猫と異世界 〜猫が絶滅したこの世界で、ウチのペットは神となる〜

CHAtoLA

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第一章 冒険の始まり編

第25話 氷と旅立ち

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「――どういう事ですか?」


 目の前の銀髪エルフ――サティナの姉であるラティナから発せられた言葉に耳を疑うヨシタカは、即座に彼女へと詰め寄る。


「お姉様。私からもお聞きしたい。猫様を連れて帰るとはどういう意味ですか」


 サティナがヨシタカへ加勢した。
 その問い掛けに、ラティナは冷たい瞳を数瞬二人へ向けたが、すぐにユティナへと向き直る。


「ユティナ! 聞いているのか? 早く準備をしろ。今回の取引は辞退だ。カバンを準備しろ。すぐに出発する」

「お姉様……えっと……あの……本当に……」


 ラティナからの指示にユティナはその碧眼を揺らしながら困惑している様子だ。
 彼女はヒナタとサティナ、それにヨシタカへと視線を向け、どうしたら良いのかわからないといった様子でアタフタしている。


「チッ……」


 ラティナが苛立たし気に舌打ちをしユティナを見下す。そのままサティナの足元にいるヒナタへと視線を向け動かない。それは獲物を狙う狩人のように――。

 狩人と言ったが、実際には初めて見る生き物、増してやそれが神獣と呼ばれている存在ともなると、ラティナ自身もどう扱えばいいのかわかっていない。
 次の一手へと身体を動かしたいが、動かない。ただ見据える事しか出来ていないのだ。


(ヒナを連れていく? 有り得ない。まぁ、いつかはこうなる事は予想していたけど、まさかサティの姉からされるとはね。さすがに警戒してなかったな。ヒナ連れてもう逃げるか?)


「――ヨシタカ」


 ヨシタカがどう対処するか悩んでいると、後ろからサティナが耳打ちをしてきた。


「ん?」

「……魔力を貰えるか」


 そう言いながら、サティナは後ろからヨシタカの手を握ってきた。

(やわらか――じゃなくて。……サティも同じ事考えてるのか)


「わかった。――いいの? もっと話して説得を――」


 サティナは魔法を使えるように準備をする気だろう。
 それが何を意味するか。ヨシタカは気付いた。
  
 いざと言う時は、魔法で足止めをするつもりだ、と。
 だが、そうなると姉妹との関係に更に亀裂が入る事、ヨシタカはそれを懸念する。


「いいんだ。いざと言う時は魔法を放つ。その隙に逃げよう。――カバンは……諦めてくれ。お姉様と妹とは……特に妹とは、少し別れ方が納得出来ないが、元々ヨシタカとヒナタ様と共に行くと決めている。こんなところで終わらせてたまるか」


「わかった。――ありがとうサティ」

(ヒナ、こっちおいで。……伝わるかな?)


「ニャ……」


 ヒナタはヨシタカの心の声にしっかりと反応し、彼の足元へと歩み寄った。
 それをヨシタカは優しく抱き上げ、再度サティナの手を握る。
 同時、ヨシタカは全力でサティナへと魔力を流し込んだ。


 ――イメージは激流。


 魔力の熱がヨシタカの手からサティナへと伝わり、

「んっ……」


(魔力の譲渡? 結構慣れてきたな。……もっと話で解決できたかもしれないけど、ヒナを連れていかれてからでは何もかも遅い。時間を掛ければ掛けるほど、どんな手を使ってくるか分からないし。ここは異世界だ)


 小声でやり取りをしていた二人に気付き、ラティナは警戒の色を強めた。
 更に視線を落とし、二人が手を繋いでいる事に気付く。


「何をしている。手など繋いで……お前達はそういう――まぁいい。ヨシタカ、猫様をこちらへ。安心してくれ。エルフ族が責任を持って保護しよう」


 そう言って手を差し伸べてきたラティナに対し、ヨシタカは後ずさる。後ずさりながら、


「何言ってるんです? 渡すわけないでしょう。家族なんですから」


 彼の言葉にラティナは顔をしかめた。

(この人、サティに負けず劣らずの美人だけど、しかめっ面しか見てないな)


「ほう。人族が猫様を保護出来ると? 浅はかだな。お前はその御方がどれ程の存在かわかってて言っているのか?」

「聞いた話ですが、知ってますよ。でも、そんなの関係ないです」

「関係無いとは?」

「ヒナは俺の家族。誰にも渡しません」

「ニャ~……」


 ヨシタカの言葉に、ヒナタは抱かれたままその頭を彼へと寄せた。
 ヨシタカはヒナタのその行動に報いるように頭を撫で、ラティナはその姿を無言で見つめた。


「…………。関係性は信じよう。だが、安全に保護できるという確証はあるのか?」

「全力で……命にかえても――」

「ハッ。命にかえても……か。信用できるものか。そのような言葉。お前は自分がエルフより強いとでも言うのか? ――エルフが守るよりもお前の方が守れると?」


(…………)


 ラティナの言葉にヨシタカが揺れる。

 自分が守るよりもエルフの里に保護された方が、ヒナタの安全を思うのであれば、確かにそれが最善だということ。

 ――だが本当にそれでいいのか?
 ――ヒナタはそれで幸せになれるのか?
 ――人族なんかよりエルフに保護されるべき?
 ――この世界では、貴重な存在なのかもしれない。
 ――でもそれ以前にヒナタは自分の家族だ。

 自分の方が幸せに出来るなど、ヨシタカは驕るつもりも無い。それは傲慢な事だと。
 たが、家族が家族を思う気持ちは、誰だって同じだろう。
 どっちの方がどうだ。こっちの方がこうだ。そんな思いで一緒にいる訳ではないからだ。
 危険な旅にヒナタを巻き込んでしまうかもしれない。
 それでも、ヨシタカが選び、ヒナタもそれを選んでくれるのであれば、一緒にいたい、と。


 ヨシタカが冷たい汗を滴らせながらそう思案していると、後ろから声が通る。


「――ラティナお姉様。いい加減にして下さい」

「なんだと? 落ちこぼれのサティナが。お前が何を言――」


 それは、今までに感じた事のない程の冷たい怒気。サティナの言葉に明確な怒りが感じられたのだ。
 対してラティナも声を荒らげるが、更に上からサティナが被せる。


「いい加減にしろと言っている! ヒナタ様は、ヨシタカの家族だ! それ以外の何者でもない!」

「なっ……。お前は守れると言うのか! 魔法も使えないお前に――」


 サティナの剣幕にラティナは驚愕していた。

 今まで自分に反抗などしたことの無いあの妹が今、自分に牙を剥き吠えている。その事に。

 同時に、ヨシタカから魔力を流されていたサティナの身体が淡く輝き出した。
 以前よりもハッキリと見える光のオーラ、前回よりもスムーズに流れ込んだ事にヨシタカ自身も驚いたが、それ以上に目の前のラティナは言葉を止め唖然としている。
 更にその少し後ろにいる金髪碧眼の妹もまた、驚きの色を隠せていない。


「なんだ……? サティナ……その光は……魔力か!?」

「サティナお姉ちゃん……?」


 魔法の使えなかったサティナ。
 その彼女の身体が淡く光っている。
 
 ラティナやユティナには何をしているのかはわからないだろう。
 魔力を渡すなどという行為は、この世界には無いのだから。


 サティナはヨシタカから魔力を受け取りながら金色の瞳を細め、ユティナへ向けて微笑んだ。
 

「ユティナ……私はお前を愛している。――また、いつか会おう」


「え? なに!? なんで……やだっ! お姉ちゃん! 何をするの!? やだよ!」


 サティナが覚悟を決めた顔付きに変えたと同時、何かを察したユティナは瞳から雫をこぼし、駆け出そうとする、が――




『――アイスウォール』



 サティナの紡ぐ言葉がそれを押し留めた。
 手を構え、言葉を紡いだ瞬間、ガラスを割ったような甲高い音が響き、

 ラティナ達姉妹とサティナ達の間に巨大な氷の壁が現れた。


 冷気を帯びた白いモヤを吐き出しながら、そびえ立つ氷のそれは厚さ一メートルはあるだろう。丁度サティナ達とラティナ達姉妹――その間の空間を埋めた形になる。
 更に高さは五メートルを優に超え、横幅も数十メートルはありそうだ。

 村の柵に沿うように、家を巻き込まないように氷の壁が広がっていた。
 丁度村の北門の下で話していた為、氷の壁を起点にサティナ達は村の外、ラティナ達は村の中へと分かたれた。


 魔法のある世界で一メートルの厚さの壁など、容易く壊せてしまいそうに思えるが、実際にはそうはいかない。
 火魔法で溶かすにも時間は掛かるし、厚さ一メートルで更に高い魔力が込められた氷の壁は、日本の車が猛スピードで突っ込んでも割れる事は無いだろう。

 仮に破壊できる者がいるとすれば、もっと上位の魔法が使える者だけだ。


「魔法……それも無詠唱……だと!? サティナ! お前は――」
 
「お姉ちゃん……魔法……本当に……」


 二人の言葉はもう、殆どサティナ達には聞こえていない。
 高さ五メートル以上の壁は音も遮ってしまうため、氷越しに語り合えるのはその視線だけ。だがその視線すら、氷がぼかしてしまい殆ど見えない。


 ヨシタカとサティナから見える氷越しの二人の顔。
 姉は驚きのまま固まっており、妹は泣きながら微笑んでいるように見えた。

 反対に、
 妹――ユティナが氷越しに見たサティナの顔は――笑顔に見えた。

 
 ほんの数秒だが、氷越しに見つめあったあと、二人と一匹は踵を返す。



「――ヨシタカ、走るぞ」


 そのまま二人と一匹は走り出す。
 村とは反対方向へ。
 後ろ髪を引かれる思いだが、それでも振り返らずに。


「俺達のために……本当に良かったの?」


 走り出したヨシタカが問う。問わずにはいられない。
 なぜなら、エルフの森を出たあの時、『色々あった』としか聞いてなかったからだ。
 少なからず、快く送り出してくれているのを想像していた。
 家族が一人暮らしをするのを送り出す様な、そんな想像をヨシタカはしていたのだ。


 家族。
 ヨシタカにとってはもう会えるかもわからない存在。会いたいとは、思っているだろう。
 だがサティナは違う。目の前に『いた』のに、自ら離れる選択をしたのだ。


「良いんだ。里を出たあの時、覚悟は既に完了していた」


 ヨシタカの横を走るサティナが答え、そのまま彼の胸にいる猫を見つめる。
 サティナの言葉を聞いたヨシタカは、一度頷き、


「そっか……でも」

「ん?」

「いつか……また会おうよ。笑顔で」

「……そう、だな。そうなれたらいいな」

「なれるよ。その時は、俺も手伝うから。――旅の思い出話をユティナちゃんにしてあげよう。俺のことも改めて紹介してね」

「それは……こころ……づよい……な」


 雫が、落ちる。
 それは風に流され、そのまま地面へと――


「……俺と来てくれて、ありがとう」


 別世界の旅をしたいと言った、ヨシタカのわがまま。
 行き当たりばったりな旅になるのは目に見えている。
 それでも、共に来ると言ってくれた彼女にヨシタカは、改めて礼を言った。
 そんな彼の言葉に、
 

「ヒナタ様の為だ!」


 サティナはプイッと顔を背けると、一度足を止めた。
 そのまま空を仰ぎ



『一旦、さよならだ。ユティナ。またいつか――』



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