血と踊る流動体

入江円

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第二章 与えられた自由

Twenty-six. You.

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扉は開かれ、中には一冊一冊が丁寧に等間隔で配置されている。

「ここに保管されている本はみな、偉大な魔術師の方々から保護されたものです。くれぐれも、扱いにはお気をつけください」

私は入口に近い一冊の魔術書の前に立つ。何の気なしに眺めていたが、本の表紙を見て視界が歪んだ。心臓が早鐘を打つ。

「私は通路を出たところにおりますから、お帰りの際はお声がけください」

ごゆっくり。と声をかけて扉を閉める。
この部屋には私とユルゲン、魔術書だけになった。
冷静を装い、全ての魔術書の表紙を確認する。

「ユルゲン」

「はい」

「ここは一体なんなのだ」

これらは全て、私の書いた本だ。
何故、私の魔術書がこんなにもある。疑問と焦燥で頭が忙しい。
ユルゲンを見ると、穏やかな表情で私を見ていた。

「ローブを脱いだらいかがですか」

「…は?」

「魔術書を読むには、そのローブはお邪魔でしょう」

そう言って私のローブをするりと剥ぎ取り、丁寧にハンガーにかける。

「始まりは、ノモスという男でした。

彼は奴隷市場で男に買われ、人間としての生活を学びました。

男の死後、彼はその男が書いた魔術書に感銘を受け、生涯手元に置きました。

男の残した本をノモスは研究し続け、偉大な魔術師と呼ばれるようになりました。

ノモスの死後、出生は違えど本を受け継ぐものが現れました。」

一冊の前で立ち止まる。

「そして今。ここは、私の図書館なのです」

およそ本に向ける眼差しではない。何を見ているのか分かりたくない。私にはどうしようもない。

「これらを書いた彼は、人間ではないでしょう。

どう思われますか?隊長殿。」

「中身も見ていない私に聞いてどうする」

何を言っているのだと言わんばかりの顔を見せたが、ゆっくりと微笑む。

「そうでした。」

「ここの真の主はお前なのだな。これを私に見せたかったのか。しかし、どうにも分からないことがある」

「なんでしょうか」

「これらは全て、お前の言うところの人間ではない男によって書かれたものなのだな?」

「ええ」

「ノモスはその男の残した魔術書を研究し、偉大な魔術師となった」

「そうです」

「では何故、奴隷市場で人間を買える程に紛れ込むことができたその男は、己の手で魔術書を発表しなかったのだ?」

「興味がなかったのでしょう」

「は」

「私にはどうにも、これは全て暇つぶしで書いたように思えてならないのです」

ユルゲンは私から目を離さない。

「これら、所謂偉大な魔術書を、暇つぶしに書いただと?」

「はい」

「…そうか」

伏兵は、身近にいた。

「その男はどうやって死んだのだ?」

「ノモスに首を斬られ、死にました」

何と間抜けなことか。

「何故ノモスはその男の首を斬ったのだ?」

「人間ではないからです」

そうだ。人間ではない。

「異端が書いた本に魅せられたか」

「彼に魅せられました」

「死んだ者に魅せられてどうする。お前は今を生きているのだ。現実を見ろ」

「心配してくださるのですね」

「私の部下だからな」

場を切り替えようと、大きく溜め息を吐く。

「連れてきてくれたはいいが、囚われる程恐ろしい本だと、見る気が失せるな」

「すみません」

「その中で、お前のお気に入りはあるか?」

暫し見回って一冊の本の前で止まる。

「この魔術書です」

私は彼のおすすめの前に立つ。

「見てもいいか」

「どうぞ」

ペラペラ捲って読み進めると、水と氷の魔術書だった。…そう言えば書いたな。

「覚えておいでか。私が初めて貴方に会った時に失礼にも放った魔術を」

「水だったな」

「この魔術書で学んだ知識です」

「…お前今幾つだ?」

一冊書くのに人の一生分を費やして完成させたこれらの本を全て網羅してるんじゃないだろうな?

「幾つに見えますか?」

しげしげと見る。ハリのある肌は年寄りとは思えない。手を伸ばして頬に触れたが魔術で偽っているわけではなさそうだ。まだ若いな。わしゃわしゃと髪を掻き撫でる。

「俺より若いだろ」

「俺って、初めて言いましたね」

「気にするな」

「貴方がナーラガスで使ったのは、こっちの命の魔術に似ている」

「そうか」

何も話す気はないぞ。上司を問い詰めるのもいい加減にしろ。



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