上 下
3 / 34
プロローグ

第3話 探索開始

しおりを挟む


「落ち着ける場所と言っても見渡す限り草原だし、下手に動いて変な生き物に遭遇も怖いな…」


 だが動かないことには何も進まないのは善隆もわかっている。安全の確保と同じくらい食料や飲水の確保も大切だ。


「少し怖いけど、ちょっとだけ移動してみようか、ひな?」


 胸に抱いたひなたを見ると、ひなたはずっと善隆(よしたか)の顔を見つめていたようだ。
 周りの景色よりも善隆の顔を凝視している。


「ん? 怖がって逃げないのは嬉しいけど…ひな、外怖くないの? ずっと室内飼いだったのに」


 日本で生活していた頃、と言っても三十分も経っていないが、ひなたはいつも外を怖がる。
 もしかすると公園に捨てられていた頃のトラウマが有るのか、窓や玄関を開けると反対側へ逃げてしまうのだ。
 飼い主側としてはその方が安心は出来るが、だからこそ今の状態が善隆は不思議でならない。


「逃げ場が無いからかな? 俺のところが安心できる?」

「ニャ」


 まるで返事をするかのように短く鳴くと、仰向けで抱かれていたひなたが身体を捩(よじ)り、善隆の肩口から首の後ろへ顔を出すような形に態勢を変えた。
 正面から見ると善隆に抱きついてるように見える。

 善隆は片腕を下にL字型に曲げ、ひなたの足場を作る。
 これならこのまま長時間歩けるだろうと。


「返事したの? 何を言ってるかはわからないけど。それならそれで良いか」


 善隆は歩き始めた。


(一先ず、水辺に行きたいな。川か何かを探そうか……いやもし危険な生き物がいるとしたら水辺は危険か?)


 状況が状況なため、善隆は色々と考えてしまうが足は止めない。結論が出ても出なくても、何も分からないので進むしかない。


「とりあえず、少しでも景色に変化が出来たら考えよう。時間が勿体無い。このまま変化無しで夜になるのだけは避けたい」


 善隆にはサバイバルの知識は無いので、自分なりに考えられる範囲で安全アンドひなた第一で考える。


「それにしても……これは無いよなぁ……」


 歩きながら自分の格好を見下ろす。


「いや、ハーフパンツにTシャツて……。ちょっとコンビニ行ってくるねの格好なんだよなぁ」


 そう、善隆は部屋着のままだった。


「おまけに裸足だしね。足の裏チクチクするしね。なんでこう……もっと違うタイミング無かったの?女神様?かはわからないけど、転移させた人さん」


 直後、もしタイミングが違えばひなたと別れてたかもしれないと善隆は考える。


「あ、やっぱりタイミンググッジョブかも。ありがとうございます。ありがとうございますじゃねえわ!」


 結局、この状況になった理由はわかるはずもないので、何の説明も無くただ理不尽に連れてこられたという事実だけが残る。


(異世界もののアニメや漫画の主人公たちは、よく独り言が増えるけど、めっちゃわかる。たぶん不安から来るものも有るんだよね)


 例えば、目が覚めるとお城の中で、目の前にいる王様から世界を救ってくれと言われたり。
 例えば、女神様の前で目が覚めて、世界を救ってくれと言われたり。
 そんな説明が有ってもいいんじゃないかと、善隆は心の中で愚痴る。
 せめてそういった状況であったなら、周りからサポートして貰えたり、サポートは無くとも今よりは幾分かマシのはずだと。


(とりあえず、モンスターよりも先に人に会いたい……)


   ……………………

   ………………

   …………



 歩き続けてどれくらいだろうか。
 二十分は経過しただろう頃、唐突に変化が訪れた。


「おっ! ひな見て! 森! …………………いや森かぁ……賭けだなぁ」


 前方二百メートル有るか無いかの位置に、横に広がるように樹々が並んでいるのが見えた。

 そう、森である。
 善隆の少ない知識の中で、食料はもちろん森には湖や川などがあるイメージが有るため、飲水も確保出来そうだなと、ただし森の場合は遭難や、他の怖い生き物が居る可能性が高い。
 ハイリスクハイリターンの賭けにも近い。

 前方を指差しひなたに声を掛けるも、ひなたは横から善隆の顔をずっと見つめている。


「なんか、どうしたの? 俺の顔ばっか見るね」


 不思議には感じるが、その見つめる姿がまたかわいいので、善隆の不安も薄れる。

 森のような場所を見つけて素直に喜べないのには理由が有る。
 先程善隆も考えた通り、魔物的な存在や、単純にライオンや虎等の野生動物だ。
 襲われたらそこで人生が終了する。ひなただけは逃げて欲しいが、間違いなく善隆は逃げきれないだろう。


 考えているうちも足は止めず、徐々に森らしき場所へと近付いてきた。
 近付いてみて初めて気付いた事が有る。

 そこまで大きくない森だったのだ。
 森だと思っていたが、いや森かもしれないが、恐らく直径で二百メートルも無いかも知れない。

 草原の中にポツンとある不思議な森。
 樹の高さはそれぞれ十メートルくらいだろう、それでいて枝葉が多いので森の中は薄暗そうだが、そこまで深くない事に善隆は安堵する。

 それでもそのまま進入するのには勇気が要る。
 何が起こるか分からないからだ。

 森の外周を平行に、森を中心として外側を周るように歩く。


(だめか……樹が邪魔で良く見えないな)


 森から数メートル離れた位置から目を凝らし、樹と樹の間、なるべく奥の方を見ようとするがそれでもあまり見えない。


(草が生い茂っていて、樹がやたら多いって感じか……とりあえず危険は無さそう、かな?)


「ひな、今だけはそのまま鳴かずに静かにしててね」


 ひなたの背中を少し撫でながら声を掛ける。
 相変わらず返事は無いが、ひなたが逃げ出さないので、ひなたという猫の危険察知能力を信じ善隆はゆっくりと森の中へ進んだ。




 ガサッ、ガサッと、歩く際に踏みしめる草の音だけが響く。


「なんか、静かすぎるね」


 小声で独り言のように、ひなたに声を掛ける。

 森林と言えば鳥や虫等の生き物が鳴いてるイメージが有るが、そういった生物的な音は一切せず静まり返っている。
 風すら無い森の中で、善隆は歩を進める。


「なんか、不思議な森だなぁ」


 キョロキョロと、周りをお上りさんの如く観察する。
 静かすぎる森に対して、異世界だからかなと付け加えて呟いた。


「ん?」


 先程から善隆は樹と樹の間、間隔で言うと一メートル有るか無いかだが、その間を抜けて真っ直ぐ森を突っ切るように歩いている。
 樹の横を通り過ぎる際に、たまたま目に入った樹の表面。
 間近でまじまじ見ないと気付かない程度に小さいが、青い何かが5センチメートルくらいの間隔で無数に煌めいている。
 一粒の大きさで言うと1ミリメートル有るかどうかだ。


「なんだこれ? ただの樹じゃないのか」

「ニャ~」

「ん?」


 ずっと善隆の独り言になっていた状況に、黙っていたひなたが久しぶりに鳴いた。
 同時に、ひなたが善隆の腕の中から下に飛び降りる。
 猫らしく、音を最小限に控えた着地。


「なんかあった? どうしたの?」


 地面に降りたひなたは一目散に樹に駆け寄ると、そのまま樹で爪研ぎをし始めた。
 背伸びをするように樹に前足を伸ばし、上下に激しく爪を動かしている。

 ガリガリ、ガリガリ、と。


「あぁ……それがしたかったのね」


 日本の部屋に居る時ぶりにその姿を見て、少し涙が込み上げる。

 ああ……ひなだな、と。

 この世界に来て未だ一時間も経っていないが、ずっと気を張っているせいか、その姿に善隆は安堵した。


(ひなが居てくれるだけで、少しは心が落ち着けてるんだなぁ。もし完全に独りだったら……)


 ひなたと別れるのも、ひなたを危険に晒すのも、どちらも善隆にとっては耐え難い。大切な存在だ。
 危険な異世界へに連れてきてしまった、と。
 あの時、膝に乗せていなければ、と考えもしたが、
 だがそれでも、やっぱり一緒に居られて良かったと思う気持ちが強い。


(一緒に居られて良かった、とか。……完全に自分本意な考え方だな)


 本当にひなたの事を想うのならば、そんな考え方ではないはずだ。


(俺だけがいなくなっても、無断欠勤になった会社から緊急連絡先にしてある実家に連絡が行き、母親が俺の部屋に来るのはわかるし、それでひなは無事に保護されるんだ)


「ひな、ごめんね。ありがとね」


 一緒に居てくれて、と。

 中腰になりながら、未だ爪研ぎに夢中なひなたに謝罪と、感謝を伝えた。伝わってはいないだろうが。


「あれ?」


 その時、ひなたの周りの地面が青く煌めいている事に気付く。
 先程 樹の表面に見えていた青く煌めく何かが、ひなたの爪研ぎに合わせてボロボロと落ちているのだ。


「え? これ取れるの?」


 自分でも取れるか試そうと、樹の表面に向かって爪を立ててみるが…


「硬っっった! 硬い! 痛ぇ……」


 表面が少しくらいポロポロと取れても良さそうだが、ビクともしない事に指を抑えながら驚愕する。
 普通の樹の感覚で爪を立てた為に爪が捲れそうになり、先程とは別の理由で涙ぐむ。

 ガリガリ……ガリガリ……


「ひなすげぇ……」


 人間の爪と猫の爪では形状が違えば強度も違う。
 当たり前の事だが、ここまでの違いが出るとは善隆は想像もしていなかった。


「じゃあひな、それはまかせるね。俺は……っと」


 落ちている青い粒のような何か。

 石にしては透き通ってるように見えるが、何せ小さすぎて中身がわからない。
 1ミリメートル程なので、青い砂と言われればそうも見えるが、宝石を見ているような、綺麗な粒。明らかに光を少し反射している。

 いくら光を反射していても、小さすぎて遠くからではわからなかった。増して森の中は薄暗い。


「青い宝石が埋め込まれた樹木……異世界感出てきたなぁ」

(宝石かどうかはわからないけど。この世界じゃただのゴミだったり)


 善隆は今後の事を考え、少しでもお金になりそうだと判断したものは極力手に入れていこうと考えた。


(価値が無いとわかったら捨てればいいし)


「ひなの爪研ぎが終わったらこの青い石は全て回収するとして。あとは……何とか歩いてきたけど、そろそろ靴が欲しいな」


 現状、多少チクチクとはしていたものの、大きな怪我はしていない。
 ただ今後もそうはいかないと考え、善隆は身近な物で足に捲ける物を探す。


(改めて考えると、小枝とか踏んで刺さらなくて良かったな……)


「とりあえずやる事は……」


 〇探索をスムーズにする為、履物を手に入れる。
 〇ひなたの爪研ぎが終わり次第、青い石の回収。
 〇武器になりそうなものを探し、無ければ最悪作る。
 〇探索しなから、少し森の奥に進む。
 〇道中で食料を可能な限り調達し、水場があるか探す。
 〇水場付近で休む。


「よし、これでいこう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

検索魔法で助けたもふもふ奴隷が伝説の冒険者だったなんて聞いてませんっ

富士とまと
ファンタジー
異世界に妹と別々の場所へと飛ばされました。 唯一使える鑑定魔法を頼りに妹を探す旅を始めます。 ですがどうにも、私の鑑定魔法って、ちょっと他の人と違うようです。 【鑑定結果〇〇続きはWEBで】と出るんです。 続きをWEBで調べると、秘伝のポーションのレシピまで表示されるんです。 なんだか、もふもふ奴隷さんに懐かれてしまったのですけど、奴隷とか無理ですごめんなさいっ。 尻尾ふらないでぇ!もふもふもふ。 ギルド職員に一目置かれちゃったんですけど、私、普通の接客業ですよ? *無自覚の能力チート+日本人の知識無双で、時々プチざまぁしつつの、もふもふスローライフ?*

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...