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婚約者兼変態

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 私にはとても仲のいい友達がいる。
 私の友達は美形の執事がつくお嬢様。
 執事はお嬢様のお願いならなんでも叶えてしまう。
 そんなハイスペックな執事が二人も控えている。
 明るいムードメーカの様なチャラ男の執事と
 寡黙でいつも表情を崩さない真面目男の執事だった。
 チャラ男はパソコンなど機械系が強く、真面目男は体術系が強い。
 お嬢様である友達は私の事が大好きすぎて、困る。
 いつも、友達の私を優先してくるのだ。
 それを執事も同意している。
 婚約者が数人いても、切り捨ててしまう。
 婚約者達は、友達の私を馬鹿にしたばかりに、切り捨てられるのだ。
 カッコいい男性ばかりの婚約者をなんで切り捨てるのだ! 私の所為で!
「ありえない、富豪との婚約も、青年実業家からの婚約も、皇族からの婚約も、私の事を地味だと言っただけで、破棄しているなんて、何を考えているの!」
「え、うーんだって親友を悪くいう人なんて嫌でしょ?」
「だからって、私を褒めても破棄しているんでしょう?」
「だって、私から奈津(なつ)を盗ろうとする泥棒に優しさなんていらないでしょ?」
 ため息しか出ない。
 私に優しくしても、冷たくしても、無視しても、結果は変わらない。
 どうしたものか。
 婚約者の方々は、私の目の前で紅茶を飲んでいる神西加奈(じんざいかな)の事を諦めてはいないのだ。加奈は小さな時から人に好かれる、優しく美人な女の子だった。
 それに比べて、私はと言うと。何処にでもいる、凡人だ。何か特技があるわけではない。
 ただ、長く続けている事がある。それは……。
「奈津、聞いている?」
「あ、ごめん、ボーっとしていて聞いてなかった」
「疲れているのね、ごめんなさい、父と母が連れまわして」
「大丈夫だよ、楽しいショッピングだったよ」
「実はそのショッピングで、問題が発生したのよ!」
「え?」
 なんだろう、イヤな予感しかしない。
「奈津の婚約者になりたいって言う、身の程知らずが出てきて」
「はい? 私の婚約者? 加奈じゃなくて?」
「うん、一目惚れだって。怪しいでしょ?」
 うん、滅茶苦茶何か裏にあるとしか考えられない!
「けどね、どうしてもって煩くて」
「どんな、人なの?」
 私がそう質問すると、加奈は頬を膨らませて怒った顔で教えてくれた。
「今、一番急成長している会社の社長様。俺様で有名で、自分の思い通りにならなければ、借金地獄に落としたりしているって噂があるの。私は嫌なんだけど、立場ではちょっと断わりにくい相手で。報復が怖い相手でね」
「一回、会う位ならいいよ」
「ごめんね、奈津。あのバカ両親が連れまわさなければ」
「大丈夫だよ。加奈がそんな心を痛めなくていいよ」

 私には加奈に内緒にしている事がある。それは墓場まで持って行こうと思っている事だ。

 お見合い当日には、着物を着つけてもらい、化粧をして、車で見合い会場まで送ってもらった。ホテルの最上階にあるレストランに向かった。そこが待ち合わせの場所だ。
 ホテルには高そうな服を着た客が多く、視線が痛い。こんな凡人に似合う着物ではないですよね!
 そう思って、急いでエスカレータに乗り、最上階を目指した。
 チーンと音がすると、赤い絨毯がひかれた廊下が見えた。
 高そうな絵画や壺にガラス細工が廊下に展示されていた。
「お客様、ご予約はされていますか?」
 レストランの前で立つとボーイが声をかけてきて、「予約している、神崎です」とこたえると、ボーイは「こちらです」とスムーズに案内してくれた。
 席は窓際で綺麗な夜景が一望できる良い席だった。
「あの席に座っている」
「嘘、あの噂は本当だったの?」
「あらあら、お熱い事だわ」
 その席につくと、周りのお客さんがざわつき始めた。

 何、この席は呪われていたりするの?

「市田奈津(いちだなつ)様、神崎様は遅れてきますと伝言を聞いています。何か、お飲みになられますか?」
「いえ、大丈夫です」
「かしこまりました。何かありましたら、お呼びください」
 ボーイはそう言うと、席から離れていった。
 私は大きな窓ガラスから見える夜景を楽しんだ。
 こんな綺麗な夜景は見た事がない。
 さて、遅刻している婚約者(仮)はいつくるんだろう?
 ため息しかでない。
 本当は今頃、家でゴロゴロして漫画やゲームをしているのに。
 あぁ、本当にため息しかでない。

 靴音が私の横で止まり、私を照らしていた光が何かで遮断されたので、窓ガラスから通路側の方に顔を向けた。
「こんばんは」
「えっと、こんばんは」
 え、誰この人?
 男はにっこりと笑いながらも、威圧感を出して私を見降ろしていた。
 私は椅子から立ち上がり、男の前に立った。
「フーン、本当に凡人なんだな。髪も着物もその場しのぎって感じ。馴染んでない」
「えーっと、どちら様でしょうか?」
「お前が待っていた人間だよ」
「……えっ?」
「お前の婚約者だよ」
「嘘ですよね?」
「嘘ついてどうするんだよ」
 こんな、俺様だと聞いていたけど、酷いよ。性格が!
「席についてディナーを楽しもうか」
「あの、なんで私の事を婚約者にしたんですか?」
「それが、手っ取り早いからだ」
「?」
 どういう事だ?
「俺の名前は神崎航(かんざきわたる)、宜しくね。市田奈津」
「あ、はい」

「きゃぁあーーーーーーーーーーー!」

 突然、レストランに悲鳴が響き渡る。

「おい、大人しくしろ!」
 叫び声と怒声が聞こえて、そちらを向くと。顔を仮面で隠した男が女性の給仕の喉にナイフを突きつけていた。
 何あれ? テレビのドッキリ?
 だが、キラリと光るナイフは本物のようだった。
「暴漢ってやつ?」
「何、悠長に言っているんですか?」
「だって、人ごとだし」
「最低ですね」
 私は席から立ち上がると、走りやすいように着物をビリビリと破った。
 神崎が唖然としている。
「何、やっているんだ?」
「この恰好は動きにくいんで、ちょっと破りました」
「え、動きにくいって?」
 私はナイフを持っている男に走りながら近付く。
「なんだ、お前!」
 暴漢はこちらにナイフを向けてくる。
 女性は恐怖で泣き崩れている。
「た、たすけて!」
「あ、後ろに警官がいる!」
「何!?」
 私はその一瞬を見逃さなかった。ぐんと走るスピードを速めて、柱に勢いよく走り登った。犯人は警官が居ない事が分かると前に居た私の場所を見ると、居ない事に気づく。
「どこ行った!」
「もう、遅い!」
 私は走って柱を駆けあがりそのまま、柱を蹴り空中で体制を整えて、暴漢男の頭上から頭に蹴りをくらわせた。暴漢はもろに蹴りをくらい、倒れた。手からナイフが床に転がり、犯人から遠い所に蹴ってどかした。捕まっていた給仕の女性はへたりと力なく座って泣いていた。
 私は一息、息を吐くと。
 後ろから拍手をする音がする。
「いやー凄いな、こんなショーが近くで見られるなんて、俺はツイテいる」
 は?
「何、言っているの! 給仕の人が怪我するところだったでしょう?」
「これはゲームだから、そんな心配はないよ」

「ゲーム?」

「そう、暇つぶしのゲーム。君が暴漢に会ったらどうするのか、試したんだ。怖くて泣き崩れると思っていたんだけど、まさか、退治しちゃうなんて。予想外もいい所だ!」
 神崎はそう言って、私の肩を抱いて耳元で囁く。
「君が俺との見合いをさせられているのは、他の神西加奈の婚約者達に頼まれたんだ。あまりにも、君の事ばかり優先する神西から離れて貰おうって。君には消えて貰おうって魂胆さ。まぁ、俺なら他にも幾手数多だから、こんな見合いする事もないけど、うけて良かった」
「あんた……これは、あんたが仕組んだの?」
「あぁ、俺が計画した暴漢騒動だぜ」
「そう」

――パンッ!

 神崎は頬を叩かれていた。
「え?」
「アンタ、給仕の女性に謝りなさい。本物のナイフを突きつけられたのよ、か弱い女性に何しているの、人としても、男としても、最低最悪男が!」
「え……、俺。叩かれたのか?」
 神崎は叩かれた頬を手で覆った。
「そう、叩きました。もう、会う事なんてないでしょう。さよなら」

 神崎は口元が緩んだ。
 アクロバティックをかじっていると聞いていたが、あそこまで凄いとは!
 まるで、羽をもった様に軽やかな動きだった。
 廊下でエレベータ待ちをしている奈津の腕を神崎は掴んで、一緒にエレベータに乗った。
「俺さ、頬を叩かれたの産まれてはじめてだった」
「なんですか、マゾにでも目覚めましたか?」
「うん」
「……は?」
「叩かれた時に、嬉しかったんだ。俺を叩いてくれ、奈津!」
「いやぁあーーーーーーーーーーーー、変態! 寄るな!」
「こんな見合い話、ゲームでもしないとやってられないと思ったけど、奈津となら結婚してもいいよ、俺は」
「ありがとうございますが、丁寧に断ります。申し訳ありません、他の人とどうぞ」
「そんなクールな所が痺れる!」
「近づくな変態!」
「もっと罵ってくれ!」
「あぁーーーーーーーー、もう!」

 こうして、何故か。婚約者兼変態が私の生活に入りこんできた。
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