キラワレモノノ学園

Lara

文字の大きさ
上 下
8 / 28

九月一日 7

しおりを挟む
それからソファーから起き上がる。眩暈の余韻が残っているがこれぐらいなら平気だ。

「わっ、あまちゃん、安静にしてないと~」
「大丈夫だ、もう収まった」
「そう?ならいーけど……」

とは言っているがその声にはどこか心配気な色を含んでいる。
部屋の中を見回してあの影がいなくなっているのを確認する。やっぱりか……

「どうしたのぉ?そんなきょろきょろして~」
「いや、なんでもない」

あの言葉で一気に俺の心は搔き乱される。あの影はそれの影響で出たものだろう。それが消えているのに安心する。しかし、また何時出てくるのか、何時見つめられるのかが

怖い

「お前、諍いを起こしたまま飯を食ってねぇだろ、頼んでここに持ってきてもらうか」
「あっ、そういえばそうだね~お腹ペコペコだよぉ」

ピ、ピ、ピ、と壁に備え付けられていた食堂のものと同じ黒塗りのタブレットの画面をタップする。

「ど、れ、に、し、よ、う、か、な~」
「早く決めろよ」
「ええ~迷っちゃ~う」

うぜぇ……

ふと手を止める。静かな凪いだような瞳が手元を見下ろしていた。

「ねぇ、あまちゃん」
「なんだ?」
「僕って、駄目な子だよねぇ……」
「は?なんだ突然」

ついにはタブレットをテーブルに降ろし、両手で顔を覆う。さらりと金色の髪が指の間から零れて流れる。その姿は何かを願うように乞うように見える。

「皆に身勝手なことで迷惑かけて、でも縋りつくのを止められなくて……僕はいらない子なんだぁ……」
「……っ、それは」

『貴方なんて産まなきゃよかった』

脳裏に高い声が再生される。

金星はそのまま腕を倒して沈み込むようにテーブル伏せていく。

「あまちゃんもどうせ思ってるんでしょ~?こんなチャラチャラして勝手なやつなんて要らな~いって」
「そんなことねぇよ」
「……え?」

俺の否定にはっとした金星が顔を上げる。その表情は心底驚いたような顔で、彼が思い詰めていたことがわかる。

ここにいると心の古傷を抉られることばかり起こる。それはきっと同じような境遇を持った者達が集まっているからだろう。

「お前は確かに軟派で人の言うことを聞かねぇ困ったやつだがな、今日みたいに」
「うぐっ」

俺の言葉に胸を押さえて呻く。そりゃあ今までの行動を見るとそう言うしかねぇだろ。

「だがな、仕事はきっちりと終わらせるし時を見て場の雰囲気を盛り上げてくれている。そもそもな、仕事ができねぇならまだしも、仕事ができるんだったら要らねぇってことはねぇんだよ」

とは言っても、人間関係や先程言ったことの反対だが場の雰囲気を致命的なものに変えるやつだったら願い下げだがな。しかし、そんなこともねぇ、なら何を望めと?

「まあ、セフレとかで問題も度々起こってはいるがそれは俺も同じだ。肉体関係を持てば誰かしら想いを寄せてきたりするだろう。それでもお前はその問題は自分で片づけているだろう?」
「それは……そーだけどさぁ」

いつまでもうじうじとしているのにため息を吐く。それに反応してびくり、と肩を震わせて見上げてくるのは怒られている子供みたいだ。

もしかしなくても、落ち込んだらとことん落ち込むたちなのか?こいつは。すげぇ面倒になってきた。

今日はこいつだけではなく、他のやつらの知らない面を知る機会が多い。宇治しかり、金星しかり。そのうち椎倉と渡辺兄弟の別の面も知る機会が来そうだ。

「面倒くせぇな、別に要らねぇなんて思ってないもんは思ってない。それでいいだろうが、あ?なんか文句でもあんのかよ」
「え、え~?な、無いけどさぁ」
「なら別にいいだろ?逆にこれだけのことをこなしてくれるお前が必要だ。それだけだ」
「う、うん」

照れたように頷く金星。恥ずかしそうに俯いているから気づかなかった。

その夜の目には今までとは違う光の星が宿っていたことに。


嬉しかった。

今まで必要とされたことなんてなかった。反対に要らない子とばかり言われてきた。物心がつく前から、ずっと、魂にまでその考えを刻み込むように。
だから僕は中学になってここに入れられた。邪魔な存在の受け皿と言われているこの学園に。自分の全てを否定された、けれどそれは今までのものと同じ、変わりないものだ。

でもここはそんな怖い人達はいなくてすごく生きやすかったんだ。
だけど今まで身に刻まれてきた否定の言葉はいつまでも付き纏ってきた。

それが嫌で自分自身も変えていこうと思ったんだ。そうしたら、要らないと言われてた自分とは違う人になれる。服の着方も変えて、口調も変えて、癖も変えて、文字も変えて、好みも、嫌いなものも変えて、変えて変えて変えて……

だけど、要らないっていう言葉が、言葉だけが残ってた。

でも、でもでもでも、あまちゃんはそんな僕を必要って言ってくれたんだ!
その言葉を聞いた瞬間、僕はよくわからない感情に困惑したんだ。でも、その感情は歓喜だということにすぐに気付いた。大きすぎてわからなかっただけだった。

あまちゃんは僕が必要あまちゃんは僕が必要……すごく嬉しい。

だから、それと同時に考えてしまう。

あまちゃんが僕のことをあの人達みたいに『要らない』って言ってきたら。

僕はとんでもないことをしてしまうかもしれない。

そんな予感があった。

だからすごく怖い。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

一度くらい、君に愛されてみたかった

和泉奏
BL
昔ある出来事があって捨てられた自分を拾ってくれた家族で、ずっと優しくしてくれた男に追いつくために頑張った結果、結局愛を感じられなかった男の話

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

処理中です...