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第一章:廃工場の謎

ケールマーニモンペ

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修「のぉ!?」

 修の傘がパニックに乗じて広がった。その出来事に修は足を滑らせ階段を転げていく。

修「はがっ!」

 修は渡を巻き込む。

渡「はう!」

 二人は重を巻き込む。

重「ぐべっ!」

 三人は知哉を巻き込んで転げる。

知哉「つーん!」

 それはアニメにありがちなスキー場でのハプニングそのものだった。

修「あばばっ!」

 階段を転げ落ちた四人はボウリングの球のように床を転げていき、隅によせられていたガラクタの山に突っ込んだ。四人はボウリング球のはずであったがピンのように弾け飛んだ。衝撃、恐怖、パニックを一気に味わった四人は、気を失って力なく倒れていた。

男「あ…… い、いやぁ、ちょっと?」

 後ろから大声をかけた男は戸惑う。定年退職をし、ようやくゆっくりと生活ができると思った矢先のこと、裏の工場から謎のアニメソングが大声で響いてきた。

男「び、びっくりさせちゃったかな……」

 静かにしろと言いに来ただけなのに、男はそう思った。まさか自分の一声で若者四人が階段から転げ落ち、気絶してしまうとは思わない。

修「んぐ………」

 四人が目を覚ましたのは朝になってからだった。

男「あっ! やっと気づいた!」

 修は事務所のソファーで目が覚めた。

修「うーん……… あの、どうなっちゃって……」

 男はやっと起きた一人目に訳を説明した。

修「あぁ、そういう事でしたか…… それでおじさんが俺たちをここへ?」

金剛寺「いや、私です!」

修「暇かお前は!」

 朝日に照らされた金剛寺がそこにいた。

男「そう、このダンディーマッチョな方に手伝ってもらってね」

金剛寺「それでは私は失礼します! あっ、またお店に来てくださいねぇ」

 修は転げたときに痛めた左手を擦りながら、筋肉をアピールしつつ去っていく金剛寺を見ていた。

修「ったく…… それにしても、すみませんでした色々と」

男「い、いや、こっちのほうこそ申し訳ない。みんな気絶させちゃって……」

修「いやいや、騒いだ私たちの自業自得ですから。まだ気絶してる三人には私から説明しておくので、どうぞ、帰ってゆっくり休んでください」

男「そうかい? なんか悪かったね、それじゃ」

修「すみませんでした」

 それからしばらくして、ようやく他の三人が目を覚ました。最初はぼんやりとしていた三人だったが、時間と冷たい麦茶が意識を次第にハッキリさせていった。

修「とまぁ、そういうわけだよ」

渡「……で、どうするの?」

修「どうするって?」

渡「だって、気絶しただけで、まだ何も解決してないでしょ?」

修「そうだけどよ……」

重「こんなんどう?」

 重が麦茶をすすりながら話す。

重「今日の夜リベンジしてみない? 個々に対策を考えてきてさ」

修「対策?」

重「対人間の作戦……」

 幽霊という言葉が恐怖心を煽るのではないか、急にそう思った重は無駄に言い換えた。

重「四人がそれぞれに元人間へ対抗できる方法を考えて、それを実行できる道具をそろえて、今日の夜またここに集合するんだよ」

修「んー 教授さんは?」

渡「俺は…… うん、それでいい」

修「知哉は?」

知哉「あぁ、構わねぇ。やるしかねぇしな」

修「三人がいいなら俺もいいよ。それでいくか」

 解散した四人は個々に対策を調べ始めた。調べるといっても方法はたいして変わらない。それに関する本を読んだり、それに関する言葉、単語を検索したりと、そんなものである。

修「はーあ、もうこんな時間か…… 支度して向かうとするか?」

 修は二重にした大きなビニール袋を片手に自宅を後にする。自販機で買った缶コーヒーを飲みながらプラプラと歩く修は、和菓子屋の手前で知哉と出くわした。
 知哉は片手に大きなバケツを持っており、バケツは新聞紙とガムテープでフタがされていた。そして、もう片方の手には柄杓ひしゃくが握られており、知哉は修を見つけると、その柄杓を振りだした。

知哉「おう、準備してきたか?」

修「おう、このビニール袋がそうだ」

 互いに用意してきた物には触れずに二人は歩き始める。

修「去年より暑いってよ」

知哉「去年は涼しかったからな」

修「ホント涼しかった」

知哉「あっ、そういや蚊が半端なく増えるらしいぞ」

修「まじかよ、ホームセンターで蚊取り線香安売りしてたから買っとくか」

知哉「だな。にしてもだ、なんで金属とコンクリートとアスファルトだらけの街にしちまったかな、人間は。ヒートアイランドもいいとこだぜ」

修「てめぇで暑くなる種まいて『暑い暑い』ってエアコン作って涼むんだからよ」

知哉「なんか方法を考えたほうが良いよな、もう全国民でよぉ」

修「無理だよ。どっかの誰かさんのせいで、皆自分の事で手一杯なんだから」

知哉「ったく、心はクールアイランドかよ」

修「……なるほどなぁ。クールアイランドって発言だけが寒‥」

知哉「うるせぇなもう!」

修「…………ん? 知哉、もう着いてるぞあの二人」

 事務所の蛍光灯に照らされた渡と重。重は修と知哉に手を振っていた。

渡「二人とも手に何かぶらさげてるね」

重「そうだね、てか教授は何も持ってきてないの?」

渡「道具はね。大先生はその紙袋に入ってんの?」

重「道具だけはね」

渡「はぁ?」

 二人が話をしていると修と知哉が合流した。すると四人は何も言わず互いのことをジロジロと見ている。元人間相手にどんな対策をしてきたのかを見ているのだ。
 修のビニール袋の中身、知哉のデカいバケツの中身、その中身をすくうであろう柄杓、重の持つ高級デパートの紙袋、そして何も持ってきていない渡、気になる点はいくつもあった。そのため修はある提案をした。

修「なぁ、これから工場に入って対決するのによ、お互いの作戦を知らないまま実行するのはどうかと思うんだ。それぞれのやり方ってもんがあるだろうし…… だからよ、今ここで一人ずつ考えてきた対策を発表しようぜ、な?」

渡「オッケー、じゃ誰からやる?」

 渡の質問に、修はビニール袋を突き出した。

修「言い出しっぺの俺からやるわ」

渡「んじゃ、どうぞ」

 修は二重にしてあるビニール袋を開けながら説明した。

修「この世の物の全てには弱点とか苦手なもんがある。ナメクジに塩、悪魔に聖水、水タイプに電気攻撃、マヨにカイヤ、猫型ロボットにネズミ、アンパン男に放水…… あとドラキュラにニンニクとか」

 『ドラキュラにニンニク』と聞いた知哉は少しだけビクッと体を反応させた。

修「んでもって、元人間みたいなそっち系を浄化するためには何といっても塩だ!」

 渡はポリポリと頭をかいた。

渡「んじゃ、何? そのビニール袋には塩が……」

修「まぁまぁ、最後まで聞けって。ただのサラサラの塩じゃ効果が薄いし、たかだか塩化ナトリウムだ。どこか科学的で対抗できるのか不安だ。そこで俺はひらめいた。もっと野性的で攻撃力のあるものを…… それは」

渡「それは?」

 修はビニール袋から勢いよく何かの塊を取り出した。

修「が・ん・え・ん…… 岩塩だぁ!」

 なぜか修は嬉しそうに笑っていた。自分の考えがよほど気に入っていたのだろう。いかにも修らしい考えに三人は呆れながらもどこか納得した。

修「なぁ? 見てくれよこの痛そうな感じ! サラサラの塩じゃ倒せねぇ相手もこれなら確実だろ? ニヒヒヒッ」

 渡は修に突っ込むことなく知哉に話をふった。

渡「知ちゃんは?」

知哉「…………………」

渡「なに黙ってんの? ……あっ! もしかして」

知哉「ギクッ!」

 知哉は勘付かれたことに対してはっきりと口でギクッと言った。

渡「バケツの中身は塩?!」

知哉「い、いやー 塩じゃないんだけど…… その……」

 修はすぐに閉じてしまうビニール袋を重に押さえてもらいながら岩塩をしまっていた。

修「塩じゃねぇーなら何なんだ?」

知哉「ま、まぁ話を聞けよ…… この世の物の全てには弱点とか苦手なもんがある。ナメクジに塩、悪魔に聖水、水タイプに電気攻撃、マヨにカイヤ、猫型ロボットにネズミ、アンパン男に放水……」

修「ったく」

 先ほど知哉が体をビクつかせていたことに気が付いていた修は、バケツの中身が何であるのかが分かった。

修「知哉、バケツの中身ニンニクだろ?」

知哉「ドキッ!」

 知哉ははっきりとドキッと言った。

知哉「なんで、わかったんだ……」

修「よほどのバカじゃねぇかぎりわかるわ。つーか、元人間相手になんでニンニクだよ?」

知哉「なんか、ドラキュラのことしか思い出せなくてさ…… けど十字架も銀製品も簡単には用意できないからよ…… しかたなくニンニクにしたんだよ」

 今の話を聞いていた重には一つの疑問があった。ニンニクを使うにしたって、手で投げつければ済む話。ではなぜ知哉は柄杓をもっているのか。という疑問である。

重「ねぇ知ちゃん? じゃなんで柄杓をもってんの?」

知哉「へっ? それはあれだ、と、とっておきの柄杓秘策ってやつだよ」

 修は知哉の反応を見てあることに気が付いた。

修「……お前、ニンニクすりおろしたのか?」

知哉「…………なぁ教授さんどんな方法で?」

修「はぐらかすんじゃねぇ! なんですりおろすんだよ!」

知哉「何となくそっちのほうが良いかと思ったんだよ!」

修「仮にそれを使って元人間を倒せたとして、掃除が面倒だろ!」

知哉「い、いいじゃねぇか別に! それで教授さんはどんなのなんだ?」

修「ったくよ…… あれ? 教授さん何にも持ってないじゃん」

渡「ふっふっふっふ……」

 不気味に笑う渡。

渡「なぜか知りたいかい?」

修「いや別に、よしシゲはどんなの?」

渡「ちょ、ちょっと! 聞きなさいよ!」

重「ワタクシはですねぇ……」

渡「待ちなさいって!」

知哉「何だよもう」

 知哉が面倒くさそうな顔をする。

渡「おたくのすりおろしニンニクよりマシだよ!」

知哉「ほんとに? なら聞いてもいいけど」

 渡はジェスチャーをたくさん入れながら話し出した。

渡「俺が調べてきた方法は道具なんか使わないんだ。この体だけで元人間を浄化させることができるんだ」

重「そんなことが可能なの?」

渡「可能も可能」

重「どうやってやるの?」

渡「舞だよ舞い」

 知哉は思いついたような顔をした。

知哉「わかった! インディカ米だろ、インディカ米!」

 面白さほぼゼロの冗談を言い放った知哉。

重「うーわ…… それ言う?」

修「いや、お前…… ちょっと教授さん悪いけど、これについてはここで白黒ハッキリさせてもらうわ」

渡「大丈夫大丈夫、俺もそう思ってたから」

修「舞だよ舞わかったインディカ米…… もうな、お前が武士なら介錯かいしゃくなしの切腹もんだぞ?」

 知哉はクッと笑いを堪えた。

修「そりゃプロのお笑い芸人じゃないから抜群に面白いことなんて言えねぇよ? けど最低ラインってものがあるでしょ我々にも」

知哉「いや、ほんと申し訳ない」

修「それじゃ教授さん、続きをどうぞ」

渡「えーっと、それで…… その舞いってのがヨーミニカエリー舞っていってね」

重「どのみち訳分かんない名前だったんだね」

修「確かに」

知哉「で、どんな踊りなんだ?」

渡「ん? 太古の舞らしいんだけど…… じゃちょっとやって見せるわ」

 渡は姿勢を正すと、両手を目の高さまで上げてピタッと止めた。そして大きく息を吸い込んだ。

渡「1・2・3ハイッ! ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ! ヨーミヨーミ……」

 踊れない人間が阿波踊りをした時のように、渡は両腕を動かし始めた。また同時に、その場でもも上げダッシュのような足踏みも始めた。

修「なぁ知哉、今さモンペって言ったよな?」

知哉「あ? マジかよ?」

渡「ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ!! ヨーミヨーミ……」

重「あっ本当だ」

修「だろ? 言ったよな大先生?」

渡「ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ!! ヨーミヨーミミンミンミン、ケールマーニモンペ!! ケールマーニ・モ・ン・ペ・!」

知哉「モンペで終わんのかよ!?」

 舞を済ませた渡は息を荒くし、両太ももを抑えていた。

渡「ハァハァ…… こ、これで…… 一撃だよ…… ハァハァ……」

修「一撃でやられてんのは教授さんだろ! 足にきちゃってんじゃねぇーか! もう一回踊れんのかよ?」

渡「お…… ハァハァ…… 踊れるよ……」

修「よし、それじゃ教授さんが落ち着いたら中に入るか」

重「待て待てーい! まだワタクシが発表してません! えぇ、してませんとも!」

知哉「発表したいの?」

重「当たり前でしょ!」

知哉「どうする?」

修「……じゃどうぞ」

重「これはかなり効くと思うよ?」

 重は紙袋の中から小さな木魚とそれを叩くためのばいを取り出した。

修「いや効くとは思うけど、大先生に使いこなせるのかよ?」

重「使うのは俺じゃないよ」

渡「えっ? どいうこと?」

 荒くなっていた息が落ち着いてきた渡が聞いた。

重「これを使うのはこの人でございます、どうぞ!」

 重がそう言って工場のほうへ振り返ると、工場脇の隙間から袈裟を着た男が出てきた。袈裟姿の男はニヤニヤと笑いながら四人の元へと歩いてくる。

重「えぇ、御存知、大馬鹿おおまか寺の次期住職候補、門松もんしょうさんです!」

門松「どうも皆さん、お久しぶりでございます。門松でございます」

修「どうも初めまして」
渡「どうも初めまして」
知哉「どうも初めまして」

門松「私お久しぶりって言いましたよね!?」

修「いや、ちょっと存じ上げない……」

門松「そんなわけないでしょ! 皆さんが中学生のとき、職業体験で寺に来た時からの付き合いでしょ!」

知哉「確かに行きましたけど、その時は住職さんの使えない息子さんしかいなかったような……」

渡「そうそう、一回り年の離れた与太郎さんのような青年しか……」

門松「それが私! 使えないだの与太郎だの言われてるのを私というのもなんですがね!」

 門松はとにかく間の抜けた男で、転んだ拍子に木魚へ頭突きをして割ってしまったり、電球タイプのロウソクに火をつけてしまったりと、ポンコツエピソードを挙げるとキリがない。

修「いや優人ゆうと君じゃ無理な気がす……」

門松「本名で呼ばないでください!」

渡「何が門松かどまつなんですか」

門松「訓読みしない! 音で読んでください音で!」

知哉「門松のほうがいいと思うけどなぁ。優人君と同じでめでたいし」

門松「どれだけ人をさげすむ気なんですか!」

重「まぁまぁ、みんな落ち着いてよ」

 間に入った重は手に持っていた小型の木魚と倍を門松に渡した。

門松「あ、重君、どうもありがとうございます」

重「みんなそうやって言うけどねぇ、こういったことに関しては詳しいんだよ?」

門松「やっぱり重君はわかってらっしゃる!」

重「よく言うでしょ? 門前の小僧習わぬ経を読むって」

門松「いや、門の中にいたんですよ私は! お経も習っているんですよ!」

 必死に言い返す門松を見ていた渡には二つの気になることがあった。

渡「ねぇ優人君?」

門松「……………」

渡「もう…… あの門松さん?」

門松「はい、なんでしょう?」

渡「どうして俺たちに敬語を使ってるの? 昔は『お互いタメ語で話そうぜ!』なんて言ってたのに」

門松「今はもう仏に仕える身として日々を過ごしておりますから、ぞんざいな言葉は使えねぇでごぜぇます」

修「使えねぇでごぜぇます、じゃねぇんだよ!」

 相変わらずの門松に笑ってしまう修。

渡「あとさ、その取っ手の付いた小さい木魚は何?」

門松「これは特注品でございまして、いつなんどきでも読経の拍子を整えられるようにと作ったのです」

渡「あぁ、そうなの?」

門松「修行のさなか、鹿に追われながらよく叩いたものです」

渡「…………………」

修「……それじゃ、そろそろ行くとするか」

 修の言葉に他の四人は静かにうなずき、緊張感は高まっていく。

重「ねぇ、せっかく来てもらったんだから、先頭は修じゃなくて門松さんがいいんじゃないの?」

渡「それもそうだね。じゃ修は二番目ね?」

修「おう。じゃ門松さん頼みますよ?」

門松「おまかせあれ」

 門松の登場に恐怖心が薄れていた四人だったが、静まり返った倉庫内は、じわじわと緊張と恐怖とを思い出させていくのだった。
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