追放ご令嬢は華麗に返り咲く

歌月碧威

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1巻

1-3

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「あなた、私達が思い合っているのを知っていて、ウェスター様と婚約したの!? 最低ね」

 ルルディナ様が声を荒らげる。最低なのはどっちだ。

「知ったのは、婚約破棄後ですわ。知っていたら婚約なんてするはずないでしょうが。想像力が欠如していますよね、ルルディナ様って。あぁ、ごめんなさい。想像力があったら、私に結婚式の招待状を渡しに来ていませんよね。それから、ウェスター様にはもう未練なんてありませんよ。こっちから願い下げですので、どうぞお好きになさってください。脳内お花畑のお二人はすごくお似合いですわ」
「な、なんて無礼な! 私が誰だかわかっているの?」
「私の存在が目障りで伯爵家を潰したかったけど、自分の力では潰せなかった王女様」

 そう口にすると、左頬に衝撃が走った。ぐらりと視界が揺れて、ドンという音が響き渡る。
 毛足の長い絨毯じゅうたんが私の体を受け止めてくれたのだが、地味に痛い。倒れた瞬間手をついたせいで、手首も少しひねったようだ。口の中には、びた味が広がっていく。
 メイド達の悲鳴に加えて、お兄様や両親が「ティア!」と呼ぶ声が聞こえてきた。
 耳がキーンとする……私、叩かれたのか。
 まぁ、感情的になって彼女をあおった私にも非があるけれど。
 ゆっくり顔を上げれば、護衛達が暴れるルルディナ様の腕を押さえているところだった。

「姫様!」
「あなた達、離しなさい! この女は私を愚弄ぐろうしたのよ!」

 どうやらルルディナ様の地雷を踏んでしまったようだ。
 頭に血が上っているらしく、可愛らしい顔をみにくゆがませて私をにらんでいる。

「今回は姫様が悪いですよ。常識的に考えて、さすがに結婚相手の元婚約者を式に呼ぶのは……円満に別れたわけじゃないのですから……」
「私が悪いと言いたいの? 私達の幸せを、かわいそうなティアナに分けてあげようと親切にしてあげたのに」
「私がかわいそう……?」

 自分の片眉がぴくりと跳ねたのがわかった。
 二人の逢瀬おうせを見てからウェスター様が一番憎かったけれど、ルルディナ様がそれを抜いた瞬間だ。
 メイドが持ってきてくれた布で口元をぬぐい、お兄様の手を借りて立ち上がる。
 ルルディナ様は勝ち誇ったような顔で続けた。

「えぇ、かわいそうよ。だって、私には愛するウェスター様との幸せな未来が待っている。しかも、私は自他共に認める才能を持っているわ。でも、あなたには何も残されていないでしょう」
「姫様、もうおやめください!」

 彼女の護衛が制止するけれど、ルルディナ様は全く聞いていないようだ。

「かわいそうなティアナ。だって、どんなことがあっても私を超えることはおろか、同じ場所に立つことすらできないんだもの。たかが伯爵家の令嬢……いいえ、もうすぐ伯爵家でさえなくなるわ。ただの庶民。そこらへんにいる群衆の中に埋もれる人間。随分ずいぶん落ちたわね、ティアナ。どんな気分なのかしら? 庶民って」

 あぁ、こいつのことを叩き潰したい。
 心から憎悪の感情が湧き出てきた。
 だがルルディナ様の言う通り、私には圧倒的に力が不足している。それは自分自身が良く理解していた。
 力をつけなければならない。王女殿下と対等になるくらい……いや、もっとだ。ルルディナ様達を超えて、遥か上から見下ろすくらいに、権力も地位も得なければ。

「申し訳ありません、伯爵」

 護衛が眉を下げてお父様に謝ると、お父様は厳しい顔をしたまま口を開く。

「すまないが、今日のところは……」
「はい。本当に申し訳ありません」

 疲れきったお父様の声を聞き、私はもう少し感情を抑えるべきだったと後悔してしまう。
 ――今度からは、この怒りをなるべく表に出さないようにしないと!

「姫様、城へ戻りましょう」
「いやよ。まだ終わってないわ!」
「ウェスター様がいらっしゃる時間です。お待たせしてしまってよろしいのですか?」
「……わかったわ」

 嫌悪感たっぷりの顔で私をにらんでいるルルディナ様。
 彼女は護衛達になだめられ、私に背を向けた。私が「ルルディナ様」と声をかけると、彼女はこちらを振り返る。

「招待状は受け取らせていただきます。ルルディナ様とウェスター様の結婚式、楽しみにしていますわ。さっきご自分が言ったこと、忘れていませんよね? 『どんなことがあっても私を超えることはおろか、同じ場所に立つことすらできない』……一言一句覚えていますわ。あなた達の結婚式までに、私は必ずルルディナ様を超えて、もっと高いところからあなた達を見下ろしてやりますので」
「ふふっ。随分ずいぶん強気ね。負け犬の遠吠えかしら。叶わぬ夢は見ない方が良いわよ。自分があわれになるから。優しい私からの忠告よ」
「未来はわかりませんわ」
「頭が弱いってかわいそう。どうせあなたは無様に地をうことしかできないのに。庶民のティアナに何ができるのかしら」

 私と王女の間に、目に見えない火花が散る。
 ルルディナ様は眉を吊り上げて、私をにらんでいる。きっと私も似たような表情をしていることだろう。
 この国を出てエタセル国に行き、人々の役に立ちたい。
 その過程で力をつけて、新しい自分になりたい。
 そして堂々とルルディナ様達の結婚式に出席して見返してやる!
 ――こうして、私の新たな目標が決まったのだった。



   第二章


 ルルディナ様の襲来から二か月後。
 私達家族は慣れ親しんだ伯爵邸に別れを告げた。
 お兄様と私はエタセル国へ向かう。お父様とお母様は国外に一度居住を移し、落ち着いた頃に再度リムスへ戻って潜伏生活を送るらしい。
 リムス王国からエタセルまでは、かなりの距離がある。
 大きなかばんがはち切れそうになるくらい荷物を詰めて、辻馬車を乗り継ぐ私達の旅が始まった。
 リムスからエタセルまでは、馬車で一か月半。
 色々な国を経由し、やがて私達はファルマという国に到着した。エタセルまでは、馬車で五日ほどの距離がある国。
 道中、お兄様に伺った話によると、ファルマの現国王ライナス様には、廃太子となった過去があるという。なんでも、不貞の子だと疑われたのだそう。
 ライナス様の母君は身の潔白を示すために自害。ライナス様はその瞬間を目撃してしまったそうだ。
 その後、父王に見捨てられたライナス様は、妹君と共にファルマの辺境の地へ追放された。
 ――数年後、ライナス様は母君の無実を証明するために調査を始め、真相が明らかに。全ては、側室数名と謀反むほん目論もくろむ貴族のわなだったという。
 しかし、疑いが晴れてすぐに復権できたわけではない。
 廃嫡はいちゃくされたまま、さらに数年後、父王が倒れられた。
 まだ幼い他の王子達を即位させるわけにはいかない。そのため、急遽きゅうきょライナス様の叔父が王位に就いたのだけれど、彼は他国にまで知れ渡るほどの悪政を敷いた。
 このままでは国が傾くと誰もが危惧きぐし、新しい王が求められた。そこで白羽の矢が立ったのが、当時十九歳だったライナス様だったらしい。
 彼は王位に就き、様々な改革をおこなった。そして現在のファルマへと導いたとのこと。
 リムスのクズいやつらに、ライナス様の爪のあかでもせんじて飲ませてやりたい。

「お兄様、見てください! さすがは東大陸で一番大きな国! 立派ですわ」

 目の前に広がる光景に、私は感嘆の声を上げる。
 ファルマの王都の中心地は、リムス王国とは規模がまるで違っていた。
 大通りは馬車六台は並んで通れるくらいの広さだし、教会などの建物は驚くほど美しく、意匠がらされている。
 遠くに見える城も、リムスの王城の十倍は大きかった。
 ――風の匂いも違うのよね。
 体を包み込むように吹く風は、さわやかで落ち着く薬草の香りを届けてくれる。
 医療大国として名高いファルマらしい香りだ。
 私はあたりをきょろきょろと見回す。目に映るもの全てが新鮮で、興味深い。

「はしゃぐティアも可愛いね」

 隣に立っているお兄様は、私を見て目尻を下げている。

「あら、なんのお店かしら……?」

 ふと、視界の端に入った店が気になった。
 三角屋根と白い壁が特徴的な店の前には、私の身長の二倍はある黒猫のヌイグルミが置かれている。そのヌイグルミは、大きな看板を持っていた。

「魔術協会認定店・リリィ。魔術系の商品を販売しているのかもしれないね」

 この世界には、魔力を保持して生まれてくる人間がいる。それは全人口の三分の一ほどと言われていて、魔法を使える者も珍しくない。そしてそういった人達の多くは、魔術師となるのだ。

「時間もあるし、立ち寄ってみるかい?」
「はい!」

 私は大きく頷いて、お兄様と共に店の入り口へ向かう。
 両開きの扉をぐっと押して中に入ると、店内はにぎわっていた。
 旅人と思われる恰好をした人から、三角帽子をかぶってほうきを手にしている人までいる。

「いらっしゃいませ」

 よく通る声が聞こえ、一人の女性が現れた。
 くるぶしが隠れるくらいの丈の漆黒しっこくのワンピースに身を包み、同じく漆黒しっこくの髪を高い位置で二つに結んでいる。肩には、蝙蝠こうもりのような羽が生えた黒猫を乗せていた。
 猫、可愛い。
 羽の生えた猫は初めて見たけど、使い魔かな?
 使い魔というのは、魔術師に仕えている魔族のこと。
 あるじの手となり足となり、めいに従うのだという。主に猫が多いと聞いているが、中には鳥などもいるらしい。

「お探しのものがありましたら、伺いますよ。魔術協会の会員の方は店内全品割引対象となっておりますので、精算の時に会員証を提示してください」
「看板に魔術協会認定とありましたが、やっぱり魔法具のお店なんですね」

 魔法具とは魔力の込められた便利な道具で、私達の生活に欠かせないものだ。
 一番身近なのは、照明魔法具。
 大通りなどの通路に等間隔に設置されていて、暗くなると自動で明かりが灯される。すごく便利だけれど、最初に魔力をそそがなければならないため、魔術師の協力が必要だ。

「はい! 魔術協会認定店・リリィのファルマ支店です。ちなみに本店は西大陸にありますよ。魔法具に関して、うちはファルマ一の品揃えを誇っています」
「……例えばなんですけど、相手を呪うものとかってあります?」

 私が店員さんに尋ねると、お兄様が目をいた。

「ティアっ!?」
「ありますよー。こちらにどうぞ」
「え、あるんですかっ!?」

 驚愕きょうがくの声を上げたお兄様に、店員さんは「うちは品揃えが豊富なんです」とにっこり微笑んだ。
 私達が案内されたのは、店内の奥まった場所にある棚。そこには、怪しげな文字が刻まれた蝋燭ろうそくや大きな針、黒い薔薇ばらなどが並んでいる。
 店員さんはその棚に置かれていた箱を手に取り、ふたを開けて私に差し出した。

「どうぞご覧になってください。クラフト女王の呪いセットです。呪詛じゅそ系では最もメジャーな呪いになります。ちなみにクラフト女王というのは、太古の昔に沈んだとされている大陸の女王で、古文書にはこの世界最初の魔女だと記載があります」

 メジャーな呪いなんてあるのか。
 うん、女王の呪いとなれば強そうな気がする。
 敵は王女とその婚約者だし、もってこいだ。
 ――箱の中には、蝋燭ろうそくと乾燥した白っぽい葉、それから薄いクリーム色をした網状のものが入っている。あとは羽かぁ。
 値段がお手頃なら、買っちゃおうかな。

「ティア、呪いなんてやめなさい」
「聞いてみただけですわよ、お兄様。ねぇ、店員さん。ちなみにおいくら?」
「待って。ねぇ、ティア。何故値段を聞くんだ?」
「千八十ギルです」
「そんなに高価なのか!」

 お兄様が目をひんいて、箱の中をのぞき込む。
 ……私の性格も変わったけれど、お兄様も随分ずいぶん変わった気がする。
 ピンチの時には颯爽さっそうと駆けつけてくれるカッコイイお兄様――のはずが、いまはツッコミを入れたり墓穴を掘ったり。
 いまのお兄様も好きだけどね。

「店員さん、もしかして呪いの代行サービス料を含んでいますか? それとも何か高価な品がこの中に?」

 お兄様が驚くのも無理はない。
 だってそんなお金があったら、庶民が三年は楽々暮らしていけるのだから。
 値段が値段なので、確実に呪える呪詛じゅそグッズなのだろうか。

「いえ。商品代のみです。こちらのコニックの葉が高価なんですよ。葉だけで、八百ギル。このハーブはエタセル国でしか取れないんです。近年、さらに値上がりをしてしまって……仲介業者の話では、独立戦争の影響だと」

 店員さんは、箱の中の白い葉を指さして言う。私は首を傾げる。

「コニックの葉? 聞いたことがないです」
「もともと輸入量が少ないんですよ。ファルマでも、うち以外で取り扱っている店は聞いたことがないですね。入荷している店を探す方が大変です」
「へー。貴重なんですね」
「希少なものですし流通量も少なくて。高値になってしまうのは仕方ないのですが……毎年値上がりして天井が見えなくなっているんです。コニックに限らず、エタセル国のハーブは全て仲介業者の言い値で取り引きされていまして」
「仲介業者……?」
「はい。昔からの習わしです。ローリアン国お抱えの仲介業者が、エタセル国の薬草の流通を取り仕切っているんです」

 エタセル国の北部に位置する、ローリアン国。
 百二十年前に二国間で戦が起こり、ローリアンが勝利。以来、エタセルはずっとローリアンに支配されてきた。
 だが二年前、エタセルがローリアンから独立すべく立ち上がり勝利した。こうして、ようやくローリアンの支配下から抜け出すことができたのだと聞いている。

「エタセルはもう独立したので、ローリアンは関係ないはずでは?」

 私がそう尋ねると、店員さんが困ったように答えた。

「そうなんですが、ハーブの流通については統治時代から変わらずのままでして」
「それって、もしかして……」

 私はお兄様に視線を向ける。お兄様は深く頷き、嘆息しながら前髪をくしゃりとかき上げた。

「搾取しているのかもしれないな」
「やっぱり、仲介業者が?」
「……だろうね」

 仲介業者がどのくらいの額でハーブを仕入れているのかは不明だが、安く仕入れて高値で売りさばいている可能性は高い。
 本当は仲介業者なんて通さず自分達で売買した方が良い。仲介料を取られずに済むのだから。けれど、それができない事情があるのだろう。
 あー、なんか苛々いらいらしてきた。
 仲介業者ばかりがもうかって、エタセルは一向に豊かにならない。
 そんな状況を想像し、私は思わず眉を寄せる。
「お客様?」と店員さんに声をかけられ、我に返った。
 なんでもないですよ、という風に微笑んで誤魔化す。

「他の商品もご覧になりますか? 魔女直伝のハーブのブレンドティーなどもありますよ。お値段もお手頃で、うちの店でも人気なんです」
苛々いらいらを抑えるやつありますか? 最近、苛々いらいらすることばかりで安眠できないんですよね。夢にまで出てくるんです、あのクズい二人」
「ねぇ、ティア。もしかしてその二人って……」

 お兄様が青ざめながら私を見つめる。

「もちろん、ございますよ! 鎮静効果のあるハーブティーはいかがでしょう? 頭痛や喉の痛みに効くハーブティーもありますよ。体質や体調によっては避けた方が良い種類もありますので、気になるハーブがあれば飲み合わせが可能か教えますよ。私、薬剤師の資格も所持していますので」
「えっ、すごい」
「ファルマ生まれですからね。ファルマは医療大国。国民は何かしら医療に関する資格を所持しています。医療知識を深めるために、他国からも留学生が多くいらっしゃるんです」

 店員さんはそう言って、にっこりと微笑んだ。


 ――買い物を終えた私達は、両開きの扉から店の外に出た。
 すると、ガァ! という痛々しい鳴き声が聞こえてくる。
 目の前の通りに視線を向ければ、黒い物体があった。
 もごもご動いているので、生き物のようだ。

「鳥……?」

 翼のようなものをバタつかせて飛ぼうとしているが、片方の羽が上手く開かないみたい。馬車にかれてしまったのだろうか。
 夜を連想させる色彩を持つ鳥は、ずっと同じ場所でもがいている。
 ――また馬車にかれてしまったら、今度は怪我だけじゃ済まないわ。すぐに助けなきゃ。
 私はお兄様に荷物を渡し、鳥のもとへ向かおうとした。

「え、ティア!?」
「大丈夫ですわ。すぐ戻ります」

 馬車が来ないことを確認し、黒い鳥の傍にしゃがみ込む。
 鳥の正体はカラスだった。
 黒檀こくたんのような羽には血がにじみ、大きな傷口が見て取れる。

「血だらけだわ! 移動するから、ちょっと痛いかも。ごめんね」

 カラスの体をそっと持ち上げると、鋭いくちばしでガツガツ手をつつかれた。地味に痛くて、涙がにじみそうになる。それをぐっとこらえ、お兄様のもとに戻った。

「カラスでしたわ」
「怪我をしているようだね。あぁ、出血場所は右の翼か。体にも少し傷があるね」
「お兄様。獣医に見せなければ、この子が……」

 私は、腕に抱いているカラスに顔を向ける。
 けれど、ここは先ほど到着したばかりの異国。動物をてくれる病院がどこにあるのかわからない。
 町の人に聞いてみようか。あるいは、魔法具の店に戻って、店員さんに尋ねてみようか。
 そんなことを考えていると、後方から声をかけられた。

「そこの二人。何か騒いでいるようだが、どうしたんだ?」

 よく通る低めの声に、私とお兄様はパッと振り返る。するとそこには、一人の青年が立っていた。
 初めはいぶかしげにこちらを見ていた彼は、すぐに目を大きく見開き、驚きの表情を浮かべる。

「お前達は……ティアナとリスト?」

 彼は、私達のことを知っているようだ。すぐに記憶を辿ってみるものの、私には見覚えがなかった。
 驚くほど整った顔立ちをしていて、すみれ色の髪を一つにまとめて左肩に流している。眼鏡の奥の瞳は、透き通るような空色でとても美しい。
 まとっている衣服は一見シンプルだけど、袖や襟元には繊細な刺繍ししゅうほどこされていて、生地も上質だとわかる。衣服の上からでも、無駄な脂肪などなく、たくましく引き締まった体躯たいくであることが見て取れる。
 もしかしたら、どこかの貴族かもしれない。
 建国記念や国王陛下の生誕祝いといった大きなもよおしがある際は、王宮で盛大なパーティーが開かれる。リムスの王族や貴族は全員参加し、諸外国からも王族貴族が呼ばれるのだ。その時に挨拶あいさつを交わしていたとすると、私やお兄様のことを知っていてもおかしくない。
 ――なお、私は元婚約者が好きすぎて、パーティーでは彼以外ほとんど視界に入っていなかった。だから、他国の貴族の顔をしっかり覚えていない。
 一方、お兄様は青年のことを知っていたらしい。

「あ、あなた様は!」

 驚きの表情を浮かべるお兄様に、青年は苦笑を漏らす。

「……すごいな。眼鏡とかつらで変装しているのに。バレたことはあまりないんだが」

 青年が肩をすくめた瞬間、髪がさらさらと肩からこぼれ落ちた。

「お兄様、お知り合いですか?」
「このお方は……」

 私の疑問にお兄様が答えようとしたけれど、その言葉をさえぎるように青年が口を開く。

「ライだ。リストの友人だよ。ティアナの両親とは顔なじみでもあるかな……それより、ティアナが抱いているのはカラスか?」

 彼は私の腕の中をのぞき込み、カラスの翼にそっと手を伸ばした。

「怪我をしているのか」

 彼は指先を静かに動かし、傷口などを確認する。

「出血は多いが、傷口は見た目に反してさほど深くない……骨にも異常はなさそうだな。完治すれば、また飛べるようになるぞ」

 迅速じんそくな診断に、私は目を丸くする。

「獣医の資格をお持ちなんですか?」
「いや、所持しているのは、人間の方だ。あとは、治癒魔法を使うことができる」
「治癒魔法……もしかして治癒魔術師?」


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