何でも屋

ポテトバサー

文字の大きさ
上 下
15 / 52
第二章:よそでイチャつけ!

麻衣とは呼べない

しおりを挟む
修「そろそろ待ち合わせの時間だろ?」

渡「いま姉貴から連絡来たから、もうそろそろだよ」

 久しぶりの晴天の下、二人は駅前のロータリーで麻衣の到着を待っていた。渡の姉である麻衣は自身で会社を経営する多忙の身。なので移動中の車内で話を聞くこととなっていた。

渡「ん? あっ、来た来た」

修「えっ? どの車?」

渡「ほらあれ、白のコールスモイスだよ」

修「コールスモイス!? おい、ヴィンテージ? たっかい車だなぁ……」

 駅前のロータリーには不釣り合いな白塗りコールスモイス。排気ガスを吐き出す鉄の塊とは思えない美しい容姿のコールスモイスは、優雅に旋回し華麗に停車した。それは風に吹かれた一枚の葉が水面にふわりと落ち、一つ二つと水紋が広がっていくようだった。
 修が、何でも屋で使用しているポンコツ軽トラと、風に吹かれた一枚の葉との差を感じていると、運転席から五十代前半の男が降りてきた。もちろん、その男は運転手で、仕立ての良いスーツを品よく着こなしていた。

運転手「渡様、お久しぶりでございます」

 運転手は渡に丁寧にあいさつをする。

渡「お久しぶりです」

運転手「これは修様! お久しぶりでございます」

修「……………あぁ! 中学の時、渡の執事さんだった篠塚しのづかさん!? お久しぶりです!」

篠塚「どうぞ、ご乗車ください。麻衣様がお待ちです」

 そう言って篠塚がゆっくりと後部のドアを開けると、優しく甘い香りが車内から漂ってきた。ベルガモットの柑橘系の香りの中に、時折、惑わせるかのような甘さがあった。

麻衣「あらぁ修ちゃん、お久しぶり。一段と男らしくなっちゃってぇ」

 香りにのせて麻衣のしなやかな声が聞こえてきた。

修「あ、どうも、お久しぶりです」

麻衣「さぁどうぞ」

 ガラの悪さなど微塵も感じさせない、気品あるグレーのスーツを着こなす麻衣は、修に向かって何度も手招きをする。

修「……し、失礼します」

 渡には、車に乗り込む修の姿が食虫植物に近づいていく虫に見えた。つまり渡には、実の姉が食虫植物に見えているのである。

渡「なに考えてんだか……」

麻衣「渡は前に乗りなさい。はい、聞こえたなら返事」

渡「はい、はい! 言われなくてもわかってますよ! あ、篠塚さん、自分で乗りますから」

 渡が乗り込むと篠塚は運転席に戻った。

篠塚「それでは出発します」

 白塗りのコールスモイスは駅前のロータリーを後にした。

麻衣「それで? 私に何を聞きたいの? 週末の予定かしら……」

渡「実はね姉貴、俺たちがやってる…… ねぇ聞いてる?」

 麻衣は渡の問いかけを無視して修のことを見つめ続けている。

渡「ねぇ姉貴? 聞いてんの?」

麻衣「………あのねぇ渡」

 しつこい弟にうんざりと返事を返す麻衣。

麻衣「私はあなたの姉貴じゃないの。お姉様なの」

渡「まったく…… あの、お姉様! 実はですね!」

麻衣「粗暴な話し方…… 修ちゃん代わりに説明してもらえるかしら?」

 姉に呆れかえった渡は腕を組むと座席にふんぞり返った。

渡「ほら、早く説明してやってよ?」

修「えっと、それじゃ…… あの、今日お伺いしたのはデート‥」

麻衣「渡、今すぐ車から降りなさい」

 麻衣は修の話をさえぎり、ドアを指差しながら言い放った。

渡「え!? なんでよ!?」

麻衣「修ちゃんが私にデートのお誘いをしてるの、空気を読みなさい。ほら、ドア開けて映画みたく飛び降りなさい」

渡「早合点しないで、最後まで話を聞きなよ!」

修「あの、そうなんです、デートのお誘いじゃないんです」

麻衣「あら、お誘いじゃないの? 残念だわ……」

修「すみません…… お、お姉様」

 前に習い、お姉様と呼ぶ修。

麻衣「麻衣でいいわ」

修「へっ?」

麻衣「修ちゃんは麻衣でいいのよ?」

 修の右手を両手で包みながら麻衣は少し身を乗り出した。

渡「あのさ、俺の親友に色目使うのやめてもらえる? あぁ、やっぱいいや、修の手を握ってていいから俺の話を聞いてもらえる?」

麻衣「うん……」

 即答だった。

渡「今ね、何でも屋にデートコースを決めてもらいたいっていう依頼が来てるんだよ。それで、依頼主もそうなんだけどその彼女が海外の人なんだ」

麻衣「うん……」

渡「それで、あね‥ お姉様は大学、大学院とイギリスに行ってたでしょ? その時、お姉様の事だからボーイフレンドの一人や二人いたでしょ? だから……」

麻衣「なるほどね」

 麻衣は修の右手を名残惜しむようにゆっくりと離した。

麻衣「イギリスじゃ私も外国人だものね、英国紳士がどうやって極東の美人をもてなしたかを知りたいのね?」

修「さすが、麻衣お姉様。お察しの通りです」

 親友の姉を名前だけで呼ぶことなど当然できない修は、その呼び方を選んだ。

麻衣「わかったわ、教えてあげる……」

 今度は修の左手を包み込み身を乗り出す麻衣。

渡「だから、俺の親友に色目を使わないでもらえる?」

麻衣「いちいちうるさいわね! ……うーんと、そうね、英国紳士はブレナム宮殿へ連れて行ってくれたの。綺麗な造りの宮殿だった。庭園も二人で散歩して優雅な時間を楽しんだの」

 ブレナム宮殿を知らなかった修は渡に聞くと、麻衣の話の邪魔にならない程度に渡は答えた。

渡「世界遺産の宮殿だよ。たしかバロック建築で、あの… 風景式庭園だったかな、それなんだって。すごーく簡単に言えば、おしゃれなで美しい宮殿で『おきれいでございますねぇ』ってかんじ」

修「ほう……」

麻衣「ブレナム宮殿の次はコッツウォルズ。瞬きをするのがもったいないほど、いえ、瞬きの回数だけシャッターをきりたくなるほど美しい所だったわぁ」

 修が小声で聞く前に渡が答えた。

渡「世界で一番綺麗と言われてる村が点在している丘陵地帯でね、写真で見たけどきれいだったよ」

麻衣「そのままストラトフォード・アポン・エイヴォンに行って……」

渡「ストラトフォード・アポン・エイヴォンってのは……」

修「シェイクスピアの生まれたとこだろ?」

渡「ちょっとでも文学に関係してると詳しいんだね…… というか、本を読んでたらブレナム宮殿くらい分かりそうなもんだけどね!」

修「本読んでても、興味のない情報は一時保存してるだけだからよ、脳内で」

 何でも屋に着くまでの二十分間、イギリスでの優雅で情熱的な麻衣の留学生活の話が続いた。役立つ情報も多かったが、麻衣の振る舞いに二人は疲れてきていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言

蒼衣ユイ/広瀬由衣
キャラ文芸
若手イケメンエンジニア漆原朔也を目当てにインターンを始めた美咲。 目論見通り漆原に出会うも性格の悪さに愕然とする。 そんなある日、壊れたアンドロイドを拾い漆原と持ち主探しをすることになった。 これが美咲の家族に大きな変化をもたらすことになる。 壊れたアンドロイドが家族を繋ぐSFミステリー。 illust 匣乃シュリ様(Twitter @hakonoshuri)

黒蜜先生のヤバい秘密

月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
 高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。  須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。  だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

絵心向上への道

よん
ライト文芸
絵がうまくなりたい……そんな僕の元に美しい女神降臨!

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

28歳、曲がり角

ふくまめ
ライト文芸
「30歳は曲がり角だから」「30過ぎたら違うよ」なんて、周りからよく聞かされてきた。 まぁそんなものなのかなと思っていたが、私の曲がり角少々早めに設定されていたらしい。 ※医療的な場面が出てくることもありますが、作者は医療従事者ではありません。  正確な病名・症例ではない、描写がおかしいこともあるかもしれませんが、  ご了承いただければと思います。  また何よりも、このような症例、病状、症状に悩んでおられる方をはじめとする、  関係者の皆様を傷つける意図はありません。  作品の雰囲気としてあまり暗くならない予定ですし、あくまで作品として見ていただければ幸いですが、  気分を害した方がいた場合は何らかの形で連絡いただければと思います。

処理中です...