づいてきてるぞ!」

 知哉の声に修が我に返った。

修「教授! この動画のやつで早く撮れ!」

渡「へっ? あぁそうか! よし……」

 渡は慌ててハンディカムをFYEに向けたが、近づいてくるFYEに恐怖を感じ、手がブルブルと震えてしまっていた。

渡「お、修! 一緒に押さえて! 手が震えちゃって!」

修「わかった!」

 ビデオカメラを二人で抑えることで、何とかFYEを捉えることが出来た。しかし、それも長くは続かなかった。近づいてくることをやめないFYEは、かなりの距離だった。

知哉「大丈夫なのかよ、このままで!」

 その場にいる全員は得体のしれない飛行物体をただただ見つめることしかできなくなっていた。全身の力が抜けていくような感覚になり、修と渡は手からハンディカムを落としてしまった。

灰田「あれは…………」

 黄色のナスは目と鼻の先。大きさはガスタンクの倍以上はある。だがそれだけの大きさのものが近づいてくるというのに、物音一つしてこないのである。さらには川の波の音、風の音、電車や車が行き交う音すら聞こえてこなくなっていた。
 その場が静寂に包まれたその時、黄色のナスは信じがたい速度で近づいてきた。

知哉「……!」

 FYEにいちばん近い知哉は逃げようとしたが体が全く言うことを聞かない。それは他の五人も同じで、金縛りにあったというよりかは、足がすくんだような感じであった。全員はどうすることも出来ずに接近してくるFYEを見つめていた。

重「ど、どうすんの!? どうすんの!?」

修「わかんねぇよ!」

 その時だった。接近するFYEがとてつもない光を放ち始めた。あまりの眩しさに目を閉じる一同。しかし、目を閉じていても眩しい光に、一同は体を小刻みに震わせ始めた。恐怖を感じてということもあったが、一番の理由は急激な気温の低下だった。
 真夏の外を汗だくで歩いている所へ突如、氷水を浴びせられたような感覚に陥った。そして、足の先からじわじわと心臓へ近づいていく冷たさは、真冬の湖に沈んでいくのに似ていた。動きたくとも冷たさのあまり体が強張り動けない。
 風はなく音もない。あるのは光と冷たさの二つだけ。後は何もなかった。しかし、それは数秒のことだった。光と冷たさが消え去ったかと思うと、爽やかな風が吹きだし、江戸川のせせらぎ、橋を渡る車や電車の足音が戻ってきた。

知哉「………………………ん? あ、あぁ?」

 一番早くに目を開けた知哉は、ぎこちない動きで辺りを見回した。

知哉「おい…… 大丈夫か…」

 少しずつ状況を理解しだした知哉は声を絞り出す。その声を聞いて次々と我に返る五人。椎名と渡は全身の力が抜けたようにその場に座り込み、重は近くのテーブルに置いておいたウーロン茶をがぶ飲みする。そして修は灰田に話しかけた。

修「灰田さん…… 接近遭遇にもほどがありますよ……」

灰田「僕もまさかこんな遭遇の仕方をするとは思わなかったよ……」

修「えぇ……」

 知哉は灰田に近づくが、遭遇した震えから足取りはおぼつかない様子だった。

知哉「や、やりましたね灰田さん」

灰田「う、うん」

 それから誰一人、口を開くことはなかった。あれだけの出来事の後、遭遇した全員の頭は興奮と混乱とで疲れきっていた。が、その興奮と混乱のせいで休むことも眠ることも出来ずに、生殺しの状態が続いた。
 気がつけば朝。静かだった街も、太陽の光と共に活気づいてきた。向かい側の広い土手では子供たちが声を張り上げて野球に熱中している。そんな微笑ましい光景を、落ち着きを取り戻した六人は見つめていた。

重「ねぇ修、今何時?」

 重はいつも腕時計をしている修に聞いた。

修「あ? あーっと、八時半だけど… ナスのせいで狂ってるかもしれねぇから、電話して確認してみ?」

重「うん、そうしてみる…… あぁ、修の時計あってるよ、今は八時三十四分だって」

修「おう、そうか…… それじゃそろそろ帰るとしますか灰田さん?」

灰田「そうだね、そうしようか……」

 ゆっくりと片付けをはじめる六人。朝日に輝く銀色のテントも小さくまとめられていき、灰田お手製の各計器はスイカだミカンだと書かれている段ボールにしまわれていった。灰田の仕事も何でも屋の仕事も、成功に大がついたが、終わるとなれば寂しさがふつふつと湧いてくる。

渡「灰田さーん、こっちの大きなカメラは箱に入れます? それともカバンに入れます?」

灰田「えーっとねぇ、まだ写真撮るから出しておいてもらえるかな?」

渡「えっ? 写真って何の写真ですか?」

灰田「へへっ」

 灰田はニヤつき、近くの箱から三脚を取り出す。

灰田「みなさん、ちょっと集まってもらえるかな?」

 その声に、ぞろぞろ集まる何でも屋。灰田は渡からカメラを受け取ると三脚に固定する。

灰田「いやあのね、FYE遭遇記念として全員で写真を撮ろうかと思ってね」

修「おー、それはいいですね! そうと決まったら…… よぉ知哉、お前は左端で、灰田さんは真ん中…… ほら、椎名さんボケーッとしてないで!」

 写真と聞いた修は手際よく全員を並べると、三脚の足を広げてカメラを設置した。

修「んじゃピントを合わせてと…… あ」

 修の表情に知哉が気付き、面倒くさそうに声をかける。

知哉「何だよ、どうしたんだよ?」

修「ん? いやーよぉ、ここからじゃ江戸川が写らねぇんだよ」

知哉「あぁそうか。そいじゃあれだ、あっちのベンチのとこで撮りゃいいんじゃねぇか? 小高くなってんだからよ」

修「なるほどな! 灰田さんすいません、江戸川が入らないんで、あそこのベンチのとこまで移動してもらえますか?」

灰田「うん、わかった」

 江戸川をいれるため、全員はベンチに向かって軽い斜面をゆっくりと上り始める。

重「こういう坂は変に疲れるんだよなーっと思いながら重は坂を上る」

知哉「心の声を出すなよ!」

重「いちいちうるさいね知ちゃんは」

知哉「口に出すからだろうーが!」

椎名「そんなやり取りに呆れながら椎名は坂を上る」

知哉「一人増えたぞ! 一人増えたぞ!」

 毎日四人のコントのような掛け合いを聞いている椎名は、最近ボケたがりになってきていた。

修「よーし、ここからなら江戸川も映るな。そいじゃ灰田さんは真ん中で、知哉はやっぱり左端…… 椎名さん、もうボケはいいですから……」

 修は全員を並ばせるとピントを合わせにかかった。だがまたしても修の表情が変わり、知哉は再び面倒くさそうに声をかける。

知哉「今度は何だよ?」

 知哉の問いかけに修は答えず、先ほどまでテントを設営していた辺りを指差した。

知哉「あ? 何だよ、入るだろ江戸川……」

 知哉は振り返り指差された辺りを見るや否や、口をだらしなく開けて動かなくなった。渡はあのバカ二人は何を見てるんだと振り返る。そしてすぐさま隣にいた灰田の肩を叩きだす。

渡「灰田さん! あれ見てください!」

 渡の慌てように、灰田だけではなく重と椎名も振り返った。すると重と椎名は絶句し、灰田は声を絞り出した。

灰田「ミステリーサークル……」

 先ほどまで自分たちがいた場所、つまりはFYEと遭遇をしたあたりにミステリーサークルが出現していたのだ。
 ミステリーサークルの大きさは十メートル四方に納まるほどの大きさであり、小さな円がいくつも重なり大きな円を形作っていた。FYEの置き土産を見つめ、灰田と何でも屋達は改めて遭遇を実感していた。
 数日後の何でも屋の事務所。修は控室の台所付近で、声を上げながら茶葉を探し回っていた。

修「よぉ、茶っぱどこしまったよ? 俺のほうじ茶の茶っぱ」

重「横で修がお茶を入れてくれるのを待っていた重は、昨日と同じことを聞くなバカというような顔をして座っていた」

修「しつけぇーボケだな! もういいよ『心の声シリーズ』はよぉ!」

重「だから昨日言ったでしょうーが、ほうじ茶は切らしてるって!」

修「そう言われりゃそうだった」

重「んで玄米茶にしたでしょ?」

修「あぁ! そうだったそうだった、俺の愛しの玄米茶があるんじゃねぇか! それを早く言いなさいよ」

 ニコニコしながら重の隣に座る修。

修「玄米茶っつーのは何つっても香りがいいんだよなー。んでもって濃いめに入れるのが美味いんだよ!」

重「いいから早くお茶を入れろよ!」

修「あーそうだった。すいません、すいません。えーっとほうじ茶ほうじ茶……」

重「玄米茶だって言ってんだろ!」

修「あぁそうそう、玄米茶玄米茶。ほうじ茶がなくてもゲンマイ! なーんつって」

重「お前を煎じてやろうか?」

渡「ちょっと二人! 灰田さんがみえたよ!」

 隣の部屋から渡の声が聞こえてきた。二人はお茶を諦め、すぐさま控室を出た。

重「あ、灰田さん!」

灰田「いやー、どうも」

修「大反響じゃないですか灰田さん!」

灰田「おかげ様でもうすごいよ!」

 大きな紙袋を持ち、相変わらずの格好で現れた灰田はにこやかな表情で立っていた。

渡「ささっ、お掛けになってくださいよ、いまお茶を入れますから」

灰田「あ、いや渡君、また研究で遠出しなくちゃならないから、気持ちだけありがたくもらっとくよ」

渡「そうですか…… 残念ですねぇ」

 ちょうどその時、コンビニで雑誌やら何やらを買ってきた椎名が帰ってきた。そして灰田を見るなりコンビニ袋を広げ、FYEの記事を載せた新聞や雑誌を広げた。

椎名「灰田さん! ほら見てくださいよ、なんか嬉しくなって全部買ってきちゃいました!」

灰田「こんなにありましたか!?」

椎名「いやー、近くのコンビニだけのつもりが、いろんなとこ回って買っちゃったんですよ!」

 一番大きな記事を載せていたスポーツ新聞を灰田に渡すと、椎名は他の新聞雑誌を同僚に配り出す。知哉はそれを受け取ると嬉しそうに見つめだした。

知哉「ははっ、ちょっと椎名さん、この雑誌三冊目ですよ?」

椎名「あれ? 同じのまた買ってきちゃった?」

知哉「せっかちだなぁ椎名さん……」

修「でもまぁ」

 雑誌のページをめくりながら修が口ひらいた。

修「どれもいい写真だし、動画サイトの再生回数は半端じゃないし…… ねぇ灰田さん?」

灰田「うん、この間のテレビ出演も緊張しちゃって……」

修「あ、俺達全員で見てましたよ! なっ大先生?」

重「うん! それにしてもUFO否定派には頭きちゃうねぇ」

修「しょうがねぇよ大先生、てめぇの目で見なきゃ信じねぇんだよ?」

重「ホントに悔しいよ!」

修「そう嘆くなよ大先生、一番悔しいのは灰田さんなんだからよ」

灰田「いやいや、僕はもう慣れっこだよ。結局、今回もCGだなんだって言われて偽物扱いになっちゃったしね。けど、それでいいと思ってるんだ」

修「どうしてですか?」

灰田「僕の同業者、その他マニアの間では大絶賛だったからね! メールだ電話だ、もうすごいんだから!」

 その後少しの間、楽しく話をした灰田は、それじゃそろそろと帰りのあいさつ。

灰田「それじゃまた…… じゃなかった! 写真写真、ミステリーサークルと江戸川をバックに撮ったやつ持ってきたんだよ」

 灰田は紙袋に手を伸ばし、修は楽しそうに待っている。なにせフィルムカメラで撮ったため出来上がりを知らないのだ。

知哉「おー、ようやくあの時の写真を拝めるのかぁ」

灰田「はい、お待たせ!」

 灰田はそう言いながら紙袋とほぼ同じサイズの大きな額入り写真を修に差し出した。

修「いやいや、大きすぎますよ!」

灰田「まぁ、お店に飾ってよ」

修「わかりました。目立つところに飾っておきます」

灰田「よし、渡すものも渡したし、これで失礼するね……」

修「あの灰田さん!」

灰田「ん? 何だい?」

修「今度はどこに行かれるんですか?」

灰田「今日も雨だった……」

修「長崎ですか!」

灰田「そう九州は長崎。なんでもね、ピンク色に輝くフライパンのようなものが目撃されたらしいんだよ」

 話を聞いた修は嬉しそうに笑い出した。

修「うわー、楽しそうですねピンクのフライパン! 写真に撮れたら必ず送ってくださいよ!」

灰田「もちろん!」

 灰田は冬の香りを含んだ風に髪をなびかせ、爽やかに何でも屋を後にした。残された何でも屋達は記念写真を見つめた。面白おかしい日々を思い出しながら。
 その後、何でも屋はようやく普通の業務に戻ることが出来た。だが壁に飾られている写真が視界に入る度に、FYEと灰田のことを思い出し、フッと笑ってしまうのだった。

男「えぇ、お久しぶりです……」

 江戸川の土手沿い、長い白髪を風にとかせ、小声で一人話す男がいた。

男「そうですね、まぁ進歩はしていますが…… 我々がいくつか見せてきたヒントから、インスピレーションを得ていることは確かなようです。えぇ、少数ではありますが、自らの惑星以外の生命体に理解をしめす者もいます。……こちらの時間という概念で言えば、三百年ほど掛かるかと…… ただ、違法にこの星へ近づいている奴らが増えてきているので、もう少し取り締まりを強化するべきかと思います……」

 男の近くを通り過ぎる人は、一目見て少し距離を置いた。まぁそれも仕方がない。

男「それでは、えぇわかりました。では局長、失礼いたします。 ……ふぅ、それじゃ九州にでも行くとするか!」

 銀色の服を来た男は嬉しそうに笑うと、北風とともに街を去っていった。
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