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第二章:よそでイチャつけ!
ケールマーニモンペ2
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一方の修と渡。とっくに何でも屋に着いているはずの二人は、未だ麻衣の車の中にいた。麻衣が話し足りないと言い出し、二人は麻衣の経営する会社まで連れていかれてしまったからだ。会社では一、二時間、麻衣と女性従業員の話を延々と聞かされ、修が強引に帰る理由を作らなければ、まだ会社にいたことだろう。
渡「………あ、篠塚さん、ここでいいです」
一刻も早く姉から解放されたい渡は、何でも屋近くの道で車を停めてもらった。
麻衣「なによ? 事務所まで送ってあげるわよ」
渡「……いや、いいよ。無理言って時間を取ってもらったんだから、ここからは歩いて帰るよ。姉貴じゃなかった、お姉様も仕事で忙しいんだし、早く帰らなきゃいけないんだろ?」
麻衣「あら、たまには可愛いこと言うじゃない。じゃ、そうさせてもらうわ」
渡「それじゃ、また」
修「……今日はありがとうございました」
麻衣「今度はゆっくり話しましょうねぇ、修ちゃん」
二人が車を降りると、麻衣を乗せたコールスモイスは走り出した。ようやく解放された二人はフラフラと歩きだし、近くにあったベンチへ倒れ込むようにして腰掛けた。
修「……こんなこと言いたかないが、俺、教授の姉ちゃん苦手だ」
渡「俺も、こんなこと言いたくないけど、実の姉が苦手……」
どっと疲れた二人はそのベンチから動けずにいた。とめどなく続けられる情熱的な話を2時間も聞かされた日には無理もない。
修「このままベンチが勝手に動いて事務所まで行ってくんねぇかなぁ……」
修は疲れた目で地面の一点を見つめ続ける。
渡「うわー、それいいなぁ…… あれ? ちょっと修」
修「ん?」
渡「あれウチの二人じゃないの?」
ベンチにもたれかかっている渡の目に、大量の野菜が入ったビニール袋を手に、重い足取りで歩いてくる二人が見えた。
修「ん? あぁ本当だ。でも何だあれ、バカみたいに野菜を持ってけ…ど…」
渡「おーい! 野菜コンビ!」
先ほどすれ違った子供たちに『野菜マン』と呼ばれた知哉と重は、野菜コンビの事が自分たちの事だとすぐに分かった。
知哉「おー、どうだったよ? 教授の姉ちゃんに話は聞けたのか?」
ベンチへ先に着いた知哉は、修の膝の上に野菜いっぱいのビニール袋を置いた。
修「まぁ、いろいろと聞くには聞けたよ。つーか、どうしたんだよこの野菜?」
知哉「小春に話を聞きにいったらよ『話聞いてやったんだから代わりに野菜買ってけ』って言われてよ」
修「ははっ、そうかそうか。やっぱり八百屋継いだか」
知哉「おう、そうみてぇ。まっ、後で話すけど、とんだ散財だったよ」
重「ふぅ、そっち二人も疲れてるみたいだね」
歩くのが遅い重がようやくベンチまでたどり着いた。
渡「そりゃそうだよ大先生、もう姉ちゃんが喋る喋る…… 修なんか前より一段と気に入られちゃってさ」
重「あれ、そうなの?」
修「いやさ、忘れてたんだよ、教授の姉ちゃんに気に入られてんの」
重「中学の時なんかすごかったもんね?」
知哉「よぉ、そろそろ行こうぜ? 椎名さんに留守番頼んじゃってるんだからよ」
渡「そうだった。じゃ行こうか」
四人は何でも屋に向けて歩き出した。すっかり疲れてしまった四人だったが、椎名が一人で大変だろうからと、帰り道を急いだ。
重「はぁー、ようやく帰ってきたよ」
知哉「今日は歩いたもんな」
それなりの距離があったものの、さすがに若い四人はあっという間に事務所に到着した。
渡「はぁー、着いたら着いたで、どっと疲れが出るね」
渡は知哉から受け取った半分の野菜を持って事務所の中に入っていった。
渡「ギャーーッ!」
事務所に入った途端、渡は猛烈な勢いで踊り出した。
渡「ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ! ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ!」
修「おい、何だよ急に!? おい知哉、手伝え!」
修と知哉が二人がかりで渡を止めにかかる。
知哉「落ち着けよ教授! 何だよどうしたんだよ!?」
修「ほら、深呼吸しろって深呼吸!」
二人が渡を落ち着かせている間、重は恐る恐る事務所の中をうかがっていた。すると、真っ白な顔に返り血を浴びた男が事務所から出てきた。
重「うわぁぁぁぁぁ! ゴボウゴボウゴボウ!」
重はビニール袋の中からゴボウを取りだし、その血まみれの男をたたき始める。
重「このっ! このっ! このっ!」
椎名「痛いっ! ちょっと重君! 僕だよ!」
修「あ!? 今度はなんだよ!?」
そのやり取りに気付いた修が二人の間に割って入り止める。
修「シゲ! 椎名さんだよ、椎名さん!」
修に羽交い絞めされた重は、ゴボウに痛む椎名の姿を見てようやく止まった。
重「あっ本当だ! すみません椎名さん! 大丈夫ですか!?」
椎名「……うん大丈夫。僕のほうこそ驚かしちゃってごめんね」
なんとか落ち着きを取り戻した渡は、椎名の顔を見るなりタメ息を吐いた。
渡「勘弁してくださいよ椎名さん…… なんでメイクしてるんですか」
椎名「ごめんね渡君。留守番しながら新しいメイクを考えててさぁ」
修「まったくもう……」
椎名「いやぁ申し訳ない」
修「それじゃ、気を取り直して会議でもするか?」
重「あ、それならちょっと待っててよ。買わされた野菜を切ってくるから。スティック状にしておけば会議しながらポリポリ食べられるでしょ?」
修「おっ、いいねぇ。俺も手伝うよ」
重と修が野菜を切り、飲み物の準備をしている間に、残りの三人は会議室で準備をすすめた。
渡「それじゃ、一応ボードに書くかな……」
渡はホワイトボードの前に立ち、ペンを手に取った。
椎名「ホワイトボードには僕が書くよ?」
渡「え? いやぁ、悪いですよ」
椎名「いいって渡君。デートコースの依頼は手伝えてないし、これくらいはやらせてよ」
渡「……それじゃ、お願いします」
椎名は頷きホワイトボードに何やら書き始めた。
『第一回デートコース決定会議』
それはホワイトボードの三分の一のスペースを占めていた。
渡「やっぱ俺が書きます」
椎名「えっ?」
渡「いや、こういうものは年下が書くもんですから……」
渡はホワイトボードを一度綺麗にすると、適当なスペースを使って先ほどの議題を書いた。
知哉「椎名さんはどっしりと座っててもらえば……」
渡「お前さんは座ってないで何か手伝え!」
知哉「だって別にやることないだろ、今回は」
渡「聞いてきた情報をボードに書くんだから、横でアシスタントをしなさいよ」
知哉「はいはい……」
渡「はいは十回!」
知哉「はいはいはいはいは… なんでだよ!」
重「何をバカやってんの?」
切った野菜を盆にのせて重が修と一緒に会議室へ入ってきた。修が持つ盆にはウーロン茶の入ったコップが人数分あった。
修「おい知哉、コップ配ってくれよ」
知哉「あいよ」
ウーロン茶、スティック野菜、議題の準備が整うと、各々イスに座った。
渡「それじゃ、始めようか。取りあえず、お互いが聞き込みで得た情報を整理して書いてみたんだけど……」
何でも屋五人はスティック野菜でパリポリパリポリ音をたてながらボードを眺める。
修「結局、赤みそも白みそも美味いってことだな」
渡「え? そんな事を書いた覚えはないよ?」
修「あ、わりぃ、この野菜に付ける味噌の話をしただけ」
渡「紛らわしいねぇ」
修「紛らわしいかぁ? デートに味噌の話はなかなか出てこないだろ」
渡「わかんないでしょ? っていうか、そんなのはどうでもいいんだよ、なんか良い案ない?」
椎名「渡君のお姉さんの話は使えるんじゃないかなぁ」
知哉「そうですねぇ」
重「教授さんのお姉ちゃんの話を今回の依頼に置き換えて考えると、城とか神社とか寺とかになるのかな?」
渡「そうだね。まぁ、近くに城がないからお寺かな?」
知哉「寺もいいけどよ、未悠から教えてもらった映画館なんか結構いいぜ?」
修「四番目に書いてあるやつ? ……あぁ、確かにいいかもな」
重「でも智明ちゃんの案もいいからねぇ。好きな衣装着て撮影すれば記念になるだろうし、佐紀ちゃんなんかは店でサービスしてくれるって言ってるしさ」
貴重な女性の意見をもとに長く話し合いが続いたが、つまるところ、どの順番でデートコースに組み込むかが問題となった。
修「いま教授さんが書き直した順番でいいんじゃねぇの?」
渡「え? どれ?」
修「いや、いま書いたやつだよ。その右側のやつ」
渡「えーっと、お寺行ってご飯食べて映画観て買い物して川沿いを散歩……」
知哉「確かに、良いんじゃないかそれで。あ、面倒くさいから言ってるわけじゃないからな?」
重「うん、それでいいと思うけどねぇ。昼食は佐紀ちゃんのとこで食べるわけだから、その後の映画館で休みながら映画を見られるしさ」
知哉「そうだな、佐紀の奴サービスするとか言ってたしよ、変に歩いて腹に刺激を送るのはヤバいもんな」
話を聞いていた渡も納得のようだった。
渡「午前中にお参りしてか…… うん、じゃあそうしようか」
知哉「でも写真撮影はどうするんだ?」
修「それは留学が終わる前までにすればいいだろうし、デートなんて何回も行くんだ、別の日にとっておいてもいいんじゃねぇか?」
知哉「おぉ、それもそうか」
重「じゃあ決まりだね」
すんなりとデートコースが決まり、意気揚々の5人。がしかし、椎名が急に考え込んだ表情になった。
修「あれ、どうしたんですか椎名さん?」
椎名「え? あ、いやね修君、このデートコースで本当に大丈夫かどうか試した方がいいのかなっと思って」
修「いや……………………」
ウンザリとした表情を隠さない修。
椎名「まぁ、デートコースそのものというより、実際に立ち寄る場所に行ってみて、女性の反応を確認した方がいいと思うんだよね。その結果を受けて、デートコースの最終調整をすれば完璧になると思わない?」
この依頼にあまり協力することができなかった椎名の善意の提案に黙りこむ4人。それもそのはず、試すということは自分たちで試すしかないということ。さらに4人には彼女がいない、となれば今回協力してくれた女性たちに協力をしてもらわなければいけない。場合によっては地獄と化す。
椎名「よし、それじゃ今から電話して、空いてる日を聞いてみないと。早めに検証して直すとこは直さないといけないから」
四人『えぇ、まぁ……』
全く気乗りしない四人は仕方なく電話をかけ始めた。そして三人はさらに気が乗らなくなった。
椎名「なるほど、渡君のお姉さんと小春ちゃんは都合がつくんだね?」
渡「はい!」
三人『はい……』
当然、渡の返事は元気なものだった。
椎名「うーん、小春ちゃんはどんな女の子なのかな?」
俄然やる気になった渡が素早く答える。
渡「修をもう少し口悪くした元気な女の子です!」
椎名「そうなんだ…… じゃ、重君がいいかな? 男女間のバランスをとってさ」
渡「そうですね!」
知哉「そうですね!」
二人『そうですねえ……』
渡に続き知哉も元気になった。それもそのはず、渡の姉の麻衣に気に入られてるのは修であり、麻衣の相手を務めるのは修なのだ。
椎名「それじゃ、渡君のお姉さんに気に入られてるんだから、修君お願いね?」
修「はーい……」
椎名「よし、そうと決まれば後はやるだけだね! それじゃ渡君と知哉君はそれぞれ二人に同行して客観的な立場から調査してみてくれる?」
渡「わかりました!」
知哉「わかりました!」
会議から数日後。修と麻衣はお寺にやって来ていた。
修「き、今日はお時間を作っていただいてありがとうございます」
麻衣「修ちゃんの為ならいつでも時間作ってあげる」
修「それで…… お寺のこの先のですね、あの、夏椿とアジサイがとても綺麗でして……」
麻衣「あら夏椿?」
修「あ、ご存知ですか?」
麻衣「白くて綺麗いなお花よね。好きよ私」
修「それは良かったです」
麻衣「修君も好きなの?」
修「はい。俺はどっちかというと、樹皮の模様が好きなんですよ。夏椿は独特な模様してますから」
麻衣「確かにそうね」
微笑む麻衣に修は安堵した。グイグイと迫ってきた前の時とは違い、お淑やかな麻衣。修と麻衣の後方か見守る渡も安心していた。
渡「いつも今日の姉貴みたいだったら良いのに……」
だが、渡はすぐにその考えを改めることになった。
修「それにしても、良い香りですね。香水ですか?」
麻衣「え? でも私、香水は付けてないのよ」
修「そうなんですか!?」
麻衣「うん。私ね、紅茶とかお花とか、香りも楽しむものが好きだから、香水は付けないの。香水もいい香りなんだけどね」
修「じゃあ、何の香り……」
麻衣「私のフェロモンかもしれないわぁ。私の体が修君に反応して良い香りを出してるのかも」
弟の渡はドン引きというやつで、やはり姉は食虫植物なのだと確信していた。
修「あははは……………」
苦笑いをする修は、離れて見守る渡の顔を見た。渡は修の表情から気持ちを十分に汲みとったうえで、そっと顔をそらした。
一方、重と小春は喫茶Night&Dayに来ていた。朝食を食べ損ねてお腹が空いたと小春が言うので、早めに来ていたのである。
小春「ったく、久しぶりに出掛ける服装選びなんてしちゃったよ大先生!」
重「い、意外とあれなんだね、その……」
小春「女の子らしい?」
重「う、うん……」
小春「今どき女の子らしいってのはあんまり…… まぁでもあれか、花も恥じらうって言うからなぁ。でもほら、中学の時の音楽の先生いたろ? 洒落たスカートはいてた」
重「あぁ、北田先生?」
小春「そうそう。北田先生の服装見て以来、スカートが好きになっちゃってさぁ。それまでは制服のスカートしか持ってなかったのに、今じゃすごい数だよ」
重「へぇー、知らなかった」
小春「親父なんか腰抜かしてたなぁ、『ス、スカー… かぁちゃん、小春がスカート!』なんて叫んでたな。つーか思い出した、知哉のやつうまくやってんのかな?」
小春はデートの検証に付き合う代わりに、店の手伝いをしてくれと頼んでいたのだ。
重「一応、中華料理屋の息子だからねぇ、客商売は大丈夫だと思うんだけど……」
小春「忘れてた忘れてた! 知哉のウチ中華料理屋だった! なら安心だな」
すっかり空になった数枚の皿を前に、小春はゴクゴクと喉を鳴らしながら水を飲んだ。
重「それにしても、すごいね…… 全部食べちゃうなんてさ」
小春「ん、そうか? 大先生が小食なだけだろ? 小食系男子ってか? かっかっかっかっ!」
小春が豪快に笑っていると、厨房から佐紀がテーブルへやってきた。
佐紀「どう小春ちゃん!! 味のほうは!!」
小春「いやー、佐紀は相変わらず声がでかいし、料理のほうも相変わらず抜群だな!」
佐紀「あったりまえよ!! 私もたくさん修行してきたんだから!!」
小春「それにしても食った食った! 佐紀、ご馳走様!」
佐紀「どういたしまして!!」
重「じゃ佐紀ちゃん、お会計いいかな?」
佐紀「うん!! 全部で1500円ね!!」
小春「安いな!!」
佐紀「初回サービスよ、初回サービス!! あと……」
佐紀は持っていたカードにその場でハンコを押し、それを小春に渡した。
小春「ん? なんだこれ?」
佐紀「ポインティーカードよ!!」
小春「ポインティー?」
その頃、映画館では麻衣を含めた女性の悲鳴が館内に響いていた。
修「ったく、なんで今日に限って四谷怪談なんだ……」
麻衣「キャーッ! お岩さん、もう許してぇ…… キャーッ!」
他の外国人は母国語で映画を楽しむためにヘッドフォンをしていたが、修は悲鳴を緩和するため、スイッチを入れずにヘッドフォンをしていた。だが、そのヘッドフォンが急に外された。
修「ん?」
麻衣「英語で聞いてるのに怖ーい! キャーッ!」
修「ちょ、ちょっとお姉様! わざわざ、ヘッドフォン取って言わないでくださいよ!」
修は叫ぶ麻衣の向こうに、必死になって踊りを踊ってる男を見つけた。
修「あのバカ……」
渡「ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ! ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ!」
従業員「すみませんお客様、上映中のダンスはちょっと……」
たまらず従業員が止めに入る。
渡「だってお岩さんが! ギャーッ! ヨーミヨーミ‥」
従業員「お客様、インドからお越しのようですが日本では‥」
渡「僕は日本人です! ギャーッ! ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ!」
当然、修は他人のフリをした。
渡「………あ、篠塚さん、ここでいいです」
一刻も早く姉から解放されたい渡は、何でも屋近くの道で車を停めてもらった。
麻衣「なによ? 事務所まで送ってあげるわよ」
渡「……いや、いいよ。無理言って時間を取ってもらったんだから、ここからは歩いて帰るよ。姉貴じゃなかった、お姉様も仕事で忙しいんだし、早く帰らなきゃいけないんだろ?」
麻衣「あら、たまには可愛いこと言うじゃない。じゃ、そうさせてもらうわ」
渡「それじゃ、また」
修「……今日はありがとうございました」
麻衣「今度はゆっくり話しましょうねぇ、修ちゃん」
二人が車を降りると、麻衣を乗せたコールスモイスは走り出した。ようやく解放された二人はフラフラと歩きだし、近くにあったベンチへ倒れ込むようにして腰掛けた。
修「……こんなこと言いたかないが、俺、教授の姉ちゃん苦手だ」
渡「俺も、こんなこと言いたくないけど、実の姉が苦手……」
どっと疲れた二人はそのベンチから動けずにいた。とめどなく続けられる情熱的な話を2時間も聞かされた日には無理もない。
修「このままベンチが勝手に動いて事務所まで行ってくんねぇかなぁ……」
修は疲れた目で地面の一点を見つめ続ける。
渡「うわー、それいいなぁ…… あれ? ちょっと修」
修「ん?」
渡「あれウチの二人じゃないの?」
ベンチにもたれかかっている渡の目に、大量の野菜が入ったビニール袋を手に、重い足取りで歩いてくる二人が見えた。
修「ん? あぁ本当だ。でも何だあれ、バカみたいに野菜を持ってけ…ど…」
渡「おーい! 野菜コンビ!」
先ほどすれ違った子供たちに『野菜マン』と呼ばれた知哉と重は、野菜コンビの事が自分たちの事だとすぐに分かった。
知哉「おー、どうだったよ? 教授の姉ちゃんに話は聞けたのか?」
ベンチへ先に着いた知哉は、修の膝の上に野菜いっぱいのビニール袋を置いた。
修「まぁ、いろいろと聞くには聞けたよ。つーか、どうしたんだよこの野菜?」
知哉「小春に話を聞きにいったらよ『話聞いてやったんだから代わりに野菜買ってけ』って言われてよ」
修「ははっ、そうかそうか。やっぱり八百屋継いだか」
知哉「おう、そうみてぇ。まっ、後で話すけど、とんだ散財だったよ」
重「ふぅ、そっち二人も疲れてるみたいだね」
歩くのが遅い重がようやくベンチまでたどり着いた。
渡「そりゃそうだよ大先生、もう姉ちゃんが喋る喋る…… 修なんか前より一段と気に入られちゃってさ」
重「あれ、そうなの?」
修「いやさ、忘れてたんだよ、教授の姉ちゃんに気に入られてんの」
重「中学の時なんかすごかったもんね?」
知哉「よぉ、そろそろ行こうぜ? 椎名さんに留守番頼んじゃってるんだからよ」
渡「そうだった。じゃ行こうか」
四人は何でも屋に向けて歩き出した。すっかり疲れてしまった四人だったが、椎名が一人で大変だろうからと、帰り道を急いだ。
重「はぁー、ようやく帰ってきたよ」
知哉「今日は歩いたもんな」
それなりの距離があったものの、さすがに若い四人はあっという間に事務所に到着した。
渡「はぁー、着いたら着いたで、どっと疲れが出るね」
渡は知哉から受け取った半分の野菜を持って事務所の中に入っていった。
渡「ギャーーッ!」
事務所に入った途端、渡は猛烈な勢いで踊り出した。
渡「ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ! ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ!」
修「おい、何だよ急に!? おい知哉、手伝え!」
修と知哉が二人がかりで渡を止めにかかる。
知哉「落ち着けよ教授! 何だよどうしたんだよ!?」
修「ほら、深呼吸しろって深呼吸!」
二人が渡を落ち着かせている間、重は恐る恐る事務所の中をうかがっていた。すると、真っ白な顔に返り血を浴びた男が事務所から出てきた。
重「うわぁぁぁぁぁ! ゴボウゴボウゴボウ!」
重はビニール袋の中からゴボウを取りだし、その血まみれの男をたたき始める。
重「このっ! このっ! このっ!」
椎名「痛いっ! ちょっと重君! 僕だよ!」
修「あ!? 今度はなんだよ!?」
そのやり取りに気付いた修が二人の間に割って入り止める。
修「シゲ! 椎名さんだよ、椎名さん!」
修に羽交い絞めされた重は、ゴボウに痛む椎名の姿を見てようやく止まった。
重「あっ本当だ! すみません椎名さん! 大丈夫ですか!?」
椎名「……うん大丈夫。僕のほうこそ驚かしちゃってごめんね」
なんとか落ち着きを取り戻した渡は、椎名の顔を見るなりタメ息を吐いた。
渡「勘弁してくださいよ椎名さん…… なんでメイクしてるんですか」
椎名「ごめんね渡君。留守番しながら新しいメイクを考えててさぁ」
修「まったくもう……」
椎名「いやぁ申し訳ない」
修「それじゃ、気を取り直して会議でもするか?」
重「あ、それならちょっと待っててよ。買わされた野菜を切ってくるから。スティック状にしておけば会議しながらポリポリ食べられるでしょ?」
修「おっ、いいねぇ。俺も手伝うよ」
重と修が野菜を切り、飲み物の準備をしている間に、残りの三人は会議室で準備をすすめた。
渡「それじゃ、一応ボードに書くかな……」
渡はホワイトボードの前に立ち、ペンを手に取った。
椎名「ホワイトボードには僕が書くよ?」
渡「え? いやぁ、悪いですよ」
椎名「いいって渡君。デートコースの依頼は手伝えてないし、これくらいはやらせてよ」
渡「……それじゃ、お願いします」
椎名は頷きホワイトボードに何やら書き始めた。
『第一回デートコース決定会議』
それはホワイトボードの三分の一のスペースを占めていた。
渡「やっぱ俺が書きます」
椎名「えっ?」
渡「いや、こういうものは年下が書くもんですから……」
渡はホワイトボードを一度綺麗にすると、適当なスペースを使って先ほどの議題を書いた。
知哉「椎名さんはどっしりと座っててもらえば……」
渡「お前さんは座ってないで何か手伝え!」
知哉「だって別にやることないだろ、今回は」
渡「聞いてきた情報をボードに書くんだから、横でアシスタントをしなさいよ」
知哉「はいはい……」
渡「はいは十回!」
知哉「はいはいはいはいは… なんでだよ!」
重「何をバカやってんの?」
切った野菜を盆にのせて重が修と一緒に会議室へ入ってきた。修が持つ盆にはウーロン茶の入ったコップが人数分あった。
修「おい知哉、コップ配ってくれよ」
知哉「あいよ」
ウーロン茶、スティック野菜、議題の準備が整うと、各々イスに座った。
渡「それじゃ、始めようか。取りあえず、お互いが聞き込みで得た情報を整理して書いてみたんだけど……」
何でも屋五人はスティック野菜でパリポリパリポリ音をたてながらボードを眺める。
修「結局、赤みそも白みそも美味いってことだな」
渡「え? そんな事を書いた覚えはないよ?」
修「あ、わりぃ、この野菜に付ける味噌の話をしただけ」
渡「紛らわしいねぇ」
修「紛らわしいかぁ? デートに味噌の話はなかなか出てこないだろ」
渡「わかんないでしょ? っていうか、そんなのはどうでもいいんだよ、なんか良い案ない?」
椎名「渡君のお姉さんの話は使えるんじゃないかなぁ」
知哉「そうですねぇ」
重「教授さんのお姉ちゃんの話を今回の依頼に置き換えて考えると、城とか神社とか寺とかになるのかな?」
渡「そうだね。まぁ、近くに城がないからお寺かな?」
知哉「寺もいいけどよ、未悠から教えてもらった映画館なんか結構いいぜ?」
修「四番目に書いてあるやつ? ……あぁ、確かにいいかもな」
重「でも智明ちゃんの案もいいからねぇ。好きな衣装着て撮影すれば記念になるだろうし、佐紀ちゃんなんかは店でサービスしてくれるって言ってるしさ」
貴重な女性の意見をもとに長く話し合いが続いたが、つまるところ、どの順番でデートコースに組み込むかが問題となった。
修「いま教授さんが書き直した順番でいいんじゃねぇの?」
渡「え? どれ?」
修「いや、いま書いたやつだよ。その右側のやつ」
渡「えーっと、お寺行ってご飯食べて映画観て買い物して川沿いを散歩……」
知哉「確かに、良いんじゃないかそれで。あ、面倒くさいから言ってるわけじゃないからな?」
重「うん、それでいいと思うけどねぇ。昼食は佐紀ちゃんのとこで食べるわけだから、その後の映画館で休みながら映画を見られるしさ」
知哉「そうだな、佐紀の奴サービスするとか言ってたしよ、変に歩いて腹に刺激を送るのはヤバいもんな」
話を聞いていた渡も納得のようだった。
渡「午前中にお参りしてか…… うん、じゃあそうしようか」
知哉「でも写真撮影はどうするんだ?」
修「それは留学が終わる前までにすればいいだろうし、デートなんて何回も行くんだ、別の日にとっておいてもいいんじゃねぇか?」
知哉「おぉ、それもそうか」
重「じゃあ決まりだね」
すんなりとデートコースが決まり、意気揚々の5人。がしかし、椎名が急に考え込んだ表情になった。
修「あれ、どうしたんですか椎名さん?」
椎名「え? あ、いやね修君、このデートコースで本当に大丈夫かどうか試した方がいいのかなっと思って」
修「いや……………………」
ウンザリとした表情を隠さない修。
椎名「まぁ、デートコースそのものというより、実際に立ち寄る場所に行ってみて、女性の反応を確認した方がいいと思うんだよね。その結果を受けて、デートコースの最終調整をすれば完璧になると思わない?」
この依頼にあまり協力することができなかった椎名の善意の提案に黙りこむ4人。それもそのはず、試すということは自分たちで試すしかないということ。さらに4人には彼女がいない、となれば今回協力してくれた女性たちに協力をしてもらわなければいけない。場合によっては地獄と化す。
椎名「よし、それじゃ今から電話して、空いてる日を聞いてみないと。早めに検証して直すとこは直さないといけないから」
四人『えぇ、まぁ……』
全く気乗りしない四人は仕方なく電話をかけ始めた。そして三人はさらに気が乗らなくなった。
椎名「なるほど、渡君のお姉さんと小春ちゃんは都合がつくんだね?」
渡「はい!」
三人『はい……』
当然、渡の返事は元気なものだった。
椎名「うーん、小春ちゃんはどんな女の子なのかな?」
俄然やる気になった渡が素早く答える。
渡「修をもう少し口悪くした元気な女の子です!」
椎名「そうなんだ…… じゃ、重君がいいかな? 男女間のバランスをとってさ」
渡「そうですね!」
知哉「そうですね!」
二人『そうですねえ……』
渡に続き知哉も元気になった。それもそのはず、渡の姉の麻衣に気に入られてるのは修であり、麻衣の相手を務めるのは修なのだ。
椎名「それじゃ、渡君のお姉さんに気に入られてるんだから、修君お願いね?」
修「はーい……」
椎名「よし、そうと決まれば後はやるだけだね! それじゃ渡君と知哉君はそれぞれ二人に同行して客観的な立場から調査してみてくれる?」
渡「わかりました!」
知哉「わかりました!」
会議から数日後。修と麻衣はお寺にやって来ていた。
修「き、今日はお時間を作っていただいてありがとうございます」
麻衣「修ちゃんの為ならいつでも時間作ってあげる」
修「それで…… お寺のこの先のですね、あの、夏椿とアジサイがとても綺麗でして……」
麻衣「あら夏椿?」
修「あ、ご存知ですか?」
麻衣「白くて綺麗いなお花よね。好きよ私」
修「それは良かったです」
麻衣「修君も好きなの?」
修「はい。俺はどっちかというと、樹皮の模様が好きなんですよ。夏椿は独特な模様してますから」
麻衣「確かにそうね」
微笑む麻衣に修は安堵した。グイグイと迫ってきた前の時とは違い、お淑やかな麻衣。修と麻衣の後方か見守る渡も安心していた。
渡「いつも今日の姉貴みたいだったら良いのに……」
だが、渡はすぐにその考えを改めることになった。
修「それにしても、良い香りですね。香水ですか?」
麻衣「え? でも私、香水は付けてないのよ」
修「そうなんですか!?」
麻衣「うん。私ね、紅茶とかお花とか、香りも楽しむものが好きだから、香水は付けないの。香水もいい香りなんだけどね」
修「じゃあ、何の香り……」
麻衣「私のフェロモンかもしれないわぁ。私の体が修君に反応して良い香りを出してるのかも」
弟の渡はドン引きというやつで、やはり姉は食虫植物なのだと確信していた。
修「あははは……………」
苦笑いをする修は、離れて見守る渡の顔を見た。渡は修の表情から気持ちを十分に汲みとったうえで、そっと顔をそらした。
一方、重と小春は喫茶Night&Dayに来ていた。朝食を食べ損ねてお腹が空いたと小春が言うので、早めに来ていたのである。
小春「ったく、久しぶりに出掛ける服装選びなんてしちゃったよ大先生!」
重「い、意外とあれなんだね、その……」
小春「女の子らしい?」
重「う、うん……」
小春「今どき女の子らしいってのはあんまり…… まぁでもあれか、花も恥じらうって言うからなぁ。でもほら、中学の時の音楽の先生いたろ? 洒落たスカートはいてた」
重「あぁ、北田先生?」
小春「そうそう。北田先生の服装見て以来、スカートが好きになっちゃってさぁ。それまでは制服のスカートしか持ってなかったのに、今じゃすごい数だよ」
重「へぇー、知らなかった」
小春「親父なんか腰抜かしてたなぁ、『ス、スカー… かぁちゃん、小春がスカート!』なんて叫んでたな。つーか思い出した、知哉のやつうまくやってんのかな?」
小春はデートの検証に付き合う代わりに、店の手伝いをしてくれと頼んでいたのだ。
重「一応、中華料理屋の息子だからねぇ、客商売は大丈夫だと思うんだけど……」
小春「忘れてた忘れてた! 知哉のウチ中華料理屋だった! なら安心だな」
すっかり空になった数枚の皿を前に、小春はゴクゴクと喉を鳴らしながら水を飲んだ。
重「それにしても、すごいね…… 全部食べちゃうなんてさ」
小春「ん、そうか? 大先生が小食なだけだろ? 小食系男子ってか? かっかっかっかっ!」
小春が豪快に笑っていると、厨房から佐紀がテーブルへやってきた。
佐紀「どう小春ちゃん!! 味のほうは!!」
小春「いやー、佐紀は相変わらず声がでかいし、料理のほうも相変わらず抜群だな!」
佐紀「あったりまえよ!! 私もたくさん修行してきたんだから!!」
小春「それにしても食った食った! 佐紀、ご馳走様!」
佐紀「どういたしまして!!」
重「じゃ佐紀ちゃん、お会計いいかな?」
佐紀「うん!! 全部で1500円ね!!」
小春「安いな!!」
佐紀「初回サービスよ、初回サービス!! あと……」
佐紀は持っていたカードにその場でハンコを押し、それを小春に渡した。
小春「ん? なんだこれ?」
佐紀「ポインティーカードよ!!」
小春「ポインティー?」
その頃、映画館では麻衣を含めた女性の悲鳴が館内に響いていた。
修「ったく、なんで今日に限って四谷怪談なんだ……」
麻衣「キャーッ! お岩さん、もう許してぇ…… キャーッ!」
他の外国人は母国語で映画を楽しむためにヘッドフォンをしていたが、修は悲鳴を緩和するため、スイッチを入れずにヘッドフォンをしていた。だが、そのヘッドフォンが急に外された。
修「ん?」
麻衣「英語で聞いてるのに怖ーい! キャーッ!」
修「ちょ、ちょっとお姉様! わざわざ、ヘッドフォン取って言わないでくださいよ!」
修は叫ぶ麻衣の向こうに、必死になって踊りを踊ってる男を見つけた。
修「あのバカ……」
渡「ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ! ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ!」
従業員「すみませんお客様、上映中のダンスはちょっと……」
たまらず従業員が止めに入る。
渡「だってお岩さんが! ギャーッ! ヨーミヨーミ‥」
従業員「お客様、インドからお越しのようですが日本では‥」
渡「僕は日本人です! ギャーッ! ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ!」
当然、修は他人のフリをした。
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