楽な片恋

藍川 東

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冬 3/3

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 日本て、ホントいろんな行事があって。
 休みになる日もあるけど、そうでない日もある。
 親たちなんかは、『昔はハロウィンなんか、やんなかったよー』っていってて驚いた。
 たしかに恵方巻とかは、昔は関西の報しかやってなかったって聞いたけど、今なら普通にコンビニで売ってるし。
 日本古来の行事とは? なんてクイズに出そうだけど、ホントクイズねたレベル。
 今の僕には関係ない。
 というより、この行事が日本でカスタマイズされててよかったな、って感謝してる。
 ーーーバレンタインデー。

 いや、一応知ってるよ?
 最初はバレンタインさんってなんか聖人の人がなんかしてくれた日? らしいって。
 他の国では、バラ贈ったり、性別関係なく親しい人にプレゼントしたりする、らしい、って。
 でも日本では、今のところ、圧倒的に。
 男が告られる日なわけで。

 男子校のウチだと、生徒同士のやり取りはない、わけじゃない。
 外国かぶれ? っていうのか『本当はこういう日だからさ』っていって、『日頃の感謝チョコ』っていうのが、少数ながら出回ったりする。
 僕も宿題見せたり、なんかちょっとしたことある奴らからチロルや黒い雷ブラックサンダーのちょっといいいやつとかもらったことあるし。
 (なんかお返しした方がいいかな、って優一朗に相談したら、なんか頑なに『必要ないよ』っていわれた。口元は笑ってたけど、目が怒ってたのは、なんでだろう。)
 それと、『それ、マンガかラノベだろっ』ってイベントも発生する。
 いわゆる、『校門で出待ちしてる女子』。
 もちろんカレカノで、このままデートっていう、男子校では勝ち組の奴らもいるけど、さらにその上をいく『アイドル』扱いされてる、もう圧倒的な輩が存在している。
 注目ポイントはスポーツでの注目だったり、全国模試の結果だったり、単純にイケメンだったり。
 もちろん優一朗は毎年、2位以下に圧倒的な差をつけて、ぶっちぎりで圧勝。
 いるんだよ、本当に。
 チョコを渡したい女子を、近隣住民の迷惑にならないように誘導したり、女子の学校から、その時期になると早退する生徒が増えるので(ウチの校門の前の場所取りで)、下校に時間を調整してほしいって要請がくるって、ホントにあるんだなぁ、って毎年見てた。

 見てるだけだった。
 けどっ。
 今年は当事者になるっ。

 というのが僕の決意。
 ようは『優一朗にチョコを渡して、恋愛としては玉砕するけど、チョコを渡せたって思い出だけはもらっておこう』作戦。

 ……いや、あの。
 ヘタレなのは、自分が一番よくわかってる。
 バーンッってぶつかってって、派手に散るのが青春だろうっ、ってのは当事者以外の意見だからねっ。
 当事者としては(なんか、この表現がすでに逃げ?)、無理ですからっ。
 優一朗だったら、散った僕の破片を、親切に拾い集めて笑顔ではい、って差し出してくれそうだけど、それが一番いありえそう、かつ、いたたまれないパターンっ。

 というわけで。
 蓮見家のキッチンは、連夜チョコレートの匂いが充満しているわけで。
 「さわちゃんと、お菓子作り一緒にできるなんて、嬉しー」
 とのんきに笑ってる母さんの手元は、のんきな口調とは真逆に高速で動いてる。
 トトトトトッとリズミカルにチョコレートの塊を、細かく砕いていってる。
 僕は生クリームにチョコレートを溶かしてる。だけなんだけど。
 なんで分離するのっ。
 「あー。分量間違えちゃったかな? チョコ増やしてみる?」
 どうせ一生に一度の思い出なら、ホントにベタに手作りチョコにしようとして。
 さらに溶かして固め直すだけ、じゃさすがに芸がないから、ガナッシュ?ってのにしようとして。
 母さんには『年末クリスマスプレゼント渡せなかったなら、代わりにちょっと凝ったもの渡してやろうと思って』なんて、すさまじく苦し言い訳して。
 なんだか母さんの笑顔が『にんまり』だったのが気になるけど、まぁ、今にいたってる。
 そのあと、母さんと夕夏さんが電話してるのが、なんとなく聞こえてきた。
 『……みたいなのぉ。今年は楽しみにしてて、ってゆうちゃんに伝えといてねー』
 え、母さん。なんかよけいな情報流してない?
 『手作りだよー。私も一緒に、夕夏ちゃんの分は私が作っちゃうよー』
 っていったら、なんだかコンサート会場並みの黄色い歓声が、こっちまで聞こえてきた。
 『僕の分もあるよね……』
 父さんが、柱の陰からの悲し気に覗いてきてた。

 
 今日が決戦の日、って思ってる人は、日本に何人いるんだろう。
 もしかしたら、何万人かもしれないけど。

 2月14日。
 今年は平日。

 母さんの監修のもと、ガナッシュは完成した。
 ついでにラッピングもして。
 僕は友チョコにも逃げられるように、シンプルかつ地味にしたかったんだけど。
 この時期のそういうとこ(小物売り場? 初めて入った)って、なんでこんなにハートに溢れてるんだろう。
 友チョコってのも、ありなんでしょ?

 なんだか注目は集めてたかもだけど、とにかく、完成した。
 (ちなみに、ちゃんと父さんの分もあった。会社で見せびらかすってウキウキもってっちゃったけど、他の人からもらう分は、どうするんだろう?
  夕夏さんの分もあった。『上手にできちゃったー。夕夏ちゃん、いくらで買ってくれると思う?』って母さんは冗談でいったと思うけど、蓮見家の男子勢は声をそろえて『言い値で』って答えた。)

 あぁ、もうっ。
 いろいろ思い出したりもだもだしてるんだけどっ、全部現実逃避なんだよねっ。
 お弁当袋ふたつ持ってる僕を見たときの優一朗の笑顔ってば、見慣れてるはずの僕でも眩しかったもん。
 「おはよう、さわちゃん」
 それなに? て追及されないのが、逆につらい。
 登校途中、友達と合流したけど、そいつらがちょっとびっくりするくらい、優一朗の機嫌はよかった。
 で、僕の手提げがふたつのをみると、『あ、察し』って顔になるんだけど、なんで?
 
 さすがに朝っぱらからビッグイベントをこなす気力はなかったんで、とりあえず昼まで持ち越し。
 このまま今日という日が終わるんじゃないかな、なんて希望も持っちゃったけど、そんなことないわけで。
 はっと気づいたときには、昼休み。
 屋外だと寒いこの時期。生徒会室を、優一朗の職権乱用で占領してる。
 人目のない二人きり。
 え、これ絶好のシチュエーションじゃないか?
 他の人間の目がないから、たとえ、というか、結構な割合で恋情的なものが砕け散っても、第三者には知られないシチュエーションなわけで。
 本当、いつの間にこんんあ状態に持ってきたのか、自分グッジョブ。

 ふと隣を見ると、優一朗は僕を見つめて来てた。
 めちゃめちゃ機嫌よさそうだな、こいつっ。
 僕は今までの人生の中でも、ありえないくらいテンパってるのにっ。

 「なんだよ」
 「ん? 別に。さわちゃんとゆっくりできて嬉しいな、って」
 にっこり笑って僕を見てくる。
 ほんとイケメン。
 子供の頃から一緒にいるくせに、対優一朗耐性ができてない僕って、本当になんなんだろう。
 「この部屋、貸し切っちゃってよかったのか?」
 「大丈夫じゃない? 俺たちが今日こことで昼を食べるっていったら、みんな別の場所にいったみたいだね」
 ……え、なに、この笑顔の迫力。
 「ところでさ、さわちゃん」
 「なに」
 「最近、いろいろ忙しかったんだ」
 「そうなんだ」
 優一朗が忙しい、っていうなんて、珍しい。
 え? それも? そこまで? てくらいいろいろやっても、飄々とこなしてるイメージしかない。
 「だらかね、甘いもの、食べたいな」
 いやお前っ。
 耳から妊娠するって知ってるかっ。
 僕は今、体験してるんだけどっ。
 そういえば、二人だけなのに、なぜか隣どうして食べてたし。
 ここまでお膳立てができてれば、もう、出すのが自然の摂理のような気がしてきた。
 「え~、と。甘いもの、あるけど。食べるか?」
 僕はとうとう袋からチョコレートを取り出した。
 包装は、僕が強硬にハートじゃない柄にしようっ、っていったのに、ハートはついてなきゃだめでしょっ、と超強硬に母さんが主張したので、最終的にハート柄になった。
 母と息子の濃密なディスカッションの結果、全体的にいい感じのチョコレート色の包装に、ワンポイントのいい感じの紅いハートが、箱の表に出るようにラッピングしてある。
 とりだしたけど、どうやって渡したらいいんだろ。
 ノールックで『別に、なんでもないから』ってツンデレ風に渡すなんて高等技は、ツンデレ美少女しか許されない技だしな。
 凡人男子高校生としては、そのまま差し出すしかない。
 「わぁ、きれいだね」
 優一朗が身を寄せてきた。
 「開けて、いいの?」
 だーかーら。耳から妊娠させる麾下こいつはっ。なんかもう、三つ子とか四つ子とか妊娠してる気分にするんじゃないっ。
 丁寧にほどかれたラッピングの下から、箱が現れる。箱を開けると、丸いチョコレートが四つ入っている。
 できた中で、一番よくできた四つだ。
 「今日が、何の日だか知ってるよね」
 「知ってる」
 「このチョコレートは、俺の、でいいんだよね」
 「いらないなら、いいぞ」
 って、いらないとかいわれたら、泣くかも。
 「俺以外にあげたら、どうにかしちゃってたかも」
 優一朗は一粒摘まむと、半分かじった。
 周りに着けていたパウダーが唇につく。それを舌を出して舐めとるのが、なんだかいやらしい。
 優一朗は僕の顔に手を伸ばしてくると、覆うように頬を撫でた。親指で僕の唇を撫でた。
 そのまま、あごに指がかかる。
 アゴクイだぞ、アゴクイ。
 これを現実でやって、ちゃんとさまになるやつがいるだろうか。
 って、僕の目の前にいるんだよっ。
 「いって、さわちゃん」
 
 「…………お前が、好き」
 その時見た顔は、純粋な喜びと、捕食者が獲物を完全に足の下に捕らえた満足感と、そしてうっすらと見える雄の欲。
 って、ダークな面の割合が多くないか?
 でも、どれを補ってあまりあるイケメンで。
 僕の、恋心の先なわけで。
 「俺も、好き」
 僕は、手を動かせなくて。
 優一朗が僕の肩を抱いて、頭をその大きな手で掴んできても、身動きが取れなくて。
 怖いほどの感情が浮かぶ目で、その感情の全ての対象として見つめられて、目を閉じるしかなくて。

 柔らかく、何度も擦り合わされた唇から息が漏れて。
 その隙間から熱くて甘い舌が入ってきて、傍若無人に口内を征服されても、ただ受け入れるしかできなかった。 
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