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九月四日 7
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ある時下の階が静かになる。生徒達は皆出入り口の方を向いていた。
……ああ、風紀委員か。まさか委員長直々に来るとはな、暇なのか。
まあ他の委員が多忙でここまで手が回っていないから狐桜が表に出てきたのだろう。
一瞬、そのサルビアブルーの瞳と目が合った。
「……っ」
手首に痛みが走り、見下ろすと爪を立てて引っ掻いていた。荒んだ傷口から血が滲んでいた。
そのまま手首を握って隠す。仄暗い感情が生まれるのを知りながら。
忌々しい。
どうして、俺と狐桜は関わろうとするのだろうか。
嫌いだというのなら最低限のもの以外関わろうとしなければいい。そうすれば嫌な気持ちにもならないだろう。しかし、どうしてか関わってしまう。
どうして、どうしてなんだ。どうしてこんな……
もう一度階下を見下ろすと狐桜が転校生と親衛隊らしき生徒を取り調べの為に連れて行こうとして一匹狼擬きと爽やかな見た目のやつに食いかかられていた。
何故そんなに怒ってるのか、ただ取り調べをするだけだというのに。俺にとっては理解できない行動だ。さっさとやって終わらせればいいものの、見当違いな憶測を口に出して離さんとする。
「……っ、ふ」
ああ可笑しい。とても滑稽だ、きっと今の俺の表情は見るに堪えないだろう。
……ああ、そういえば俺の表情筋は仕事をしていなかったんだったな。ここでも違う。
動くことのないその表情はまた何時動き出すのだろうか。
感情が無いのとは違う。ただ、動かず、動かし方も忘れてしまっただけ。
それはどんなに滑稽だろうか。当たり前がない。普通じゃない。
ただ、人より不幸が多かっただけだというのに。
不甲斐ない。
「いつまでこれをやってるんだろうな」
「ん~狐桜サマがキレるまでじゃない?」
「うわぁっ!?」
「わっ!?」
つい漏れ出てしまった声に答えを返したのはいつの間にやら階上にやってきた黄桜だった。それに鶴白と恋心が驚きの声を漏らす。
ちょうどいい、これを利用しよう。
「ほう、ならすぐになるな。あいつは短気だ」
「それはどうかなぁ」
「あ?」
「あれは生徒会長サマにだけだよん」
ぴょんぴょんとスキップしているつもりなのか跳ねてきて俺の肩に腕を乗っけて圧し掛かる。
「重い」
「そんなツレナイ事言わないでよ~で、どう思った?」
「子供か」
「だよねーでも―――」
黄桜が口を耳に近づけて囁く。
―――咲弥もだよね。
ばっと腕を振り払ってそこに狙いを定める。
「っ!」
「うわっ!?ごめんごめん今のは僕が悪かったから首を絞めようとしないで」
「―――」
「っ……」
「次はない」
「わか、った……」
その言葉を聞き、手を放す。黄桜の首には生々しい絞めた跡が付いていた。
俺は、弱い。
その赤くなった首に指を滑らせる。これは、俺がやった。決して忘れてはいけない。忘れることは、できない。
「咲弥、ごめんね」
真綿で締められたかのようだ。
「さて、ようやくあいつもキレたようだな。いつもより滑稽だ」
「……」
「いつまでそうしている。さっさと座れ。どうせお前のことだから飯もまだだろう」
「うん」
頷いて俺の隣に座る。
その距離はいつもよりほんの少しだけ離れていた。
怖かった。
これが、天川の言っていた学園の深い部分の一部なのかと。
それはいつものことなのだろう。気安く言葉を交ぜ合わせている時に起こった。
ただ黄桜が天川の耳元で囁いた
次の瞬間、彼の首は天川に掴まれ絞められようとしていた。
赤く染まる顔、紫に変わろうとする首。何よりも恐ろしかったのは
天川の手首から覗いてしまったその傷。
付けたばかりなのか血がまだ付いていて瘡蓋にすらなっていなかった。
いったい何時付けたのか、どうしてつけたのか。
傷口の血が固まるのは傷が小さいのなら意外と早い。しかしまだ滲んでいるそれは近くでつけられたもの。もしかしたら食事後かもしれない。
何故、それは傷ついたのか。
わからない。
変わらない表情、氷のような、鋭さを持った声音。
濁った、美しい瞳。
「っ……」
息を呑む。これほどまでに美しい瞳はあるのかと。
惹きこまれる。その醜い、暗い感情を表した瞳に。
目が離せない。その極上の美しさにこのまま時が停まるような気がして――
――動き出す。
「さて、ようやくあいつもキレたようだな。いつもより滑稽だ」
黄桜の首から手を離した彼の目にはもう何もない。あの美しさの名残は一欠片も見つけられず内心落胆してしまう。と、その時そんな自分に気が付いて思わず笑ってしまった。
相変わらず趣味が悪い。
自分はどうやら悪趣味らしい。思えばBLの好みもそうだった。執着、依存、そんなものが多く出てくるものをよく好んで読んでいた。
もっと見てみたい。その美しさを。
この人なら魅せてくれるのではないだろうか。
だってこんなにも深いものを見せてくれたのだから。
「ああ、わかった」
俺はこれの為にここに来て彼の親衛隊に入ったんだ。これを少しでも近くで見るために。
だからどんな時でも守ろう。彼が強くならないようにするために。
だからどんな時でも見ていよう。その弱さが鈍らないように。
そうして見せてくれればいい。曝け出してくれればいい。貴方にはその憐れな姿が一番似合う。
何だったらもっと近くにいられる存在にでもなって見ようか。前は気が乗らなかったが恋人、なんて、一番良いのではないか。俺は彼のその闇に、美しさに、瞳に恋している。
前から恋心のようなものも抱いていたのかもしれない。その隠れていた闇を無意識に知っていて。だから一目見て彼の親衛隊に入ったのだろう。ここがいいって。
「なってみせる。だから待っててね」
そうしてその弱さを見せて俺に甘えてくれよ。
小さく呟いて決意した。
でも、心のどこかで変わりきれなかった自分が変わってしまった自分を怖い、とどこかで呟いた。
……ああ、風紀委員か。まさか委員長直々に来るとはな、暇なのか。
まあ他の委員が多忙でここまで手が回っていないから狐桜が表に出てきたのだろう。
一瞬、そのサルビアブルーの瞳と目が合った。
「……っ」
手首に痛みが走り、見下ろすと爪を立てて引っ掻いていた。荒んだ傷口から血が滲んでいた。
そのまま手首を握って隠す。仄暗い感情が生まれるのを知りながら。
忌々しい。
どうして、俺と狐桜は関わろうとするのだろうか。
嫌いだというのなら最低限のもの以外関わろうとしなければいい。そうすれば嫌な気持ちにもならないだろう。しかし、どうしてか関わってしまう。
どうして、どうしてなんだ。どうしてこんな……
もう一度階下を見下ろすと狐桜が転校生と親衛隊らしき生徒を取り調べの為に連れて行こうとして一匹狼擬きと爽やかな見た目のやつに食いかかられていた。
何故そんなに怒ってるのか、ただ取り調べをするだけだというのに。俺にとっては理解できない行動だ。さっさとやって終わらせればいいものの、見当違いな憶測を口に出して離さんとする。
「……っ、ふ」
ああ可笑しい。とても滑稽だ、きっと今の俺の表情は見るに堪えないだろう。
……ああ、そういえば俺の表情筋は仕事をしていなかったんだったな。ここでも違う。
動くことのないその表情はまた何時動き出すのだろうか。
感情が無いのとは違う。ただ、動かず、動かし方も忘れてしまっただけ。
それはどんなに滑稽だろうか。当たり前がない。普通じゃない。
ただ、人より不幸が多かっただけだというのに。
不甲斐ない。
「いつまでこれをやってるんだろうな」
「ん~狐桜サマがキレるまでじゃない?」
「うわぁっ!?」
「わっ!?」
つい漏れ出てしまった声に答えを返したのはいつの間にやら階上にやってきた黄桜だった。それに鶴白と恋心が驚きの声を漏らす。
ちょうどいい、これを利用しよう。
「ほう、ならすぐになるな。あいつは短気だ」
「それはどうかなぁ」
「あ?」
「あれは生徒会長サマにだけだよん」
ぴょんぴょんとスキップしているつもりなのか跳ねてきて俺の肩に腕を乗っけて圧し掛かる。
「重い」
「そんなツレナイ事言わないでよ~で、どう思った?」
「子供か」
「だよねーでも―――」
黄桜が口を耳に近づけて囁く。
―――咲弥もだよね。
ばっと腕を振り払ってそこに狙いを定める。
「っ!」
「うわっ!?ごめんごめん今のは僕が悪かったから首を絞めようとしないで」
「―――」
「っ……」
「次はない」
「わか、った……」
その言葉を聞き、手を放す。黄桜の首には生々しい絞めた跡が付いていた。
俺は、弱い。
その赤くなった首に指を滑らせる。これは、俺がやった。決して忘れてはいけない。忘れることは、できない。
「咲弥、ごめんね」
真綿で締められたかのようだ。
「さて、ようやくあいつもキレたようだな。いつもより滑稽だ」
「……」
「いつまでそうしている。さっさと座れ。どうせお前のことだから飯もまだだろう」
「うん」
頷いて俺の隣に座る。
その距離はいつもよりほんの少しだけ離れていた。
怖かった。
これが、天川の言っていた学園の深い部分の一部なのかと。
それはいつものことなのだろう。気安く言葉を交ぜ合わせている時に起こった。
ただ黄桜が天川の耳元で囁いた
次の瞬間、彼の首は天川に掴まれ絞められようとしていた。
赤く染まる顔、紫に変わろうとする首。何よりも恐ろしかったのは
天川の手首から覗いてしまったその傷。
付けたばかりなのか血がまだ付いていて瘡蓋にすらなっていなかった。
いったい何時付けたのか、どうしてつけたのか。
傷口の血が固まるのは傷が小さいのなら意外と早い。しかしまだ滲んでいるそれは近くでつけられたもの。もしかしたら食事後かもしれない。
何故、それは傷ついたのか。
わからない。
変わらない表情、氷のような、鋭さを持った声音。
濁った、美しい瞳。
「っ……」
息を呑む。これほどまでに美しい瞳はあるのかと。
惹きこまれる。その醜い、暗い感情を表した瞳に。
目が離せない。その極上の美しさにこのまま時が停まるような気がして――
――動き出す。
「さて、ようやくあいつもキレたようだな。いつもより滑稽だ」
黄桜の首から手を離した彼の目にはもう何もない。あの美しさの名残は一欠片も見つけられず内心落胆してしまう。と、その時そんな自分に気が付いて思わず笑ってしまった。
相変わらず趣味が悪い。
自分はどうやら悪趣味らしい。思えばBLの好みもそうだった。執着、依存、そんなものが多く出てくるものをよく好んで読んでいた。
もっと見てみたい。その美しさを。
この人なら魅せてくれるのではないだろうか。
だってこんなにも深いものを見せてくれたのだから。
「ああ、わかった」
俺はこれの為にここに来て彼の親衛隊に入ったんだ。これを少しでも近くで見るために。
だからどんな時でも守ろう。彼が強くならないようにするために。
だからどんな時でも見ていよう。その弱さが鈍らないように。
そうして見せてくれればいい。曝け出してくれればいい。貴方にはその憐れな姿が一番似合う。
何だったらもっと近くにいられる存在にでもなって見ようか。前は気が乗らなかったが恋人、なんて、一番良いのではないか。俺は彼のその闇に、美しさに、瞳に恋している。
前から恋心のようなものも抱いていたのかもしれない。その隠れていた闇を無意識に知っていて。だから一目見て彼の親衛隊に入ったのだろう。ここがいいって。
「なってみせる。だから待っててね」
そうしてその弱さを見せて俺に甘えてくれよ。
小さく呟いて決意した。
でも、心のどこかで変わりきれなかった自分が変わってしまった自分を怖い、とどこかで呟いた。
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