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ピンチはチャンス? でもやっぱりピンチでしょっ!⑧
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強制力に巻き込まれるのは、メインキャラだけではないのね。
ので、モブの私もクリシャと対面中。
(廊下で寝る準備をしようとしたら、床に魔法陣が現れて、強制入室。ホント、魔法の無駄遣い)
なんで自分の部屋なのに、くつろげないのかしら、私。
扉に背中を張り付いたままって、くつろげないけど。
「いいかげんスネとらんで、話を交わそうという気にはならんのか、お主は」
うわー、一番いわれたくないヤツにいわれた。
「ではお許しを得て申し上げます、大魔道士クラムド=クリシャサマ」
クリシャは面白くない、といった態度をモロに出したけど、口は出さなかったので続けてみる。
「いくつか、おうかがいたいことがございまして、浅学非才の私めにもわかりようにお答えいただければ、これにまさるヨロコビはございません」
字面は慇懃に。
口調は棒読みで。
いっそ怒って帰るかと思ったけど、
「いうてみよ」
っていうってことは、クリシャも私に用があるんだろうな。
ので、遠慮なくいわせていただく。
「ひとつめ。
魔王討伐隊みなさまへの修行ですが、クリシャ様の恣意がだいぶ入っていて、効率的とは思えません。今の修行を行っていることについて『その方が面白そうじゃろ?』以外の理由をお聞かせください」
「……いや…………」
「ふたつめ。
魔法力が殆どない騎士の方々武器に魔法を付与いただいたことは、誠に感謝に堪えません。
しかしながら、それを活かすすべをまったく、ご教示いただくことなく、また辞を低くそれを伺いに行った者に対して無碍なお扱いをされた理由をお聞かせください。
あ、『めんどくさくて』などという子供もいい出さない、あり得ない理由以外をお願い致します」
「いや……その……」
浮気現場で、奥さんに詰められてる夫なみに冷や汗を流してるクリシャ。
目もキョドってる。
そう、わかってる。
クラムド=クリシャってキャラは、『面白そう』がすべての原動力なんで、それがプラスに働くとそれは素晴らしいことなんだけど、逆にいくと、ひたすらに迷惑なんだよね。
子供ぽい無邪気さ、っていえば微笑ましいかもだけど、子供って時々、訳のわかんないことにこだわったり、暴れ回ったりもするじゃない?
もうちょっと理性を身に着け……るかどうかは知らないけど、大人的に対応して欲しいわけで。
「みっつめ。
もう枯れかかってらっしゃるのかもしれませんが、夜に独り身の女性の部屋に無断で入って待ち構えるというのは、ハッキリいって、気持ち悪いんですけど」
「誰が枯れかけじゃっ。
我はまだまだ現役ぞっ」
あ、ここは即反応してくるんだ。
男って、ここのこだわりが意味なく強いよね。
こういうところは、見た目の美少年の年齢じゃなくて、成人、もしくはオッサンなんだなってわかる。
「だいたい、お主がふらふら歩きまわっておるから、我がわざわざ出向くハメになったのじゃ。
いくら『拡大』の使い勝手が良いからといって、魔法具の量産に手を出してくるし、ポーションも作り続けておろう。
魔王討伐の会議にも参加しおって、地形を幻影で表すのを『拡大』して討伐ルートや各地方の様子も投影する。
資料もあえて魔法で書かせれば、そのままお主が『拡大』で複写もする。
各地への伝令も、お主の『拡大』で、今まで馬で三日かかっていたところが即時じゃ。
他にも先の魔王襲来の折、壊された街の資材の『拡大』や、王女の側近として資金集めもしておるというではいか。
少しはじっとしておれんのか」
いやぁ。モブといえば器用貧乏がデフォルトでしょう。
王宮全体が魔王討伐に向けて浮ついてるのに、部屋に引きこもってたら逆に目立っちゃう。
モブにあるまじき。
ので、あちこちの動きの隅っこに、ちょいちょい入ってますよ、ってことでモブとしての確かな存在意義を醸し出してるわけで。
「お主、王宮どころか王都にまで顔が広がておるぞ」
そうなんだよね。
あちこちにちょいちょい顔を出していから、お知り合いも増えた。
この間、厨房に顔を出したらお菓子の試食させてもらっちゃったし。
王都を歩いてたら、持ってきなっ、ていろいろ声かけてもらえて、ラッキー。
「…………我に文句をつける前に、己を見直した方がよかろうて」
あ、文句つけられてるってのは自覚してるのね。
「では、ひとつめ、ふたつめの理由をこの場でお聞きませんが、改善をお願いいたします」
「…………ん」
そっぽ向いたままでも、不本意顔でも了承の返事したからな。
ちゃんとやるんだぞ、ってクリシャを強めに見つめる。
「わかった。くどい」
若干ムカツク回答ですが、肯定なので良しとしましょう。
なんて大人なモブなのかしら、私。
「ではみっつめの」
「出てはいかんぞ」
いや。これが一番簡単でしょうっ。
メインキャラとモブが部屋に二人きりで、なにをしようというのですかっ。
クリシャがにやりと笑った。
あ、これよくないやつだ。
「ほう。
部屋に二人きり、がよくないと申すのじゃな。
では、これでよかろう」
一瞬の浮遊感。
またまた瞬間移動。
今度はどこへ……っっっっっ!
四方に壁がない。
異様に見晴らしがいい。
本当におかしいくらい、なんにもない。
上を見る。
一面の星空。
下、下、下は、見たくない。
靴を押した足の感覚では、硬いところにいるような気がするけど、その範囲がどこまでなのか、わからない。
部屋の広さほどあるかもしれないし、足元、靴の下だけかもしれない。
危険がない場所と思えば動かずに立っていられるけど、一歩踏み外せば断崖絶壁、火の中水の中と思えば、足も体も震えて立っていられなくなる。
そんなもんじゃない?
想像力が体の自由を奪う。
前の世界の記憶では、高層ビルなんてものもあったけど、今生きている世界ではお城のてっぺんがせいぜい。
それも当然モブなんぞが行けるわけもないので、せいぜい庶民の宿屋の二階がせいぜい。
クリシャの塔には登ったけど、あれは空間がいじられてて窓もなかったから、高さの感覚なんかなかった。
魔法での『飛翔』や『浮遊』はあるけど、それもどの魔法でどれくらいかわかってるから。
それにかけた相手の魔法士への信頼が、安心につながってるわけで。
今の相手は、子どもの無邪気さと好奇心と、膨大な魔法力と知識を持ったクラムド=クリシャ。
今かけられている魔法が『浮遊』なのか、足元の空間を『固定』しているのかもわからない。
ひとつだけいえるのは、今、私の生死を握っているのはコイツだということだ。
理不尽に。強制的に。
その怒りだけが、私の足にかろうじて力を伝えている。
でも、それで精一杯なわけで。
「ふん。
部屋で二人きりがよくないと申したからの、変えてやったぞ。
ここならば、見上げればどこからでも見えるからの。
なにを心配することもないわけじゃ」
クリシャがなにかいってるけど、もう耳にも入らない。
…………メインキャラだったら。
メインキャラだったら、なにかいい返せたかもしれない。
落ちるかもしれないなんて考えず、一歩踏み出したかもしれない。
落ちて死ぬかもしれないなんて想像もせず、堂々とクリシャに対していたかもしれない。
でもモブは。
モブは世界に影響を与えることはない。
それは、私になにかあったら、私を知ってくれている人は悲しんだり、怒ったりしてくれると思う。
でも世界は変わらない。
こんなところでメインキャラにモブがどうされようと、物語は変わらない。
それが、結構悔しい。
「ああ、『記憶持ち』について話してやろうと思っておったのじゃ。
この世界にはの、別の世界の記憶を持つ者が現れるのよ。
それは英雄になることもあるし、魔王になることもあるし、お主のように平凡な才能の者もおる。
しかし、ソヤツらが語る『別の世界の話』は興味深くての。
大概が動力も仕掛けも知らぬくせに、動かし方だけ知っている物の話でもあるのじゃが、それを使ってできることや、住む街の景色。
仕事場にゆくのに、一時間以上箱に揺られるというのは、どういうことじゃ?
物も作らず、芸もせず、なのに賃金が払われるのは、何故じゃ。
『地球を守る』とはなんじゃ? 土を掘ってよそに移したとて、それも土であろう?
なにをどう損ねているというのじゃ」
子どもは好奇心の塊。
そして疑問の解消のために大人に聞くのに、自分の欲求より優先するものはない。
私が返事をしないのに機嫌を損ねたのか、クリシャがひらりと手を動かした。
「答えよ、アン。
答えぬなら……」
クリシャの手に魔法が集まる。
わかる、風の魔法だ。
「少し刺激を与えれば、思い出すかの」
その風を、私にぶつけてきた。
辛うじて踏ん張ってきた足だから、ほんの少しの刺激だけで、砕ける。
すがるものが欲しくて伸ばした手に、クリシャの風魔法が触った。
そのまま『拡大』してしまう。
「なにをっ…………っ」
クリシャの声が聞こえたかもしれない。
でも今私は、夜空を体全体で見上げてる。
すべてが、ゆっくりと動いていく。
一瞬でなく、延々と続く浮遊感。
そして。落下。
ーーーーーーーーーー。
なにか、聞こえる。
聞こえる、ってことは生きてるってこと?
まぶたの外から、光を感じる。
ゆっくり、目を開けた。
目の前にあったのは、修羅場だった。
「アンをこのような目に合わせておいてっ、ふざけるでないわっ。
この似非魔導士がっ」
レリア王女が泣きながら叫んでる。
ラクロアさんと侍女さんたちが押しとどめてるけど、投げ散らかしたらしくてクッションやら割れた花瓶やらが床に散乱してる。
「ホントマジでワケわかんねーんだけどっ。
なんでンなことしたんだよっ、クリシャのオッサン」
バチバチメイン主人公キャラ①のナジャ君も叫んでる。
「……………………」
バチバチメイン主人公キャラ②のアクシオ君。
無言ながら滅茶苦茶に目が据わってる。
イスリオも無言なんだけど、剣の柄を握りしめすぎてて、手が震えてる。
抜きたくなってるのを、なんとか抑えてる雰囲気。
背中の気配は赤いを通り越して青い炎って感じ?
その後ろについているモブ的騎士さんたちも同じ感じ。
さらにそれぞれの武器の精霊たちも、持ち主の感情に触発されてざわめいてる。
「では、故意ではない、とおっしゃるのですね?」
サルファス王子の声がする。
いっそ優し気ともいえる口調なのに、絶対零度(華氏-459.67)を感じるのは、なぜでしょう?
「そ、そうじゃ。
ちょっと、驚かしてやろうと思うて、少し風を送ったら、コヤツの『拡大』魔法が暴走して……」
ボソボソと話すクリシャ。
「ああ、そうなのですか。
大魔導士クリシャ様が、わざわざ通常の判断ができかねる状況に置いたにも関らず、魔法の暴走は予想しえなかった、と。
さらに、大魔導士ともあろうお方が、一介の魔法士の魔法をなすすべもなく見ていることしかできなかったとおっしゃるのですね?」
「いや、その、我も『拡大』した風に吹き飛ばされて、一瞬アンから目が離れてしもうて……」
「そうなのですか。古の大魔導士サマともあろうお方が、一介の魔法士の魔法に吹き飛ばされた、と。
これを信じろとおっしゃるのですか?
それとも故意でないとしたら、貴方の実力はその程度だったと思えばよろしいのでしょうか?」
え~。
なんか不毛な詰めになっているようなので、お声をかけてみます。
「…………」
あれ?
身を起こしたときに衣擦れの音がして、気づいた人々が、一斉に私を見て、寝台に詰め寄ってきた。
「目が覚めたのか、アンっ。
どこか、痛いところや苦しいところはないであろうな?」
今、貴女様に飛びつかれた胸の骨がやや痛みます。
「アンさん。目が覚めて、よかったぁ」
主人公キャラ①ナジャ君が泣きそうな目で見てくる。
「…………よかった」
主人公キャラ②アクシオ君も、心なしか目が潤んでる。
ラクロアさんや侍女さん方も、口々に『よかったですっ』と涙目でいってくれる。
美少女、少年たち&美女のみなさん、ありがとうね。
「アン殿、お目が覚められて、なによりでございますっ」
「もしや、もしやこのままお目が覚めないのではないかとっ」
ややモブ騎士さんたちも、感極まった感じで喜んでくれてる。
武器の妖精たちも落ち着いたみたいで、よかったよかった。
「アン…………」
イスリオは枕元に来ると、そっと私の手を取った。
私の手。
ごつくはないけど華奢でもない手を握って、なにか良いことでもありますでしょうか?
イスリオは、前にあった時よりやつれ具合が進んでいる気がするけど、大丈夫?
「目覚めてくれたのか……」
サルファス王子が私の髪を撫でてくる。
今のところ指はちゃんと通ってますけど、どっかで痛んで引っ掛かりでもしたら、モブといえどヘコむんですが、ダイジョブかな? 私の髪のキューティクル。
サルファス王子も前に見た時より疲労がたまってる顔色。
さすがのキラキラ王子も疲労を隠せなくなってるけど、その少し緩んだ感じも、またモテ要素なんだろうな、うん。
とにかく部屋にいる人たちがそれぞれ話始めるので、うわんって感じになったけど。
まとめてみると、あの夜。
空に浮かんでる私とクリシャを見つけた人は結構多かったらしい。
なんだんなんだ?って見てるうちに、私が地面に向かって落ちていったので、みんな慌ててなんとかしてくれようとしたそう。
アクシオ君は水球を作って、なんとか私の落下速度を落としてくれたし、他の魔法士たちも『浮遊』で止めようとしたり、風を吹き上げるように起こしてみたり。
でも、日中のクリシャの修行で魔力がほとんど残ってなかった。
どんどん落ちてくるのが見えると、気づいた街の人たちが、落ちてくるだろう場所に布団とか藁とか、近場にあるありったけの柔らかいものを積み上げてくれたそうだ。
その先導は、近くを巡回していた騎士さんたちがしてくれたそうで。
私としては、とにかくみんなにお礼をいって、この場を収集させて、素早くモブに戻りたいわけで。
「……っ、…………」
あれ? 口は開いてるし、息も出てるんだけど、なぁ?
「アン、どうしたのじゃ?」
涙目で見上げてくる美少女殿下のレリア王女に(心配ないですよ)って笑いかけて、そのままのセリフをいおうとする。
「…………………」
口は動いてる。息も出てる。のに。
(あれ? 声が出てない??)
メイン及び準メインキャラたちの視線を一身に集めちゃって申し訳ないんだけど。
えーと。
困った、かな?
ので、モブの私もクリシャと対面中。
(廊下で寝る準備をしようとしたら、床に魔法陣が現れて、強制入室。ホント、魔法の無駄遣い)
なんで自分の部屋なのに、くつろげないのかしら、私。
扉に背中を張り付いたままって、くつろげないけど。
「いいかげんスネとらんで、話を交わそうという気にはならんのか、お主は」
うわー、一番いわれたくないヤツにいわれた。
「ではお許しを得て申し上げます、大魔道士クラムド=クリシャサマ」
クリシャは面白くない、といった態度をモロに出したけど、口は出さなかったので続けてみる。
「いくつか、おうかがいたいことがございまして、浅学非才の私めにもわかりようにお答えいただければ、これにまさるヨロコビはございません」
字面は慇懃に。
口調は棒読みで。
いっそ怒って帰るかと思ったけど、
「いうてみよ」
っていうってことは、クリシャも私に用があるんだろうな。
ので、遠慮なくいわせていただく。
「ひとつめ。
魔王討伐隊みなさまへの修行ですが、クリシャ様の恣意がだいぶ入っていて、効率的とは思えません。今の修行を行っていることについて『その方が面白そうじゃろ?』以外の理由をお聞かせください」
「……いや…………」
「ふたつめ。
魔法力が殆どない騎士の方々武器に魔法を付与いただいたことは、誠に感謝に堪えません。
しかしながら、それを活かすすべをまったく、ご教示いただくことなく、また辞を低くそれを伺いに行った者に対して無碍なお扱いをされた理由をお聞かせください。
あ、『めんどくさくて』などという子供もいい出さない、あり得ない理由以外をお願い致します」
「いや……その……」
浮気現場で、奥さんに詰められてる夫なみに冷や汗を流してるクリシャ。
目もキョドってる。
そう、わかってる。
クラムド=クリシャってキャラは、『面白そう』がすべての原動力なんで、それがプラスに働くとそれは素晴らしいことなんだけど、逆にいくと、ひたすらに迷惑なんだよね。
子供ぽい無邪気さ、っていえば微笑ましいかもだけど、子供って時々、訳のわかんないことにこだわったり、暴れ回ったりもするじゃない?
もうちょっと理性を身に着け……るかどうかは知らないけど、大人的に対応して欲しいわけで。
「みっつめ。
もう枯れかかってらっしゃるのかもしれませんが、夜に独り身の女性の部屋に無断で入って待ち構えるというのは、ハッキリいって、気持ち悪いんですけど」
「誰が枯れかけじゃっ。
我はまだまだ現役ぞっ」
あ、ここは即反応してくるんだ。
男って、ここのこだわりが意味なく強いよね。
こういうところは、見た目の美少年の年齢じゃなくて、成人、もしくはオッサンなんだなってわかる。
「だいたい、お主がふらふら歩きまわっておるから、我がわざわざ出向くハメになったのじゃ。
いくら『拡大』の使い勝手が良いからといって、魔法具の量産に手を出してくるし、ポーションも作り続けておろう。
魔王討伐の会議にも参加しおって、地形を幻影で表すのを『拡大』して討伐ルートや各地方の様子も投影する。
資料もあえて魔法で書かせれば、そのままお主が『拡大』で複写もする。
各地への伝令も、お主の『拡大』で、今まで馬で三日かかっていたところが即時じゃ。
他にも先の魔王襲来の折、壊された街の資材の『拡大』や、王女の側近として資金集めもしておるというではいか。
少しはじっとしておれんのか」
いやぁ。モブといえば器用貧乏がデフォルトでしょう。
王宮全体が魔王討伐に向けて浮ついてるのに、部屋に引きこもってたら逆に目立っちゃう。
モブにあるまじき。
ので、あちこちの動きの隅っこに、ちょいちょい入ってますよ、ってことでモブとしての確かな存在意義を醸し出してるわけで。
「お主、王宮どころか王都にまで顔が広がておるぞ」
そうなんだよね。
あちこちにちょいちょい顔を出していから、お知り合いも増えた。
この間、厨房に顔を出したらお菓子の試食させてもらっちゃったし。
王都を歩いてたら、持ってきなっ、ていろいろ声かけてもらえて、ラッキー。
「…………我に文句をつける前に、己を見直した方がよかろうて」
あ、文句つけられてるってのは自覚してるのね。
「では、ひとつめ、ふたつめの理由をこの場でお聞きませんが、改善をお願いいたします」
「…………ん」
そっぽ向いたままでも、不本意顔でも了承の返事したからな。
ちゃんとやるんだぞ、ってクリシャを強めに見つめる。
「わかった。くどい」
若干ムカツク回答ですが、肯定なので良しとしましょう。
なんて大人なモブなのかしら、私。
「ではみっつめの」
「出てはいかんぞ」
いや。これが一番簡単でしょうっ。
メインキャラとモブが部屋に二人きりで、なにをしようというのですかっ。
クリシャがにやりと笑った。
あ、これよくないやつだ。
「ほう。
部屋に二人きり、がよくないと申すのじゃな。
では、これでよかろう」
一瞬の浮遊感。
またまた瞬間移動。
今度はどこへ……っっっっっ!
四方に壁がない。
異様に見晴らしがいい。
本当におかしいくらい、なんにもない。
上を見る。
一面の星空。
下、下、下は、見たくない。
靴を押した足の感覚では、硬いところにいるような気がするけど、その範囲がどこまでなのか、わからない。
部屋の広さほどあるかもしれないし、足元、靴の下だけかもしれない。
危険がない場所と思えば動かずに立っていられるけど、一歩踏み外せば断崖絶壁、火の中水の中と思えば、足も体も震えて立っていられなくなる。
そんなもんじゃない?
想像力が体の自由を奪う。
前の世界の記憶では、高層ビルなんてものもあったけど、今生きている世界ではお城のてっぺんがせいぜい。
それも当然モブなんぞが行けるわけもないので、せいぜい庶民の宿屋の二階がせいぜい。
クリシャの塔には登ったけど、あれは空間がいじられてて窓もなかったから、高さの感覚なんかなかった。
魔法での『飛翔』や『浮遊』はあるけど、それもどの魔法でどれくらいかわかってるから。
それにかけた相手の魔法士への信頼が、安心につながってるわけで。
今の相手は、子どもの無邪気さと好奇心と、膨大な魔法力と知識を持ったクラムド=クリシャ。
今かけられている魔法が『浮遊』なのか、足元の空間を『固定』しているのかもわからない。
ひとつだけいえるのは、今、私の生死を握っているのはコイツだということだ。
理不尽に。強制的に。
その怒りだけが、私の足にかろうじて力を伝えている。
でも、それで精一杯なわけで。
「ふん。
部屋で二人きりがよくないと申したからの、変えてやったぞ。
ここならば、見上げればどこからでも見えるからの。
なにを心配することもないわけじゃ」
クリシャがなにかいってるけど、もう耳にも入らない。
…………メインキャラだったら。
メインキャラだったら、なにかいい返せたかもしれない。
落ちるかもしれないなんて考えず、一歩踏み出したかもしれない。
落ちて死ぬかもしれないなんて想像もせず、堂々とクリシャに対していたかもしれない。
でもモブは。
モブは世界に影響を与えることはない。
それは、私になにかあったら、私を知ってくれている人は悲しんだり、怒ったりしてくれると思う。
でも世界は変わらない。
こんなところでメインキャラにモブがどうされようと、物語は変わらない。
それが、結構悔しい。
「ああ、『記憶持ち』について話してやろうと思っておったのじゃ。
この世界にはの、別の世界の記憶を持つ者が現れるのよ。
それは英雄になることもあるし、魔王になることもあるし、お主のように平凡な才能の者もおる。
しかし、ソヤツらが語る『別の世界の話』は興味深くての。
大概が動力も仕掛けも知らぬくせに、動かし方だけ知っている物の話でもあるのじゃが、それを使ってできることや、住む街の景色。
仕事場にゆくのに、一時間以上箱に揺られるというのは、どういうことじゃ?
物も作らず、芸もせず、なのに賃金が払われるのは、何故じゃ。
『地球を守る』とはなんじゃ? 土を掘ってよそに移したとて、それも土であろう?
なにをどう損ねているというのじゃ」
子どもは好奇心の塊。
そして疑問の解消のために大人に聞くのに、自分の欲求より優先するものはない。
私が返事をしないのに機嫌を損ねたのか、クリシャがひらりと手を動かした。
「答えよ、アン。
答えぬなら……」
クリシャの手に魔法が集まる。
わかる、風の魔法だ。
「少し刺激を与えれば、思い出すかの」
その風を、私にぶつけてきた。
辛うじて踏ん張ってきた足だから、ほんの少しの刺激だけで、砕ける。
すがるものが欲しくて伸ばした手に、クリシャの風魔法が触った。
そのまま『拡大』してしまう。
「なにをっ…………っ」
クリシャの声が聞こえたかもしれない。
でも今私は、夜空を体全体で見上げてる。
すべてが、ゆっくりと動いていく。
一瞬でなく、延々と続く浮遊感。
そして。落下。
ーーーーーーーーーー。
なにか、聞こえる。
聞こえる、ってことは生きてるってこと?
まぶたの外から、光を感じる。
ゆっくり、目を開けた。
目の前にあったのは、修羅場だった。
「アンをこのような目に合わせておいてっ、ふざけるでないわっ。
この似非魔導士がっ」
レリア王女が泣きながら叫んでる。
ラクロアさんと侍女さんたちが押しとどめてるけど、投げ散らかしたらしくてクッションやら割れた花瓶やらが床に散乱してる。
「ホントマジでワケわかんねーんだけどっ。
なんでンなことしたんだよっ、クリシャのオッサン」
バチバチメイン主人公キャラ①のナジャ君も叫んでる。
「……………………」
バチバチメイン主人公キャラ②のアクシオ君。
無言ながら滅茶苦茶に目が据わってる。
イスリオも無言なんだけど、剣の柄を握りしめすぎてて、手が震えてる。
抜きたくなってるのを、なんとか抑えてる雰囲気。
背中の気配は赤いを通り越して青い炎って感じ?
その後ろについているモブ的騎士さんたちも同じ感じ。
さらにそれぞれの武器の精霊たちも、持ち主の感情に触発されてざわめいてる。
「では、故意ではない、とおっしゃるのですね?」
サルファス王子の声がする。
いっそ優し気ともいえる口調なのに、絶対零度(華氏-459.67)を感じるのは、なぜでしょう?
「そ、そうじゃ。
ちょっと、驚かしてやろうと思うて、少し風を送ったら、コヤツの『拡大』魔法が暴走して……」
ボソボソと話すクリシャ。
「ああ、そうなのですか。
大魔導士クリシャ様が、わざわざ通常の判断ができかねる状況に置いたにも関らず、魔法の暴走は予想しえなかった、と。
さらに、大魔導士ともあろうお方が、一介の魔法士の魔法をなすすべもなく見ていることしかできなかったとおっしゃるのですね?」
「いや、その、我も『拡大』した風に吹き飛ばされて、一瞬アンから目が離れてしもうて……」
「そうなのですか。古の大魔導士サマともあろうお方が、一介の魔法士の魔法に吹き飛ばされた、と。
これを信じろとおっしゃるのですか?
それとも故意でないとしたら、貴方の実力はその程度だったと思えばよろしいのでしょうか?」
え~。
なんか不毛な詰めになっているようなので、お声をかけてみます。
「…………」
あれ?
身を起こしたときに衣擦れの音がして、気づいた人々が、一斉に私を見て、寝台に詰め寄ってきた。
「目が覚めたのか、アンっ。
どこか、痛いところや苦しいところはないであろうな?」
今、貴女様に飛びつかれた胸の骨がやや痛みます。
「アンさん。目が覚めて、よかったぁ」
主人公キャラ①ナジャ君が泣きそうな目で見てくる。
「…………よかった」
主人公キャラ②アクシオ君も、心なしか目が潤んでる。
ラクロアさんや侍女さん方も、口々に『よかったですっ』と涙目でいってくれる。
美少女、少年たち&美女のみなさん、ありがとうね。
「アン殿、お目が覚められて、なによりでございますっ」
「もしや、もしやこのままお目が覚めないのではないかとっ」
ややモブ騎士さんたちも、感極まった感じで喜んでくれてる。
武器の妖精たちも落ち着いたみたいで、よかったよかった。
「アン…………」
イスリオは枕元に来ると、そっと私の手を取った。
私の手。
ごつくはないけど華奢でもない手を握って、なにか良いことでもありますでしょうか?
イスリオは、前にあった時よりやつれ具合が進んでいる気がするけど、大丈夫?
「目覚めてくれたのか……」
サルファス王子が私の髪を撫でてくる。
今のところ指はちゃんと通ってますけど、どっかで痛んで引っ掛かりでもしたら、モブといえどヘコむんですが、ダイジョブかな? 私の髪のキューティクル。
サルファス王子も前に見た時より疲労がたまってる顔色。
さすがのキラキラ王子も疲労を隠せなくなってるけど、その少し緩んだ感じも、またモテ要素なんだろうな、うん。
とにかく部屋にいる人たちがそれぞれ話始めるので、うわんって感じになったけど。
まとめてみると、あの夜。
空に浮かんでる私とクリシャを見つけた人は結構多かったらしい。
なんだんなんだ?って見てるうちに、私が地面に向かって落ちていったので、みんな慌ててなんとかしてくれようとしたそう。
アクシオ君は水球を作って、なんとか私の落下速度を落としてくれたし、他の魔法士たちも『浮遊』で止めようとしたり、風を吹き上げるように起こしてみたり。
でも、日中のクリシャの修行で魔力がほとんど残ってなかった。
どんどん落ちてくるのが見えると、気づいた街の人たちが、落ちてくるだろう場所に布団とか藁とか、近場にあるありったけの柔らかいものを積み上げてくれたそうだ。
その先導は、近くを巡回していた騎士さんたちがしてくれたそうで。
私としては、とにかくみんなにお礼をいって、この場を収集させて、素早くモブに戻りたいわけで。
「……っ、…………」
あれ? 口は開いてるし、息も出てるんだけど、なぁ?
「アン、どうしたのじゃ?」
涙目で見上げてくる美少女殿下のレリア王女に(心配ないですよ)って笑いかけて、そのままのセリフをいおうとする。
「…………………」
口は動いてる。息も出てる。のに。
(あれ? 声が出てない??)
メイン及び準メインキャラたちの視線を一身に集めちゃって申し訳ないんだけど。
えーと。
困った、かな?
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その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
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