24 / 34
第一章 冒険の始まり編
第24話 心を読む猫
しおりを挟む「ラティナ姉様……」
サティナは目の前の女性へと、その冷たく悲しそうな顔を向けた。
彼女の綺麗な金色の瞳は半分程しか見えていない。
その下から抱きついたままのユティナがサティナの顔を見上げている。
サティナよりも頭一つ分、身長の低い妹ユティナは、姉から見えないように目を伏せていた。
この状況を見れば、一番上であるラティナには二人とも頭が上がらないような、逆らえないような関係なのだと、誰もが想像するだろう。
「ワイバーンを倒したのだな? それは本当か? ……落ちこぼれのお前が」
ラティナと呼ばれた銀髪エルフの最後の一言に、ヨシタカとサティナの目元がピクリと動く。
「……私だけの力では有りません。ヨシタカの協力の元――」
「そうだろうな。お前が単独でワイバーンを倒せるわけが無い」
「――はい」
(……なにこれ? なんで、村を救ったサティが落ち込む要素が生まれるの?)
先程までの姉妹のやり取りとはまた違う姉妹のやり取り。同じ姉妹でもその温度差は激しい。
妹を抱き締めるサティナの手は、震えていた。
「まぁ、剣と弓の腕だけは里の中でも良い方だったか。……回復魔法しか使えないお前の事だ。そこのヨシタカとやらを含めた村人達を囮にして……犠牲にしながらどうにかといったところか……」
「それは……」
「いい、別に興味は無い。倒したのが本当かどうか聞きたかっただけだ」
「はい……。あのっ。姉様、私は旅に――」
「そろそろ商人が来る頃だろう。村長、準備を宜しく頼む。何か手伝う事が有れば声を掛けてくれ」
サティナの言葉を最後まで聞かずに、ラティナは村長へ向き直る。
「ラティナちゃんよぉ、それはあんまりに――」
「あの……お言葉ですがラティナ様……、サティナ様は――」
「…………何か?」
ディークと村長は同時に言葉を発しようとしたが、ラティナの態度に圧倒され黙ってしまう。
「いえ……かしこまりました。――皆、テーブルの準備をしてしまおう」
「わかりました」
エルフ達との関係を悪化させる訳にはいかないと、悩む村長やディークはそれ以上は何も言えず、悲しそうな顔をして倉庫のような場所へと歩き始めた。
だがそんな中ディークだけは、ヨシタカへ『頼んだぞ』といった顔を向けていた。
他の村人も居づらくなったのか、散り散りに各所へ移動を始めた。
残されたのはサティナたち姉妹とヨシタカの四人、それとカバンに入ったヒナタだけだ。
「――ヨシタカとやら、妹が世話になっている様だな」
ラティナはサティナへは一切目を向けずに、唐突にヨシタカへと声を掛けた。
「いえ。俺の方が助けられています。サティナさんが居なかったら俺は今頃ここにいません」
「ほう? それほど妹を買ってくれているとはな。喜ばしい事なのだろうが、嘘まで吐く必要は無い」
「嘘じゃないですよ。全て本当の事です」
「ヨシタカ……」
「こいつは何の役にも立たない。――まぁ見て呉れ『だけは』はハイエルフだ。容姿だけで選んでいたら後悔するぞ?」
「確かにすごく綺麗ですね。『サティは』外見も中身もとても」
(なんだろう。大人気ないけど、ちょっとイラついてきた……。同じ銀髪エルフなのに、この……人を見下す目。それにサティへ向ける冷たい目……)
「サティナ。よく騙せているじゃないか。だが、ちゃんと教えてやらないとヨシタカが可哀想だ」
ラティナは鼻で笑いながら、サティナへと向き直った。
「ラティナお姉様、少し言い過ぎでは――」
「お前は黙っていろ。今は私とサティナ、ヨシタカが話している。お前は取引の見学に来ただけであろう」
「――申し訳有りません。お姉様」
あまりの口撃に、見兼ねたユティナが口を挟むが、ラティナから強く止められてしまう。
――ヨシタカは悩んでいた。
ここで自分も強く口を挟んで良いものか。家族間の問題に赤の他人が――それも、出会って間も無い人間が首を突っ込んで良いものか。
(こうなった経緯はわからないけど、エルフの里のエルフは固いって言葉はこういうことか……いや、サティに対するこれはまた違うな)
――その時、サティナが肩から提げていたカバンの蓋が開き、何かが飛び出す――否、何かはわかっている。ヒナタだ。
「!!!」
その場にいる全員が一様に目を見張る。
特にラティナとユティナの驚き様は、森で出会った時のサティナを思い出させる。
飛び出したヒナタは地面へと音も無く着地し、サティナの足にスリスリと身体を擦り付け、鳴きもせずに彼女の顔を下から見上げていた。
――読心スキルを持つヒナタ。
まだその詳細はヨシタカにすら全てはわかっていないが、今この時、彼は推測した。
サティナの心を読んだのだ、と。
「なんだ! この生き物は――っ!」
正体のわからない、高速で飛び出た何かを警戒し、ラティナは腰の剣に手を掛けた。
「きゃっ…………え……?」
同時、サティナに元々抱き着いていたユティナは、すぐ下――サティナの足元に驚きの表情を向け、たたらを踏んだ。
「ニャ~」
ヒナタはヨシタカの方へ一度向き、再度サティナへと向き直る。
それを見てヨシタカは更に確信を得た。
――ヒナタはサティナの心の中を知って行動したんだ、と。
サティナの心の細かい声までは理解しているかはわからないし、自分が神獣で、姿を見せれば相手は驚くだろうなどと、そういった考えから来た行動では無いだろう。
ただ、辛い、悲しいという心の声が聞こえ、『大丈夫?』とでも言うかのように。
(わかったよ、ヒナ。――なら俺はそれをサポートするね)
「……ヒナタ様……ッ? ヨシタカ、どうしたら……」
サティナは困惑していた。
姉からの口撃と、ヒナタを隠さなくてはという焦りと、様々な思いがある事だろう。
「大丈夫。『猫は』気まぐれだから、大好きなサティに甘えたいんだよ」
ヨシタカは敢えて『猫』を強調した。
この世界では絶滅し、神獣とまで呼ばれている猫が、サティナに懐いている姿が目の前にある。
彼はそれを敢えてサティナの姉妹に見せたままにしている。
サティナは神獣に好かれる程すごい子なんだぞと、そう言ってやりたいヨシタカの、せめてもの抗いだ。
既にバレてしまった村人には隠す必要もそこまで無いが、なるべく隠そうというのがヨシタカ達の結論だった。
驚かれるだけならまだいい、人攫いならぬ猫攫いなどの被害に合わせない為だ。
にも関わらず、ヨシタカは足元にいるのが猫だと強調して伝えた。
勿論、ラティナが剣を振るおうものなら、体当たりしてでも止めるつもりだ。
これもサティナと初めて会った時と同様。
「ねこ……だと……!?」
「へ? ねこさま!?」
ラティナとユティナは変わらず驚いたままだ。
加えて、手足が震え出している。
(この反応も慣れてきたな……さすがに)
「猫です。――攻撃はしないで下さいね」
あくまで冷静に。
恐らくヒナタは、サティナの心を読んで行動した。
だがそれは口にせず、甘えているだけだ、と。ヒナタのスキルまでは公言するつもりは無いのだ。
「攻撃などするものか! 本当に……ねこ……猫様なのか? 信じられん……本物か?」
「猫様……神獣様……お姉ちゃん凄い……」
ラティナとユティナの二人は跪き、サティナの足元――ヒナタへと体を向けている。
ヒナタは、二人のその様子に少し警戒し、サティナの後ろへ隠れたが、そこに金色の瞳を見開いたままのラティナが立ち上がりながら声を放つ。
「我がエルフの里で保護しなくては――人族の手に余る。今すぐ猫様を連れて里へ帰るぞ! ユティナ! 準備しろ!」
――猫攫いに早速遭遇しました。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった
ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。
しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。
リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。
現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。
猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。
そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。
あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは?
そこで彼は思った――もっと欲しい!
欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。
神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

平和国家異世界へ―日本の受難―
あずき
ファンタジー
平和国家、日本。 東アジアの島国であるこの国は、厳しさを増す安全保障環境に対応するため、 政府は戦闘機搭載型護衛艦、DDV-712「しなの」を開発した。 「しなの」は第八護衛隊群に配属され、領海の警備を行なうことに。
それから数年後の2035年、8月。
日本は異世界に転移した。
帝国主義のはびこるこの世界で、日本は生き残れるのか。
総勢1200億人を抱えた国家サバイバルが今、始まる――
何番煎じ蚊もわからない日本転移小説です。
質問などは感想に書いていただけると、返信します。
毎日投稿します。

やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

異世界でお取り寄せ生活
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。
貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。
意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

こちらの世界でも図太く生きていきます
柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!?
若返って異世界デビュー。
がんばって生きていこうと思います。
のんびり更新になる予定。
気長にお付き合いいただけると幸いです。
★加筆修正中★
なろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる