サムライ×ドール

多晴

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第一夜『星巡りの夜』

其之十二:笹鳴りの町へ②

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「…太一さまは、時々俺を町へお連れになった。そして俺は太一さまから様々なことを教わった」

考え込んでいると、隣で綺也さまがぽつぽつと話を再開した。

「飛脚問屋桃園谷駅前店にも、太一さまに連れられて訪れたことがある。つい先月だ」
「ええ!?ウソっ!?全然気づかなかったけど…!!」

天岐多様は、政治に疎いあたしでさえ知ってる有名人だ。加えてあの体格とオーラ、そして人気。もし店に来ていたら気付かないわけがないし、行く先々で人だかりができていた筈だ。あたしが店にいない間の話だとしても、そんな有名人が来ていたらクロ兄さんや蒼太が黙っているわけがない。

「…サムライドールは嘘はつかない。というか、つけない」
「へぇ…」

最近のAIは割と嘘をつくものだと聞いている。もっとも、そもそも嘘の情報を正解として与えられていたり、最適解に辿り着くために便宜上の嘘をつく、という事のようではあるけれど。
でもわざわざ嘘がつけないと宣言するからには、そういった方便も綺也さまは使えないということなのだろう。サムライを名乗るだけあって、なかなか潔い設定になっているようだ。

「訪れたのは深夜だったのでな。店は閉まっていたし、人気もほとんどなかった」

そうして綺也さまは、相変わらず抑揚の少ない無機質な口調で淡々と話を続けた。



──天岐多様は時々お忍びで、数人の部下だけを連れて夜の町中をそぞろ歩くことがあったという。
先月のとある夜も、綺也さまを連れてたまたま駅前までやってきたそうだ。そして立ち並ぶ商店を一つ一つ説明してくれた。

『綺也乃介!ここは飛脚問屋っつってな、手紙やら荷物やら何でも運んでくれる便利な店だぜ。…そうだ、ちょっとここで待ってな』

そう言うと店の前にあるポストの前で何やらスマホを弄り始め、しばらくして戻ってくると、その手には例のカード型伝票が握られていた。
そして自分の脇差から下緒を解くと、伝票の穴に通して輪っかの形に結んだ。それを綺也さまの首に掛けながら、

『そら、こいつが伝票だ。もし俺とはぐれたら、これ付けてあのポストっつう赤いロボットの足元に転がっとけ!そしたら、飛脚の人たちがお前を俺のトコに連れてきてくれるぜ』

──そう言って笑ったのだと言う。  
 


(それって…つまり迷子札?冗談?冗談よね?)

願わくば、良い話だ…と感動したかったのだが、残念ながら心の中でツッコミを入れざるを得なかった。
昨日綺也さまは「何かあったら飛脚問屋を頼れとの指示を受けている」と言っていたけど、要はこういう事だったらしい。道理で、クロ兄さんがいくらマニュアルを当たっても該当する業務が見当たらなかったわけである。
そして、一人で戻れるのに戻らなかった理由もきっとそのせいだ。

──逸れたらポストの足元で待っていろ。そうすれば飛脚が連れてきてくれる──。

綺也さまは、天岐多様のこの言葉をそのまま信じて実行しているだけなのだ。だからああして律儀にポストの傍で飛脚が来るのを待っていたのだろう。あたしをわざわざ連れ出そうとしたのも、きっと飛脚が一緒でなければならないと思っているからだ。
ドールの考えは分からないなんて最初から匙を投げてしまったけど、そう考えると案外単純で、どこまでも純粋なだけなのかもしれない。

「…太一さまは、俺に『帰って来い』と仰った。だから、俺は何としてでもあの方のもとに帰らねばならぬのだ」

そう言う綺也さまの横顔は、ふと昨日のことを思い起こさせた。
蒼太が天岐多様の名前を出した途端、急に反応を示した時の事だ。あの時の縋るような目、そしてさっきの『太一さまに会いたい』と言った淋し気な眼差し──。

「…天岐多様のこと、心配よね。早く会えるといいね」
「………ふむ。心配しているのか、俺は…」
「あれ、自覚なし?」
「……………ふむ」

どう見てもご主人様の身を憂う健気な家来の様子だったが、どうやら自分では気付いていなかったようだ。
黙り込んだ綺也さまの左目の光の点滅が早くなった。どうやら新しい情報を処理している時に、こんな風に激しくチカチカと光るらしい。

「…ねぇ、綺也さまって感情はあるの?天岐多様と一緒にいて、嬉しいとか楽しいとか…そういうポカポカした気持ちになったりしない?」

ロボットと言えば、やはり気になるのはそこだ。五感はあるようだけど、果たして心や感情と呼べるものは持っているのか。
今のAIがどこまで発達していてどこまで複雑な思考ができるのかなんて、あたしは知らない。でも綺也さまの天岐多様に関する表情や振る舞いには、単にプログラムされただけではないものを感じる。
本人は分かっていないようだけど、綺也さまはきっと、いや間違いなく───天岐多様の事が大好きなのだ。

「………理論上は、感情を持つことは可能とされているが」

綺也さまはそこで一度言葉を切り、10秒ほど間を空けた後。

「…AIの成熟レベルが上がれば、あるいは理解はできるかもしれぬ。俺はまだ作られて間もない。人の感情についてはこれから学ばなければならない」

そう言って、また黙ってしまった。

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