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8.他には聞こえない*

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 上にある者の作法として、機嫌は平坦よりやや上向きに見えるように心がけなさい。
 と、教えてくれたのは、母だったと思う。
 しかし天国の母も、今ならばその教えを守れなくとも、許してくれるはずだ。 
 「……テオドール様」
 「……あ?」
 執事を、それのいうところの『ジト目』とやらで睨み返す。
 三十路も越えて、ガキ臭いというならばいえ。
 そうだ。
 ひねている三十路男が鬱陶しいならいえ。
 「……はい。大変鬱陶しゅうございますね」
 子供の頃からの養育係兼護衛の執事が、はっきりいいやがった。
 そうか。
 鬱陶しいか。
 別に構わん。
 もしも『愛しい伴侶』にそういわれたら、膝から崩れ落ちてしまうだろうが、それ以外からなんといわれようと、蚊に刺される程度だ。
 多少気にするかもしれないが、嫌なら刺される前に叩き潰してしまえばいい。
 「テオドール様。性格のネジ曲がりが隠しきれないお顔になっておられますよ」
 こいつの辞書には『主人への敬意(見せかけでも可)』という言葉は載っていないのか。
 「お前、この状況を自分に置き換えてみろ」
 「さて、王族の方に自分をなぞらえるなど、不敬なことはとてもとても」
 「新婚(仮)。蜜月。なのにありえないほどくだらない理由で伴侶の元に帰れない。すでに三日目」
 「諸悪の根源をぶち殺します」
 主従で価値観の共有があって、なによりだ。


 ということで、俺はゴミクズのようにくだらない貴族同士の領地の境界についての揉め事の判定のため、現地にいるわけだ。
 俺とて王族なのだから、貴族間の争い、しかも領地の争いとあれば裁定が必要なのは、わかる。
 わかっているが、争っているのが境界に生えた木の実の所有権というのであれば、自分たちでどうにかしろ!といいたい。
 片や、実は自分の領地側に成っている分が、自分たちの取り分だという(日当たりがよい)。
 片や、常に木の育成に気を配っている自分たちが、当然実のすべての所有権を持つべきだという(日陰な分、肥料など手をかけている)。
 成った実とて、別に貴重な薬効があるわけでもなく、まぁ、平民ならなかなか口に入らないかもしれないが、ちょっと裕福な商人などなら、祝い事や贈答には買える程度のものだ。
 そもそも、すでに何十年もそこにある木の実が、なぜ今更争いの種になったかというと……
 逢引の口実、だった。
 地政学的に見て、隣り合った領地は仲が悪い。
 当然のごとく両家も長年いがみ合ってきた。
 その中で現領主たちも育ってきた。
 しかし、ふたりとも、たまたま、それぞれの伴侶と死別した。
 跡継ぎも程々に育っている。
 そんな中で、たまたま近領主が催した宴で会ったふたりは……というわけらしい。
 自分より年上の、それなりに堅実と評価していたふたりが、自分の子供たちよりも幼い少年少女のようにもじもじとしている姿は、微笑ましくも、激しく脱力させられた。
 思い出しただけで頭痛がする。
 ある意味このくだらなさが脱力を促し、怒りのあまりに両家当主(片方は女だった)を切り捨てずにいられたのかもしれない。
 こんな時は、我が愛しの伴侶になぐさめてもらわなくては。
 サリアを連れて来てもよかったが、気にかかることがある、といわれ宮殿の留守を任せてきた。
 そろそろ兄王とサリアの父たちが王都に帰還するのだが、ごくごく浅く探っただけで、かなりの準備不足がわかった。


 王宮の広間の飾り付けなどは、(センスはともかく)行っているようだが、王都の門から出迎える民衆の手配。それへの振舞い酒や食料。道の警備。帰還直後に催すべき宴。
 もちろん、直接沿道の家々を周ったり、酒屋に注文するわけではない。
 それをかように手配せよ、と指示を出すのが上にある者の責務だ。
 それぞれ多少の趣向を入れる余地はあるが、外せない決まりも多々ある。
 が、どう見ても(探らせても)整っているのようには見えない。
 今まですべてを仕切ってきたサリアの執務室には、すべての詳細を記した覚書がある(とサリアに聞いた)というのに、あの娘はすべてを王宮の倉庫にしまわせて、自分の部屋にしてしまったそうだ。
 確かにサリアが与えられていた部屋は、次期王の伴侶となる者に与えられる部屋だ。
 あの娘と馬鹿な甥からすれば、部屋の所有権はあの娘に移ったのだろうが、本当に馬鹿すぎる。
 馬鹿甥は勘違いしているようだが、部屋のものはすべてサリアの私物、公爵家から賄われているものだ。お付きの侍女、女官たちも、だ。
 それを王家が整えたもので、サリアが贅沢をしたと勘違いしている。
 ……王家資産の財務諸表を読んだことがないのか?
 最近、侍女や女官達が職を辞していくのを不思議がっているそうだが、給金を払っていない者に仕えるわけはないだろう。
 馬鹿なことをしでかすのは構わないが、サリアや、俺の庇護にある者たちに害が及ぶようなことをするようだったら、きっちり『教えて』やるつもりだ。
 いろいろと、な。
 だが今のところ、王宮に配してある者たちからの報告はない。
 自分が賢者というほど奢ってはいないが、愚者の暴発は読みきれないものだ。
 さて……
 思考に沈もうとしたところで、
 カロン
 と軽やかな音が部屋に響いた。
 出どころはわかっている。
 魔法道具だ。
 テーブルの上のそれを取り上げようとして、まだ執事が部屋の中にいたのに気づく。
 手を振って退室を促すと、いつも通り端正な礼をして下がっていった。
 一瞬見えた口元が、笑いを堪えるように歪んでいたのを、俺は寛大な気持ちで見逃してやった。
 そうだ、俺は今とても寛大な気持ちだから。
 当然、俺をかくも寛大な気持ちにできるのは、『愛しの伴侶』殿、だ。
 俺は魔法道具を持ち上げ、耳元に当てた。
 かすかな息遣いの後に聞こえる、愛らしい声。
 『あの……テオドール、様?』
 応えずにサリアの愛らしい声の余韻に浸っていると、再びサリアの声がする。
 『あの……テオドール様……聞こえておいでしょうか……』
 俺は今まであった胸のむかつきが、すべて清涼な風にさらわれた気持ちで応えた。
 「あぁ、聞こえているよ。愛しい伴侶殿」
 『き、聞こえていらっしゃるのでしたら、お応えくださいっ』
 「あぁ。すまないね。美しい音楽と同じく、愛らしい声にも余韻というものがあると感じ入ってしまっていたよ」
 『おっ、おからかいにならないでください……』
 きっと頬を染めて、俺が胸に閉じ込めていれば、いじらしい上目遣いで睨んでくれただろうに。
 どうしてこの胸の中にいないのか。
 理不尽すぎる状況に、あの領主たちの減封案を頭の隅に置いておく。
 我が伴侶の愛らしいい声を通じているのは、最近開発された魔法道具だ。
 原理はおいておくが、『遠方にいる者同士を即時会話せしむ』道具ということだ。
 まだ世に行き渡らせるほど数は作れない、と見せられた試作品を『快く』献上してもらった。
 作った魔道士には十分な謝礼(他への口止め)と、生産できる魔法工房(独占するための生産拠点)を与えたが、もっと厚く用いてもいいかもしれない。
 『テオドール様、なにかよろしことでもおありになったのですか?』
 「そうだね。愛しい伴侶の声が聞こえる」
 『もう、またおからかいになる』
 「からかうだって? 心外だ。」
 会話に集中できるよう、俺は寝台に横になった。
 魔法道具はかたわらの小机に置いた。
 目に見えるのは、見慣れない、いつもより質素な天蓋だが、心の目にはサリアが浮かぶ。
 俺もたいがい腑抜けているものだ。
 「夕食は? ちゃんととったか?」
 『はい。テオドール様が王宮から我が家の使用人たちを引き取ってくださっているので、みな安心しておりますわ。今日の夕食は当家の料理人が作ったものでしたの』
 「そうか。戻ったら俺も食べてみよう。サリアが育った味を食べてみたい」
 『ぜひ召し上がってくださいませ。でも、私もテオドール様が育った味を好きになりたいです』
 俺が育った味……?
 母がいたときは、食い意地のはるままにな、やたら口に詰め込んで、その姿を母が笑いながら見ていたような記憶がおぼろげにある。
 母が死んで、それから正妃である兄王の母が死ぬまでは、致死の毒が入っているか、いないかだけで食べ物を決めていた。
 それ以降は何を食べていたんだ?
 まぁ、あとで執事にでも聞いてみよう。
 『テオドール様?』
 互いの顔が見えないのは、いささか不便だな。
 「あぁ、ちゃんとつながっているよ。
 明日の朝にはここを発つから、夕食はと共にできそうだ」
 『お夕食……ですか』
 ……サリアの寂しげな声が聞こえたので、昼までに帰ることに、たった今決定した。
 なに。
 今から執事だけ叩き起こして、俺とふたりだけで馬を飛ばして帰ればいい。
 グダグダいうだろうが、雇い主の強権というものは、こういうときに使うものだ。
 『では、お夕食にお待ちしておりますわ。
 その時に、ご相談があるのですが、聞いていただけますか?』
 執事及ぶベルを鳴らそうとしたところで、手を止めた。
 「相談? なにか憂いがあるなら、いま聞くが」
 そういえば、サリアは用があるといって残ったのだった。
 『いえ。テオドール様にお会いする時までには片付けられると思いますの。
 ご相談、というよりご報告になるかと思うのですが』
 あまり束縛するのも、息苦しいと思われるかもしれない。
 「仰せのままに。伴侶殿。ただし、決して無理はしないように」
 『大丈夫ですわ。それに、この間頂いた守刀もありますし』
 装飾が気に入った短剣を蔵から見つけたので、サリアに渡してあった。
 『結構なお品ですけれど、なにか由緒があったのでは』
 公爵令嬢として、物を見る目が養われているサリアにとっても良いと思ってもらえるなら、いい。
 「あぁ。確か、母が実家から持ってきたものだったな」
 一見、腰のベルトに付ける装飾品のように見えるが、守刀としても悪くない品だ。
 『妃様の形見を……。わかりました。どこに行くにも身に着けて参ります』
 「そうしてくれると、嬉しい」
 互いの吐息が聞こえるだけでも、こんなに穏やかな気持になれる。
 『でも、これはほんとうにすばらしい魔法道具ですわ』
 「気に入ったのなら、よかった。
 これがなかったら、今頃俺は、寂しさのあまりひとり枕を濡らしていただろうからね」
 まぁ、と笑ってサリアは本気にしていないようだが、本当に濡らしていたかもしれない。
 その時は枕でなく剣だっただろうし、濡れているのも涙ではなかっただろう。
 そう考えると、二人の領主の命を救ったこの魔法道具は、なかなかの出来物だな。
 『……テオドール様のお声が、すぐ耳元で聞こえます』
 魔道具は、置いて広範囲に音を拾うこともできるが、耳元と口元に当てて小さく使うこともできる。
 サリアは小さく使っているようだ。
 「それは素晴らしいな。いつもは耳元で内緒話をしようとすると、逃げられてしまうから」
 『それは、テオドール様がいたずらなさるから……』
 「いたずら? どんな」
 愛らしい耳に甘噛したり、いい匂いのする首筋に唇を擦りつけてしまうことは、やむを得ないことなので、いたずらではないだろう。
 「困ったな。サリアのそばにいれば『いたずら』をせずにはいられないからな。
 少し離れていたほうがいいか」
 いいながら、そうですね、と答えられたら泣くかもしれない自分が、かなり気持ち悪い。
 愛しいものをいじめてしまうと聞いたときには、とても理解できない幼い心のあり方を鼻で笑ったが、今の俺は笑われる側だ。
 つくづく俺を変えてしまったものだ。
 伴侶殿は。
 サリアからの返事には、少し間があった。
 『私はテオドール様のお側にいたいのに、テオドール様は違うとおっしゃるのですか?』
 おや。
 いつもより幼い感じがする。
 可愛らしい。
 声だけというのも、たまには、ごくたまにはいいかもしれない。
 俺はふと思いついたことをサリアにしてもらうため、あえて思ってもいないことをいう。
 「おや、可愛くないことをいうね」
 サリアが息を呑む音が聞こえてくる。
 きっと、わがままとわかっていても聞き届けてくれるはずの相手から、思いもかけずたしなめられてしまった。
 そんな顔をしているに違いない。
 もしかしたら、少し涙目になっているかもしれない。
 ……魔法道具の作り手には、何をおいても画像がでるように作り直させよう。 
 「意地悪が過ぎてしまったな。すまなかった。
 その上、サリアに寂し思いをさせてしまった。伴侶としてあるまじきことだな。許してくれるか?」
 「……はい」
 あぁ。
 絶対愛らしい、ちょっと拗ねたような安心したような顔をしているぞ。絶対だ。
 この魔法道具には画像も絶対必要だ。
 声を通すだけで大発明といっていたが、さらなる高みを目指してもらおう。
 そのための場所も資金も、俺にできる限り提供しよう。
 もちろん試作品第一号は、俺とサリアのためのものだが……あぁ、離れなければ使う機会もないか。
 まぁ、持ち腐れていれば、他の用途に使ってやらなくもないが、まずは万が一にもこんな状況になってしまったときのための備えだな。
 諸々の計画を頭の片隅に追いやり、俺は愛しい伴侶に控えめな提案をした。
 「では、仲直りをしようか。伴侶殿」



 「そうだな。まずはお互いの状況を確認しよう。俺は(超絶くだらない)用件が片付いたので、愛しの伴侶殿を思い浮かべつつ、客間の寝台の上に寝そべっている。着ているのは代わり映えのない寝間着だな」
 身につけるものに毒を仕込むのは常套手段だ。
 出向くときには、常に執事が用意している。
 『私も、その、愛しい伴侶様を思って、ひとりで寝台におります』
 「それは互いに、つれない伴侶を持ったものだ」
 『貴方様の伴侶の方は存じ上げませんけれど、私の伴侶は素晴らしい方ですわ。そのおっしゃりようは納得できません』
 「それは失礼をした。たが、俺の伴侶殿も素晴らしく愛らしいからな」
 『まぁ、テオドール様……』
 傍から聞いていたら、本当にくだらない会話だという自覚はある。
 しかし、これが恋人同士の醍醐味だ。
 「そういえば、もう『気になる用』とやらはすんだのか?
 戻った早々、伴侶を抱きしめられないとしたら、いくら我慢強い俺でも寂しさのあまり泣き崩れてしまいそうなんだが」
 『ちゃんと片付くのは明日……になってしまいましたけれど、テオドール様のお迎えには間に合わせますわ』
 「必ず?」
 『えぇ、必ず』
 魔法道具ごしに、サリアの楽しげな吐息が聞こえてきた。
 「どうかしたか?」
 『だって、テオドール様。いつもより、その、甘えん坊ですわ』
 おやおや。
 顔が見えない方が、気楽な口調がでるのか。
 では、遠慮なくそれに乗せてもらおう。
 「そうだな。甘えさせてくれるのか?」
 『えぇ。私でよろしければ』
 クスクスと聞こえる吐息が、思いついた『甘え』にどう変わっていくのか、楽しみだ。
 「では、甘えて教えて欲しいことがある」
 『なんなりと』
 「本当に? 嘘をつかれたら泣いてしまうよ」
 三十路男の拗ねた様子など、執事に見せたら踵で踏みにじられそうだが、優しい我が伴侶は受け止めてくれた。
 『嘘なんてつきませんわ。ちゃんとお答えします』
 「本当に?」
 『えぇ。誓ってもよろしいですわ』
 サリアは王宮の将来の女主人として、式典や宴の手配、貴族同士の力関係や勢力図などを読み切ってきた明晰な頭脳を持っているのに、この純粋さはなんなのだろう。
 俺は素晴らしい伴侶を得た喜びを噛みしめつつ、サリアの逃げ道を塞いでいく。
 「では、誓って。この魔法道具を使っている間だけ」
 『私は最も愛を捧げる、私の伴侶様に誓いますわ。この魔道具を使っている間、テオドール様からのご質問に嘘偽りなくお答えします』
 俺はサリアには見えないとわかっていても、微笑まざるを得なかった。
 「では、早速。
 今、身につけているものを全部教えて」



 一瞬、息を飲む音が聞こえたけれど、サリアはその一瞬で、誓ったことを思い出したようだ。
 『いまは、……テオドール様にいただいた寝間着を身につけていますわ』
 「そう。幾枚か送ったけれど、どれ?」
 『桃色の……』
 「あぁ。サリアの白い肌がとても美しく見えるあれだ。
 もちろん、俺が一番似合うといった着方だろうね?」
 『……は、い』
 と、いうことは、サリアは薄桃色の透けるベビードールを素肌に、『それ一枚』で着ているということだ。
 それは俺がサリアのために厳選した素材とデザインのうちのひとつだ。
 他にも、サリアの白い肌を妖しく際立たせる黒を基調として、所々に赤いバラの刺繍を施したものと、サリアの内に秘めた情熱を表す鮮やかな赤を基調とした、レースをふんだんに使ったもの。
 清楚な白はありきたりかと思ったが、サリアが身につけると正しく天使の清らかさで、そのまま天国に帰ってしまわないかと、それを剥がしていく背徳感に、(内心)身悶えながら寝台をともにした。
 今までさして気にもとめてこなかった、女性の下着に、短期間で随分と詳しくなった。
 機能的にはまったく無意味と思っていたリボンやらレースやらに、これほどの意味が込められていたとは。
 俺は今まで寝台を共にしてきた、サリア以外の女たちに対して、星が流れる間ほど申し訳なく思った。
 さて、サリアが今身につけているのは、サリアの愛らしさを表した桃色のベビードールだ。
 肩紐は花を編み込んだ絹糸で出来ており、サリアのなめらかな肩から簡単に滑り落ちてしまう。
 胸元は大小様々な花でサリアの豊かな胸をさらに際立たせ、中央に配した大きなリボンはプレゼントの包装のようだ。その結びを解けば、サリアの肌がすべてあらわになる。
 リボンを解くか、膝と腿の間にある裾から手を忍ばせるべきか、とても悩ましい選択だ。
 胸元から裾まではシンプルに、装飾を排している。
 サリアの体の線に沿って流れる薄布は、商人が『蜘蛛の糸を乙女が織った』かのような物と売りつけてきたが、その煽り文句も許してやれるほどの品物だ。
 薄布の下が透けて見えるのに、はっきりとは見えない。
 あるのはわかるのに、めくってみなければ自分のものには出来ない。
 そのもどかしさと絶妙さが素晴らしく、『御用達』を与えようとしたら、顔を赤くしたサリアに止められてしまった。
 裾は少し広がり、めくりあげられるのを待っているかのように揺れる。
 もちろん揃いでブラジャーとショーツも作らせたが、ベビードールだけを身につけたサリアは、俺を誘惑するために神か悪魔があつらえたもののようだった。
 もちろん、ありがたく誘惑された。



 声だけで誘導して、サリアの快楽を煽る。
 体に自分の指を這わせ、吐息が上がったところに留まらせる。
 指は少しずつサリアの体を下り、ようやく快楽の源泉の、愛らしい蕾に触る許しをやった。 
 『テオドール様、あっ、いやっ』
 「いや? 違うだろう? 嫌なら指を止めればいい。止めてしまっていいのか?」
 『いやぁっ、……そんな、意地悪おっしゃらないでっ』
 聞こえてくる吐息は熱さを増し、水音は激しさを増している。
 「だったら指を止めてはいけない。
 ほら、俺に聞かせてくれるのだろう? サリアが極めるときの可愛らしい声を」
 そういう俺の息も、みっともなく乱れている。
 『あっ、テ、テオドール様も?』
 「あぁ。感じているよ、サリアを。
 ほら、サリアは可愛い蕾を擦られるのが好きだろう?
 痛くしてはいけないよ。優しく何度も擦ってやるんだ」
 『あっ、あっ。テオドール様……』
 頂に駆け上がっている声が悩ましい。
 この腕の中にいたのなら、サリアの甘い匂いに胸を満たして、獣のように突き出した舌を吸ってやれるのに。
 「サリア。思い出すんだ。
 いつも俺はどうやってお前の蕾を可愛がってやっている?」
 俺は味気ない自分の指を口に含むと、ぐちゃっと水音を立てた。魔法道具を通して、サリアにも聞こえるように。
 『あんっ……テオ、テオドール様は、いつも。……んんっ……私の……』
 「ん? サリアの?」
 『……わ、私の……私の……』
 卑猥な言葉を口にさせたかったが、これ以上いじめるのはまたの機会にとっておこう。
 俺の腕の中にサリアがいるときまで、お預けだ。
 「サリアの密を滴らせた蕾を舐めて、吸って、甘噛していたろう?
 あぁ、離れているのがもどかしいな。サリアの甘い蜜を舐めることも、頬に流れる涙を吸ってやることも、赤く熟れた乳首を噛むことも出来ない」
 俺の言葉にサリアが答える。
 『あぁっ、テオドール様っ。切ないですっ』
 「俺もだ、サリア。お前の甘い吐息を味わえないなんて。
 左の指は空いているか? ならばその指でお前の愛らしい唇を割って、舌を挟んでしごいてご覧。
 俺がお前に口づけるのを思い出して」
 『……ふうっ……んんっ』
 俺を思って、必死に自分を慰めているサリアの艶姿が目に浮かぶ。
 俺の言う通り、左手の指を口に含み、飲みきれいないよだれを垂らし、瞳はうつろに涙の膜に覆われている。
 全身をベビードールより桃色に染め、芳しい汗をかきながら、快感に背をのけぞらせている。
 乳首は張り詰めて、透けるような桃色の布をぴんっとお仕上げているに違いない。
 快感の源泉である乙女の蕾から滴った蜜が、寝台を濡らしてしまっているだろう。
 明日の朝、濡れた寝台に恥ずかしく赤くなる顔は、帰ってからのお楽しみだ。
 「ほら、お前の気持ちのいいように指を動かして。そう、そして…………イクといい」
 耐えきれずにこぼれた息。
 止まった水音。
 寝台の軋みが止まる。
 サリアの絶頂を感じて、俺も満足だった。
 サリアを思って、空に口づける。
 弛緩した体を寝台が受けとめる音。
 『あ……テオドール様……テオドール様も……』
 荒い息の下で、俺の欲望の在り処を気遣ってくる。
 「あぁ、とても気持ちよかった。明日寝台を整える使用人とは、顔を合わせるまえに出立しよう」
 『なっ、ず、ずるいですわっ。私は』
 主たちの情事を見て見ぬふりをして、かつ完璧に片付けるのも、優秀な家人の条件だ。俺の館の家人
たちはよりすぐりだし、王宮から引き取ったサリアの公爵家の家人たちも、しつけは行き届いている。
 少しからかうだけのつもりだったが、新しい扉が開けるだろうか。
 ひとしきりじゃれあった後、サリアにいう。
 「サリア。明日、帰る」
 『ええ、お待ちしております。テオドール様』
 互いに切り難い魔法道具を、どうにか切ると、俺は満足の息を吐き、そのまま眠りについた。
 できれば、夢の中でサリアに会えるように。



 翌日。
 王宮にて。
 俺はこのときの油断しきっていた自分を、心底憎んだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(諸事情ありまして)な、難産でした~!
テオドール様のムッツリが極まった感がございますです。(汗)

あと2話で完結(予定)です!
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです!(^^)
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