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第二章:よそでイチャつけ!
ショートフックと銀行員
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会計を済ませた二人はカリフォルニアロードへとやってきた。ロードの入り口には道場に掛けてあるような木製の看板が設置されていた。
重「やっぱりアメリカンじゃないねぇ……」
大きなその看板には草書体でカリフォニアロードと書かれていた。さらには、その看板を小さくしたものがロード内の街灯すべてに取り付けられていた。
知哉「どこをどう見たって、カリフォルニアには見えねぇな。狩璃彫瑠弐愛みてぇだよ」
日本らしい商店が並ぶカリフォルニアロードを二人が進んでいくと、未悠が働いているローングームーン銀行が見えてきた。
重「おっ、あそこだね」
知哉「よし、じゃ入るか」
二人は銀行の自動ドアを抜けて中に入っていった。清潔感のある内装はどこか冷ややかで、銀行独特の緊張感があった。そんな緊張感を感じていた二人に女性の銀行員が近づいていく。
銀行員「ようこそ、いらっしゃいませ」
銀行員は前で手を合わせ深々と頭を下げた。
重「あ、どうも……」
知哉「あ、どうも……」
銀行員「お客様、本日はどのようなご用件で?」
銀行員は頭を上げるとワザとらしい笑顔を見せた。
重「あっ!」
銀行員「知ちゃんも大先生も久しぶりだね」
出迎えた銀行員は二人が会いに来た未悠だった。先ほどの智明以上の変貌ぶりに、知哉は当然の質問をする。
知哉「未悠か? 本当に田渕未悠か?」
未悠「うん、田渕未悠だよ」
重は何度もメガネを上げたり下げたりしながら未悠を見つめる。
重「久しぶりだね、未悠ちゃん。なんかすっかり大人な女性になっちゃって」
未悠「そう?」
重「そりゃもう……」
未悠「それで、話を聞きに来たんでしょ?」
知哉「ていうか、俺達からやって来てアレなんだけど、いま話してても平気なのか?」
未悠「大丈夫も何も周りを見てみなよ? お客さん誰もいないんだよ?」
確かに、銀行の中に客は誰一人としていなかった。
知哉「それって、いろいろと大丈夫なのか?」
未悠「大丈夫大丈夫。じゃ、あそこのパーテーションで区切ってあるとこの席に座っててよ」
重「うん、わかった」
二人は言われた通りの場所で座って待った。
重「うーん、やっぱり銀行ってのは落ち着かないなぁ」
知哉「そりゃ俺たちが貧乏人だからだよ。だから教授さんなんかは緊張しねぇんじゃねぇの? お金持様なんだから」
重「学生の時はそうだったかもね。でもさ、実家はお金持ちだけど、今は四人全員同じ稼ぎなんだよ?」
知哉「あっ、そっか……」
重「それに、銀行での手続きとかは教授さんと椎名さんに大部分を頼んでるんだから、教授さんも緊張してるんじゃない?」
知哉「うーん、やっぱさぁ、経理担当を雇わないとダメだな。事務担当とかさ。早く軌道にのせないと、教授と椎名さんに頼りっぱなしじゃな」
重「なのに、この依頼は赤字確定だからね……」
未悠「はーい、お待たせ」
脱線話で二人が暗くなってると、未悠が麦茶の入ったコップを持ってやってきた。
重「ありがと」
知哉「サンキュー」
未悠「それで、二人揃ってどうしたの?」
知哉「いや、実は…… ちょっと前に修から電話もらってさ、大宇宙‥」
重「こらっ!」
重が知哉の頬を軽くはたいた。
知哉「イテッ!」
重「どっから説明してんの! 知ちゃんは黙っててよ、俺が説明するから」
重は先ほど智明に説明したような事を未悠に話した。もちろん、智明とのやり取りも丁寧に説明した。それを聞いていた未悠は何か思いついたようで、重が話し終えるとすぐにある提案を出した。
未悠「そういうことならいい場所があるよ」
重「いい場所? それって……」
そのときだった。パーテーション越しに男の声が聞こえてきた。
男「田淵さーん……」
未悠はその声を聞くと素早く立ち上がった。
未悠「ゴメン、ちょっと待ってて」
未悠は席を離れると、男のもとへ駆け寄る。
未悠「支店長、なんでしょうか?」
未悠を呼んだ男は銀行の支店長だった。
支店長「なにって…… お客さんなのかな、あそこのお二方は?」
顔色は悪く、覇気もない支店長はボソッとこぼす。
未悠「はい、お客様です! 個人的な!」
支店長「………あのね、ここ最近ヒマだからって、そういう事じゃ困るよ?」
未悠「すみません。ですが、個人的なお客様ですけど、あの二人は私の同級生で、もう二人足して四人で何でも屋を開業して頑張っているんです。さらに……」
支店長「さらに?」
未悠「その同級生の一人は大塚渡というんです」
支店長「………それが、どうしたのかな?」
疲れ切って、死んだ魚のような目をしている支店長は、渡の名前を聞いてもピンと来なかった。
未悠「どうしたって、あの大塚グループの御曹司ですよ!」
支店長「…………………息子? えぇっ!? えぇぇっ!」
銀行内に響き渡る支店長の叫び声のような驚きの声。行員たちも何でも屋の二人も、その声に未悠と支店長のほうをのぞき込んだ。
支店長「田淵さん! 大塚社長の息子さんと同級生なの!?」
未悠「だからそう言ってるじゃないですか」
支店長「じゃ、あそこにおられるお客様方は、その息子さんと働いてるという……」
未悠「だから、そうですよ!」
支店長「ということは何? そんなお客様に麦茶を一杯? ちょっと高橋君! うな重二つ頼んでください!」
未悠「ちょっと、なに言ってるんですか支店長!」
支店長「おもてなしに決まってるでございましょうよ! トンチンカンチンなことおっしゃられていらっしゃられる場合ではないで候」
興奮して訳の分からなくなっている支店長は最後の最後で武士口調になった。
未悠「支店長、落ち着いてくださいよ! これじゃお客様とお話が出来ないですよ!」
支店長「えっ? あぁ、そうか、そうだね……」
未悠「いいですから、ご自分の席に戻ってください! あと高橋先輩! うな重は頼まないでくださいね!」
高橋「えっ!? 頼まなくていいの!? あ、すみません、うな重なんですけれども……」
未悠は支店長が席に戻ったことを見届けると、何でも屋二人のもとへ戻った。
未悠「ふぅ…… ゴメンゴメン、それで何の話だっけ?」
重「…………あ、えーっと、そういう事なら良い場所がっていう話かな?」
未悠「あぁ、そうだった。それで、良い場所っていうのは映画館なの」
重「映画館?」
未悠のありきたりな提案に二人は驚きと落胆が混ざったような複雑な顔を見せる。
未悠「その顔はなに?」
知哉「いや、映画館は定番中の定番だろ?」
重「そうだよ、映画館なら他の国にもいくらでもあるし、依頼主はアメリカから来てるんだよ? ハリウッド映画とか最新で最先端の映画が作られる国なんだから……」
未悠「…………私がありきたりな案を出すと思う?」
どすの効いた声を出した未悠は眉間にしわを寄せた。
知哉「いやっ……」
重「……思わないです」
未悠「まぁ、いいでしょう。それで、その映画館は普通とはちょっと違うんだな」
重「ちょっと違う?」
未悠「そう。私の知ってるその映画館は日本映画しか放映してないの。しかも、海外の人も楽しめるように吹き替えと字幕の二つでやってるんだから」
重は『なるほど』とメガネを上げ、知哉は『へぇ』と身を乗り出す。
未悠「更に、吹き替えは座席についてるヘッドフォンから聞けるうえに、十ヶ国語の中から選んで聞くことが出来るんだよ?」
重は『そいつは』と目を開いて、知哉は『すごい』と何度もうなずく。
未悠「更に更に、字幕はスクリーンに直接表示されるんじゃなくて、専用ゴーグルをかけると見えるようになるの。それも十ヶ国語の中から選べるの」
重「そんな映画館があるなんて知らなかったよ!」
知哉「それなら今回の依頼にもピッタリだ!」
未悠「でしょ? 日本語と日本の文化の勉強にも良いって、密かなブームなんだから。まぁ私は行ったことはないんだけどね…… それで場所なんだけど……」
重「ちょ、ちょっと! 行ったことないの?」
未悠「うん、私のお姉ちゃんから聞いた話なの。お姉ちゃんの彼氏がイタリア人だったから、その映画館によく行ってたみたい」
重「あぁ、そういうことか」
知哉「まぁ、なんだ……」
知哉は急に渋い声を出した。
知哉「映画を通して、一般庶民の暮らしから、日本人の基本的な物の捉え方や考え方を少しは理解してもらえるかもしれないな」
重は『明日は大雪だな』と心の中で思っていた。
未悠「それで場所なんだけど」
重「えっ? あぁ、ゴメンゴメン」
未悠「これ、その映画館のクーポン券なんだけど、裏に住所と小さいけどマップが書いてあるから。いまどきクーポン券と思うかもしれないけど、クーポン券のデザインなんか見てよ」
知哉「おー、ザ・レトロだな。カタカナのフォントといい、全体的な色味といい……」
未悠「映画だけじゃなく、古き良き日本の雰囲気を味わえる映画館らしいの」
知哉「いやぁ、これは参考になったなぁ!」
重「未悠ちゃん、ありがとう」
未悠「どういたしまして。あ、そうだ、渡君にお礼言っといて。支店長の事を扱いやすくなったって」
知哉「おい、聞こえちゃうぞ?」
未悠「いいのいいの、支店長元気になったから。仕事でちょっといろいろあってね……」
知哉「あぁ、そういうことか」
未悠「うん。あっ、あと修に言っておいて、まだトレーニング続けてるから相手になってあげるって」
未悠はそう言うと、左のダブルから右のショートフックのシャドーをしてみせた。右のショートフックは打ち終わりしか確認できない速さだった。
未悠「渡君でもいいんだけど、もう立場上、大塚グループの御曹司にケガはさせられないからねぇ」
重と知哉の脳裏に、ある古い新聞記事が映し出され、見出しには『中学三年生の田淵未悠さん、アマチュアボクシング・アジアチャンピオン』とあった。
知哉「……お、おう、伝えておくよ」
重「そ、それじゃまたね」
未悠「うん、また連絡してね!」
知哉と重は未悠に別れを告げて銀行を後にした。
知哉「ふぅー、未悠が強いってことすっかり忘れてたよ」
重「当時の女子中学生の部でチャンピオンだったもんね……」
知哉「それで? お次は誰だい?」
重「お次は…… お料理上手の佐紀ちゃんのところだね。商店街の喫茶店で働いてるんだって」
知哉「あぁ、なんだよ、だったら佐紀の働いてるところで昼飯にすればよかったな」
重「まっ、ご飯はまた別の機会にさせてもらおうよ? 今回はコーヒーにしてさ」
佐紀の働く喫茶店は今いる場所から少し遠かったが、ちょうどいい腹ごなしだと二人は歩き始めた。
数十分後、二人はようやく佐紀の働く喫茶店がある商店街、『ハキハキオレンジ商店街』に到着した。アーケードが優しいオレンジ色をしていることから『オレンジロード』の別名を持つこの商店街は、平日休日問わず人と活気で溢れている。
知哉「おー、賑わってるなぁ」
重「すごい活気だねぇ。ウチの近くの商店街とは大違いだよ」
知哉「じゃあさっそく店に行ってみようぜ?」
佐紀が働いている『喫茶Night&Day』は商店街でも人気の店。以前はコーヒーや紅茶など飲み物だけが美味しいと評判、つまりは料理がマズイ店だった。だが佐紀が店で働き始めてからは、料理も飲み物も美味い店として知られている。
重「ここを左に曲がったら右手に見えるはず…… あっ、あれだ!」
オレンジロードの一角にあるNight&Dayを見つけた二人。喫茶店は木を基調とした穏やかな作りで、木目を活かしたデザインは、木工マイスターの作り上げた作品のようだった。
知哉「これが喫茶店だよなぁ」
二人はボディビルダーに絡まれることもなく、エイリアンの腕を掴むこともなく店に入れた。店内にはゆったりとした時間とスロージャズが流れ、シーリングファンが回っており、心地よいコーヒーの香りでなければバーと間違えてもおかしくはなかった。
店員「いらっしゃいませ」
清潔感のある白いシャツにシックな前掛けをした女性店員が二人を出迎え、二人はお客様として席に案内された。それは普通のことだったが、ピロピロとうるさい宇宙人がいないことは、二人にとって普通ではなかった。
店員「ご注文がお決まりになりましたら、お声をかけてください」
知哉「あっ、はい」
重「あの、すいません」
一礼して戻ろうとする店員を重が呼び止める。
重「すいません、ここで伊藤佐紀さんが働いていると聞いたんですが……」
店員「佐紀さんですか? 佐紀さんなら、お隣のテーブルで休憩しています」
店員に言われたほうへ目をやると佐紀の姿があった。佐紀は悩まし気な表情で腕を組み、テーブルの上いっぱいに置かれた料理を見つめていた。
重「どうも、ありがとうございます」
知哉と重は店員に礼を言うと、悩んでいる佐紀のテーブルへと移らせてもらった。
知哉「よう佐紀!」
重「久しぶり佐紀ちゃん」
佐紀「ん? あ!! 知哉君と重君じゃない!! 何よ!! どうしたのよ!!」
佐紀はかなり大きい声で驚く。
知哉「あ、相変わらず声が大きいなぁ……」
佐紀「それが私のチャームポインティーだからね!! えへへへへ!!」
知哉「ポインティーってなんだよ?」
重「なんか、何かがすごく増しちゃってるよね……」
知哉「ていうか、この大量の料理は何?」
佐紀「うーん!! 知哉君これはね、私が作った新作料理なの!!」
重「新作?」
佐紀「そう!! 近いうちに『オータムランチ』っていうのをナイティー&デイーでやるのよ!! そのために私が考えた新作料理なの!!」
重「へぇ、そうなんだ。えっ、ナイティー&デイー?」
耳が『勘弁してください』というくらいの大声で話し続ける佐紀。この声で中学生の時に全国大声コンテスト3位というのだから、1位と2位の声の大きさは余程なのだろう。
重「何かを早めに減らさないと大変なことに……」
佐紀「なーに重君?!」
重「あ、いやその、何か悩んでるような顔をしてたから……」
佐紀「あぁ!! それはね!! 少し不安だったの!! これを食べて皆が美味しいって言ってくれるかなーって!!」
重「そういうことだったんだ」
佐紀「ポンッ!!」
佐紀は手のひらを叩くのに合わせてそう言うと、何かひらめいたようだった。
佐紀「食べてよ!!」
知哉「えっ?」
佐紀「私の料理!! 食べてみてよ!!」
腹ごなしに歩いてきたとはいえ、先ほど食べた料理が未だ消化しきれていない二人には死刑宣告に近いものだった。
知哉「いやぁ悪い。さっき昼飯食べてきちゃったからさぁ」
重「ちょっとまだパンパンなんだよね、おなか」
佐紀「食べてよ!! お金は取らないから!!」
重「……佐紀ちゃんって人の話を聞かないタイプだっけ?」
知哉「いや、ちょっとわか‥」
佐紀「ねぇ!! 食べてよ!! ほらスパゲッティ―だよ!?」
知哉「スパゲッティーってなんだよ? ……あぁ、スパゲッティ―は合ってるのか」
佐紀「はい!! あーん!!」
重「ちょっと待って! 今日は話を聞きに来たんだよ、話を」
佐紀「は・な・し!?」
重「やっぱりアメリカンじゃないねぇ……」
大きなその看板には草書体でカリフォニアロードと書かれていた。さらには、その看板を小さくしたものがロード内の街灯すべてに取り付けられていた。
知哉「どこをどう見たって、カリフォルニアには見えねぇな。狩璃彫瑠弐愛みてぇだよ」
日本らしい商店が並ぶカリフォルニアロードを二人が進んでいくと、未悠が働いているローングームーン銀行が見えてきた。
重「おっ、あそこだね」
知哉「よし、じゃ入るか」
二人は銀行の自動ドアを抜けて中に入っていった。清潔感のある内装はどこか冷ややかで、銀行独特の緊張感があった。そんな緊張感を感じていた二人に女性の銀行員が近づいていく。
銀行員「ようこそ、いらっしゃいませ」
銀行員は前で手を合わせ深々と頭を下げた。
重「あ、どうも……」
知哉「あ、どうも……」
銀行員「お客様、本日はどのようなご用件で?」
銀行員は頭を上げるとワザとらしい笑顔を見せた。
重「あっ!」
銀行員「知ちゃんも大先生も久しぶりだね」
出迎えた銀行員は二人が会いに来た未悠だった。先ほどの智明以上の変貌ぶりに、知哉は当然の質問をする。
知哉「未悠か? 本当に田渕未悠か?」
未悠「うん、田渕未悠だよ」
重は何度もメガネを上げたり下げたりしながら未悠を見つめる。
重「久しぶりだね、未悠ちゃん。なんかすっかり大人な女性になっちゃって」
未悠「そう?」
重「そりゃもう……」
未悠「それで、話を聞きに来たんでしょ?」
知哉「ていうか、俺達からやって来てアレなんだけど、いま話してても平気なのか?」
未悠「大丈夫も何も周りを見てみなよ? お客さん誰もいないんだよ?」
確かに、銀行の中に客は誰一人としていなかった。
知哉「それって、いろいろと大丈夫なのか?」
未悠「大丈夫大丈夫。じゃ、あそこのパーテーションで区切ってあるとこの席に座っててよ」
重「うん、わかった」
二人は言われた通りの場所で座って待った。
重「うーん、やっぱり銀行ってのは落ち着かないなぁ」
知哉「そりゃ俺たちが貧乏人だからだよ。だから教授さんなんかは緊張しねぇんじゃねぇの? お金持様なんだから」
重「学生の時はそうだったかもね。でもさ、実家はお金持ちだけど、今は四人全員同じ稼ぎなんだよ?」
知哉「あっ、そっか……」
重「それに、銀行での手続きとかは教授さんと椎名さんに大部分を頼んでるんだから、教授さんも緊張してるんじゃない?」
知哉「うーん、やっぱさぁ、経理担当を雇わないとダメだな。事務担当とかさ。早く軌道にのせないと、教授と椎名さんに頼りっぱなしじゃな」
重「なのに、この依頼は赤字確定だからね……」
未悠「はーい、お待たせ」
脱線話で二人が暗くなってると、未悠が麦茶の入ったコップを持ってやってきた。
重「ありがと」
知哉「サンキュー」
未悠「それで、二人揃ってどうしたの?」
知哉「いや、実は…… ちょっと前に修から電話もらってさ、大宇宙‥」
重「こらっ!」
重が知哉の頬を軽くはたいた。
知哉「イテッ!」
重「どっから説明してんの! 知ちゃんは黙っててよ、俺が説明するから」
重は先ほど智明に説明したような事を未悠に話した。もちろん、智明とのやり取りも丁寧に説明した。それを聞いていた未悠は何か思いついたようで、重が話し終えるとすぐにある提案を出した。
未悠「そういうことならいい場所があるよ」
重「いい場所? それって……」
そのときだった。パーテーション越しに男の声が聞こえてきた。
男「田淵さーん……」
未悠はその声を聞くと素早く立ち上がった。
未悠「ゴメン、ちょっと待ってて」
未悠は席を離れると、男のもとへ駆け寄る。
未悠「支店長、なんでしょうか?」
未悠を呼んだ男は銀行の支店長だった。
支店長「なにって…… お客さんなのかな、あそこのお二方は?」
顔色は悪く、覇気もない支店長はボソッとこぼす。
未悠「はい、お客様です! 個人的な!」
支店長「………あのね、ここ最近ヒマだからって、そういう事じゃ困るよ?」
未悠「すみません。ですが、個人的なお客様ですけど、あの二人は私の同級生で、もう二人足して四人で何でも屋を開業して頑張っているんです。さらに……」
支店長「さらに?」
未悠「その同級生の一人は大塚渡というんです」
支店長「………それが、どうしたのかな?」
疲れ切って、死んだ魚のような目をしている支店長は、渡の名前を聞いてもピンと来なかった。
未悠「どうしたって、あの大塚グループの御曹司ですよ!」
支店長「…………………息子? えぇっ!? えぇぇっ!」
銀行内に響き渡る支店長の叫び声のような驚きの声。行員たちも何でも屋の二人も、その声に未悠と支店長のほうをのぞき込んだ。
支店長「田淵さん! 大塚社長の息子さんと同級生なの!?」
未悠「だからそう言ってるじゃないですか」
支店長「じゃ、あそこにおられるお客様方は、その息子さんと働いてるという……」
未悠「だから、そうですよ!」
支店長「ということは何? そんなお客様に麦茶を一杯? ちょっと高橋君! うな重二つ頼んでください!」
未悠「ちょっと、なに言ってるんですか支店長!」
支店長「おもてなしに決まってるでございましょうよ! トンチンカンチンなことおっしゃられていらっしゃられる場合ではないで候」
興奮して訳の分からなくなっている支店長は最後の最後で武士口調になった。
未悠「支店長、落ち着いてくださいよ! これじゃお客様とお話が出来ないですよ!」
支店長「えっ? あぁ、そうか、そうだね……」
未悠「いいですから、ご自分の席に戻ってください! あと高橋先輩! うな重は頼まないでくださいね!」
高橋「えっ!? 頼まなくていいの!? あ、すみません、うな重なんですけれども……」
未悠は支店長が席に戻ったことを見届けると、何でも屋二人のもとへ戻った。
未悠「ふぅ…… ゴメンゴメン、それで何の話だっけ?」
重「…………あ、えーっと、そういう事なら良い場所がっていう話かな?」
未悠「あぁ、そうだった。それで、良い場所っていうのは映画館なの」
重「映画館?」
未悠のありきたりな提案に二人は驚きと落胆が混ざったような複雑な顔を見せる。
未悠「その顔はなに?」
知哉「いや、映画館は定番中の定番だろ?」
重「そうだよ、映画館なら他の国にもいくらでもあるし、依頼主はアメリカから来てるんだよ? ハリウッド映画とか最新で最先端の映画が作られる国なんだから……」
未悠「…………私がありきたりな案を出すと思う?」
どすの効いた声を出した未悠は眉間にしわを寄せた。
知哉「いやっ……」
重「……思わないです」
未悠「まぁ、いいでしょう。それで、その映画館は普通とはちょっと違うんだな」
重「ちょっと違う?」
未悠「そう。私の知ってるその映画館は日本映画しか放映してないの。しかも、海外の人も楽しめるように吹き替えと字幕の二つでやってるんだから」
重は『なるほど』とメガネを上げ、知哉は『へぇ』と身を乗り出す。
未悠「更に、吹き替えは座席についてるヘッドフォンから聞けるうえに、十ヶ国語の中から選んで聞くことが出来るんだよ?」
重は『そいつは』と目を開いて、知哉は『すごい』と何度もうなずく。
未悠「更に更に、字幕はスクリーンに直接表示されるんじゃなくて、専用ゴーグルをかけると見えるようになるの。それも十ヶ国語の中から選べるの」
重「そんな映画館があるなんて知らなかったよ!」
知哉「それなら今回の依頼にもピッタリだ!」
未悠「でしょ? 日本語と日本の文化の勉強にも良いって、密かなブームなんだから。まぁ私は行ったことはないんだけどね…… それで場所なんだけど……」
重「ちょ、ちょっと! 行ったことないの?」
未悠「うん、私のお姉ちゃんから聞いた話なの。お姉ちゃんの彼氏がイタリア人だったから、その映画館によく行ってたみたい」
重「あぁ、そういうことか」
知哉「まぁ、なんだ……」
知哉は急に渋い声を出した。
知哉「映画を通して、一般庶民の暮らしから、日本人の基本的な物の捉え方や考え方を少しは理解してもらえるかもしれないな」
重は『明日は大雪だな』と心の中で思っていた。
未悠「それで場所なんだけど」
重「えっ? あぁ、ゴメンゴメン」
未悠「これ、その映画館のクーポン券なんだけど、裏に住所と小さいけどマップが書いてあるから。いまどきクーポン券と思うかもしれないけど、クーポン券のデザインなんか見てよ」
知哉「おー、ザ・レトロだな。カタカナのフォントといい、全体的な色味といい……」
未悠「映画だけじゃなく、古き良き日本の雰囲気を味わえる映画館らしいの」
知哉「いやぁ、これは参考になったなぁ!」
重「未悠ちゃん、ありがとう」
未悠「どういたしまして。あ、そうだ、渡君にお礼言っといて。支店長の事を扱いやすくなったって」
知哉「おい、聞こえちゃうぞ?」
未悠「いいのいいの、支店長元気になったから。仕事でちょっといろいろあってね……」
知哉「あぁ、そういうことか」
未悠「うん。あっ、あと修に言っておいて、まだトレーニング続けてるから相手になってあげるって」
未悠はそう言うと、左のダブルから右のショートフックのシャドーをしてみせた。右のショートフックは打ち終わりしか確認できない速さだった。
未悠「渡君でもいいんだけど、もう立場上、大塚グループの御曹司にケガはさせられないからねぇ」
重と知哉の脳裏に、ある古い新聞記事が映し出され、見出しには『中学三年生の田淵未悠さん、アマチュアボクシング・アジアチャンピオン』とあった。
知哉「……お、おう、伝えておくよ」
重「そ、それじゃまたね」
未悠「うん、また連絡してね!」
知哉と重は未悠に別れを告げて銀行を後にした。
知哉「ふぅー、未悠が強いってことすっかり忘れてたよ」
重「当時の女子中学生の部でチャンピオンだったもんね……」
知哉「それで? お次は誰だい?」
重「お次は…… お料理上手の佐紀ちゃんのところだね。商店街の喫茶店で働いてるんだって」
知哉「あぁ、なんだよ、だったら佐紀の働いてるところで昼飯にすればよかったな」
重「まっ、ご飯はまた別の機会にさせてもらおうよ? 今回はコーヒーにしてさ」
佐紀の働く喫茶店は今いる場所から少し遠かったが、ちょうどいい腹ごなしだと二人は歩き始めた。
数十分後、二人はようやく佐紀の働く喫茶店がある商店街、『ハキハキオレンジ商店街』に到着した。アーケードが優しいオレンジ色をしていることから『オレンジロード』の別名を持つこの商店街は、平日休日問わず人と活気で溢れている。
知哉「おー、賑わってるなぁ」
重「すごい活気だねぇ。ウチの近くの商店街とは大違いだよ」
知哉「じゃあさっそく店に行ってみようぜ?」
佐紀が働いている『喫茶Night&Day』は商店街でも人気の店。以前はコーヒーや紅茶など飲み物だけが美味しいと評判、つまりは料理がマズイ店だった。だが佐紀が店で働き始めてからは、料理も飲み物も美味い店として知られている。
重「ここを左に曲がったら右手に見えるはず…… あっ、あれだ!」
オレンジロードの一角にあるNight&Dayを見つけた二人。喫茶店は木を基調とした穏やかな作りで、木目を活かしたデザインは、木工マイスターの作り上げた作品のようだった。
知哉「これが喫茶店だよなぁ」
二人はボディビルダーに絡まれることもなく、エイリアンの腕を掴むこともなく店に入れた。店内にはゆったりとした時間とスロージャズが流れ、シーリングファンが回っており、心地よいコーヒーの香りでなければバーと間違えてもおかしくはなかった。
店員「いらっしゃいませ」
清潔感のある白いシャツにシックな前掛けをした女性店員が二人を出迎え、二人はお客様として席に案内された。それは普通のことだったが、ピロピロとうるさい宇宙人がいないことは、二人にとって普通ではなかった。
店員「ご注文がお決まりになりましたら、お声をかけてください」
知哉「あっ、はい」
重「あの、すいません」
一礼して戻ろうとする店員を重が呼び止める。
重「すいません、ここで伊藤佐紀さんが働いていると聞いたんですが……」
店員「佐紀さんですか? 佐紀さんなら、お隣のテーブルで休憩しています」
店員に言われたほうへ目をやると佐紀の姿があった。佐紀は悩まし気な表情で腕を組み、テーブルの上いっぱいに置かれた料理を見つめていた。
重「どうも、ありがとうございます」
知哉と重は店員に礼を言うと、悩んでいる佐紀のテーブルへと移らせてもらった。
知哉「よう佐紀!」
重「久しぶり佐紀ちゃん」
佐紀「ん? あ!! 知哉君と重君じゃない!! 何よ!! どうしたのよ!!」
佐紀はかなり大きい声で驚く。
知哉「あ、相変わらず声が大きいなぁ……」
佐紀「それが私のチャームポインティーだからね!! えへへへへ!!」
知哉「ポインティーってなんだよ?」
重「なんか、何かがすごく増しちゃってるよね……」
知哉「ていうか、この大量の料理は何?」
佐紀「うーん!! 知哉君これはね、私が作った新作料理なの!!」
重「新作?」
佐紀「そう!! 近いうちに『オータムランチ』っていうのをナイティー&デイーでやるのよ!! そのために私が考えた新作料理なの!!」
重「へぇ、そうなんだ。えっ、ナイティー&デイー?」
耳が『勘弁してください』というくらいの大声で話し続ける佐紀。この声で中学生の時に全国大声コンテスト3位というのだから、1位と2位の声の大きさは余程なのだろう。
重「何かを早めに減らさないと大変なことに……」
佐紀「なーに重君?!」
重「あ、いやその、何か悩んでるような顔をしてたから……」
佐紀「あぁ!! それはね!! 少し不安だったの!! これを食べて皆が美味しいって言ってくれるかなーって!!」
重「そういうことだったんだ」
佐紀「ポンッ!!」
佐紀は手のひらを叩くのに合わせてそう言うと、何かひらめいたようだった。
佐紀「食べてよ!!」
知哉「えっ?」
佐紀「私の料理!! 食べてみてよ!!」
腹ごなしに歩いてきたとはいえ、先ほど食べた料理が未だ消化しきれていない二人には死刑宣告に近いものだった。
知哉「いやぁ悪い。さっき昼飯食べてきちゃったからさぁ」
重「ちょっとまだパンパンなんだよね、おなか」
佐紀「食べてよ!! お金は取らないから!!」
重「……佐紀ちゃんって人の話を聞かないタイプだっけ?」
知哉「いや、ちょっとわか‥」
佐紀「ねぇ!! 食べてよ!! ほらスパゲッティ―だよ!?」
知哉「スパゲッティーってなんだよ? ……あぁ、スパゲッティ―は合ってるのか」
佐紀「はい!! あーん!!」
重「ちょっと待って! 今日は話を聞きに来たんだよ、話を」
佐紀「は・な・し!?」
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いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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