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九月一日 7
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それからソファーから起き上がる。眩暈の余韻が残っているがこれぐらいなら平気だ。
「わっ、あまちゃん、安静にしてないと~」
「大丈夫だ、もう収まった」
「そう?ならいーけど……」
とは言っているがその声にはどこか心配気な色を含んでいる。
部屋の中を見回してあの影がいなくなっているのを確認する。やっぱりか……
「どうしたのぉ?そんなきょろきょろして~」
「いや、なんでもない」
あの言葉で一気に俺の心は搔き乱される。あの影はそれの影響で出たものだろう。それが消えているのに安心する。しかし、また何時出てくるのか、何時見つめられるのかが
怖い
「お前、諍いを起こしたまま飯を食ってねぇだろ、頼んでここに持ってきてもらうか」
「あっ、そういえばそうだね~お腹ペコペコだよぉ」
ピ、ピ、ピ、と壁に備え付けられていた食堂のものと同じ黒塗りのタブレットの画面をタップする。
「ど、れ、に、し、よ、う、か、な~」
「早く決めろよ」
「ええ~迷っちゃ~う」
うぜぇ……
ふと手を止める。静かな凪いだような瞳が手元を見下ろしていた。
「ねぇ、あまちゃん」
「なんだ?」
「僕って、駄目な子だよねぇ……」
「は?なんだ突然」
ついにはタブレットをテーブルに降ろし、両手で顔を覆う。さらりと金色の髪が指の間から零れて流れる。その姿は何かを願うように乞うように見える。
「皆に身勝手なことで迷惑かけて、でも縋りつくのを止められなくて……僕はいらない子なんだぁ……」
「……っ、それは」
『貴方なんて産まなきゃよかった』
脳裏に高い声が再生される。
金星はそのまま腕を倒して沈み込むようにテーブル伏せていく。
「あまちゃんもどうせ思ってるんでしょ~?こんなチャラチャラして勝手なやつなんて要らな~いって」
「そんなことねぇよ」
「……え?」
俺の否定にはっとした金星が顔を上げる。その表情は心底驚いたような顔で、彼が思い詰めていたことがわかる。
ここにいると心の古傷を抉られることばかり起こる。それはきっと同じような境遇を持った者達が集まっているからだろう。
「お前は確かに軟派で人の言うことを聞かねぇ困ったやつだがな、今日みたいに」
「うぐっ」
俺の言葉に胸を押さえて呻く。そりゃあ今までの行動を見るとそう言うしかねぇだろ。
「だがな、仕事はきっちりと終わらせるし時を見て場の雰囲気を盛り上げてくれている。そもそもな、仕事ができねぇならまだしも、仕事ができるんだったら要らねぇってことはねぇんだよ」
とは言っても、人間関係や先程言ったことの反対だが場の雰囲気を致命的なものに変えるやつだったら願い下げだがな。しかし、そんなこともねぇ、なら何を望めと?
「まあ、セフレとかで問題も度々起こってはいるがそれは俺も同じだ。肉体関係を持てば誰かしら想いを寄せてきたりするだろう。それでもお前はその問題は自分で片づけているだろう?」
「それは……そーだけどさぁ」
いつまでもうじうじとしているのにため息を吐く。それに反応してびくり、と肩を震わせて見上げてくるのは怒られている子供みたいだ。
もしかしなくても、落ち込んだらとことん落ち込む質なのか?こいつは。すげぇ面倒になってきた。
今日はこいつだけではなく、他のやつらの知らない面を知る機会が多い。宇治しかり、金星しかり。そのうち椎倉と渡辺兄弟の別の面も知る機会が来そうだ。
「面倒くせぇな、別に要らねぇなんて思ってないもんは思ってない。それでいいだろうが、あ?なんか文句でもあんのかよ」
「え、え~?な、無いけどさぁ」
「なら別にいいだろ?逆にこれだけのことを熟してくれるお前が必要だ。それだけだ」
「う、うん」
照れたように頷く金星。恥ずかしそうに俯いているから気づかなかった。
その夜の目には今までとは違う光の星が宿っていたことに。
嬉しかった。
今まで必要とされたことなんてなかった。反対に要らない子とばかり言われてきた。物心がつく前から、ずっと、魂にまでその考えを刻み込むように。
だから僕は中学になってここに入れられた。邪魔な存在の受け皿と言われているこの学園に。自分の全てを否定された、けれどそれは今までのものと同じ、変わりないものだ。
でもここはそんな怖い人達はいなくてすごく生きやすかったんだ。
だけど今まで身に刻まれてきた否定の言葉はいつまでも付き纏ってきた。
それが嫌で自分自身も変えていこうと思ったんだ。そうしたら、要らないと言われてた自分とは違う人になれる。服の着方も変えて、口調も変えて、癖も変えて、文字も変えて、好みも、嫌いなものも変えて、変えて変えて変えて……
だけど、要らないっていう言葉が、言葉だけが残ってた。
でも、でもでもでも、あまちゃんはそんな僕を必要って言ってくれたんだ!
その言葉を聞いた瞬間、僕はよくわからない感情に困惑したんだ。でも、その感情は歓喜だということにすぐに気付いた。大きすぎてわからなかっただけだった。
あまちゃんは僕が必要あまちゃんは僕が必要……すごく嬉しい。
だから、それと同時に考えてしまう。
あまちゃんが僕のことをあの人達みたいに『要らない』って言ってきたら。
僕はとんでもないことをしてしまうかもしれない。
そんな予感があった。
だからすごく怖い。
「わっ、あまちゃん、安静にしてないと~」
「大丈夫だ、もう収まった」
「そう?ならいーけど……」
とは言っているがその声にはどこか心配気な色を含んでいる。
部屋の中を見回してあの影がいなくなっているのを確認する。やっぱりか……
「どうしたのぉ?そんなきょろきょろして~」
「いや、なんでもない」
あの言葉で一気に俺の心は搔き乱される。あの影はそれの影響で出たものだろう。それが消えているのに安心する。しかし、また何時出てくるのか、何時見つめられるのかが
怖い
「お前、諍いを起こしたまま飯を食ってねぇだろ、頼んでここに持ってきてもらうか」
「あっ、そういえばそうだね~お腹ペコペコだよぉ」
ピ、ピ、ピ、と壁に備え付けられていた食堂のものと同じ黒塗りのタブレットの画面をタップする。
「ど、れ、に、し、よ、う、か、な~」
「早く決めろよ」
「ええ~迷っちゃ~う」
うぜぇ……
ふと手を止める。静かな凪いだような瞳が手元を見下ろしていた。
「ねぇ、あまちゃん」
「なんだ?」
「僕って、駄目な子だよねぇ……」
「は?なんだ突然」
ついにはタブレットをテーブルに降ろし、両手で顔を覆う。さらりと金色の髪が指の間から零れて流れる。その姿は何かを願うように乞うように見える。
「皆に身勝手なことで迷惑かけて、でも縋りつくのを止められなくて……僕はいらない子なんだぁ……」
「……っ、それは」
『貴方なんて産まなきゃよかった』
脳裏に高い声が再生される。
金星はそのまま腕を倒して沈み込むようにテーブル伏せていく。
「あまちゃんもどうせ思ってるんでしょ~?こんなチャラチャラして勝手なやつなんて要らな~いって」
「そんなことねぇよ」
「……え?」
俺の否定にはっとした金星が顔を上げる。その表情は心底驚いたような顔で、彼が思い詰めていたことがわかる。
ここにいると心の古傷を抉られることばかり起こる。それはきっと同じような境遇を持った者達が集まっているからだろう。
「お前は確かに軟派で人の言うことを聞かねぇ困ったやつだがな、今日みたいに」
「うぐっ」
俺の言葉に胸を押さえて呻く。そりゃあ今までの行動を見るとそう言うしかねぇだろ。
「だがな、仕事はきっちりと終わらせるし時を見て場の雰囲気を盛り上げてくれている。そもそもな、仕事ができねぇならまだしも、仕事ができるんだったら要らねぇってことはねぇんだよ」
とは言っても、人間関係や先程言ったことの反対だが場の雰囲気を致命的なものに変えるやつだったら願い下げだがな。しかし、そんなこともねぇ、なら何を望めと?
「まあ、セフレとかで問題も度々起こってはいるがそれは俺も同じだ。肉体関係を持てば誰かしら想いを寄せてきたりするだろう。それでもお前はその問題は自分で片づけているだろう?」
「それは……そーだけどさぁ」
いつまでもうじうじとしているのにため息を吐く。それに反応してびくり、と肩を震わせて見上げてくるのは怒られている子供みたいだ。
もしかしなくても、落ち込んだらとことん落ち込む質なのか?こいつは。すげぇ面倒になってきた。
今日はこいつだけではなく、他のやつらの知らない面を知る機会が多い。宇治しかり、金星しかり。そのうち椎倉と渡辺兄弟の別の面も知る機会が来そうだ。
「面倒くせぇな、別に要らねぇなんて思ってないもんは思ってない。それでいいだろうが、あ?なんか文句でもあんのかよ」
「え、え~?な、無いけどさぁ」
「なら別にいいだろ?逆にこれだけのことを熟してくれるお前が必要だ。それだけだ」
「う、うん」
照れたように頷く金星。恥ずかしそうに俯いているから気づかなかった。
その夜の目には今までとは違う光の星が宿っていたことに。
嬉しかった。
今まで必要とされたことなんてなかった。反対に要らない子とばかり言われてきた。物心がつく前から、ずっと、魂にまでその考えを刻み込むように。
だから僕は中学になってここに入れられた。邪魔な存在の受け皿と言われているこの学園に。自分の全てを否定された、けれどそれは今までのものと同じ、変わりないものだ。
でもここはそんな怖い人達はいなくてすごく生きやすかったんだ。
だけど今まで身に刻まれてきた否定の言葉はいつまでも付き纏ってきた。
それが嫌で自分自身も変えていこうと思ったんだ。そうしたら、要らないと言われてた自分とは違う人になれる。服の着方も変えて、口調も変えて、癖も変えて、文字も変えて、好みも、嫌いなものも変えて、変えて変えて変えて……
だけど、要らないっていう言葉が、言葉だけが残ってた。
でも、でもでもでも、あまちゃんはそんな僕を必要って言ってくれたんだ!
その言葉を聞いた瞬間、僕はよくわからない感情に困惑したんだ。でも、その感情は歓喜だということにすぐに気付いた。大きすぎてわからなかっただけだった。
あまちゃんは僕が必要あまちゃんは僕が必要……すごく嬉しい。
だから、それと同時に考えてしまう。
あまちゃんが僕のことをあの人達みたいに『要らない』って言ってきたら。
僕はとんでもないことをしてしまうかもしれない。
そんな予感があった。
だからすごく怖い。
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