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第一章 冒険の始まり編
第13話 落ちこぼれのハイエルフ
しおりを挟む――私の名前は サティナ・スー。
エルフの里に暮らす、ハイエルフだ。
祖父母と父と母、十歳上の姉と十歳下の妹、七人家族で暮らしている。
エルフの里の民は、旅立った者、他の国で暮らしている者を除けば二百人程度、その内の五十人程がハイエルフだ。
エルフよりもハイエルフの方が魔力が高く、魔法に長けている。それはこの世界の常識であり、覆らない真実である。
エルフ族は人族や獣人族よりも長寿である。
平均寿命は三百歳程度。見た目の成長は二十歳程で止まり、その姿のまま二百歳程まで生き、そこから徐々に老いていく。
ハイエルフとハイエルフからはハイエルフが生まれる。
ハイエルフとエルフからはどちらも生まれる。
エルフとエルフからはエルフが生まれる。
私の親は共にハイエルフであり、その娘の私もハイエルフ。姉も妹もハイエルフの家庭だ。
――昔から、私達姉妹は里の中でも、特に期待されていた。
エルフ族は長寿が故なのか、あまり子供が生まれない。
そんな中でハイエルフが三人も生まれた家庭だからだ。
私が生まれた時、姉は十歳だった。
その頃には既に姉は、全ての属性の初級魔法を使いこなし、狩りや農業を率先して手伝い。家では家事も手伝っていた。
ちなみに、エルフ族は肉は食べないが、人との交易の為に肉を手に入れる習慣が有る。
私も五歳で回復魔法を使えるようになり、親からはもちろん、エルフの里の皆から期待された。
エルフ族は十歳程で初級魔法を一種覚え、魔力量が上がる二十歳までに、三種類の初級魔法が使える様になるのが平均的だ。
そこからは適正によって変わるが、百歳までに中級魔法が三種類程使えるのが平均。
二百歳を超える頃になると、既に魔法の適性や魔力量は固定されて、新しく魔法が使える様になる事は無い。
里の中で一番魔法の扱いに長けてる者で、上級魔法三種といったところだ。
「――もう魔法が使えるのかい。すごいなサティナは」
――はい! ありがとうございます! パパ、ママ!
「――私よりも早いのね。さすが私の妹ね!」
――はい! おねえちゃんに追いつけるように頑張ります!
「――サティナちゃんすごいわぁ。これからも頑張ってね」
――はい! みなさん、ありがとうございます!
だがそれから、私は他の魔法を使える様にはならなかった。
必死に勉強をした。必死に魔力を高める修行もした。
でも、使える様にはならなかった。
唯一の回復魔法も、初級しか使えず、
それでいて魔力が低く、一度使うと次の日まで魔力を回復させないと使えない。
そんな私を見て、周りの目が変わっていった。
最初は良かった。たまたまだと思ってた。もっと頑張れば使えるようになると思っていた。
「――サティナ。まだお前は十歳だ。これからだよ」
――はい。もっと頑張ります。お父さん、お母さん。
「――まぁ、私の方がサティナより凄かったっていうのがわかったでしょう!」
――はい。おねえちゃんはすごいです。私もがんばります。
「――サティナちゃん。まだまだこれからだよ。がんばれ」
――はい。皆さんありがとうございます。がんばります。
――更に時が経ち、私が二十歳になった頃。
相変わらず私は回復魔法の初級のみ、魔力も上がることは無かった。
水魔法と土魔法が使えないと農業でも役に立たない。
火魔法と風魔法が使えないと家事の手伝いもたかが知れている。
エルフの生活というのは、魔法が全てだ。有って当たり前なのだ。
――そして妹は十歳。その妹が、中級魔法までを全属性、使えるようになった。
天才だった。
…………
……
「――他の魔法使えないの? ハイエルフの癖に」
―――はい。ごめんなさい。
「――あぁ、お前が居ると連携が乱れるんだよ」
―――ごめんなさい。
「――その魔法、一日一回しか使えないの? 本当……役立たず」
―――ごめんなさい。
「――お前は何もしなくていい。サティナ。トイレ掃除でもしてろ」
―――はい。ごめんなさい。父様。母様。
「――この落ちこぼれ」
―――はい。ごめんなさい。姉様。
「――お姉ちゃん……」
―――ごめんなさい。ユティナ。
―――ごめんなさい。ごめんなさい。
―――ごめんなさい。
里に居場所が無い。
皆の視線が怖い。
その視線から逃れるために、剣術と弓を習い始めた。
里を守れる騎士になろう、と。
何かをしていないと頭がおかしくなりそうだった。
剣と弓は、どうやら多少はセンスが有ったようだ。
技術を学び、修行に明け暮れる毎日。
相変わらず皆の視線はつらいが。成果が出ているだけ気持ちが幾分かマシだった。
私はこれを頑張れているんだ、と。
――更に時が経った。
私は、剣と弓でなら里で有数の実力者と言われるようになった。
それでも、周りの視線は変わらなかった。
それはそうだろう。強くなろうが、何の意味が有る。
弱いよりは良いだろうが、御先祖の結界のお陰で里に危険など殆(ほとん)ど無い。
里の入口で剣を携え、ただ立っているだけの日々となった。
それでも、出来ることを頑張ろう。何かを極めて、みんなに認めてもらおう。
狩りの手伝いをした事もある。
だが、剣や弓よりも周りの魔法の方が早かった。
私は一度も、獲物を狩ることは無かった。
「――あいつ、また立ってるよ」
「――おい、声掛けてみろよ」
「――もっと別のことしてればいいのに」
「――あぁ、あいつ魔法使えないんだよ」
「――いや使えるだろ。一日一回の初級回復魔法」
――クスクス……クスクス……
――ねえ神様、神樹様……私は、何か悪いことをしましたか?
里を出ていこう。
そう決めるのも時間の問題だった。
人族や獣人族の所に行けば、魔法が使えなくても目立たないかもしれない。
そうだ、試しに歩いて一日くらいの所にあるらしいジッポ村に行こう。迎え入れてくれたらいいな。
一度行ってみて、もし暮らしていけそうなら、一度戻って家族に挨拶して、里を出よう。
…………
……
ジッポ村に着いた。
「――あぁ! ラティナちゃんの妹さんかい? ちょっと魔法を頼めないかい?」
「――いつもお姉さんにはお世話になってるよ! あんたも魔法は使えるのかい?」
「――サティナちゃんって言うのかい? ちょっと魔法で手伝ってくれないかい? 代金はこれで――」
「――なんだ。魔法を使えないのか。回復? 別に怪我はしてないよ」
――あぁ、ここでも、ダメみたい。
今度はもっと北上して、王都に行ってみようかな。
冒険譚のような冒険をしてみたい。
仲間と笑い合いながら、旅をしてみたい。
それが私の夢だ。
里に……居たくない。
でも、生まれてこの方、遠出はした事がない。ジッポ村が初めてだった。
魔法も使えず、剣と弓だけでの長旅の自信が無い。
――怖い。
―――何もかも。怖い。
――ただいま。
「あぁ、サティナ。出ていったんじゃなかったのか」
――はい……ごめんなさい。
ジッポ村から帰った翌朝。
私は森の奥にある湖へ水浴びに向かっている。
里にある泉で皆と共に水浴びするのが嫌で、ここ最近はこれが朝の日課だ。
里には火魔法で沸かしたお風呂も有るが、それでも私は夏も冬も、ここで水浴びをする。
あぁ、冬の水は、冷たいな……。雪が無いだけ、まだマシだけど。
水浴びをした後は、歩きながら里に戻って今日はどうしようか、何をしようかと考える―――
予定だった。
水浴びが終わり、服と軽鎧を着たところで、草陰から物凄い速さ、目にも止まらぬ速さで、何かが私の顔に飛び込んできた。
情けない事だが、気絶してしまった。
――こんな体たらく。
剣と弓は……意味が無かったな。
ああ、今日は剣しか持ってきて無かったんだっけ?
まぁどうでもいいや。結局私という存在は、全てに意味が無かったのだな。
――もう、このまま消えてしまいたい。
願わくば、目が覚めたら天国で有りますように―――
………………
…………
……
「あのぉ!!」
ビクッ! と、自分の身体が震えるのを感じた。
どうやら天国ではなかったらしい。いや、もしかしたら天国かもしれないが。
それにしても、なんだこいつは、変な格好だな。不審者か?
あれ? 私の剣が無い。
今日は持ってきて無いんだったっけ?
まぁいいや、どうでも。
どうでもいいが、ただでやられてはやらん。
今までの鬱憤、この男で少しでも晴らしてやる。
どうせこいつも私を襲う予定だったのだろう。ならお互い様だ。
「アッ…ボク…アッ…敵ジャナイ…デス。デュフッ」
――は? なんだこいつは? 気持ちが悪いな。
「動きません! 敵意は有りません!」
――どうやら、敵ではないらしい。そもそも何故人間がここに居るのだ。迷い人か? 不思議なやつだ。
しかもこの不審者。猫様を連れていたのだ。
本物だ……。
すごい……。
私はその猫様に飛びつかれて気絶したようだ。
話を聞いていると、もしかしたら本当に迷い人かもしれない。勇者様か?
名前はヨシタカと言うらしい、確か勇者様も似たような名前をしていた気がするが、記憶が曖昧だ。勇者様なら、私を救ってくれる? 冒険に連れ出してくれる?
まぁ、どうでもいいか。こんな役立たず、無理に決まっている。邪魔でしかないだろう。
猫様……ひなた様を触らせて頂いた。
あれはまずい。柔らかすぎる。あんな手触り、初めてだ。気持ちがいい。さすがは神獣様だ。
つい我を忘れて撫で回してしまった。
不覚。
それにしても、このヨシタカという男は不思議なやつだ。
私の事を見る目がおかしい。輝いている、と言えばいいのか。とにかく変なやつだ。
だが、何故か信用出来る気がする。素直に話してくれている。そんな気がする。
それに……
――魔法を褒めてもらったのは、何年ぶりだろう。
――誰かに頼られたのは、何年ぶりだろう。
――誰かにありがとうと言われたのは、何年ぶりだろう。
こんなに、嬉しいものだったのだな。
お礼を言いたいのは私の方だ。恥ずかしくてこんな事、言えないが。
これも何かの縁だし、人族の村くらいまでは送ってやるか。
――こいつといると、心が弾む。
――今までにないくらい、話していて楽しい。
――あぁ、彼の歩みに……着いて行きたいって言ったら、引かれるだろうか?
――こんな役に立たない、落ちこぼれではダメだろうか。
「―――サティは一緒に来ない?」
――へ?
変な声が出た。
驚いた。
誘ってくれた。こんな役立たずを。
良いのだろうか?
私なんかが一緒で……魔法も碌(ろく)に使えない、剣と弓ですら、肝心な時に気絶をするような、こんな役に立たないハイエルフが一緒に行っても良いのだろうか?
そんな風に悩んでいたら、何やらヨシタカは焦っているようだが、
「居てくれたら心強い」と、そう言ってくれた。
――あぁ……嬉しいものだな……。
咄嗟に私は 行く と声にしていた。
行きたい そう叫んでいた。
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