14 / 28
千鶴
しおりを挟む
――千鶴だって?
幸いな事に引き攣った唇には、誰も気づかないようだ。まさかその店の名を小鬼から聞く事になろうとは。どんな因果があっての事だろうか。千鶴だけは駄目だ。鬼門だ。これは知らない振りをしておこう。
「金魚鉢パフェがおいしそうだったんです」
「へー。金魚パフェか。ちょっと待って。今調べるからな」
「えっ、ちょっと!?」
大原は取りだしたスマホを操作しながら、店を検索しはじめてしまう。
そのためひやりと背中を汗が伝った。
「さすが悟様」
小鬼はそれを覗きこむようにし、彼の頭上に飛び移った。
「月山知っているか?」
知っているかと問われれば、知っているというのが答えだ。
場所もすぐに案内出来るし、一番人気のメニューを説明することすら私にとっては朝飯前。
だが、悪いがこのメンツで行きたくない。それにはちゃんと理由がある。見られたくないのだ。
――だって行ったらきっとお父さんにバレちゃうじゃんか。
あそこは口止めをしなければならない人間が多い。おじさん経由でお父さんにまでバレたらマズイ。
私もだけど、大原に迷惑が。なんとか別の店に行くように誘導しなくては。
「月山?」
「え?」
ふと顔を上げると、怪訝そうな顔をした大原と目があう。
「もしかして聞こえてなかったのか? 小鬼が言っている店を知っていたら教えて欲しいんだ」
「聞こえていたよ。ごめん、ちょっと考え事していてさ。反応鈍くなっちゃったみたい。ごめんね」
「いや、構わないが……」
「ねぇ、見つからないなら違う店にしない? 最近この近くにパンケーキ屋さんが出来たって、クラスの子達から聞いて行ってみたかったんだ」
「俺はそっちでも構わないよ。小鬼は?」
と、大原が小鬼の様子を伺えば、眉を顰めながら唇を尖らせていた。
「嫌です。千鶴の金魚鉢パフェが良いんです。本来金魚を入れるものを、パフェ器にするという発想。これは人間にしか思いつきません。ですから、僕はこの文化を研究しなければならないのです」
「金魚パフェなんて、他のお店でやっている場所あるわよ。それにさ、食すも何もあれかなり量あるけど大丈夫なの? 途中で飽きたって辞められても、私一人じゃ絶対にあれ全部食べきれないわよ」
千鶴の金魚鉢パフェは一杯が人の顔ぐらいあるため、二~三人前ぐらいの重量なので一人では攻略不可能。小鬼が注文して途中でギブアップしても、私一人じゃ絶対に食べ切れない。
「食べた事あるんですか?」
「……あ」
しまった。ついうっかり口が……慌てて口を押さえた時はすでに遅し。
小鬼の刺すような視線に私は顔を背けた。
「食べた事あるんですね」
「ない」
「嘘つき! あるんですね!」
小鬼は小鳥が木々を移動するかのように、大原から私の頭上へと飛びのってきた。耳触りが悪い小鬼の囀り付きで。
食べた事あるもないも、常連だ。幼馴染のご両親が経営しているため、駅前に来たら毎回足を運ぶ。しかも、月山家と家族ぐるみで仲がいい。
「ずるいです! 自分ばっかり食べて。この強欲人間っ」
「あのね、別に意地悪で連れていかないって言っているわけじゃないの。ちゃんと理由があるんだってば。これ以上大原に迷惑をかけられないんだってば」
「そんな事言って、結局独り占めする気なんですね。僕にも食べさせなさい」
「だから人の話を……――」
「食べたい。食べたい。食べたい~っ!」
あいつはカウボーイかっていうぐらいに、人の頭上で暴れている。
私の意思とは無関係に首が前後にぐらぐらと揺れ動き、視界が定まらない。
しかもあまりの激しさに、すれ違う人達が振り向き、好奇の目で見ている。
「わかった、わかった。だから止まれ」
結局私はこれ以上疲労困憊するのを拒絶するために、小鬼に対して白旗を揚げた。
+
+
+
やっぱりとでもいうべきだろうか。あの人がいた。
当たり前と言えば当たり前だろう。ここは彼女のバイト先なのだから。
しかも、お店の自動ドアが開いた瞬間に遭遇というまさかの偶然。
たまたまカウンターに戻る途中だったのだろう。
彼女の手にしていた銀色のトレイには、空になったグラス類が乗っていた。
「桜……?」
紫と白の市松模様の浴衣に紅色のエプロンを身に纏っている少女は、こちらを見つめたまま大きな瞳が零れそうなぐらいまで見開いていた。
かと思うと、長い睫毛を上下に振るわせ始め、薔薇色の唇で何かを紡ごうとしているのか、微動していた。
彼女の変わりにただ鶴が鳴いた。
白い肌と反するような黒い艶のある纏められた髪に挿されている銀色簪が。
「月山、知り合いか?」
目の前で繰り広げられているそんな光景に、大原が遠慮がちに尋ねて来た。
それに対し、私は首を縦に振った。たしかに聞きたくなるはず。
いきなり店員さんが動きを止め、こちらを呆然と見詰めているのだから。
「幼馴染の千鶴。幼稚園からずっと一緒なの。高校はうちじゃなく、東里女子とうりじょし」
「店の名前と一緒だな」
「うん。ここは千鶴のお父さんとお母さんが経営しているの。お店の名前は娘の――そこでフリーズしている千鶴の名前から取ったんだって」
「そうなんだ。落ち着いた良いところだな」
「うん」
大原が店内を見回すのにつられ、私も一緒になってぐるりと視線を巡らせる。
建物が古民家風になっているためか、内装は梁がむき出しで木の温もり溢れていた。
店先の自動ドアが開いて、まず飛び込んでくるのは、正面にある一本木で作られた長いテーブルがあるカウンター。
その周辺にある棚には、和柄のガマ口ケースやミニチュアの招き猫など和風の雑貨類が並べられてあり、気に入ったものがあれば購入出来るようになっている。
そしてその左側の部屋はテーブルルーム。
そことカウンターを繋ぐ扉はすでになく、ただ金具だけ取り残されている状態。
きっとその部屋はきっと大原向きだ。そこは左右の壁に本棚があり、哲学の本からファッション雑誌までいろいろな本が並べられていた。壁一面に床から天井まで本で埋め尽くされていて、図書館にいるような気分になる。
店内にかかるクラシックをバックミュージックに、本とお茶を楽しみに来る常連さん達もいる。そしてその部屋の反対側の壁付近にあるのは、二階へと続く階段。上は全て個室となっている。
「……え? 桜、あんたいつの間にこんなイケメン彼氏が出来たの? 聞いてないわよ」
いつの間にか復活したらしい千鶴は、大原と私を交互に見比べていた。やはり触れくるか……
傍から見れば、私と大原以外他に誰も居ないように見える。とどのつまり、傍から見れば二人。それで生まれるのが、彼氏じゃないかという憶測。
男友達はいるけど二人で遊ぶって事、私はほどんとしない。それが問題。
これがこの店のオーナー――千鶴のお父さんとお店を手伝っているお母さん、それから千鶴経由で、「桜ちゃん来てくれたんだよ。彼氏と」なんて世間話でもされた日には、いろいろと終わる。
私の家は結構堅い。といっても、お父さんだけ。
時代錯誤と言っても過言じゃないまさかの『男女交際禁止』発布中。
お母さん達は「彼氏出来たら遊びに連れて来なさい」っていうぐらいだから、禁止してない。
そのため大学生のお姉ちゃんが彼氏と半同棲中というのは、うち最大のスキャンダル。
もちろん、お母さんは知っている。相手の人もお父さんが居ない隙に挨拶に来てくれたから。お父さんにもご挨拶をというのを、家族総出で阻止。そんな血を見るような戦を自ら挑む必要は無い。
もしその事が知られたら、お父さんは着の身着のまま飛行機に飛び乗ってお姉ちゃんの元へと駆けつけるだろう。そうなったら誰にも止められない。あの人は時々暴走するから。
――溺愛されて箱入り娘に育ちました。……ってわけじゃないんだけなぁ。
だからもし、おじさん達から大原と二人でお店に来ていた事がバレてしまえば、面倒事でラッピングされた未来が確定。それが私にプレゼントされる。そしてきっといろいろ尋問されるのだろう。
こういうのは、お姉ちゃんが実に上手だった。危ない時もあったが、なんとかすり抜け高校の頃からちゃんと隠して難を逃れている。
普段は砂糖菓子のような人なのに、いざとなれば頭をフル回転させる。
そんなギャップを持つ姉を私は大好きだ。
「彼氏じゃないよ。クラスメイト。あと、この件お父さんには絶対に黙っていて」
「もちろんよ。おじさまに知られたら、きっとその彼氏さん無事じゃ済まないだろうし。お父さん達にも言っておく。桜の恋路を邪魔しちゃ駄目だって事」
「やっぱり無事じゃ済まないんだ……」
「当たり前でしょ。こっちの心配よりも、桜が気を付けなさい。あんた雪ゆき姉さんみたいに上手に誤魔化せないだろうから」
「私もそう思う。お姉ちゃんは嘘を現実のように錯覚させる力を持っているけど、私の場合は鎌掛けられたら口から出るよ」
もしそんな事になったら、大原に過大な迷惑をかけてしまうのを想像するのは容易い。ただでさえ厄介事に巻き込んでしまっているのに、これ以上はさすがに……
「――っていうか、桜っ!」
「うがっ」
急に伸びた千鶴の腕により、パーカーの首元を引っ張られ締め上げられてしまう。そのため若干苦しい。いつぞやの時に小鬼が出したような声を漏らしながら、私はその原因である千鶴の手を掴んだ。
「なんでこんな格好しているのよ。どうせあんたの事だから、洗濯物からただ漁ってきただけなんでしょ。せっかくのデートなら、この間買ったワンピースがあったでしょうが。折角可愛いのに、なんでそんなに無頓着なのよ。勿体なさすぎ」
千鶴はお母さんと一緒だ。お母さんに言われる台詞と千鶴に言われる台詞が見事に一致する事がしばしば。それも全て私の性格ゆえなんだろうけど、そんな事を言われても面倒なのは面倒。そんな急には直らない。
「以後気をつける」
「直す気ないでしょ。毎回そう言うんだから。せっかく彼氏出来たっていうのに」
「そのうちなんとかなるって。ねぇ、それより上だけど空いている?」
「あー。座敷は全て埋まっているけど、テーブル席ならまだ空きがあるはず。それでもいい?」
「個室ならどっちでも構わないよ。ありがと」
どうやら空いているらしい。時間帯によっては全部埋まっているから、難しいかと思っていたが良かった。個室の方がゆっくり出来るし、周り気にならないため人気なのだ。
私はほっと胸をなでおろし、何を食べるか頭の片隅で考えていた。
幸いな事に引き攣った唇には、誰も気づかないようだ。まさかその店の名を小鬼から聞く事になろうとは。どんな因果があっての事だろうか。千鶴だけは駄目だ。鬼門だ。これは知らない振りをしておこう。
「金魚鉢パフェがおいしそうだったんです」
「へー。金魚パフェか。ちょっと待って。今調べるからな」
「えっ、ちょっと!?」
大原は取りだしたスマホを操作しながら、店を検索しはじめてしまう。
そのためひやりと背中を汗が伝った。
「さすが悟様」
小鬼はそれを覗きこむようにし、彼の頭上に飛び移った。
「月山知っているか?」
知っているかと問われれば、知っているというのが答えだ。
場所もすぐに案内出来るし、一番人気のメニューを説明することすら私にとっては朝飯前。
だが、悪いがこのメンツで行きたくない。それにはちゃんと理由がある。見られたくないのだ。
――だって行ったらきっとお父さんにバレちゃうじゃんか。
あそこは口止めをしなければならない人間が多い。おじさん経由でお父さんにまでバレたらマズイ。
私もだけど、大原に迷惑が。なんとか別の店に行くように誘導しなくては。
「月山?」
「え?」
ふと顔を上げると、怪訝そうな顔をした大原と目があう。
「もしかして聞こえてなかったのか? 小鬼が言っている店を知っていたら教えて欲しいんだ」
「聞こえていたよ。ごめん、ちょっと考え事していてさ。反応鈍くなっちゃったみたい。ごめんね」
「いや、構わないが……」
「ねぇ、見つからないなら違う店にしない? 最近この近くにパンケーキ屋さんが出来たって、クラスの子達から聞いて行ってみたかったんだ」
「俺はそっちでも構わないよ。小鬼は?」
と、大原が小鬼の様子を伺えば、眉を顰めながら唇を尖らせていた。
「嫌です。千鶴の金魚鉢パフェが良いんです。本来金魚を入れるものを、パフェ器にするという発想。これは人間にしか思いつきません。ですから、僕はこの文化を研究しなければならないのです」
「金魚パフェなんて、他のお店でやっている場所あるわよ。それにさ、食すも何もあれかなり量あるけど大丈夫なの? 途中で飽きたって辞められても、私一人じゃ絶対にあれ全部食べきれないわよ」
千鶴の金魚鉢パフェは一杯が人の顔ぐらいあるため、二~三人前ぐらいの重量なので一人では攻略不可能。小鬼が注文して途中でギブアップしても、私一人じゃ絶対に食べ切れない。
「食べた事あるんですか?」
「……あ」
しまった。ついうっかり口が……慌てて口を押さえた時はすでに遅し。
小鬼の刺すような視線に私は顔を背けた。
「食べた事あるんですね」
「ない」
「嘘つき! あるんですね!」
小鬼は小鳥が木々を移動するかのように、大原から私の頭上へと飛びのってきた。耳触りが悪い小鬼の囀り付きで。
食べた事あるもないも、常連だ。幼馴染のご両親が経営しているため、駅前に来たら毎回足を運ぶ。しかも、月山家と家族ぐるみで仲がいい。
「ずるいです! 自分ばっかり食べて。この強欲人間っ」
「あのね、別に意地悪で連れていかないって言っているわけじゃないの。ちゃんと理由があるんだってば。これ以上大原に迷惑をかけられないんだってば」
「そんな事言って、結局独り占めする気なんですね。僕にも食べさせなさい」
「だから人の話を……――」
「食べたい。食べたい。食べたい~っ!」
あいつはカウボーイかっていうぐらいに、人の頭上で暴れている。
私の意思とは無関係に首が前後にぐらぐらと揺れ動き、視界が定まらない。
しかもあまりの激しさに、すれ違う人達が振り向き、好奇の目で見ている。
「わかった、わかった。だから止まれ」
結局私はこれ以上疲労困憊するのを拒絶するために、小鬼に対して白旗を揚げた。
+
+
+
やっぱりとでもいうべきだろうか。あの人がいた。
当たり前と言えば当たり前だろう。ここは彼女のバイト先なのだから。
しかも、お店の自動ドアが開いた瞬間に遭遇というまさかの偶然。
たまたまカウンターに戻る途中だったのだろう。
彼女の手にしていた銀色のトレイには、空になったグラス類が乗っていた。
「桜……?」
紫と白の市松模様の浴衣に紅色のエプロンを身に纏っている少女は、こちらを見つめたまま大きな瞳が零れそうなぐらいまで見開いていた。
かと思うと、長い睫毛を上下に振るわせ始め、薔薇色の唇で何かを紡ごうとしているのか、微動していた。
彼女の変わりにただ鶴が鳴いた。
白い肌と反するような黒い艶のある纏められた髪に挿されている銀色簪が。
「月山、知り合いか?」
目の前で繰り広げられているそんな光景に、大原が遠慮がちに尋ねて来た。
それに対し、私は首を縦に振った。たしかに聞きたくなるはず。
いきなり店員さんが動きを止め、こちらを呆然と見詰めているのだから。
「幼馴染の千鶴。幼稚園からずっと一緒なの。高校はうちじゃなく、東里女子とうりじょし」
「店の名前と一緒だな」
「うん。ここは千鶴のお父さんとお母さんが経営しているの。お店の名前は娘の――そこでフリーズしている千鶴の名前から取ったんだって」
「そうなんだ。落ち着いた良いところだな」
「うん」
大原が店内を見回すのにつられ、私も一緒になってぐるりと視線を巡らせる。
建物が古民家風になっているためか、内装は梁がむき出しで木の温もり溢れていた。
店先の自動ドアが開いて、まず飛び込んでくるのは、正面にある一本木で作られた長いテーブルがあるカウンター。
その周辺にある棚には、和柄のガマ口ケースやミニチュアの招き猫など和風の雑貨類が並べられてあり、気に入ったものがあれば購入出来るようになっている。
そしてその左側の部屋はテーブルルーム。
そことカウンターを繋ぐ扉はすでになく、ただ金具だけ取り残されている状態。
きっとその部屋はきっと大原向きだ。そこは左右の壁に本棚があり、哲学の本からファッション雑誌までいろいろな本が並べられていた。壁一面に床から天井まで本で埋め尽くされていて、図書館にいるような気分になる。
店内にかかるクラシックをバックミュージックに、本とお茶を楽しみに来る常連さん達もいる。そしてその部屋の反対側の壁付近にあるのは、二階へと続く階段。上は全て個室となっている。
「……え? 桜、あんたいつの間にこんなイケメン彼氏が出来たの? 聞いてないわよ」
いつの間にか復活したらしい千鶴は、大原と私を交互に見比べていた。やはり触れくるか……
傍から見れば、私と大原以外他に誰も居ないように見える。とどのつまり、傍から見れば二人。それで生まれるのが、彼氏じゃないかという憶測。
男友達はいるけど二人で遊ぶって事、私はほどんとしない。それが問題。
これがこの店のオーナー――千鶴のお父さんとお店を手伝っているお母さん、それから千鶴経由で、「桜ちゃん来てくれたんだよ。彼氏と」なんて世間話でもされた日には、いろいろと終わる。
私の家は結構堅い。といっても、お父さんだけ。
時代錯誤と言っても過言じゃないまさかの『男女交際禁止』発布中。
お母さん達は「彼氏出来たら遊びに連れて来なさい」っていうぐらいだから、禁止してない。
そのため大学生のお姉ちゃんが彼氏と半同棲中というのは、うち最大のスキャンダル。
もちろん、お母さんは知っている。相手の人もお父さんが居ない隙に挨拶に来てくれたから。お父さんにもご挨拶をというのを、家族総出で阻止。そんな血を見るような戦を自ら挑む必要は無い。
もしその事が知られたら、お父さんは着の身着のまま飛行機に飛び乗ってお姉ちゃんの元へと駆けつけるだろう。そうなったら誰にも止められない。あの人は時々暴走するから。
――溺愛されて箱入り娘に育ちました。……ってわけじゃないんだけなぁ。
だからもし、おじさん達から大原と二人でお店に来ていた事がバレてしまえば、面倒事でラッピングされた未来が確定。それが私にプレゼントされる。そしてきっといろいろ尋問されるのだろう。
こういうのは、お姉ちゃんが実に上手だった。危ない時もあったが、なんとかすり抜け高校の頃からちゃんと隠して難を逃れている。
普段は砂糖菓子のような人なのに、いざとなれば頭をフル回転させる。
そんなギャップを持つ姉を私は大好きだ。
「彼氏じゃないよ。クラスメイト。あと、この件お父さんには絶対に黙っていて」
「もちろんよ。おじさまに知られたら、きっとその彼氏さん無事じゃ済まないだろうし。お父さん達にも言っておく。桜の恋路を邪魔しちゃ駄目だって事」
「やっぱり無事じゃ済まないんだ……」
「当たり前でしょ。こっちの心配よりも、桜が気を付けなさい。あんた雪ゆき姉さんみたいに上手に誤魔化せないだろうから」
「私もそう思う。お姉ちゃんは嘘を現実のように錯覚させる力を持っているけど、私の場合は鎌掛けられたら口から出るよ」
もしそんな事になったら、大原に過大な迷惑をかけてしまうのを想像するのは容易い。ただでさえ厄介事に巻き込んでしまっているのに、これ以上はさすがに……
「――っていうか、桜っ!」
「うがっ」
急に伸びた千鶴の腕により、パーカーの首元を引っ張られ締め上げられてしまう。そのため若干苦しい。いつぞやの時に小鬼が出したような声を漏らしながら、私はその原因である千鶴の手を掴んだ。
「なんでこんな格好しているのよ。どうせあんたの事だから、洗濯物からただ漁ってきただけなんでしょ。せっかくのデートなら、この間買ったワンピースがあったでしょうが。折角可愛いのに、なんでそんなに無頓着なのよ。勿体なさすぎ」
千鶴はお母さんと一緒だ。お母さんに言われる台詞と千鶴に言われる台詞が見事に一致する事がしばしば。それも全て私の性格ゆえなんだろうけど、そんな事を言われても面倒なのは面倒。そんな急には直らない。
「以後気をつける」
「直す気ないでしょ。毎回そう言うんだから。せっかく彼氏出来たっていうのに」
「そのうちなんとかなるって。ねぇ、それより上だけど空いている?」
「あー。座敷は全て埋まっているけど、テーブル席ならまだ空きがあるはず。それでもいい?」
「個室ならどっちでも構わないよ。ありがと」
どうやら空いているらしい。時間帯によっては全部埋まっているから、難しいかと思っていたが良かった。個室の方がゆっくり出来るし、周り気にならないため人気なのだ。
私はほっと胸をなでおろし、何を食べるか頭の片隅で考えていた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
あやかし探偵倶楽部、始めました!
えっちゃん
キャラ文芸
文明開化が花開き、明治の年号となり早二十数年。
かつて妖と呼ばれ畏れられていた怪異達は、文明開化という時勢の中、人々の記憶から消えかけていた。
母親を流行り病で亡くした少女鈴(すず)は、母親の実家であり数百年続く名家、高梨家へ引き取られることになった。
高梨家では伯父夫婦から冷遇され従兄弟達から嫌がらせにあい、ある日、いわくつきの物が仕舞われている蔵へ閉じ込められてしまう。
そして偶然にも、隠し扉の奥に封印されていた妖刀の封印を解いてしまうのだった。
多くの人の血肉を啜った妖刀は長い年月を経て付喪神となり、封印を解いた鈴を贄と認識して襲いかかった。その結果、二人は隷属の契約を結ぶことになってしまう。
付喪神の力を借りて高梨家一員として認められて学園に入学した鈴は、学友の勧誘を受けて“あやかし探偵俱楽部”に入るのだが……
妖達の起こす事件に度々巻き込まれる鈴と、恐くて過保護な付喪神の話。
*素敵な表紙イラストは、奈嘉でぃ子様に依頼しました。
*以前、連載していた話に加筆手直しをしました。のんびり更新していきます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
古都あやかし徒然恋日記
神原オホカミ【書籍発売中】
キャラ文芸
浮見堂でぷうらぷうらと歩いていた俺が見つけたのは、河童釣りをしている学校一の美少女で――!?
古都をさまよう、俺と妖怪と美少女の、ツッコミどころ満載の青春の日々。
脱力系突っ込み大学生×学校一の変人美少女
あやかし系ゆるゆるラブコメ
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆アルファポリスさん/エブリスタさん/カクヨムさん/なろうさんで掲載してます。
〇構想執筆:2021年、微弱改稿&投稿:2024年
ガールズバンド“ミッチェリアル”
西野歌夏
キャラ文芸
ガールズバンド“ミッチェリアル”の初のワールドツアーがこれから始まろうとしている。このバンドには秘密があった。ワールドツアー準備合宿で、事件は始まった。アイドルが世界を救う戦いが始まったのだ。
バンドメンバーの16歳のミカナは、ロシア皇帝の隠し財産の相続人となったことから嫌がらせを受ける。ミカナの母国ドイツ本国から試客”くノ一”が送り込まれる。しかし、事態は思わぬ展開へ・・・・・・
「全世界の動物諸君に告ぐ。爆買いツアーの開催だ!」
武器商人、スパイ、オタクと動物たちが繰り広げるもう一つの戦線。
伊藤さんと善鬼ちゃん~最強の黒少女は何故弟子を取ったのか~
寛村シイ夫
キャラ文芸
実在の剣豪・伊藤一刀斎と弟子の小野善鬼、神子上典膳をモチーフにしたラノベ風小説。
最強の一人と称される黒ずくめの少女・伊藤さんと、その弟子で野生児のような天才拳士・善鬼ちゃん。
テーマは二人の師弟愛と、強さというものの価値観。
お互いがお互いの強さを認め合うからこその愛情と、心のすれ違い。
現実の日本から分岐した異世界日ノ本。剣術ではない拳術を至上の存在とした世界を舞台に、ハードな拳術バトル。そんなシリアスな世界を、コミカルな日常でお送りします。
【普通の文庫本小説1冊分の長さです】
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
パーフェクトアンドロイド
ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。
だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。
俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。
レアリティ学園の新入生は100名。
そのうちアンドロイドは99名。
つまり俺は、生身の人間だ。
▶︎credit
表紙イラスト おーい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる