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第二章 精霊界編
第31話 精霊
しおりを挟む「女神様? 死ぬ……?」
ヨシタカの言葉に驚愕したままのサティナが彼へと問い掛けていた。
その表情は驚きに満ちてはいるが、現実にそうなるとは到底信じらないといった複雑な顔付きだ。
「夢の中ではボンヤリと話していた感覚があるから、微妙にハッキリとはしないんだけど……」
ヨシタカは先程の夢の中のような空間での出来事をそのままサティナに伝えた。
血に染まる草原、目の前に転がる多くの死体、その中には自分たちも居るということ。
さらに女神様からの言葉を含めた、その全てを。
「なるほど……。だが、具体的な時期や明確な敵がわからない以上は動きようが無いな……」
「そうなんだよね。……具体的なことは女神様も言えないらしいし」
「で、あれば旅の最中は常に警戒する事と、少しでも戦闘経験を積む、といったところか。……決してそんな未来になどしない為に」
「うん。絶対に死なないし死なせないから」
実際、時期や犯人がわからなければ動きようが無いというサティナの言は尤(もっと)もである。
それでも、死なないために今自分達に出来る事はしていこうという意気込みだけはお互いに伝わっていた。
サティナがヨシタカの言葉に首肯したところで、この話題にピリオドを打つ。
辺りを暖かく照らす焚き火の中で、燃料となる木の枝がパチッと弾け、崩れた。
沈黙の中、その音だけが辺りに木霊する。
……………………
………………
…………
次の日。
太陽が真上に登った頃。
二人と一匹の目の前には大木が倒れていた。
人が三人、手を繋いで輪っかにする事で漸(ようや)く一週出来るほどの太さもある大木、それが横に倒れている。
その樹は根ごと抜けている訳ではなく、地面から六十センチメートル程の高さで、綺麗に切り倒されているのだ。
その切り口は斜めで、その斜めな切り口のせいで、そこより上部分が滑り、ずれ、倒れた。そんな状態である。
「……何かごめんね?」
「…………」
大木の正面に立つヨシタカの手にはナイフ。
ナイフと呼んで良いのか怪しいそれは、刀身が三メートルを超える。
正確には鋼の刃が三十センチメートルで、そこから伸びる光の刃が二メートル半を超える長さ。
――横たわる大木は、今まさにヨシタカが切り倒したものだ。
「練習したいというから、黙って見ていたのだが……」
「うん。練習出来た。ヒナを見ててくれてありがとう。……やっぱ伸ばそうと思えばいくらでも伸ばせるみたい」
ヨシタカは興奮していた。
それはもう……大変興奮していた。
変な意味では無い。目の前の光る武器が自分の能力によるものという事にだ。
彼は今、夢の中の女神様が言っていた『魔力で大抵の事は出来る』の実践をしている。
魔力の玉を作り、それを巨大化や最小化。
それをそのままサティナに遠隔で魔力として渡せるかも試したが、無事に成功した。
魔力の玉がサティナに触れたと同時に、その身体へと入り込む想像をすると、すんなり身体に吸収されていった。
逆に、ボールのようなイメージをすれば触れても跳ね返るだけで吸収はされない。実体化と言えばいいだろうか。
また先日の戦闘で使った魔力の刃、その長さや厚みを変えたり、切れ味の無いただの棒の様にしてみたり、剣という武器の形状変化。
今はその形状変化の最終段階『木の太さよりも長い刃にし、切れ味を最大にして一発で切り落とせるか』が成功したところである。
「……本当にすごいな。魔力にそんな使い道があったとは……。まぁヨシタカ限定のようなものだろうが……」
「あまり人に見せるのは良くないかもしれないけどさ、ヒナとサティのピンチには、人目を気にせず俺は使うからね」
「自分のピンチにも使え。……もう大丈夫だろう。ここまでくると常識から外れすぎていて、知らぬ奴からしてみれば何をしてるかはわかるまい。光魔法の類だと思われるくらいだろうな」
ヒナタを胸に抱きながら、半ば諦めとも取れる表情でサティナが優しく微笑んだ。
「なるほど。そっか! じゃあ遠慮なく使っていこうかな!」
「だが急に木を倒すのはやめろ。『斬ってみるね』だけじゃわからん! 誰があんな大木が倒れてくるのを想像するか!」
「ごめんなさい」
興奮から一転、項垂れるヨシタカだった。
(んっ……銀髪エルフに怒られるの……やっぱり良い……)
身体は項垂れているが、その姿勢と心情は連動せず。
………………
…………
「風の流れが変わったな……。明日の昼には森を抜けるだろう」
「風の流れとかわかるの!? サティすげぇ! 俺なんか『あ、風だ』とか『でも少し……この風……泣いています』くらいにしか感じないのに」
素直に驚くヨシタカに、サティナは顔を赤くして答える。
「う……。そ、そうか? エルフ族は森と共に在るからな。環境の変化には敏感なのだ。というか、風が泣いているのがわかるのもすごいと思うが……」
「なるほどなぁ。……ごめんそれは冗談」
「なんだ……。それにしても、あれから殆ど獣に会わないな」
「そうだね。さっきのホーンラビットだっけ? は久々の遭遇だったね」
「私も初めて来たから詳細はわからないが、森というのはこんなに獣が少ないのか……少し気になるな」
五歳の頃以来、褒められる事に一切免疫の無いサティナは、未だに頬を染めたまま状況に不信感を抱く。
ヨシタカ一行がこの森へ入ってからというもの、戦った魔物は角の生えた大型イノシシ――ホーンボアと、これまた角の生えたウサギ――ホーンラビットだけだ。
ホーンラビットは日本にいた頃に見た事のある白いウサギと同じサイズ感だが、額から大きな角が生えている獣である。
遭遇と同時、魔力をサティナに渡したばかりだったため、今度は彼女が魔法で倒した。
ウインドアローという風の矢で、心臓を一突き。その一撃でいとも簡単に鼓動を止めたのだ。
ヒール以外の魔法が使えなかったサティナだが、その命中精度は長年の弓の訓練の賜物だ。戦闘の腕、勘や集中力などはヨシタカが一朝一夕で真似できるレベルのものでは無かった。
「正直、いくら襲ってくるとはいえ、まだ目の前で生き物が死ぬことに俺は慣れてないから、少なくて助かるけど……」
「確かにな。私も経験は少ないが、ヨシタカよりは慣れているだろう。……お前も少しずつ慣れていけばいい」
「ありがとね。サティがいなかったら、ヒナと二人旅になってたけど……冒険だぁ! なんて甘く見てたよ……。現実は想像よりも大変な事多い……」
「ふふ。誰でも最初はそんなものだろう。気にするな」
「サティナさん素敵っ」
「からかうなっ!」
――その時、森に入ってから何度目となるか……ヨシタカの肩に水が触れた。
だが、今回のそれは今までと違い、ただの水では無く冷水。……氷水のように冷えきっていた。
「デャッ!」
「どうした!? またか!?」
濡れた事にもそうだが、いつもより温度の低い感触に、ヨシタカの反応もいつもより大きくなった。
直立不動となり、冷や汗をかく彼の肩にはいつもの『濡れた跡』だけではなく、水そのものが付着していた。
水そのものが付いているという表現は、日本人のヨシタカに馴染みはない。
水というのは、衣服や肌に触れた瞬間、その形を失うため、『濡れる』という表現になるからだ。
肩に小さなスライムでも乗せているかのように見えるその状況には、さすがのサティナも驚いた。
更に言えば、その水は『手の形』をしているのも彼女の驚きを増長させる。
ヨシタカの肩には透明な手が置いてあるように見えるのだ。
いつものように「気のせいだろう」「葉からの雫だろう」とはさすがに彼女も言えない状況である。
「つっめた! え? サティ! 俺の肩! 肩!」
「わかっている! 何かが付いている!」
「えぇ!? 付いてる!? 憑いてる!? あぁぁなんか! なんか見える! 肩! 取って! 触るの怖っ!」
冷静に考えれば、自分の魔力の形状変化でどうにでも出来そうなものだが、冷静さを失ったヨシタカはそこまで思考が働かない。
それを見てサティナが「慌てるな! 落ち着け」と言いつつ、剣を抜くが――
《……かないデ――》
ヨシタカの耳元で声が発せられた。
それはまるで小さな女の子のような、ともすれば男の子のような、判別のつかない年頃の声だ。
「ぎゃああああ! 声がぁぁ! 声ぇ! 怖ぇ!」
「こ、声!? 何も聞こえないぞ?」
「俺だけぇぇ!」
「ニャ~!」
ヨシタカの悲鳴に足元のヒナタも驚き、鳴いた。
だが直後、ヒナタはそんな彼の肩をジッと見つめ始める。
人一倍警戒する猫のヒナタが逃げず、威嚇もせずにただジッと――。
《――おねがイ――》
「ぎゃ……ん? おねがい……?」
「うわぁ急に冷静になるな」
ヨシタカの肩付近から発せられた声が、今度はしっかりと、何を言っているのかを聞き取ることが出来た。
それ故に彼は冷静な反応を示し、逆にその急な転換に今度はサティナが驚いている様子だが、一旦無視をする。
彼女の事を無視するのは甚だ不本意だが、少女の声が続いている為だ。
《――助けテ。おねがイ……》
「ど、どうしたの? 何を助ければいいの?」
《あなタ……魔力、渡せル……欲しイ……ワタシ……消えちゃウ……》
「魔力? これでいい?」
そう言いながら、ヨシタカは手のひらに魔力の玉を作る。
まだ敵かどうかもわからない、得体の知れない相手に協力するような事を、彼とヒナタを死なせまいと決意しているサティナが見過ごす筈もなく、
「ヨシタカっ! 襲われるかもしれないぞ! なぜそんな――」
「――サティ。……たぶん、大丈夫だと思う。『助けて』って、言われたんだ。それに、きっと襲われることは無いよ」
ヨシタカから怯えの感情は消えていた。
理由を問われれば『わからないけど、何となく大丈夫』としか言えないだろう。
悪意を感じない、助けを求められた。この二点はヨシタカを動かすのに事足りた。
付け加えて彼の『勘』。これに尽きるだろう。
補足すると、ヨシタカからはハッキリと見えていないだけで、その霊的にも見える『手の形』を彼が見たら、未だに警戒は解けていなかっただろうが。
手のひらに作った魔力の玉。
相手がどの程度欲しているのかが分からない為、ヨシタカはなるべく多く渡そうと、激流を想像し巨大化させていく。
更にそれを渡しやすいように小さく凝縮させていく。
魔力の量を明確に可視化出来る人物が目の前にいたら、その魔力の奔流に吐き気を催す程度の量。
可視化ではないが、魔力をある程度感じる事の出来るサティナは、その背筋に痛みにも近いビリビリとした感覚がある事に驚愕の色を隠せていない。
エルフの里で今までに出会ったどの人物が相手でも、背筋や眉間にフワリと熱を感じる程度。それが魔力の流れを感じるということだ。
それは魔力が高いと言われるハイエルフ、更にその中でも特別魔力量の多い姉でさえ例に漏れず。
「里でもこれほどの威圧を与える量を扱う者はいなかったが……っ! 姉様よりも……。ヨシタカの魔力量はこれ程なのか……ッ!」
――人智を超えた濃密な魔力の玉。
それを肩の後ろに向けてゆっくりと移動させ、肩に乗る『水』に向けて浸透させるように――
瞬間、辺り一帯が青白く輝いた。
ワイバーン戦の時のヨシタカの魔力の光、あれほどではないが目は開けてはいられない。
そして、輝く光が徐々に『人の姿』を形作っていく。
形が作られていくと同時、辺りの光が収束していき、漸(ようや)く目を開けられる様になった二人と一匹は、目の前の光景に口を開けて見ていることしか出来ず、只々唖然としていた。
時間にして十秒程度が経つ頃、辺りの光が完全に無くなり。
人の形――それもナイスバディ(ヨシタカ言)な女性の形となったそれは、その透き通る水のような――否、水そのもので出来た身体をヨシタカに向けて跪かせ、二人と一匹の頭に響く様な声で、
「助かりましタ。――ワタシは水の精霊『ウンディーネ』。以後お見知りおきヲ……ご主人様」
――そう言葉を発した。
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