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プロローグ

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 村ですか? いえいえ、ただの掘っ立て小屋のような木造の一件屋です。

 日も暮れた森の中にポツンと背景に溶け込むかのような小さな赤い三角屋根。屋根には家の中に暖炉があるのか、煙突から白い煙をポッポとはく、中には誰かが居るのでしょう。トントントンと軽快なリズムに乗って何かをしている様子。

 でわ、小さな窓から覗いてみましょう。

 音の犯人は灰色のオオカミさんのようです。テキパキと手際の良い反復運動で台所でご飯の支度をしている様子。

 ですが、オオカミさんが一人で食べるには量が少しだけ多い気がします。『それでは誰か他にと?』と思うかもしれません。

 その誰かでしょうか家の玄関口に立って、溜息ためいきをつきます。

 赤い頭巾に白いワンピースでしたが服は白と言うよりは、赤色に染まってまだら色になっています。

 そんな頭巾を被った人間はドアを開け家の中へと入りました。

 するとオオカミさんは気付いたのか赤い頭巾の人間に言葉をかけます。

 「おかえりニコ」

 ニコと呼ばれた人間はオオカミさんの言葉に反応し、言葉を返しました。

 「……ただいま」

 どこか元気のない声色ですが、頭巾を脱ぐと茶色いクセのないストレートなセミロングの髪。整った顔立ちでしたが、目にはクマを作って鋭い目付きが目立つ少女でした。

 ニコはハンガーラックに頭巾を被せて、台所に設置している年季の入ったテーブルとセットになっている椅子に腰掛けます。

 「もうすぐできるから、着替えておいでよ」
 「いや、いいよ。それより二日もまともに食べてないから、お腹と背中がくっつきそうだわ。今にも床に倒れそうよ」
 「そんな大袈裟な」

 オオカミさんは軽く笑いながら冗談でも言っているのかと、ニコの姿を確認しました。

 「うわっ、血まみれじゃないか、それに……」

 笑う顔はすぐに消え去り、ニコを心配するような顔に変わっていきます。確かに少し痩せ細り、頬がこける様子のニコ。

 嘘をついていない姿に、オオカミさんも焦りもします。

 (こりゃ、今回も激戦区に飛ばされたな)

 『も』と思うからには彼女の職業には理解があるようで、『激戦区』と『血まみれの服』というキーワードから連想できるのは『戦場』という答えも導きだせます。そして、ニコはその証拠となる物をテーブルに置きました。

 
 ゴトッ

 
 「わあぁ、ちょっと食卓にそんな物騒なものは置かないで!」
 「え? あぁ……そうね」

 ニコが置いたのはフリントロック式の古式銃。『銃があるのは変だ?』と、思うかもしれませんが、童話の世界ではすでに猟師という職業が存在します。銃があっても不思議ではありません。

  料理が完成したのか、オオカミさんは笑顔で大きな鍋を厚手の鍋掴みで持ち上げ、食卓に持ってきました。

 「さぁ、ニコの好きなシチューだよ! 沢山食べてね」
 「いい匂いね、お腹が鳴って仕方がないわ」

 オオカミさんは小さな器にシチューを注ぎ、ニコの目の前に差し出しました。

 「さてと……」
 「ニコ、一つ忘れてるよ?」
 「ありがとう? それともいただきますのどちらかしら?」
 「僕は後者をお勧めするね」
 「では、いただきます」
 「はいどうぞ、パンもあるからね」
 「ジントは食べないの?」
 「そりゃぁ食べるさ、でもね、その前に確認したくて」
 「何を確認するの? 私が毒見なわけ?」
 「ははっ、違うよ」

  オオカミさんは熱々のシチューを黙々と食べるニコの顔を覗き込みます。

 (今日も表情は変わらないか……あまり期待はしてなかったけど……)

 オオカミさんの名前はジント。

 ジントは何時ものように気にしていることがありました。それはニコの笑顔です。美味しく作ったつもりのシチューでも顔色一つ変えずに食べるニコ。ジントは食事が美味しくないのか心配する様子。笑顔の一つでもあれば安心できたのかもしれません。ですが笑顔をみせない一人の少女を前にジントは眉間をポリポリと掻きます。

 ジントも椅子に腰掛けると、シチューを器に注ぎ、おもむろに話し出しました。

 「三年くらいになるかな?」
 「どうしたの急に?」
 「いや、ほら。僕がニコを食べようとしたのはさ」
 「そんなこともあったわね」
 「当時は十一歳くらいだっけ?」
 「そうね、今は十四歳になったわ」

 ニコはシチューに夢中で淡々と話をかえす素振り。ジントも肩透かしを喰らう状況に慣れてはいるものの、それでもちょっとは興味を持ってほしいと思っていました。

 (うーん、難しい年頃なのかなぁ。人間ってもうちょっと感情的だと思ったのだけどニコは違うのかな?)

 寂しいジントの気持ちを斟酌するほどにニコは優しくはないとジント自身も自覚はありました。でも、少しはという淡い期待も抱きつつシチューをすすります。

 「ニコ、明日はお休みでしょ? 町にお出かけとか……しないよね?」

 ジントは頭を少し下げ、上目づかいでニコの顔色を窺います。

 「明日は寝ていたいわ。それに町になんて興味はないし」
 「そ、そうだよね……」

  ニコの返答に淡い期待は空気の中に溶け込み、残念そうにシチューをすするジント。ですが、ニコの次の言葉に耳をピンッと立てます。

 「でも、銃弾は欲しいわね。今回の仕事で使い切ったから」

 その時、ジントにはもしかしたらと期待を寄せ次の言葉を待ちました。

 「ジント、お願いできる?」

 パリーンとガラスの割れるイメージがジントの背後に。ジントはうっすらと涙を浮かべながら、切実に語ります。

 「女の子なんだからもうちょっとオシャレとかしてもいいじゃん!? 年頃の女の子が血みどろ服着て、ゲッソリしてる姿なんて想像しにくいよ!」

 「偏見的で無粋な問いかけね」

 ダンダンと子供ようにテーブルを叩くジント。でも、ニコには通じない様子――。

 「僕はニコのためにと思って」

 するとニコはテーブルに置いた銃を即座に手に取り、銃口を嘆くジントの眉間に突きつけます。

 「駄々っ子は排除しないとね」
 「それは脅し?」
 「いえ、本気よ? ジントには世話になってるけど必要ないものは必要ないの。オシャレなんて年頃の娘がすることよ?」

 (その言葉、そっくりお返しします)

 「でもね、でもね!」
 「いらない物はいらない」

 悟すのではなく脅す。それがニコの姿勢。今日も駄目かとジントは諦めました。ニコが銃口を向ける動作は構わないで欲しいという意思表示だと理解しているからです。

 「じゃぁ、朝食ぐらいは食べるよね?」
 「それは欲しいわ。でも、町にはいかない」
 「わかった。でもね次の仕事には着いて行くからね」
 「どうして?」
 「僕がいれば怪我したときなんかは処置ができるし」
 「愚問ね。私はそんなヘマはしない」
 「じゃぁ、荷物もちならいいでしょ?」
 「それだと助かる面もあるわね」

 ジントは嬉しそうに「やった!」と声をあげるのでした。
 

 これは、童話の世界からかけ離れた戦場で無双する赤頭巾のニコと、その昔、幼い赤頭巾を食べようとしたオオカミのジントの童話のその後のお話。

 
 
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