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誰かこの状況を修正してください(切実)

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 目が覚めたら、すべてがうまくいっていた。

 誰もが夢見る状況シチュエーションだけど、実現してないから夢なのね。
 モブたる私にそんな奇跡が起こるわけなく、激ヤバな状況は継続中。

 意識がなくなる寸前、超高速で思考が回る時、目覚める場所のシミュレーションはしておいた。
 パターン1 救護室での目覚め
  今回の騒動で、王宮内に救護室ができるはず。
  モブらしくそこに寝かされていて、目覚めた後は医師の簡単な診察で終了。
  今日の出来事は、思い出話として語るのみ。
  ……ベスト・オブ・モブな展開。

 パターン2 自室での目覚め
  誰かが運んでくれたっていうことは、多少個人識別されてしまっているということ。
  でもきっと、今回の騒動のどさくさまぎれになっているに違いない(希望)。
  起きた後はセルフサービスなので、モブとして片付けに交じったりして、背景になる。
  ……やや危うい橋を渡ったけれど、モブに復帰。

 パターン3 こんなのあるわけないよね、と想像で冗談だろうと笑い飛ばすくらい豪奢な寝台での目覚め
  これは最悪のパターン。
  貴族モブならあり得るけれど、私みたいな平民モブでは絶対にあってはいけないパターン。
  なぜなら、こんな状態で目を覚ましてしまうと、
 「まぁっ、お目覚められましたのね、アン様っ。レリア王女殿下にお伝えしなくてはっ」
 なんて、どう見ても私より身分も教養も外見偏差値も高い王宮の女官の方に『様』付けで呼ばれたり、メインキャラへに近いキャラへの関係が継続されてしまうから。

 …………って今ここ。

 今までの人生+αの記憶すべてで経験がないくらいふっかふかな寝台に寝ている自分。
 寝台の上には天井じゃなくて天蓋なるものがあって、繊細なレースに囲われた、なんだか夜空のお星さまが見えるんだけど、このままもう一度現実逃避のために気絶したい。
 でも、平民モブゆえか、多分結構寝てたんだろうなぁ、体力も魔力も回復しちゃってる。
 そうとなれば、こんな場所からはさっさと退散するのが最適解。
 どのくらい寝てたか知らないけど、寝過ぎで腰痛いかも。
 とりあえずレリア王女が来る前に寝台から降りて、サクッとお礼と挨拶したらそのまま退場。
 うん。それでいこう。
 平民には無駄に広い寝台の上でもぞもぞしていると、開いたままだった扉から人が入ってきた。
 男だ。
 それもモブ感ゼロの男だ。
 広い肩幅。まっすぐに伸びた背。
 一切の迷いなく私がいる寝台に近づき、止める間もなく膝をついた。
 迷いのないきびきびとした動き。
 素早く力強くありながら、乱暴さや粗野さはなく、端正がゆえの気品がある。
 私はこの方を…… 

 「ご挨拶させていただきます、アン殿。
  わたくしは王宮騎士を務めるイスリオ=ダグルファと申します。貴女がお休みの間、部屋の警護をする栄に浴しました」

 知ってますー----っっ。
 『イスリオ=ダグルファ』
 公爵家の長男でありながら魔力に恵まれなかったため、自ら後継ぎを辞し、王宮騎士として活躍している。
 貴族でありながら誰に対しても分け隔てすることなく、公明正大。
 主人公たちが修行の間に、国内問題や情報収集なんかしたりして、その立場と人望で、主人公たちを貴族たちとの煩わしい諍いからかばったり。
 主人公たちから悩み相談を受けると、表には出さない生い立ち語りで1話もたせられる、キャラ人気投票で上位常連。
 主人公たちをちょいちょい助けるさわやか系兄貴、イスリオ様ですよねっ。
 我ながら説明的な解説乙っ。
 そしてこんなこと考えてる間に状況変わらないかな? って変わるわけないよねっ。
 セルフ突っ込みとかイタイことしているモブなんて放っておいて、主人公たちメインキャラたちと今後について検討したりした方がよろしいのではないですかっ。
 お互いのためにっ。

 頭と焦りは高速回転でも、体は反応できてない。
 こっちが脳内空回りしていると、イスリオは貴婦人にするように私の手を取った。
 いや。なんですこれ。
 さりげなく手を引こうとしてるんだけど、結構がっちり握られてる。
 振りほどくとなると、かなりあからさまになるわけで……モブとしての動きを超えてしまう。
 
 「アン殿のお力で、私の部下たちも生き残ることができました。
  誰に分け隔てることなく『守護』の力で私たちを守った魔法士が、こんなか弱くもかわいらしい方だったとは……」
 いや。か弱くないです。
 標準です。標準。
 冷静に、あなたと主人公たちの周りの女子を見回してください。
 脇肉ないしっ。二の腕たっぷたぷもないしつ。
 足首もめっちゃ細いのに、結構豊かなお胸の女子ばかりだからっ。小説挿絵参照っ(泣)。
 王宮騎士として鍛えているイスリオからすれば、男も女も大概は細身だろう。
 だからといってイスリオがムキムキなわけではなく、細マッチョなだけ。
 おまけに、今は何か変なフィルターがかかってるんだろうなぁ。
 モブ女その362番くらいな私に、片膝をついていうセリフじゃない。
 「貴女に我が感謝と敬愛を。アン殿」
 そいういと、イスリオは掴んでいる私の指先にっ。口づけたりしてるんですけどっ。
 いや、小説や漫画ならいいですよ。
 された側は頬を赤らめて、うっとりしたりすればいいわけですから。
 でもっ、実際は違うのっ。
 指先に感じるわけですよっ。
 イケメンメインキャラの唇の感触とか体温とかっ。
 伏せたまぶたを上から見てまつ毛長いな、とか。
 なんで体育会系なのにお肌つるつるなの、とか。
 動くたびに揺れる髪さらっさらだな、とか。
 非モテ系モブがそんなことされたら冷や汗と手汗かくに決まってるんですけど、女優って顔に汗かかなくできるって聞いたけどモブはどうやったら手汗を止められるのっ。
 誰か教えてくださいっ、2秒以内にっ。

 「どうぞ、お顔をお上げになってください。イスリオ様。
  王宮騎士ともあろう御方が、簡単に膝をお着きになるものではありません」
 私は『謙虚で自分身分わきまえてますから』系でいくことにする。
 「私は魔法士として、できるだけのことをしただけでございます。
  私より有能な魔法士がいれば、もっと多くの方々をご無事にお救いもできたでしょう。
  自分の力のなさを、痛感するばかりです。
  そして、みなさまを『守護』したのは、レリア王女殿下のお力魔力です。
  もったいなくも殿下は、魔王と魔物の脅威にされされた私たちを守るため、お力を尽くしてくださいました。
  たまたま居合わせた私は、微力ながらそのお手伝いをさせていただいただけで……」
 うん。我ながらいい路線。
 これで押していこう。
 と、思ったら、掴まれてた手が握りなおされた。
 指先だけだったのが、結構がっつり握られてますし、え? 手がすっぽり握りこまれてません?
 戸惑っている私を見て、イスリオは微笑んだ。
 「私も王宮に勤める身。レリア王女殿下のご気性も魔力も存じ上げています」
 はぁ。
 「王族権威主義を無邪気に信じておられ、直系王族のみの守護の魔力をお持ちのあのお方が、どうして我らに『守護』を与えてくださったのでしょう」
 はい。私が勝手に拡大マグニフィクションしました。
 「確かに、私のささやかな魔力でお手伝いをさせていただいたので、みなさまに『守護』を受け取っていただくことができました。
  でも、それがなにほどのことでしょう。
  あの場では、みながみなのために、精一杯のことをしていました」
 一部、特に貴族とか高級官僚っぽいのが、人を押しのけて王宮から逃げようとしてたのも、『守護』を広めるときにわかったけど。
  ま、きっとそのうち天罰が下ると信じてる。
 「王宮騎士様方が、自らの身の安全よりも、身を守る術を持たない人々のために奮闘いただいたのも存じております。
  それぞれが、精一杯の己の力で助け合ったからこそ、魔王と魔物たちを退け、こうしてこの時間を迎えられているわけですし」
 うん。
 だから私も、そんな大したことしてないんですって。
 へらって笑って見せると、イスリオの雰囲気が少し変わった気がした。
 さわやか系兄貴騎士様から、え~、ややワイルド系?
 「あまり謙虚が過ぎると、勘ぐってしまいたくなります。なにか隠しているのではないか、と。
  そして、それを知りたいと思うようになりましたね。『俺』は」
 イスリオの『俺』キャラが出るのは、部下たちとの気の置けない飲み会の時や、主人公たちと心通わせていい感じの前向きシーンの時であって、こんなモブと寝台のそばで手を握りしめて上目使いにいってる場合じゃないからっ。
 「ひゃっ」
 なんていう間抜けたこえはモブが出すべきもので、当然私の口から出たんだけどっ。
 イスリオっ、なんで私の手の平に指を立てて撫でたりしますかっ。
 驚いたついでに手を引けたので、プラマイゼロにしたいとことだけど、なんで余裕ぶった笑顔で私を見てますのっ。
 万人向けのさわやか笑顔をお願いしますっ。
 イスリオは立ち上がると、一歩寄ってきた。
 下がろうにも、寝台に座っている私はそんなに素早く動けないので、簡単に距離を詰められていしまう。
 いや、さわやか兄貴系でしょうっ、あなたっ。
 この小説はアクションファンタジーであって、乙女系ではなかったしっ。
 イスリオは少しかがむと、手を伸ばしてきた。
 この流れはっ、髪とか取られて口づけとかされちゃう系? と思わせておいて私の髪についているごみを親切心だけでとってくれて、モブの私が無駄な期待にガックリきて終わるっ。
 これ一択でしょうっ。
 よしっ。
 ここでモブの正しい反応をお見せしましょうっ。
 イスリオの手は私の顔の前を通ると、頬を包み込むように添えられた。
 あれ? ごみを摘まむのでは? もしや私の顔自体がごみですか?
 そのまま少し顔を上げるように促されると、イスリオの顔が近づいてくる。
 はい? ごみは? 
 添えられた親指が唇をなぞる。
 騎士として努力しているだけあって、大きくて固くて、温かい指。
 その感触が私の唇を柔らかく撫でる。
 ……も、もしかしてこれはっ。
 寝ている間によだれでも垂れていました系ですか?
 いや、どちらにしろ、顔が近すぎませんかっ。
 メインキャラ様に、私ごときの息とかかけられないんですがっ。
 しかもなんかいい匂いとかするんですけど、私、ほこりまみれの床に倒れこんだまま、どうなってるんですかねっ、今っ。
 しかも、こんなに近づいてたら、より目とかになってるんじゃないですか、私っ。
 イスリオがまた笑う。
 「お体が回復されたら、我らが兵舎にお立ち寄りください。みな、貴女に感謝を申し上げたいといっています」
 ああっ。そういうことですかっ。
 やたら雰囲気作られてる気がしちゃったので、モブ、びっくりしちゃったじゃないですか。
 「はい。私でよければ喜んで。なにか復興のお手伝いをできることがあればよろしいのですが」
 そういうことでしょ? 
 騎士になるのは魔力がないか、あっても微弱な人が多いから、私の魔法ならお役に立つでしょ。
 うん、うん。そういうこと。
 安心したので、笑ってしまった。
 すると、イスリオも笑い返してきた。
 うん、うん。意思の疎通ができてなにより。
 ついでに、この至近距離に気づいて、適正距離に戻ってくださいませ。
 そういえば、イスリオの指ってば、まだ私の唇にあったりする。
 さっき返事をした時、息とかかかっちゃってたりしたんじゃないかなぁ。
 イスリオは、メインイケメンキャラ補正で、体育会系なのにさわやかいい匂いの体を、なぜだかさらに寄せてくる。
 のけぞりそうになっている私の胸と、イスリオの騎士の制服の胸の飾りが擦り合いそうな近さ。
 「貴女のお陰で、魔法士に対する見方を変えられるような気がします」
 そう。イスリオはひそかに魔法士にコンプレックス持ってたんだよねぇ。
 生い立ちのせいで。
 で、それを払拭するのは、主人公たちとのかかわりの中でであって、私ごときモブとのかかわりで変わるわけはない。
 断じてない。
 そんなメインキャラの人生の節目になるなど、モブ失格の所業です。
 それが許されるのは、すでに死んじゃったキャラか、故郷にいる憧れの人、的な立場の人たちが回想に現れるのが許される範囲であって、背景モブがいていい立場ではないです。
 ので、回避行動をとります。

 物理的回避。
 ズリズリとお尻で下がって、イスリオとの距離を取ります。
 精神的回避。
 意表を突く切り口で、話の方向性を変える。

 「イスリオ様、料理はお出来になりますか?」
 イスリオが意表を突かれた顔をした。
 ついでに少し距離が開いた。
 よしっ。掴みオッケ。
 「いえ。厨房に入ったこともありません。アン様はできるのですか?」
 「庶民の家庭料理程度なら。
  でも、王宮の厨房でお役に立てそうな知識も技量もありません。

  確かに私は魔法士であるので、いくばくか魔法を使えます。
  でも、騎士様方のように、剣で弱きものを守ることはできません
  そして厨房を守った料理人たちのように、素晴らしい料理で人々を笑顔にすることもできません。
 
  でも、それでよいのではないでしょうか。
  それぞれが、それぞれのやるべきこと、できることを行っていけば。
  もちろん、好き勝手なことをしていい、というわけではありません。
  ただ、自分が置かれた状況で、自分にできる精一杯のことをすれば、それは誇りに思っていいことだと思います」

  ということで、私は私にできることを、ただやっただけです。
  QED証明終了

 イスリオは、イケメンキャラのきょとん顔で聞いてきた。
 「では、魔法も、剣術も、料理も同じですか」
 「はい。私の中では」
 あ、もしかして怒られるかな?
 なんてモブの心配は、メインキャラの度量の大きさで問題なかった。
 なにがツボったのか、イスリオは声を上げて笑った。
 「いや、なかなか斬新なお考えです。我らが騎士の剣術も、料理と同じですか」
 え~、別に掃除でも庭仕事でも、商売でもなんでもよかったんだけど。
 やるべき人が、やるべきことをやる。
 楽して、とか無理に、ではないけれど、ちょっとはがんばらなくちゃならない時もあると思う。
 それが今回は私に回ってきただけのことで、次はほかの誰かかもしれない。
 もちろん感謝やお礼は嬉しいけど、ほどほどにしていただけると、助かります。

 ちょっと熱く語っちゃたけどさ、だってそう思ってるし。
 ドヤッっとイスリオを見上げてみる。
 笑いを収めたイスリオは、せっかく開いた距離を再び縮めてきたりするんですけどっ。
 なぜっ?
 頬に添えたままだった手を、少し下に滑らせ私の顔を上げた。
 前の記憶でいとこの『アゴクイ』なんですけどっ。
 そしてさらにっ。
 正面から近づいてきたイケメンの頬がっ、私の頬にすっと触れたんですけどっ。

 「あぁ、本当に。可愛らしい方だ」

 ……耳から妊娠できるって、実は都市伝説じゃなくてホントだと思う。
 硬直した私をから、イスリオが少し視線を逸らす。
 扉の外からいくつかの足音が聞こえてきた。
 イスリオはスッと私の耳元に唇を寄せると、吐息交じりにささやいた。
 「残念ですが、この続きはまた後日に」 
 「ふええぇ」
 もちろん悲鳴は私の。
 なんか今、耳をはむっと甘噛みされたような感触があったのですがっ、あったのですがっ。
 なにかの間違いでよろしいんでしょうねっ。
 もう、自分がどんな表情しているかなんて気にする余裕もないんですけどっ。

 目が合うと、イスリオは体を離して寝台を降り、さわやか系兄貴的にほほえんできた。
 「それでは近いうちに、ぜひ、お願いいたします」
 イケメンの笑顔に、反射的に返事をしてしまう私。
 「はいっ」
 イスリオは、始めに部屋に入ってきたときモードに戻ってる。
 今の言葉も、私にってよりは、他の人にあえて聞かせてる感じっぽい。
 はてはて?
 私がぽけっとしていると、開いたままの扉から入ってきたのは、かなり急いできた(ただし、王女としてのドレス装着Ver.として)様子のレリア王女だった。
 「目が覚めたのかっ、アンっ」
 その勢いのまま、なぜだか抱きしめられてしまう。
 「アンっ、よくぞっ、よくぞ無事で……っ」
 なんだか感極まった感じで抱き着かれているんですけど……。
 え~。
 寝台に座ったまま王女をお出迎えしているど平民モブ(私)は不敬罪とかにはならないんでしょうか……。
 さっきレリア王女に知らせに行った高級女官らしい人や、それより身分は低いんだろうけど、容姿ですら選抜されているらしい王宮付きの侍女さん方。
 イスリオの部下らしい王宮騎士の制服をまとった人たちとか、なんだか集まってきて、レリア王女と私を、ほほえましい風景のように見てくるんだけど……。
 
 もうちょっと早く来てほしかったな……。
 王女をなだめながらイスリオを見上げると、いかにもほほえましいものを見る目でさわやかな笑顔を返された。
 なんか、悪い夢でもいてたのかな、私。
 そう思おうとしたところで、イスリオが親指で自分の唇をすっと撫でた。
 
 って……。
 えー----ー----っ。
 これからどうなるんだろう、私。 
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