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モブなのに、限界ギリギリまでいっちゃいました。モブなのに。

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 動いたら、体力を使う。
 動き過ぎれば、当然バテてヘタりこんで動けなくなる。
 体が限界を教えてくれるのであって、そこからさらに一歩踏み出せるのは、主人公やメインキャラだからこそ。
 モブはおとなしく気絶して、ストーリー進行から徹底するのがお約束。

 なのに。なぜ。 
 なんで頑張っちゃってるのかしらー-っ、私ー--っ。

 あぁ、もうこんなアホなことでも考えてないと正気を保てないくらい、体の中から魔力が吸い出されてて、もう実は穴の開いた風船みたいにしぼんでるんじゃないかというのが実感なんですけどっ。
(ダイエットなら大成功?)

 実際のところ、生まれて初めて限界ギリギリを体験してる。
 前世の記憶で話が通じるなら、タピオカ入りじゃないのにタピオカ用のストローで、魔力をズリズリ吸い上げられている感じ。
 指先ひとつどころか、目線ひとつも動かせない。
 体はなにひとつ動かせないけど、拡大マグニフィクションした魔力は私の制御下にあるから、王宮の隅々まで広がっていくのがわかる。

 空から攻めてくる魔物たちと城壁で戦っていた兵士たちへ。
 ケガをした仲間をみんなで抱えて逃げ出そうとしていたお針子たちへ。
 鍋や包丁で魔物に立ち向かおうとしている厨房の調理人たちへ。
 荒らされていく庭木を見て泣き崩れている庭師たちへ。
 身勝手に人を押しのけて逃げ出そうとする人たちへ。
 なんの手立て技能もないのに、ただ目の前の人を助けようとする人たちへ。

 幾人かは、なんだか体が軽くなったと感じるだろうし、痛みが少し遠のいたと感じたかもしれない。
 気づく人が入れは、体にがれきが当たっても、魔物の爪が当たっても、傷ついていないことを気づいたかもしれない。
 魔力を感じられる人は、これを好機に動き、周りの声をかけていく。
 王宮中の人々を、ひとりひとり、でも全員に『守護』がいきわたっている。

 感動的だし、実際役に立っている。
 けどっ。モブの限界早いからっ。

 メインストーリーでは、魔王はあんまり長いせずにさっさと立ち去ってた(何しに来たんだろう、って思った)。
 特に合図はないんだけど、魔王と一緒に魔物たちも去っていってた。
 と、いうことで、魔物たちが去っていく気配を出したら終了にしたいんだけどっ。
 まだですかねっ。

 縮小しようにも、『守護』があるから治癒士ヒーラーが治癒に集中できているところや、かなり壁が崩れてきている中を逃げいている人たちとか外せないしっ。
 やーもう。体感的には私、シワッシワに干からびてカッサカサになってる感じなんですけどっ。
 体はガタガタ震えてるし、冷や汗もタラタラ滴ってきてる。
 って、私っ。
 震わせたり汗かく体力があったら、魔力に還元できないのっ。
 ってセルフ突込みでも考えてないと、気絶しそう、本気マジで。

 「アン。そなた……」
 レリア王女の声なんか聞こえる気がするけど、スミマセン。お構いできません。
 
 あぁ、でも。
 所詮モブだから。
 頭の先のアホ毛から、最近爪が荒れてるのが気になってた右足の親指の先まで、全身のありったけの魔力をつぎ込んでも、まだ魔物たちは去る気配がない。
 魂核を魔力に変えられるって聞いたことあるけど、それは主人公クラスのキャラだけしかできないことだから。
 モブはできることを精一杯やるだけだから。
 それがメインストーリーに影響がないことでも、今この瞬間に、背景として傷ついている同じモブたちを、少しでもましな状況にできていたら、ま、良しとしましょう。

 で、本当に本気マジに限界。
 私が意識を失ったら、魔法が切れる。
 まだ兵士たちは戦っているし、ケガ人を抱えた人たちは王宮から出られていない。
 厨房に魔物を入れまいと頑張っている人たちもいるし、無残に折られた庭の草木は戻らない。

 ごめんなさい、モブで。
 でも、本当にもう、どうにもできない。
 視界が端から暗くなり始めてる。
 レリア王女がなにか叫んでいるっぽいけど、だめ。耳に入ってこない。
 体がズリズリと床に倒れこんでいく。
 魔力が底をつきかけると、生存本能か、五感が閉じていくって習ったけど、まさか体験するとは思ったことなかった。
 うん。何事も体験って大事だよね。
 そう。こんなアホなことでも考えてないと、本当無理。

 「アンッ、大丈夫か?」
 レリア王女の必死っぽい声が聞こえてくる。
 はい。王女殿下。まったく大丈夫ではございません。
 「誰か、誰かあるっ。アンを助けよっ。早う、誰か……」
 いや、できれば揺さぶらないでくださいませ、殿下。
 『守護』しているので、人の動きがわかる。
 王宮騎士たちがレリア王女を探しに近くまで来ているけど、もう少しかかりそう。
 先頭にいるのは、メインキャラのひとりなので、できればこの状況で対面したくなんだけどなぁ……。
 なんて考えていたこの瞬間までが、まだましな状況だったと今ならいえる。

 『それ』は現れた。

 唐突に。
 何の前触れもなく。
 ただ、『それ』がここに現れたい、という意識のみで、『それ』は現れた。

 善とか悪とかではない。
 圧倒的な『力』。
 いつもなら瞬時にひれ伏して、モブとして関りを避けるところなんだけど、もう本当。指先ひとつ動かせない。
 それなのに、目の前の『力』の塊からくる魔力をともなった声だけは、ガンガンに入ってくる。
 『其方か。人間にしては面白い魔力だ』
 いえいえ。
 どこのどなた様か存じませんが、貴方様のようなメインキャラの気配がする方にお声がけいただくほど者ではございませんので。
 私を支えてくれているらしいレリア王女が、なにかいっているっぽい。
 振動だけが体に伝わってくる。
 でも、私の五感は、砂時計の砂が吸い込まれるように閉じていく。
 ただ魔力をともなった声だけが、私の体の魔力回路にぶつけられる。
 『ほぅ、アン、と申すのか。見知りおくぞ』
 いや、どんだけ上からですか。
 しかも、勝手に人を見知りおかないでください。
 メインキャラとの接触なんて、モブには死亡フラグ以外のなにものでもないですから。

 メインキャラらしく、自分のいいたいことだけいい終わったようで、目の前の力の塊がすっと消えた。
 重苦しかった空気が、ちゃんと肺に入ってくるようになった気がする。

 でも、私が床にズリズリ近づいていくのに変わりはなくて。
 閉じていく五感の中で、最後に感じたのが唇が床のレンガにキスした感触って、……モブくない?
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