何でも屋

ポテトバサー

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第一章:廃工場の謎

始まりはホットアイスコーヒー

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 春の終わりと夏の始まりが重なる陽気なある日。おさむは待ち合わせ場所の喫茶店近くの道で、幼馴染の知哉ともやとスマホで話をしていた。

修「いや、だから! 一本先の道だよ! そうだよ、郵便局の裏だよ。あいよ、あーい……」

 修は相変わらずの知哉にイライラしながら、スマホをしまうと再び歩き出した。

修「ったく、地元の道がわかんねぇって何なんだよ」

 呆れながら歩く修の目に、待ち合わせ場所である喫茶店の看板が見えてきた。
 数種類の蛍光色をふんだんに使用し、宇宙船や惑星の飾り付けがされたSFチックな看板は、とても喫茶店のものとは思えなかった。特に『大宇宙~君の銀河に恋してる~』という店名は喫茶店から程遠かった。

修「……こんなんだったか?」

 サブタイトル付きのこの喫茶店に、修は子供のころから興味を抱いていた。だがこれといった機会がなく、一度も入店することがないまま十数年の時が経ってしまったのである。

修「初めての店って何か緊張…… うわっ! 何だよコレ?」

 入り口のドアには、ドアノブの代わりにエイリアンの腕のようなものが生えていた。仕上げ用のラッカーのせいか、生々しい光沢の腕だった。

修「ったく、気持ち悪りいなぁもう……」

 修が妙に手になじむエイリアンの腕を引くと、頭上でドアベルがなった。エイリアンの腕にドアベルの音色。何だかよく分からない気持ちのまま、修は中に入っていった。

修「あえっ?」

 シーリングファンが回り、心地いいスロージャズが流れ、豊かでかんばしいコーヒーの香り。まさに喫茶店だった。

修「……外観と全然違う、良い方に」

 修がホッとしていると、近くのレジカウンターから一人の女性が元気よく飛び出てきた。

修「ザァッ!」

 修は突然のことに変な声をあげけ反った。

修「なっ…………」

 修を驚かせた女性はどうやら店員らしく、胸にはピロピロ星人と書かれた名札があった。

ピロピロ星人(以降はピロ)「いらっしゃいませ! ピロピロッ!」

修「………………」

 修を黙らせたのはピロピロ星人の服装だった。触角つきのカチューシャ、土星型のイヤリング、銀河だらけのエプロン、星が散りばめられたネイルと、挙げるときりがないが、店員は宇宙にまみれていた。

ピロ「大宇宙へようこそ!」

 修の苦手とする世界観。引き返そうか、そんなことを一瞬でも考えさせてしまう世界観。

修「………………」

 可愛らしいく、また、どこか嬉しそうな笑顔を見せるピロピロ星人だったが、修にはその笑顔が怖かった。

修「あ、どうも……」

ピロ「お一人様ですかピロ?」

修「あ、えっと、後から一人来ます……」

ピロ「かしこまりました。それではこちらへどうぞ」

 修は店を変えるべきかと思っていたが、うまく口実を作ることが出来ずに、ピロピロ星人の後に続いた。

ピロ「こちらの12番テーブルにどうぞ」

修「あ、どうも」

ピロ「お水とおしぼりです。それと、こちらがメニューになります。お決まりになりましたら『ピッピロー!』とお願いします。それでは失礼いたします」

 一礼したピロピロ星人は、楽しそうにスキップをしながら去っていった。

修「もう何でもいいんだな、今の世の中は……」

 修はため息をしながらメニューに目をやった。

修「あ? 何だよこれ?」

 ラミネート加工された厚紙一枚のメニューには、白地に薄い灰色で文字が書かれていた。すっかり読む気が失せてしまった修は、先ほどからいい香りをさせているコーヒーを頼むことにした。

修「……ピ、ピッピロー」

 勇気を出して言った修のピッピローに、ピロピロ星人は素早く反応してテーブルまでやってきた。

ピロ「ピロピロピロー、お決まりですか?」

修「えっと、アイスコーヒーを一つ下さい」

ピロ「アイスコーヒーですね。アイスコーヒーはホットとアイスどちらにしますピロ?」

修「えっ? アイス…… アイスコーヒーのホットかアイスを俺に聞いてます?」

ピロ「はい!」

修「えっと、じゃあ…… ホットで」

ピロ「了解いたしましたピロ! アイスコーヒーのホットですね? それでは少々お待ちくださいピロ!」

 アイスコーヒーのホットを頼んだ理由。それは修のただの好奇心である。

修「なーんか疲れちったなぁ」

 修は背もたれに体を預けると店内を見回す。店内の壁のいたるところには宇宙映画のポスターが飾られていて、その多くがサイン入りだった。また、映画で使われたものだろうか、古びた小道具も飾られており、外装とドアノブ、そして店員以外は普通の店のようだった。

修「ウェイトレスさんだけでもどうにかなんねぇかなぁ」

 修が水を飲んでいると、ピロピロ星人の声が聞こえてきた。

ピロ「12番テーブルのホットアイスコーヒーになります!」

 ピロピロ星人の声に反応し、窓のカーテンが自動で閉まると店内は薄暗くなった。そのことに修は驚いていたが、他の客は変わりない様子だった。

修「いや、もういいよぉ…… なんだよ今度は……」

 どこからともなくロックな曲が店内に流れ始めると、突然に強烈なライトの光りが店の一角を照らした。そこにはビキニパンツ姿のマッチョマンがコーヒーカップ片手に立っていた。どうやら店員のようである。

修「なっ………」

 褐色の肌。真紅のビキニパンツ。白く輝く歯。修はしばらく唖然としていた。

店員「はい! お待ちどぉーさまでぇーす!」

 マッチョマンはそう言うと、コーヒーをこぼすことなく、様々なポージングを決めながら修のほうへ近づいてきた。

店員「はい! ホットアイスコーヒーにぃ! なりまぁーすぅ!」

 コーヒーをテーブルに置くのと同時にカーテンは開かれ、店内は普通の状態に戻った。
 そしてマッチョマンはというと、なぜだか修の真向かいに座った。修はその時になってようやく気がついた。マッチョマンの盛り上がった大胸筋に短いガムテープが貼り付けられていることに。

店員「いかがでしょうか? ホットアイスコーヒーは?」

 無駄に甘い声と爽やかすぎる笑顔に、修はフッと吹き出したが何とか笑うのを我慢した。

店員「お客様ん! お客様んっ! いかがだったでしょうかんっ!」

 謎の『ん』を付けるマッチョマン。修は呆れ笑いをすると腕を組んで言った。

修「うーん、期待を下回ったボケ」

 修の的確な返答に、マッチョマンはうつむき肩を揺らし、声を殺しながら笑い始める。

修「雰囲気は嫌いじゃないんですけどねぇ…… というか、やっぱり飲食店でパンツ一丁はね、ダメですよどうしても。せめて手袋くらいしないと‥」

店員「そこですか!? ズボンとかじゃないんですか!?」

修「いや、分かってるなら履いてきなさいよ! あとその胸に貼られたガムテープの小ネタは披露しないでいいですからね!」

 小ネタということを見抜かれたマッチョマンは恥ずかしそうに笑った。

店員「見せたいです! 小ネタ見せたいんです!」

修「その下にマジックで名前が書いてあるんでしょ?」

店員「そうですそうです! いいですか、お見せしても?」

修「……じゃあどうぞ」

店員「ありがとございます! えー、申し遅れました私、この店でウェイターをしております……」

 店員は自信満々でガムテープを外した。

店員「虚弱きょじゃく痩男やせおです!」

 修は思わず笑ったが、ネタそのものに笑ったわけではなかった。

店員「あっ! 笑いましたねお客さん!」

修「油性インクのほとんどがガムテープの粘着に持っていかれてんだよ!」

店員「えっ!?」

 虚弱痩男という字の9割以上はガムテープの方に転写されていた。

店員「…………えー、胸元むなもと薄男うすおです」

修「機転を利かせるな! というかいつまでいるんですか!?」

店員「あっ、本当の自己紹介をしましたら帰ります」

修「それなら早くしてもらえますか?」

店員「分かりました! あの私ですね、こういうものです!」

 マッチョマンはどこからともなく名刺を出した。修はまたプッと吹き出してしまった。

修「……その名刺はどこから出したんですか?」

 マッチョマンは視線をそらした。

修「そらした時点で答えが決まったようなもんでしょ! 誰がそんな『あったかい』名刺を受け取るか!」

店員「あっ、ホット名刺‥」

修「機転を効かせるなっての!」

店員「いやあの、全テーブルの裏に隠してありまして、そこから取ったんですよ。見るだけ見てくださいよぉ名刺!」

 修は仕方がないと名刺を受け取った。

修「世界ダンディズム推奨協会・マッチョダンディ部門?」

店員「はい。金剛寺こんごうじ・M・武士たけしと言います! Mは協会からもらいました称号の『マッスル』を意味します! ここの店長さんは協会の支援者でしてね。あの、なのでここで働かせてもらってるんですよ」

修「もう何でもいいんだな、今の世の中は……」

金剛寺「それでは私は満足しましたので、戻らさせていただきます!」

 金剛寺はイスから立ち上がるとポーズを決めた。

金剛寺「はい! どうぞ、ごゆっくり!」

 眩しい笑顔を見せた金剛寺は足早に店の奥へと下がっていった。

修「……ったく、ホットじゃなくてただ暑苦しいだけだったな。ていうか、宇宙テイストは?」

 修がホットアイスコーヒーを飲んでいる頃、知哉は大宇宙の近くまでやってきていた。

知哉「んーっと、あぁ、あの店かぁ……」

 修に教えられたとおり歩いてきた知哉の目に、SFチックな外装の大宇宙が見えてきた。

知哉「何屋だろうと思ってたら、喫茶店だったのか」

 ポケットに手を突っ込んで歩く知哉は、揚々と大宇宙に入ろうとした。そして当然、修と同じことで驚く。

知哉「うわっ、何だよコレ!? 気持ち悪りぃな……」

 生々しいエイリアンの腕を模したドアノブを握った知哉は、さっさと店の中に入っていった。

知哉「はぁー、気持ち悪りぃ…… んで、修はどこだ?」

 知哉が店内を見回すと、修が手を振ってくれているのが見えた。

修「おい知哉、こっちだこっち」

知哉「おっ、そこか」

 知哉は手を上げて返すと、店の内装を見ながら、修のいるテーブルまで歩いていった。

知哉「お待たせお待たせ」

 知哉はもたれかかるようにしてイスに腰かけた。

知哉「おっ、アイスコーヒーか。俺も頼むかな。あれ、メニューは?」

修「それだよ」

知哉「あぁ、これか。えーっと、まぁアイスコーヒーは頼むとして、このケーキも頼もうっかな?」

修「そんなメニューよく読む気になるな?」

知哉「何がだよ?」

修「文字が薄くて読みづらいだろ?」

知哉「別に? つーか、これより濃くしたって意味ないだろ?」

 知哉は持っていたメニューを修に向けて突き出した。

修「あ……」

 修にはくっきりと濃い黒で書かれたメニューの文字が見えた。と同時に、知哉にはメニューの文字が薄い灰色で透けて見えた。

知哉「うわー、恥ずかしいぃ」

 知哉はメニューをテーブルに置くと、修の顔を覗き込むようにして見た。

修「うるせぇな」

知哉「裏返しで読んでることに何で気づかないかね? 文字逆だぞ? つーかさ、おかしいなと思ったときになんで裏っかえしにしてみねぇの?」

修「ちょっと変な店だからメニューも変かなと思ったんだよ!」

知哉「ホントさぁ、たまーに出すよな、そういう天然ボケ」

 その時、水とおしぼりを持ってきたピロピロ星人がテーブルへとやってきた。

ピロ「いらっしゃいませ。お水とおしぼりです」

知哉「あ、どうも…… あらぁ……」

 ピロピロ星人の格好に驚く知哉。

知哉「随分と、そのー、宇宙なんですねぇ……」

ピロ「はい! 宇宙なんですよぉ」

 修に向かって照れ笑いをするピロピロ星人。

修「あ、いや、俺は言ってないですよ? あの、友人が言ったんです」

ピロ「あぁ…… あ、すみません、ご注文はお決まりになりましたピロ?」

知哉「えーっと、アイスコーヒーを一つと……」

ピロ「アイスコーヒーはホットとアイス、どちらになさいますピロ?」

知哉「どちらに?」

 謎の質問に、修とピロピロ星人の顔を交互に何度も見る知哉。

知哉「あのー、アイ…… スで……」

ピロ「かしこまりました」

知哉「あと、このアーサー・C・ケーキをください」

ピロ「かしこまりした。少々お待ち下さいピロ!」

 ピロピロ星人はお盆を胸に抱えてテーブルを後にした。

知哉「なんかこう、いろいろとチグハグした店だな それで?」

修「ん?」

 コーヒーを飲んでいた修は眉毛を上へと動かした。

知哉「いや、話あんだろ?」

修「あ、そうそう。あのー、あれ、良さそうな物件が見つかったって話だよ」

知哉「何でも屋の事務所の話?」

修「そう」

知哉「おうマジか! 場所は?」

修「大通りのさ、ほら、和菓子屋があるだろ? バイク屋の手前の」

知哉「はいはい、あそこね」

修「その和菓子屋のとこの道を真っ直ぐいったとこ」

知哉「へぇー、そんなとこにあんの? でもあれだな、近くていいな」

修「だろ? 教授さんとこからも近いしさ」

 教授さんとは、修と知哉の幼馴染のあだ名である。

知哉「あぁ、そうかそうか、確かに」

修「んで、この後その物件を見に行くから」

知哉「は? えっ、この後?」

修「おう」

知哉「おうじゃねぇよ。教授さんと大先生はどうすんだよ?」

 大先生というのも、二人の幼馴染のあだ名である。

修「後で来るよ」

知哉「あぁ、店に来るのか」

修「違う違う」

知哉「は? あぁ何だ、直に向かうのか、あの二人は」

修「違う違う、あれだよ、あそこ、知哉は知ってかなぁ。中華料理屋で『八番亭はちばんてい』っていうんだけど」

知哉「俺の実家だよ! 俺は今日、そこからこの店に来たんだよ!」

修「初耳ぃ」

 少し古い女子高生の口調で修は言った。

知哉「んなわけねぇだろ! つーか、じゃあ何でここで待ち合わせたんだよ! 俺の家でいいだろ!」

修「ん? いやぁ前からこの店気になっててさ、一人で行くのもアレだなぁって思ってよ?」

知哉「ったく、何なんだよ。で? 何時に待ち合わせたんだよ?」

 修は腕時計に目をやった。

修「あと…… 一時間後」

知哉「たっぷり居るなここに!」

修「まっ、いいだろ? 何でも屋をやるってなったら忙しくなって、悠長にコーヒーを飲んでらんなくなるんだからよ?」

知哉「何でもかんでもこじつけやがって……」

修「はははっ」

 その時、ピロピロ星人の声が聞こえてきた。

ピロ「12番テーブルのアイスアイスコーヒーになります!」

 ピロピロ星人の声に反応し、窓のカーテンが自動で閉まると店内は薄暗くなった。そのことに知哉は驚いていたが、他の客と修は変わりない様子だった。

知哉「おっ、何だ……」

 知哉が当たりを見回していると、どこからともなくグランジロックが店内に流れ始めた。そして先程と同じく強烈なライトの光りが店の一角を照らすと、そこには赤毛の外国人女性がセクシーなポーズで立っていた。セクシーな女性の胸元は大胆に開いており、ミニスカートに網タイツを履いていた。先ほどの店員・金剛寺とはまったく違った。

店員「コレヲ、タNONEダノハ、ドコノ、ドIT’S DIE!」

 荒い口調で叫んだ店員は、12番テーブルまで威圧的に歩いていった。

知哉「うっ……」

店員「ホレ、モッテキテ、ヤッタゾ!」

知哉「は、はい……」

 店員は、小さな声で答えた知哉の胸ぐらをつかんだ。

店員「ソレジャ、ソルジャー、ゴユックリ!」

 店員が胸ぐらを離すと同時に、カーテンが開き、通常の店内に戻った。

店員「それでは、失礼いたします。どうぞ、ごゆっくり」

 深々と頭を下げた店員は、店への奥へと去っていった。

知哉「………何? 今の?」

修「なるほどな。あれがアイスアイスコーヒーだったんだ」

知哉「なんだよそれ? つーか、一つ言っていいか?」

修「ん?」

知哉「とんでもなく日本語の発音が上手かったけど? 本当に海外の人か?」

修「どうだろうな?」

知哉「……それにしても」

修「どうした?」

知哉「胸ぐらをつかまれたときは、もう、嬉し恥ずかしだったなぁ」

 ニヤニヤと笑う知哉。修は笑顔で手招きをした。

知哉「ん、なんだ?」

 顔を近づけた知哉は、修のデコピンによって弾き飛ばされた。

知哉「イタッ!!」

修「どんな趣味してんだよ、お前は!」
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