血と踊る流動体

入江円

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第二章 与えられた自由

Thirty-four. Forest

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「それでね、ヨゥル隊長と皆がおじさんの事誘拐犯とか、連れ去りとかおかしな事ばっか言うものだから、おじさんはそんなんじゃない!って、僕の事心配してくれて本まで書いてくれたんだ!って見せたら、隊長がキリヒさんを呼んで、その後今日一緒におじさんの事見に行くってなったの。おじさんは変な人じゃないのに。隊長と皆にはがっかりしたよ!」

「うん。そうか」

「でも凄いね!馬に乗ったの、僕初めて!こんなに逞しい馬、おじさん何処で見付けたの?」

「貰ったんだ」

「へぇー!こんな立派な馬を貰ったなんて。太っ腹な人もいるもんだね!」

「引いてみるか?」

手綱を少年に持たせる。

「えっえっ、ど、どうすればいい?」

「なにもしなくていい。暫く真っ直ぐ進んで門を出るからね。背筋を伸ばして、馬に任せるんだ」

「わかった。おじさん、怖いから一緒に持ってよ」

はいはい

「いつかおじさんの本当の杖、見てみたいな」

「そうだな、おじさんもそろそろ、おじさんの杖が恋しい」

木の棒持って歩くのも飽きたな。

門を抜け、少年と冒険した森が遠くに見えはじめる。

「隊長!たまには、走りませんか!」

背後からウィリアムが声をかける。

「そうだな、たまには、こいつらも走らせてやらないとな。ラト、口を閉じて手綱をしっかり握っていなさい」

「え、うん。っん!」

少年を振り落とさないよう、抱えるような姿勢で手綱を奮う。

久しぶりに大地を馬で駆ける。こいつも楽しそうだ。そうだよな、走りたいよな。

「あふぁ…」

「疲れたか?」

「ううん、凄かった…!帰りも走る?」

「そうだな」

宿に馬を預けて森へと歩き出す。

「前に入った場所とは違う所から入るんだね?」

「こっちの方が道は広いし、冒険者もよく来る。ダンジョンっぽいだろ?」

「うん、強そうな人がいっぱいいるし、お店なんかあるんだね」

「今夜はこの森の中で野宿するからな。ダンジョンの入り口にあるお店なんかは、そういう冒険者に向けた商品を扱っていることが多い」

「狩りがボウズだった時用に、買っておきますか」

「そうだな、嫌いなものはあるか?」

「僕なんでも食べるよ!」

一通り商店を見て、少年に物の説明や必要になる時の講座を軽くする。その間にユルゲンが食材を買ってくれる。
このところ全て任せっきりだ。生活力があってとても助かる。

「さ、そろそろ行こうか」

「うん!ウィリアムさん、ユルゲンさん、宜しくお願いします!」

「宜しく」

「宜しくな」

年長、言葉短いな。

我々は木が繁って薄暗い道に踏み込んだ。
今日は帰らないので遠慮なく奥へと進む。
草木が繁って足元が不安な場所もウィリアムとユルゲンが先頭を進んで道を作ってくれるから楽だ。

「ちょっと、待ってくれ」

こいつはいい。オゥロの樹か。皇后への土産にしよう。私が幹をよじ登って実を一つ切り取っていると少年が不思議そうに見ていた。

「これはな、オゥロといって、種に上質な油脂が含まれている。髪に塗ったりするから、女性なんかには人気がある」

「へぇー。おじさんて、彼女いるんだ。凄いね」

…ん?
どこ向いてる、お前達。
ずるずると着地して、少年の誤解を解く。

「おじさん、彼女はいないかな」

「え、でも、おじさん髪短いし。贈り物でしょ?あ、わかった!まだ、彼女じゃないんだね!」

しゃがむな、そこ。

「ううん、これは、そうだな。馬を、貰ったといったろ?」

「うん。あ、もしかして、その人にあげるの?」

「そう、お礼みたいなものかな」

「またまた~、おじさんの魂胆なんて見え見えだよ!」

私も脱力したくなってきた。このマセガキめ。

「僕にそんな隠し事なんていいのに、もー。あ、なんか今通ったよ!」

どうでもいいなら素直に受け止めてくれ、少年。

「皆、お腹痛いの?」

頭も痛いよ。


度々出てくる魔物やらを駆除しながらどんどん奥へ進む。
全体が見渡せる程の湖に出た。

「わぁー、綺麗だねー!」

先程まで戦っていた暑苦しい魔物達を忘れるくらいに清々しい光景だ。湖の周りが拓かれていて、湖の中に地面が数箇所浮き出ている。

「ね、それなに?」

ユルゲンが何かを摘み取っているのを少年が目敏く見つける。

「これはミニリリー、ローズマリーの仲間だ。小さくて見付けにくいが、お茶にもなるし、料理の香り付けにもなる」

「へぇー、ね、このキノコは?」

「これはへベロナ。毒キノコだ。いいか、キノコはな、綺麗に残っているキノコはだいたい毒キノコだ。虫が食べたような跡のあるキノコを最初は見付けなさい。いや、そもそも最初はキノコを採らないようにしろ。勉強してから食べるように」

「はーい」

世話見がいいよな、ユルゲン。

「確かに、こんな感じのキノコ、仲間が嬉しそうに採ってきて独り占めして食ってたんだけど、ガクガクしてたな」

…死んでないよな?その仲間。


「今晩は、ここで寝よう」

湖から少し隠れた場所に荷物を置いて、夜営の準備をする。
焚き火を囲んで、ユルゲンが夜食の支度をする。
ウィリアムが少年に稽古をつけ、ご飯を食べた後は寝そべってユルゲンと魔術の勉強をし始めた。
命短し、か。

皆が寝静まった頃、一人いそいそと散歩に出る。
湖のほとりを歩いていると、青白い馬が私を見ている事に気がついた。魔物の類いだろう。
互いに歩み寄る。触れようとした途端、私の服を噛んで水中に誘った。溺死を狙っているのか。

すまないな、私は人間ではないのだ。

待てども待てども私が溺れ死なない様を見て諦めてくれたらしい。浮島に降ろされ、いじけているのか、髪をもしゃもしゃと食まれる。首や鼻を撫でて宥める。可愛いじゃないか。
暫く濡れた髪を解いてやると、体を倒して預けてくれた。毛繕いをしてやる。

「隊長?」

青い馬が首を上げて彼を見る。

「駄目。あれは私のだ」

あげないぞ。

「そうだな、見逃してくれるなら、今度羊を一頭、お前にあげよう。どうだろうか」

考えるように頭を振り、立ち上がって湖の中に消えた。浮島に残された私は仕方無く湖を泳いでウィリアムを目指す。
ざぶざぶと陸に上がり、服を脱いで絞る。

「水浴びですか」

「はは。魔獣に会った。引きずり込まれるところだったよ。違和感を覚えるモノには近づかないようにしないとな」

「ご無事で、よかったです」

ぱん、ぱんと服のシワを伸ばし、脇に抱え、テントに足を運ぶ。
背中からぶるる、と声の主を見ると、先程の青い馬が頭を垂れて私を見やる。

「先に寝ててくれ。どうやら彼は遊びたいらしい」

私はウィリアムに服を渡してこの魔馬まんばに歩み寄り、先程と違って噛みついてこないのを確かめ、背に跨がって訊ねる。

「何処へ行きたい?好きにしてくれ」

全身を震わせ、水面を嘗めるように駆ける。
大地を蹴り、木々の間を縫うように走り、大海原に出る。そのまま水中に潜り込み、私を振り放る。食う気は無いのだろう。私の周りを駆け回り、渦巻きを起こして遊んでいる。

満足げに岸辺で寝そべる魔馬の腹に背中を預けて座り込む。

「楽しいな」

ぶるる、と答えてくれる。

「食べるとき以外は、私以外にするなよ。皆死ぬから」

ぶるっ、と分かっているのかどうなのかあやふやな返事をする。

波の音に目を閉じていると、馬が喋った。

「ケイヤクシヨウ」

「しない」

「ケイヤク」

「しない」

「………」

「…ヒマなのか」

「ヒマ?」

「寂しいか」

「サミシイ」

「うちに来るか」

「ウチ?ニク?」

「肉…不法侵入者なら食っていいかな…」

「ニクアル、イク」

「あそう、宜しくな」

「ヨロシク?」

「夜来る知らない肉なら食っていいぞ。でも、私に許可をとれ。わかったか?」

「ワカッタ」

海を眺めて、ズボンが乾いた頃に湖に戻った。


「…ん?おじさん馬見つけてきたの?流石だなぁ」

「隊長」

「拾った」

「拾った、」

「名前はない」

「無いんですか」

「縛りたくない」

「はぁ」

「餌はなんですか」

「新鮮な肉かな」

「「肉」」

庭に水場を造らなくては。





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