推しも萌えもございませんので、モブな私を放っておいてください……って、メインキャラのみなさんっ、聞いてますっ⁉

藍川 東

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白薔薇園遊会……か~ら~の③

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 「そんなに緊張しないでほしいな」
 キラキライケメンメインキャラからそんなこといわれたら、緊張するに決まってます。
 というか、小説ではこんなシーンなかったんだけどなぁ。
 魔王討伐に向けていろいろ励んでいる主人公たちが、まぁったく緊張感なく浪費&パーティー三昧の貴族たちを見てイラっとムカツクってシーンはあった。
 それを主人公側のサルファス王子が裏の顔をのぞかせながらなだめる、というかサルファス王子のある種の冷たさを知らしめて、主人公たちをビビらせて、M属性ありの女性読者の尊みを集めるシーンはあった(もちろん私は本を掲げて尊みを捧げさせていただいた)。
 でも、こんなモブとお茶をするシーンなんてなくて、さくっと会場を周遊して終わりだったはず。
 笑顔を浮かべつつ、誰にも近寄らせずに、かつ好感と敬意を集めていくサルファス王子を、主人公のひとり(元気系)は、
 『え? 王子さまって魅了の魔法なんて使えるのかよっ』
 なんていって、
 『アホ……』
 とくクール系の主人公にあきれた目で見下ろされる。
 そんなお約束シーンがあったはずなんだけど。
 実際、王子が入ってきたあたり、会場には入ってこないけど主人公たちがいて、こっちをうかがってるのが見える。
 メインストーリー頑張ってねっ。
 君らの活躍に、私たちモブの生死がかかってるからっ。
 遠くから念を送っていると、ん?
 なんか目が合った?

 「おや、私だけでは退屈なのなか?」
 サルファス王子が、恐れ多くももったいなくも、モブたる私に笑いかけてくださっている。
 背後で『キャァ』なんてお若いお嬢様方が貴族らしからぬ黄色い歓声を上げていらっしゃいますが、私にとってはそんなものではございません。
 生命いのちの危機的状況から、目を逸らせていたかっただけです。
 「彼らが気になる?」
 それはもちろん。メインストーリーの主人公たちですから。
 「はぁ。サルファス王子殿下がお連れになっている魔法士であれば、どのような者なのかと」
 「そう? それなら紹介しようか」

 …………。
 でえええぇっ。
 本っ当のメインキャラっ。
 小説は彼らの活躍と成長のためにあるっ。
 そんなゴリッゴリの主人公たちと知り合うなんてっ。
 まっぴらごめんですっ。
 「いえっ、殿下。あのっ、私、具合もよくなったので失礼いたしまして、レリア王女殿下の元に……っ」
 って立ち上がろうとしているのに、どうして椅子が引けないっ。
 というか抑えている係りの人っ、そんな笑顔なのに断固として椅子は動かさせてくれないんですかっ。
 いや、この際、見栄えとか礼儀とかかまってられない。
 私は椅子を引くのをあきらめて、横滑りな感じで椅子から降りて、とにかくこの場から逃走を試みようとしたんだけど、なんか。その。
 テーブルについた左手の甲がふわっと温かい……ような気が……というか予想はできるんだけど、私のささやかな全身全霊が全力で認識することを完全拒否反応を起こしているというか。
 『まぁっ』
 『なんてうらやましいっ』
 背景モブ貴族女性の方々から悲鳴と妬みの視線を感じているというか。
 危機本能に逆らう人間の好奇心で、自分の左肩、二の腕、肘と順番に見下ろしていくと。
 あれ? 左手が見えないですね?
 なにかに遮られてますよ?
 なんですか? これは?
 そこから伸びた先をたどっていくと、なんだかキラキラしたものがあるんですが……。
 はい。
 長々と現実逃避乙(←私)。
 サルファス王子の手が、手がっ。
 私の左手に乗ってるんですけどっっ。

 一般的に、王侯貴族っていうのは親しみを表すのに体に触れあったりしない。
 会釈と適度な距離がお約束だし、貴婦人の指先に口づける、っていっても、吐息がかかるかどうかというくらいが基本(なので、某王宮騎士にがっつり握られて口づけられた私がビビるのは自然の摂理で仕方ないこと)。
 そのトップオブトップ(あ、一応王様いたっけ)の王子様がモブ女の手に触るとか、ましてや包み込む、っていうかやんわりと押さえつけてるなんて、現実に起こっていいことではないですよ。
 うん。
 きっと私、いつの間にか寝ちゃって夢の中なんだよね。
 絶体虚ろな目をしている私の前に、主人公たちが現れた。
 ひとりは元気系素直でおバカ愛されキャラ。
 ナジャ君。
 才能には恵まれていないけれど、努力と根性で成長していく主人公。
 もうひとりはクール美形で恋されキャラ。
 アクシオ君。
 有り余る才能と負けん気で成長していく主人公。実は生い立ちに設定あり。

 うわぁ。
 メインキャラ三人と同じ空気吸っちゃってるよぉ。
 あ、でも。
 このシーンが小説挿絵になったとしても、私の顔が出ない方法もある。
 サルファス王子と主人公二人が、私を気にせず会話すればいいじゃん。
 そう。
 例えば二人が貴族の能天気ぶりに怒ってそれを王子に訴える、シーンとか。
 早く修行(アクション小説お約束)したくて王子に訴えるシーンとか。
 私の存在は消しようがないけど、限りなく薄くすることはできるはず。
 名もなきモブとして。
 うん。
 その路線で決まり。
 と、少し現実に活路を見出した私を、サルファス王子は息を吸うように危機に陥れる。
 「二人とも会いたがっていただろう? 彼女がアン魔法士だよ」
 いや。紹介とかこの場に私の固有名称出すの意味あるんですか?
 「えぇっ。この人がアンさんですかっ」
 いやぁっ。
 主人公が私の名前とか口にしなくていいからっ。
 ナジャ君はまじまじと私を見て、
 「王宮中の人間全部を『守護』するなんて、どんなスゲー人かと思ってたら、フツーに可愛い人じゃん」
 可愛いとかはありがたいけど、君たちより年上設定だけどね、私。
 そして『フツー』の人なので、一刻も早く記憶から消し去って。
 「初めましてっ。オレ、ナジャですっ。この間は、助けていただいてありがとうございましたっ」
 うん、元気よく挨拶ありがとう。
 そして一刻も早くさようならしましょう。
 「魔王の野郎、ほんとムカツク奴でさ。
  俺が相手してやるから、表に出ろっっていったら、いきなり城、壊し始めるし。
  そのせいで、いろんな人が怪我したりしてさ。
  ちょっと、どうしたらいいかわかんなくなっちまった時、みんなに『守護』がかかってさ。
  スゲー助かったんだ。
  本当にありがとうございましたっ」
 さすが素直系担当ナジャ君。キラキラ笑顔が眩しいです。
 「もうちょっとでやっつけられそうだったからさ。
  次に来やがった時は、チョイチョイって追っ払ってやるぜっ」
 「違うだろ。ほとんどやられかけてただろ。お前」
 冷静なアクシオ君がつっこむ。
 「えーっ。もうちょっとで倒せてたって」
 「アホか。もうちょとでとどめ刺されたろ、お前」
 うん。この展開は小説通り。
 いろいろ主張しちゃったナジャ君が『目障りだ』と魔王に殺されそうになるんだけど、寸でのところで魔王の気が変わって助かる。それで主人公が成長していって、魔王の命取りになる。
 『あのときとどめを刺しておけばよかったのに』と、魔王寄りになった読者の誰もが思う展開。
 わめいているナジャ君を片手で押さえつけ、アクシオ君が私に向き直った。
 「……アクシオです」
 お約束のテンション低いクール系ですね。
 「魔王の野郎が来たとき、王宮にいる全員を『守護』した魔法士がいるっていうんで、貴族の宴会なんてと思っけど、会いたくてしかたなく総士団長についてきました」
 うん。君は空気読まないキャラだったね。
 「俺もすごい魔法だと思って。すごい魔法だから、もっとバーサンかと思ってた。
  すごく優しくて、包み込まれるような『守護』だった。
  それをやったのが、俺たちとそんなに歳変わらない人みたいだし、結構きれいな人で驚いてる」
 …………うん。君は天然系空気読まないキャラだったね。
 「えー? 可愛い系じゃね?」
 ナジャ君がやや背の高いアクシオ君を見上げていう。
 「いや。きれいだろ」
 アクシオ君が、やや背の低いナジャ君を見下ろしていう。
 どうでもいいけど、本人の目の前で容姿について議論するのは、結構やっちゃいけないことだよ? 君たち?
 ま、私をダシにして、お約束のいい合いをしてるだけなんだろうけど。
 「君たちの感性については、他の場所で話すといい。
  私は君たちの女性の好みを聞くために呼んだんじゃないけど?」
 こういう時に黒いオーラ出すのは、正しい使用法かと。
 さすがの笑顔の迫力に二人ともびびっと姿勢を正すと、深々と私にお辞儀した。
 「「助けてくれてありがとうございましたっ」」
 うん。お礼をいえるのは素直ないい子だね。
 ただし、ここが貴族がわんさか集まってる園遊会の真っただ中で、お礼をいっているのがメイン主人公キャラ二人で、お礼をいわれているのがモブの私でなければ。
 あぁ。
 これで私も、ファンブックが出るときには一コマ挿絵が出て、『先輩魔法士アン 魔王襲来の時みんなを守った』なんて出ちゃうのかなぁ。
 そんな立場、いらないのに。
 とにかくこの場を収めるために、なんかテキトーなこといってみる。
 「顔を上げて、二人とも。
  みんなを守れたのは、私ひとりの力じゃないわ。『守護』はレリア王女殿下がいらっしゃったからだし。
  それにね、みんなに『守護』を『拡大』するとき、感じたの。
  あの場にいたひとりひとりが、みんな一生懸命だったでしょう?
  私も一魔法士として、できることを一生懸命やっただけ。
  たまたまそれが、みんなの役に立つ力だっただけだわ」
  そうなんだよねー。たまたまだし。
 「もし、あの場に他の人がいたとしたら、もっとみんなを助けることができたかもしれない。
  すべての人を無傷で守れたわけでもないしね」
 そうなんだよね。
 あのあと、お礼をいわれることもあったけど、『どうしてもっと早くやらなかったんだっ』とか『俺だけ怪我させやがって(を丁寧バージョンで)』とかも、大っぴらにではないけど、王宮の廊下のすれ違いざまとか、レリア王女の随行しているときとかに、いわれたことがある。
 でも、しょうがない。
 「私は私にできることを精一杯やった。
  あの時の私には、あれが限界。
  他の人から見れば、力足らずのこともあるでしょう。
  でもあの時、私のほんの少しの力で、誰かの後押しができていたとしたら、嬉しいことだわ」
 二人は、なんとなく話を聞いてくれている。
 「それに、魔王はまた来るといっていたんでしょう?
  力ない人々を守るため、その時に向けて研鑽を積んでいくのが、私たち魔法士の努めじゃない?」
 よし。なんかそれっぽいこといえた気がする。
 いや、あんた研鑽なんかしてんの? って突っ込まれたら、ヤバいんですけど。
 レリア王女について回って、気疲れしては図書館の奥でさぼってる日々だからなぁ。
 ちょっと反省しよ。
 モブ女の笑顔にどれだけの効果があるかわからないけど、とりあえず話は終わり、の合図に笑ってみる。
 「一緒に頑張りましょう?」
 「「はいっ」」
 察したのか、二人そろってよいお返事をくれた。
 さて、そろそろモブとしての気力体力がつきかけてるので、シーンを終わらせたいんですが。
 サルファス王子のお付きらしい人が、王子に耳打ちする。
 「あぁ、残念ながら用事が入ってしまったようだ。もっとお互いの理解を深めたいと思っていたのに、残念だよ、アン嬢」
 いいえ。そんな深めていただくほどの者ではございません。
 「えーっ。じゃぁ、総士団長だけ帰ればいいじゃないですか。オレ、アンさんともっと話してたいし」
 ナジャ君。
 なんてこといっちゃってんの、君。
 メインストーリー的には、魔法士団対抗戦や、他国での修行、いにしえの大魔法士にも修行をつけてもらいに行ってから、魔王討伐隊選抜試験、とイベント盛りだくさん。
 その合間にギャグパートとか、日常イベントが挟まってくるから、超多忙でしょう。
 モブにかまってる暇なんぞなしっ。
 「二人とも、今日は総士団長のお供できたんでしょう?
  だったら、お役目をちゃんと果たしてね。魔法士として」
 年上ぶって主人公たちにいってみると、なにやら納得してくれた様子。
 「ふえ~い」
 「…………はい」
 うんうん。
 素直で大変よろしい。
 さすがアクションファンタジーの主人公たちだけあって、根はとても素直でまじめな子たちだしね。
 去っていく二人の背を見て、ほっと一息……つこうとしたら、なぜかアクシオ君が戻ってきた。
 ん? 忘れ物……ってことはないだろうけど? 

 「なぁ。どうすればまたアンタに会える?
  アンタの士団の寮に行けばいいのか?」
 アクシオ君の質問の意味がわからなくて、一応答えてみる。
 「今はレリア王女殿下のおそばにいるから、王女宮でお部屋をいただいているの」
 ふうん、とアクシオ君は何か考えている様子を見せる。

 「わかった。総士団長と一緒は嫌だから、団長を連れてきて、先返せばいいんだな」
 確かに各団長は貴族相当の扱いを受けるから、王宮にも入れるけど。
 アクシオ君。
 君ね、自分のところの団長をそんな通行手形にいように扱ってはいけませんよ?
 なんとなく笑って見せると、納得したのかアクシオ君もナジャ君のあとを追って退場していく。

 あ。
 ちょとメインキャラ圧が減ったかも。
 でも、重量級のがまだ微笑んでこの場にいらっしゃいます。
 「失礼するよ、アン嬢」
 サルファス王子はそういうと、握ったままだった私の手ーーそういえば、そうでしたーーをひっくり返して、手の平を上に向けた。
 私がはてな顔をすると、にっこりと笑いかけてくる。
 あぁ。
 モブが関わってはいけないメインキャラとわかっていてもっ。
 だからこその、美形イケメン破壊力っ。

 掴んだ手をそのままに、サルファス王子は立ち上がった。
 王族を立たせてモブが座ってるなんて、不敬罪で死罪相当(リアルに)なんで、立ち上がろうとするんだけどっ。
 この状態でも椅子を抑えますかっ、係りの人っ。 
 「君はこどもにも・・モテるようだから、私も意思表示をしておこうと思って」
 そう、いうと、サルファス王子はマントの留め金のブローチを外した。
 当然マントが肩から滑り落ちる。
 さらに当然お付きの人が、マントが地につく前に拾い上げるけど、その大きな動きに今までこちらを横目でしか見ていなかった貴族たちの視線が集まった。
 サルファス王子のことだから、当然計算しての動作のはず。
 王子は外したブローチを、なぜか私の手の平に置き、そのまま包み込むように握らせた。
 背後からの、確実に嫉妬が入った視線が体感として痛いんですけど。
 掴まれた手が引かれて、王子に身を寄せるようになる。
 さらに高まる、背後の嫉妬。というか殺気? 殺意?
 いえっ、私、無実ですっ。
 殺意なら、目の前のメインキャラ王子様にお願いしますっ。
 といっても、モブの殺意なんて、逆に楽しみながら返されそうな気がしないでもないですけど。
 引き寄せられて、恐れ多くもサルファス王子の胸元に頬を埋めているようなていになってる。
 なんか、いい匂いとかするんですけどっ。
 というか、私の髪にサルファス王子が顔を寄せているようにも見えてしまっているかもしれないのですが、大丈夫なの、私の髪っ。
 王女宮に移って以来、女官さんや侍女さん方が、高級石鹸や高級油を使ってくれてるお陰で、私史上、最高にツヤッツヤになってますけどっ。
 所詮モブ女のですので、あまりお近くに寄りたくはないのですがっ。
 サルファス王子の息が、耳にかかる。
 「近いうちに、返しに来て?」
 なぜだか背景貴族モブから『おおっ』っていうどよめき。
 黄色い悲鳴。
 人が倒れる音(ほんとに気を失いかける人と、わざとらしいの2種類あり)。
 それを見て驚く人。
 主人を支えようとあわてて駆けよろうとするお付きの人。
 騒ぎを引き起こしたのにもかかわらず、さわやかに無視して退場するメインキャラ王子様。

 背景がカオスになっているってことは、その場のキャラは理解していないけど、由々しき事態になっている、って表現なんだけど。
 手の中の、素晴らしい細工のブローチ。
 原因はこれらしいのですが…………
 誰か正しいモブ的対処法を教えてください。
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