猫と異世界 〜猫が絶滅したこの世界で、ウチのペットは神となる〜

CHAtoLA

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第一章 冒険の始まり編

第7話 トロけるエルフ

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 勇者が勇者と成る前、農奴の青年だった頃、その村には多くの猫が居た。
 青年を筆頭に、村の人達は皆 猫が好きで、村人達の生活は猫と共に在った。

 村に戻った勇者は、
 そんな村人全員の家族とも言える猫を一匹、また一匹と殺し始めたのだ。
 村人達は異変に気付き、勇者を止めようとした。だが止まらなかった。
 止めようとした村人達、友ですら勇者はその手に掛けたのだ。

 勇者の家族も恐怖した。
 父も母も妹も、泣き叫び、止めようとした。
 その家族をも、勇者は殺した。

 父親が殺される直前、見えた息子の顔は、まるでそれを楽しむかのように笑っていた。
 
 村人は全滅。凄惨な光景である。

 もう想像がつくだろう。
 魔王は消滅した訳では無かった。消滅したフリをして勇者の中に入り込んでいたのだ。

 魔王は、唯一の脅威になると予想していた勇者を落とすために、勇者誕生の数十年前から計画、準備をしていた。

 準備を完全に整えた魔王と、急遽生まれた準備不足の勇者だった。


 だが、魔王の予想を超えた存在が、魔王を倒す事になる。

 そう、ここで猫だ。

 青年は、村にいる猫は皆大好きだったが、中でも三匹の猫に特に懐かれていた。
 青年と三匹の猫はいつも一緒。寝る時も、畑仕事をしている時でさえ、近くに座って待ってる程に。

 女神が青年に勇者の力―太陽の加護―を与えた時、その三匹は青年と同じ部屋の同じベッド、彼のすぐ隣に寝ていた。
 三匹の猫にも、太陽の加護が与えられていたのだ。

 三匹の猫は、同胞や、自分の大好きな青年が、彼の大好きな人達を殺すところを物陰から見ていた。


 青年の家族が殺された瞬間だった。



 三匹の猫は、愛しの青年の首元に、光の速さで飛び付いた。
 ――輝く牙を剥き出しにして。
 

 加護を受けた武器……牙や爪だけではなく、太陽の加護により上がったその筋力で、青年(魔王)の首を噛みちぎり、その爪で喉元を引き裂いた。

 もちろん、魔王も抵抗しないはずがなく――


 三匹の勇者と魔王は相討ちとなり、共に倒れた。
 魔王の敗因は、怯えて隠れている三匹の猫の存在に気付いていなかった事だ。
 

 血だらけで仰向けに倒れる、勇者の姿をした魔王。
 そのお腹の上と、頭の横で丸くなって事切れている三匹の猫。
 その姿はまるで、仲良く一緒に眠っているような……




 勇者の中の魔王は既に、消え去っていた。

 その後、゛青年゛も静かに息絶えた。

 

 静まり返ったその村で、
 その光景を空の上から終始見続けていた存在が居た。
 

 女神様だ。
 女神様はすぐ各国の教会に同時に降臨され、教皇を含めたその場の者達へ、この村での出来事を全て伝えた。
 その時の女神様は泣いていたという。


 その話を聞いた者は皆、悲嘆に暮れた。
 これは語り継ぐべきだと、民は一丸となり゛勇者と猫の伝説゛として、事実 語り継いで来た。

 現在から九百年前の話となる。
 今でも各所で受け継がれている伝説との事。



「……と、長くなったな。九百年も経っているからな。戦いの細かい描写なども殆ど無いし、史実と変わった部分も有るかもしれないが大体こんな感じだ。その伝説を元にした物語、本や資料等も数多く出ているし。国を巡る事があれば、各所で勇者と三匹の猫の像を目にする事が多々有ると思うぞ」


(重い! もっとシンプルな話だと思ってたけど、想像を遥かに超えた重い話!)


 ふぅ、と彼女は息を吐き。


「まぁ、謎は残ったままなんだがな……」
 
「謎、ですか?」


 ヨシタカは聞き返す。


「あぁ、何故魔王は勇者が生まれるという未来の事がわかった? 何故前以て準備が出来たのだ。とか、何故魔王は太陽の加護を受けた勇者の中に入っても平気だったのか? とかだな。それらはずっと謎のままらしい」


「なるほど……確かにそうですね」


 ふむ、とヨシタカが納得しかけた時、ヨシタカにも疑問が生まれる。


「あの、話はわかりました。全て理解出来たかはわかりませんが、大体は。そこで少し疑問なのですが……」


 それを聞いた少女は頷き、ヨシタカの疑問を聞く前に話し出す。


「あぁ、他の大陸に残った猫様はいないのか。この村では全滅したとしても、世界中の猫様がいなくなったわけでは無いのではないか。か?」

「はい」


 正にその疑問だ。
 世界中に猫が一匹もいないというのは不自然な気がする。ヨシタカはそう考えていた。


「簡単だ。当時、猫という生き物は中央大陸にしか居なかった。恐らく各大陸の気温や天候など環境の影響だ。他の動物でも、生息域と言うのはあるだろう。そして、中央大陸でも勇者のいた村以外の猫は、何故か初めに全て殺されている。そもそも、猫という種族はそこまで数はいなかったらしいぞ」


 あくまで数ある文献や物語の中の一説だがな、と彼女は付け加えた。諸説あるという事だ。


「ということは、もしかしたら魔王はそれすら予測していたんですかね。猫が自分を殺す存在かも知れないと。だから血族には猫は見つけ次第殺すように指示していたとか。それで魔王も、勇者の中に入り込んだ後、村でまず猫を殺してまわったか」

「かも知れないな。勇者の近くにいた三匹だけは太陽の加護を受けていたから気付かれないで済んでいたのか、とかな。まぁもう今となっては、細かい事は誰にもわからん」


 突拍子も無い話だ。何故、猫なのだ?
 誰がこんなかわいい存在を見て、魔王を倒すかもしれないなどと思えるのか。たまたま勇者の近くにいた猫が、たまたま太陽の力を持って魔王を倒しただけだ。
 

(猫が元々強い種族という訳ではない。なのに魔王は猫を狙っていた。もうこれ魔王は完全に、何らかの未来を知る方法を持っていたとしか考えられないじゃん……。猫に殺されるという事実だけを未来として知っていた。だから、とりあえず猫を脅威と考え先に殺していた、か。まぁ推測でしかないが)
 

「そして九百年、平和が今も続いている。だからこそ、各国ではその平和を作ってくれた勇者様と猫様を崇めている。九百年前に絶滅してしまった猫様を神獣様と呼ぶ声もあるし、殆どの民は小さい頃からそう教えられる。私もそうだ」

「なるほど……それで猫様なんですね。納得しました。でもウチのひなは、ただ可愛いだけの猫ですよ。……もし良かったら撫でてあげて下さい」


 ヨシタカは膝にいるひなたを見つめ、また少女に視線を移す。


(そりゃ像でしか見た事の無い。小さい頃から「世界を守ったすごい神獣様なんだぞ~」とか言われ育てられてたら、本物の猫を見てビックリするわな……)

「へっ? いや、そんな撫でるだなんて畏れ多い!」


 少女はアタフタしているが、そんな反応をされてしまったら、是非ひなたを撫でて欲しいとヨシタカは考え。


「どうぞ、今ならもう逃げないと思うので、撫でてあげて下さい。喜ぶと思いますよ」
 

 あくまで、撫でてあげた方がひなたが喜ぶよ。というスタンスで笑顔で提案する。
 それを聞いているのかいないのか、ひなたはヨシタカと少女を交互に見つめている。


「そ、そうか……? で、では……ひなた様、失礼いたします」


 少女がひなたに向けて手を恐る恐る伸ばしている。
 付け足すと、すごく鼻息が荒い。


 そんな彼女を見てヨシタカは
 

(あ、めっちゃ嬉しそうな顔してる。目がウルウルしてるし顔真っ赤だ。かわいい! ……うわ、凄い! 銀髪の! 美人エルフが! ウチのひなを! 今まさに!)


 そして少女の手がひなたの頭に届いた瞬間。
 少女の顔が、有り得ないほど、トロけた。


「ふわあぁぁぁ! す、すごいぃぃ……伝説だあぁぁ……」


 (……ん?)


「ふああああぁぁぁ……」


「え、ちょ、大丈夫ですか? ……そんなんなる? さっきまでと同じ人物とは思えない顔してるんですけど!」


 目の前の少女の顔は、それはもうチーズの如くトロけ、アホ毛のような髪はピーンと塔のようにそそり立ち、耳の力で飛べるのではないかという程に耳が上下へピコピコ動いている。


(ひなも微妙に困惑してるように見えるけど、まぁとりあえずは気持ちよさそうだ)


 少女はそれはもうゆっくりと、ガラス細工を愛でる様な手付きで、優しくひなたの頭や背中を撫でている。


 彼女の金色の瞳は、ずっとひなたを見つめている。


「にゃああああぁ……」


 誤解を生まないように説明しておこう。
 今の鳴き声は猫――ひなたから発せられたものでは無い。
 


 ――目の前にいる銀髪のチーズエルフから発せられたものである、と。


 
 
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