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マタタビ登場
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やがて間もなく現れたのは、息を切らせながらやって来た燕尾服を着た男。
年の頃は二十歳そこそこ。彼の被っているシルクハットからは、真っ白い髪がわずかばかり見える。雪のような髪だけど、所々に黒や茶のまだらになっていて、変わった印象を受ける。
小鬼よりやや低いような身長なので、百八十ぐらいかも。とりあえず、高めだという事はすぐにわかった。
――誰だろう。私の名前知っているって事は、知り合いだよね?
首を傾げながらなんとか記憶の沼から探そうとした瞬間、体がぐいっと引っ張られてしまう。そのせいで、それ以上その男を記憶の海から探す事は出来なくなっていた。
「あの……?」
気がつけば私はなぜか大原の腕の中。
彼は左手で私をかき抱き、もう片方の空いている手には、いつの間にか数枚の紙を持っていた。それにはよくテレビやドラマで見るような、文字なのかイラストなのかよくわからないものが描かれている。つまりは札。
そして小鬼にいたっては、太刀を鞘から抜いてすでに構えているという戦闘態勢だ。
そんな中、あの男はそれを気にも留めずに目をくわっと見開き、大原に人差し指をつき立てた。その時に、はっきりとした鈴の音が耳朶に触れ掠めた。
これって……――
「このガキがっ! 俺の桜に気安く触るな」
どうやらそれの発生源は、その男が感情のまま大原を指している指先付近。音が彼の動きと共に届くから合っているだろう。
ざっと見た限り、衣服には装飾なんかがついてないのでおそらく服の中か。
「もしかして、マタタビ……?」
私はその音に耳馴染みがあった。家族が廊下を歩く足音が違うように、これも違う。
それは猫の首輪に付けられている鈴の音だ。
大原の腕の中でそう呟けば、あの男は顔を太陽のように輝かせた。
――まさか、そうなのか。たしかに擬人化すればイケメンだとは思ったよ。でもうちのマタタビは、猫のはず。
「そうだよ、桜。俺だ。ほら、桜がくれた首輪。俺の宝物」
そう言ってマタタビが右腕のジャケットと、ワイシャツの裾を捲る。するとそこにはショッキングピンクの首輪が手首に巻かれていた。どうやら音の正体はここだったみたい。
マタタビはよく脱走するから、すぐに見つけやすい様にとあの派手な色を選んだ。
あれには鈴と一緒にプレートが付けてある。そこにはもしもの時用に、自宅の電話番号が書いてあった。
「すまない桜。俺が桜の元を離れたばかりに。こんな地獄の者に付け入られてしまった。
ついさきほどクロ達に聞いて、すぐさまかけつけたのだが……まさかそんな禍々しい地獄の空気を身に纏ってしまっているなんて」
「わかるの?」
「あぁ。くっきりと黒と灰色の空気が桜を覆っている。特に――」
マタタビはこちらにやって来ると跪き、私の右足を取りそこへ口づけた。
その瞬間、熱い痛みが右足首を中心に全身へと駆け巡り、自然と顔が歪むのが自分でもわかった。それぐらい痛みがあったのだ。ついたまらずに大原の制服を握りしめるぐらいに。
「大丈夫か?」
私は頷いた。
「すまない桜。痛かっただろう」
立ち上がったマタタビが、私の頭を優しく撫でる。それはいつも私がマタタビにやるように。
「やはり解けぬようだ……呪主はかなりの術者か」
「当たり前ですよ。化け猫ごときにこの呪は解けません。なんせ閻魔様ですから」
「ふん。黙れ地獄の者が。なぜ地獄は桜を巻き込む? こんなに純真無垢で、か弱い桜を」
「か弱くはないでしょうが。何かあるとすぐ怒鳴るし、人の頬を挟むバイオレンス系なのに。猫。お前の目は節穴ですか?」
「節穴だと? それはお前だろ。今時そんなダサい衣服を着て」
「狩衣はこの僕の美を引き立たせる、一番美しい衣装です。それに日本の伝統的な衣服。貴方はどうなんですか? 西洋かぶれの猫が」
「燕尾服馬鹿にするな。これは紳士が着るからこそ着こなせる衣服。お前のような者には無理だろうけどな」
飼い主に似たせいなのだろうか、それともマタタビの性格だろうか。
いつもの私と小鬼のように、両者睨みあいながら口ゲンカが始まってしまっている。
「大原、どうしよう」
いつもの通り大原を頼れば、大原は顎に手を添え何かを考えているよう。もしかしてこの二人を止めるすべを思案してくれているのか。やっぱり大原は頼りになる。
「ねぇ、月山」
「ん?」
何かひらめいたのだろうか、私は期待の眼差しを込め大原に視線を向けた。
「このまま二人で抜けようか」
「えっと、それは……」
逃避ですか、それ。たしかにこのまま流したいのですけれども。でもやっぱり止めなきゃならないと思う。もしかしたら、いつもの大原もこのような気持ちなのかもしれない。
小鬼と私の喧嘩を見て。
「月山って、人にだけじゃなく妖にも好かれるんだね」
「妖ってマタタビ?」
「小鬼もだよ。なんだかんだ言って、仲良いように見える。やっぱ俺、うかうかしてられないな」
大原は一つ深いため息を零した。
年の頃は二十歳そこそこ。彼の被っているシルクハットからは、真っ白い髪がわずかばかり見える。雪のような髪だけど、所々に黒や茶のまだらになっていて、変わった印象を受ける。
小鬼よりやや低いような身長なので、百八十ぐらいかも。とりあえず、高めだという事はすぐにわかった。
――誰だろう。私の名前知っているって事は、知り合いだよね?
首を傾げながらなんとか記憶の沼から探そうとした瞬間、体がぐいっと引っ張られてしまう。そのせいで、それ以上その男を記憶の海から探す事は出来なくなっていた。
「あの……?」
気がつけば私はなぜか大原の腕の中。
彼は左手で私をかき抱き、もう片方の空いている手には、いつの間にか数枚の紙を持っていた。それにはよくテレビやドラマで見るような、文字なのかイラストなのかよくわからないものが描かれている。つまりは札。
そして小鬼にいたっては、太刀を鞘から抜いてすでに構えているという戦闘態勢だ。
そんな中、あの男はそれを気にも留めずに目をくわっと見開き、大原に人差し指をつき立てた。その時に、はっきりとした鈴の音が耳朶に触れ掠めた。
これって……――
「このガキがっ! 俺の桜に気安く触るな」
どうやらそれの発生源は、その男が感情のまま大原を指している指先付近。音が彼の動きと共に届くから合っているだろう。
ざっと見た限り、衣服には装飾なんかがついてないのでおそらく服の中か。
「もしかして、マタタビ……?」
私はその音に耳馴染みがあった。家族が廊下を歩く足音が違うように、これも違う。
それは猫の首輪に付けられている鈴の音だ。
大原の腕の中でそう呟けば、あの男は顔を太陽のように輝かせた。
――まさか、そうなのか。たしかに擬人化すればイケメンだとは思ったよ。でもうちのマタタビは、猫のはず。
「そうだよ、桜。俺だ。ほら、桜がくれた首輪。俺の宝物」
そう言ってマタタビが右腕のジャケットと、ワイシャツの裾を捲る。するとそこにはショッキングピンクの首輪が手首に巻かれていた。どうやら音の正体はここだったみたい。
マタタビはよく脱走するから、すぐに見つけやすい様にとあの派手な色を選んだ。
あれには鈴と一緒にプレートが付けてある。そこにはもしもの時用に、自宅の電話番号が書いてあった。
「すまない桜。俺が桜の元を離れたばかりに。こんな地獄の者に付け入られてしまった。
ついさきほどクロ達に聞いて、すぐさまかけつけたのだが……まさかそんな禍々しい地獄の空気を身に纏ってしまっているなんて」
「わかるの?」
「あぁ。くっきりと黒と灰色の空気が桜を覆っている。特に――」
マタタビはこちらにやって来ると跪き、私の右足を取りそこへ口づけた。
その瞬間、熱い痛みが右足首を中心に全身へと駆け巡り、自然と顔が歪むのが自分でもわかった。それぐらい痛みがあったのだ。ついたまらずに大原の制服を握りしめるぐらいに。
「大丈夫か?」
私は頷いた。
「すまない桜。痛かっただろう」
立ち上がったマタタビが、私の頭を優しく撫でる。それはいつも私がマタタビにやるように。
「やはり解けぬようだ……呪主はかなりの術者か」
「当たり前ですよ。化け猫ごときにこの呪は解けません。なんせ閻魔様ですから」
「ふん。黙れ地獄の者が。なぜ地獄は桜を巻き込む? こんなに純真無垢で、か弱い桜を」
「か弱くはないでしょうが。何かあるとすぐ怒鳴るし、人の頬を挟むバイオレンス系なのに。猫。お前の目は節穴ですか?」
「節穴だと? それはお前だろ。今時そんなダサい衣服を着て」
「狩衣はこの僕の美を引き立たせる、一番美しい衣装です。それに日本の伝統的な衣服。貴方はどうなんですか? 西洋かぶれの猫が」
「燕尾服馬鹿にするな。これは紳士が着るからこそ着こなせる衣服。お前のような者には無理だろうけどな」
飼い主に似たせいなのだろうか、それともマタタビの性格だろうか。
いつもの私と小鬼のように、両者睨みあいながら口ゲンカが始まってしまっている。
「大原、どうしよう」
いつもの通り大原を頼れば、大原は顎に手を添え何かを考えているよう。もしかしてこの二人を止めるすべを思案してくれているのか。やっぱり大原は頼りになる。
「ねぇ、月山」
「ん?」
何かひらめいたのだろうか、私は期待の眼差しを込め大原に視線を向けた。
「このまま二人で抜けようか」
「えっと、それは……」
逃避ですか、それ。たしかにこのまま流したいのですけれども。でもやっぱり止めなきゃならないと思う。もしかしたら、いつもの大原もこのような気持ちなのかもしれない。
小鬼と私の喧嘩を見て。
「月山って、人にだけじゃなく妖にも好かれるんだね」
「妖ってマタタビ?」
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