追放ご令嬢は華麗に返り咲く

歌月碧威

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1巻

1-2

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 地獄に落とされるべきなのは、私じゃなくてそっちだろうがっ!
 喉までせりあがってきた言葉を、ぐっと呑み込む。
 ここで私が二人に文句を言ったとしても、しょせん負け犬の遠吠え。まだ彼に未練があると思われるだけだ。
 ……実際、ここを訪れた時には未練があった。けれど、いまは憎しみの方が上回っている。

「ねぇ。あなたと私の結婚式に、新しい香水を発表しようと思うの。永遠の愛をイメージしたものよ。みんなに素敵な恋が訪れますようにって」
「ルルディナ様は、本当に優しい人だ。他の者達のことまで気にかけるなんて」

 私は侯爵邸の柵から離れ、かぶっていた帽子を地面へ叩きつけた。
 ――優しい人なら、無実の人間を国外追放にしないだろ! 思考回路、どうなってんのよ? ツッコミどころが満載なんですけど!
 何が永遠の愛をイメージした香水だ。素敵な恋が訪れますようにだ。
 私の幸せをぶち壊しただけじゃなく、家族の暮らしまで崩壊させたのに、自分達だけ幸せになるなんて冗談じゃない。
 ふつふつと湧き上がるのは、あの二人への怒り。

「ふざけんな」

 以前の自分ならば絶対に言わない言葉を吐き出し、きびすを返す。
 許せない、絶対に。
 衝撃の事実を知った私は、王都のメイン通りへ向かった。
 このまま屋敷に戻ったら、感情に任せてお父様達に全てをぶちまけてしまいそうだった。だから、一度頭を冷やして落ち着きたかったのだ。
 私を愛しているという言葉は偽りで、ウェスター様が心に決めた女性はルルディナ様だった。
 あんなに大好きだった彼だけど、いまは憎くて仕方がない。そして彼ほどではないものの、ルルディナ様に対しても憎しみが湧いてくる。
 できることなら、過去の自分に言ってやりたい。
 男を見る目を養え! って。
 あなたが愛しているその男は、実はクズ男なんだと伝えたい。

「なんてゲスいの。あの二人」

 王都のメイン通りは、人の往来が激しく活気に満ちあふれている。
 歩道と歩道に挟まれた道路はきちんと舗装され、二台の馬車が余裕を持ってすれ違えるほど広い。通りにはゴミ一つ落ちておらず、美しい外観の店が立ち並んでいる。看板や窓は丁寧に磨かれていて、清潔感がある。
 リムス王国の王都ハーナ。この都市には、毎日多くの観光客が訪れる。観光客は富裕層の女性が特に多く、他国からやってくる者も少なくない。
 だからこそ、王都のメイン通りは美しく整えられている。
 最近は、リムス王国の王都付近に別荘を購入し、数か月ほど滞在する人までいるという。
 それほどまでに女性達を惹きつける理由。それは、ハーナが『美容の都』であるからだ。
 ハーナには、化粧品や美容に関する店が数多くあり、それらは富裕層の女性から絶大なる人気を誇っている。
 中でも最も人気があるのは、ルルディナ様が考案した化粧品や美容グッズだ。彼女は可憐かれんな容姿と高貴な身分を活かして、リムス王国の広告塔のような活動もしている。自国に限らず、他国の女性達もこぞってハーナを訪れてくれれば、その分、お金を使ってくれて国がうるおうからだ。この大陸では、全ての国で同じ通貨が使われているしね。
 これまで私は、ルルディナ様は国のために頑張っていてすごいなぁと尊敬していた。けれど今回、黒すぎる性格を目の当たりにして、幻想が崩れてしまった。

「腹黒王女だったなんて思いもしなかったわ。まさか、私のことを目のかたきにしていたなんて」

 呑気にルルディナ様を尊敬していた自分を殴りたい。
 あぁ、怒りが再度湧き上がってきた。もう少し頭を冷やしてから帰ろう。
 こうして私は、遠回りをしながら屋敷へと戻った。
 屋敷のすぐ傍まで歩いていくと、我が家の門の前に家族と使用人達が立っていた。みんな、妙にそわそわとしている。
 ――何かあったのかしら?
 私に気付いたお兄様が、「ティア!」と大声で叫びながらこちらに駆けてくる。
 どうなさったの? と聞く前に、「本当に良かった、無事で」と抱きしめられてしまった。

「お嬢様!」
「ティア!」

 お父様や使用人達も、私の姿を見て安堵の表情を浮かべる。

「中央大橋と湖を捜している者達に、知らせてあげなさい」
「かしこまりました」

 使用人達に指示を出すお父様の言葉から、現状をやっと理解した。
 どうやら彼らは、傷心の私が行方不明になったと思っていたようだ。お兄様が無事で良かったと言っていたくらいだから、命を絶っている可能性も考えていたのだろう。
 無理もない。結婚式を目前に婚約破棄されたのだから。散歩に行くとは伝えたものの、なかなか戻らないから心配させてしまったみたい。
 私は、みんなを安心させるように言った。

「ゲスい人間のために、私が死ぬ必要なんてないもの。必ず一矢報いっしむくいてみせるわ。消し去ってやる」
「ティア!?」
「お、お嬢様!?」

 お兄様とメイド達は、目をひんいて私を凝視する。

「ティアだよね? そんな汚い言葉……悪魔に体を乗っ取られてしまったんじゃ……?」

 お兄様は、心の底からびっくりされたよう。
 でも、安心してください。悪魔に乗っ取られてなどいません。
 お父様に視線を向けると、優しく微笑んでくれた。

「とにかく、ティアが無事で良かった。中に入って、アクティーヌに顔を見せてやりなさい。昨夜のこともあって、少し体調を崩したから中で休ませているんだ」
「まぁ! お母様の体調が……?」
「大丈夫だ。いまは落ち着いている。今回の件では、苦労をかけてしまったからな」

 お父様は眉間に深くしわを寄せ、重い息を吐き出した。
 いつもは前髪を丁寧にでつけているのに、今日は下ろしたままだ。上着のボタンも襟元まで留めていない。
 お父様にも心労の様子がうかがえたので、胸が痛んだ。

「ごめんなさい、お父様。私、自分のことばかりで……みんなのことを考えていなかったわ」

 お父様もお母様も、お兄様だって辛かったはずだ。

「いや、それでいいんだよ。ティアは辛い目にあったんだから。さぁ、屋敷に戻ろう。お客様もいらっしゃっている」
「お客様?」
「あぁ、ティアも知っている人だよ」

 疲れた表情をしたお父様は、私の背中に手を添えて屋敷に向かう。
 玄関を抜け、廊下を進み、居間の前にやってきた。その扉には、我がモンターレ伯爵家の紋章である剣が彫られている。私はその扉をゆっくり開けた。
 室内には左右対称にソファが置かれ、その間には重厚なテーブルがある。ソファにはお母様が座っていて、私の顔を見るとほっと安堵の表情を浮かべた。
 お母様の傍にはお父様のおっしゃっていたお客様がいたのだが、私は彼を見た瞬間、固まってしまう。
 凛々りりしい眉に、切れ長の目を持つ青年。彼は漆黒しっこくの前髪を綺麗に分けて、耳が隠れる長さまで伸ばしている。身に着けているのは上質な衣装で、その上からでもたくましい体つきがはっきりと見てとれた。

「ヘラオス様」

 彼は、第三王子のヘラオス様。
 第三派と懇意にし、民のため熱心に動いてくれている心優しき王子殿下。
 お父様をしたってくれているようで、我が家にもたまに来てくれる。

「ティアナ。この度は兄上達のせいで……申し訳ない……」

 彼は立ち上がり、深々と頭を下げる。

「俺の力が足りないばかりに、いさめることができなかった。フォルス兄上に話をしたのだが、政治に口を出すなと言われてしまった。ルルディナ姉上にも相談しようとしたが、母上の身分のこともあり、俺は嫌われているんだ。だから近づくことすらできなくて……」

 王太子殿下とヘラオス様の仲は、良好だと聞いている。でも、ルルディナ様と仲が悪かったのは初耳だ。

「父上を頼りたいのだが、実権はもう兄上が握っている。父上は体調もかんばしくないし、動くのは難しいだろう。何もできず、申し訳ない」

 ヘラオス様は言うと目を伏せた。私は首を横に振る。

「いえ、お気になさらずに。あんな男と別れることができて、本当に良かったです。あんな脳内お花畑なクズ男と」
「ティ、ティアナだよねっ!? 俺の知っているティアナではないんだけど。ねぇ、リスト。本当に彼女はティアナなのか?」

 ヘラオス様は、私の言葉遣いに驚いてしまったようだ。お兄様の腕を両手で掴み、左右に揺さぶっている。
 お兄様は顔を引きらせながら、「い、色々ありましたから」と自分に言い聞かせるように言った。
 ごめんなさい、お兄様。怒りのメーターが振り切れて、お口が少々悪くなってしまったんです。

「さぁ、みんな座ってくれ。これから大切な話があるんだ」

 お父様が表情を引き締めながら言う。

「大切な話ですか……?」

 私達はお父様の言葉に頷き、ソファに腰を下ろす。すると、メイド達がお茶の準備を始めた。

「知っての通り、私達はもうリムス王国にはいられない。他国にあてがないわけではないが、私はリムスの今後が心配だ。正確には、リムスの民が……」
「第一派と第二派が手を組んでしまったからですね」

 お兄様が確認すると、お父様は大きく頷いた。ヘラオス様も、付け加えるように言う。

「兄上達は、民達にいまよりも苦しい税を課すつもりらしい。それにより、姉上の化粧品開発に関わる資金や、兄上の戴冠式たいかんしきにあてられる費用を増やしたいようだ」
「はぁ?」

 顔をしかめる私を見て、ヘラオス様はお兄様にしがみつく。

「ね、ねぇ、リスト。いまの台詞せりふってティアナが言った? 俺の聞き間違いだよね? あの控えめだったティアナが……すっかり変わってない!? パーティーでは他の令嬢が良い男を探して目を光らせている中、いつも壁際に立って微笑んでいたのに」
「いまの台詞せりふは、妹が発したもので間違いありません。落ち着いてください」

 しかしお兄様の声もヘラオス様と同じように震えている。二人はテーブルの上の紅茶に震える手を伸ばした。ティーカップとソーサーがぶつかり合う、カタカタという音が響く。
 そんな二人を見ながら、私はふたたび口を開いた。

「ルルディナ様は、充分稼いでいらっしゃるのでしょう? そのもうけから開発費用を出せば良いのでは? 戴冠式たいかんしきだって、もともと割り当てられている予算がありますよね?」

 私の問いかけに、ヘラオス様は深刻そうに答えた。

戴冠式たいかんしきを記念して新しい離宮を建てるそうだ。さらには記念品として、兄上の顔を彫った金貨を配るらしい。式には他国から招待客を多く呼び、リムス王国の権威を見せつけるつもりだよ。これは兄上ではなく宰相達の発案だ」
「はぁ? 意味がわからない! 民にばかり負担をかけてしまったら、国が崩壊する未来しかないじゃない!」

 私がそう言うと、ヘラオス様は頭を抱えてしまう。

「俺だけじゃなく、第一、第二派の中でも良識ある貴族が反対しているけど、かなり少数なんだ。国に残っている第三派は、力が弱い。トライゾ侯爵の寝返りやモンターレ伯爵の追放で、圧倒的に戦力が不足している」

 その言葉を聞き、溜息をついたお父様は、力強く言った。

「私はリムスの民を守りたい。だから、しばらくは国外で暮らすが、近く国内に戻り、身をひそめることにした。他の第三派の貴族達も同じように、水面下で動くことになっている。最悪な状況だけは避けたい……」

 こぶしを握るお父様に、深く頷くお母様。きっと、お母様も傍でお父様を支えるつもりなのでしょう。
 その時、お父様がふと複雑そうな表情を浮かべた。

「お父様? どうかされたのですか?」

 思わず尋ねると、お父様は困ったような声音で言う。

「……いや、一つだけ心残りがあるんだ。実は、エタセル国のレイガルド陛下に、教えを乞われていたんだよ。本当はしばらくエタセルに滞在する予定だったのだが、この状況ではそれも不可能だ」

 民のための政治を目指していた、リムス王国の第三派。他国にも、もちろん同じような思想を持つ人達がいる。お父様達は彼らと何度も会談し、親交を深めていた。
 エタセルという国の王とも、繋がりがあったのかもしれない。

「そのエタセルというのは、どこにある国なのですか?」

 私が首を傾げると、お兄様が答えてくれた。

「エタセルは、ローリアン国の属国として長年支配されていた国だよ。独立戦争をして、二年前に勝利を勝ち取ったんだ。現在の国王は、エタセルの元傭兵だったはず」

 お父様は頷いて、お兄様の言葉を引き継いだ。

「そう。彼らは民のために、新しい国づくりをしている最中だ。しかし、戦争が終結して二年が経つが、あまり進展がなくて困っているらしい。国王陛下を含め、国政の中心にいる人物には傭兵だった者が多く、知識が足りないのだそうだ」
「お父様は、彼らの手助けをしたいのですね」
「一度様子を見に行き、何かアドバイスをできたらと思ったのだが……エタセルは遠すぎる。長い間リムスを離れるわけにはいかない」

 お父様は苦しげな顔をしたまま、手をきつく握りしめている。
 リムスもエタセルも放っておけないので、心苦しいのだろう。それなら、私がそのうれいを取り除いて差し上げたい。

「お父様。私がエタセルまでおもむきますわ。国づくりのお手伝いをできるかどうかはわかりませんが、エタセルがより良い未来に進めるよう、尽力いたします」

 そう言うと、お父様が驚いたように目を見開いた。

「ティアが?」
「はい。お父様は、リムスのみんなのために第三派の方達と動いてください」

 私には、エタセルを救うほどの力などない。けれど、どうせ国外追放されるのであれば、何か人の役に立つことをしたい。

「エタセルまでは、かなり距離があるぞ? 馬車で一か月半はかかる」
「大丈夫ですわ。一か月半でしたら、西大陸のお祖父様達のところに行くよりも近いです」

 この世界には、四つの大陸があり、北東西南に分けられている。お母様が西大陸の出身なので、祖父母は違う大陸で暮らしていた。西大陸へ行くには船で海を渡らねばならず、二か月はかかる。
 ちなみに東の大陸出身者は髪の色が濃く、西の大陸出身者は髪の色が薄い。お母様似の私とお兄様は、髪色が薄めだ。
 私達とよく似た髪色の祖父母を思い出す。私の結婚式で久しぶりに会えるはずだったのに、それも叶わなくなってしまった。

「だが……ティアを一人で行かせるわけには……」

 渋るお父様に対し、「僕も行くよ」とお兄様が名乗りを上げてくれた。

「ティアを一人にするのは心配だし……まぁ、いまのティアなら、そのへんの男より強そうだけど。一人より、二人の方が心強いだろう?」
「お兄様、ありがとうございます!」

 隣に座っているお兄様の腕に抱きつくと、お兄様は頬を緩めて私の頭をでてくれる。

「リストも一緒なら安心だわ。ねぇ、あなた」
「……そうだな」

 両親が微笑み合った直後。
 廊下を慌ただしく駆ける音が聞こえてきて、少し乱暴なノックの音が響いた。そして扉が勢いよく開き、メイドが飛び込んでくる。

「お嬢様、大変です!」

 メイドが肩で大きく息をしながら、眉を下げて私を見つめる。
 私はゆっくり立ち上がり、彼女のもとへ足を進めた。

「どうしたの? もうこれ以上大変なことなんてないと思うけど。水でも飲んで落ち着いて」
「あ、あの方が……あの方がお嬢様にお会いしたいと!」
「あの方? 元婚約者のクズ男かしら? 塩をかなくちゃ。あ、顔面にもぶつけたいから、大量に用意して。なんなら岩塩の方が良いかも」
「ティ、ティア」

 私の言葉に、お兄様とヘラオス様が顔を真っ青にして胃を押さえている。両親も、顔を引きらせていた。
 視線をメイドに戻すと、彼女は切羽詰せっぱつまった声で言う。

「い、いいえ、お嬢様。ウェスター様ではなく、ルルディナ王女殿下ですっ!」
「王女殿下が? ティアと仲が良かったか?」

 お兄様と両親が私へと視線を向ける。ヘラオス様も不思議そうな表情を浮かべた。

「姉上が何故?」
「あー。そりゃあ、大変だわ。あの腹黒王女がうちに来るなんて、嵐の到来だもの」

 婚約破棄の黒幕が彼女だと知っている私は、乾いた笑いを漏らす。
 もしかして、「私の男に手を出さないでね」と釘を刺しにきたのだろうか。
 とりあえず、会わなければ話にならないだろう。

「用件は伺っているかしら?」
「それが……その……招待状を直接お渡ししたいとのことです。応接間にお通ししようとしたのですが、玄関で構わないとお待ちになられていて……」
「招待状?」

 メイドの返事を聞いて、私は眉をひそめた。できることなら、彼女にも岩塩を投げつけてやりたい。だが、とりあえず話を聞く方が先だと玄関ホールに向かう。
 翡翠ひすい色の絨毯じゅうたんの上には、華やかな少女が立っていた。
 豪奢ごうしゃなドレスをまとい、二人のメイドと三人の護衛を従えている。
 私に気付いたルルディナ様は、「夜会ぶりね、ティアナ」とにっこり微笑んだ。

「ご機嫌よう、ルルディナ様」

 いやー、あなたは夜会ぶりかもしれないけど、私はウェスター様との逢瀬おうせを見ちゃったからね。本日二回目なのよ!

「ルルディナ王女殿下。玄関ではなく、是非ぜひ中へお入りください」

 私のあとを追ってきたお父様はそう申し出るが、ルルディナ様は首を左右に振った。
 お父様の傍では、お母様とお兄様が心配そうな顔をこちらに向けている。ヘラオス様は、こっそりうちに来ているからか、物陰から隠れて見ているみたい。

「ごめんなさい。是非ぜひそうしたいのだけれども、私ってば多忙なの。これから新作の商品の打ち合わせがあって」
「そうなのですね」
「えぇ。我が国は、観光大国でしょう? 一国の姫だからこそ、国のために貢献しなくては。ティアナがうらやましいわ。自由な時間がたくさんあって。良いわね~」

 私が毎日暇と言いたいのだろうか。
 頬が強張こわばるのを隠すべく、私は「ふふっ」と笑って口元を手でおおった。

「ルルディナ様はお忙しいですものね。少し休息も必要ですわ。どうぞ、ご自愛してください」
「ありがとう」

 そう言って口角を上げたルルディナ様だけど、瞳は笑っていない。
 まぁ、それはお互い様か。私も笑っていないから――

「今日はあなたに招待状を持ってきたの」

 ルルディナ様は従者から封筒を受け取ると、私へと差し出した。
 受け取りたくねぇ……と毒づきたくなった。だが、もしかしたら良心の呵責かしゃくから、私のお別れパーティーを開いてくれるのかもしれないという考えも浮かんだ。
 ……そんなことは絶対にありえないなと思いつつ、両手で封筒を受け取る。

「まぁ! ルルディナ様から直接いただけるなんて光栄です。一体なんの招待状ですか?」
「私とウェスター様の結婚式よ。私から直々に渡したくて来ちゃった。絶対、出席してね」
「え?」

 反射的に、封筒を破きそうになってしまった。

「本当は、いますぐにでも結婚したいの。ほら、お父様も療養中でしょう? 私の花嫁姿を早く見せてあげたいし。でも、ウェスター様はもともとあなたと婚約していたから、すぐに私と結婚すると世間体が悪くなっちゃう。お兄様達は世間体は大切だから最低でも二年は待てって」
「……渡す相手を間違えていませんか? お父様宛てではなく、これを私に? ウェスター様はご存じなの?」

 質問攻めになってしまったのは仕方がないことだろう。だって、誰が見てもおかしいに決まっている。
 一方的に婚約破棄した相手を自分の結婚式に招待するなんて、正気の沙汰とは思えない。そもそも、爵位剥奪はくだつの上に国外追放される我が家の人間に、二年後の結婚式の招待状を渡すなんて。

「いいえ、あなたで合っているわ。もちろん、ウェスター様も了承済みよ。彼も私も、みんなからおめでとうって祝福されて式を挙げたいの」
「斬新! なんて斬新なの。すごい! 脳内花畑だなって思っていたけど、その上を行っていたわ。ねぇ、お兄様。すごくないですか? こんなにも自然に人の神経を逆撫さかなでできる人間なんて滅多にいませんわ。よく顔を見ておきましょうよ」

 私は、呆然としているお兄様に近寄って肩を叩く。お兄様はハッと我に返り、まるでブリキの人形のようにギクシャクとこちらへ顔を向けた。困惑気味なお兄様の唇は、小さく震えている。

「ティア、この異常な状況で、どうしてそんなにはしゃいでいるんだい……?」
「リスト様、お嬢様のお気持ちをんでください! お嬢様は、私達に心配をかけないよう気丈きじょうに振る舞っているんですよ」

 メイド達が叫ぶように告げた言葉は、お兄様の心に響いたらしい。彼は大きく目を見開くと、琥珀色こはくいろの瞳をうるませ、私を抱きしめた。

「すまない、ティア。君の気持ちを察することができなかった」
「えっと……」

 別に気丈きじょうに振る舞ったわけではなく、本当に、斬新! という言葉しか口から出なかったのだ。
 私がルルディナ様の立場なら、絶対、元婚約者には結婚式に来て欲しくない。気まずいし、恨みを買っているのだから何をされるかわかったものではない。
 ――次元が違いすぎる。異次元の住人かしら? 一般常識が通じないわ。

「王女殿下、娘の気持ちを察してはくださらないのですか?」

 お父様が淡々とした口調で尋ねると、ルルディナ様は眉をひそめる。

「あら? おかしなことを聞くのね。どうして私がティアナの気持ちを察しなければならないのかしら。私とウェスター様の結婚は、みんなに祝福されるべきなの。だって、深く愛し合っていたのに、ティアナに引き裂かれ、それを乗り越えてやっと結ばれたのだから」
「引き裂かれたって……勝手にお互い諦めていただけですよね。相手に確認するのが怖かったから逃げていたのを、人のせいにしないでくれませんか。悲劇のヒロイン気取りですか?」

 トライゾ侯爵邸での光景を思い出してしまい、刺々とげとげしい口調になってしまう。
 ――あれは、本当に衝撃的だった。こっちはトラウマを植えつけられたのに、加害者扱いってなんなの?
 感情が制御できず、私の顔がゆがんでいく。
 こんなやつと元婚約者に、自分の人生を壊されたと思うとやるせない。


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