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静かな草原と、狐男
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次の日、アッシュは朝早くに店の前へとやってきた。
「おはようございます、廉さん」
「おはようございます。…その馬、乗るんですか」
「えぇ」
アッシュの隣には、大きな一頭の馬。
どうやらアッシュは馬術に優れているようで、地方のさまざまな馬術を競う競技にも出ているらしい。
(と、近所の住人が話しているのを聞いた。)
「廉さんは私の後ろに乗ってください。この馬は私と長く共に過ごしていますから、貴方を振り落とすことはありません」
アッシュはそう言うと、馬の頭をポンポンと叩きながらよろしくねと言った。
「アッシュさん…馬ってどうやって乗るんですか?」
「あぁ、少々お待ちくださいね」
軽やかに馬に飛び乗ったアッシュは、小さく呪文のような何かを唱える。
と、その瞬間廉の身体はフッと宙に浮き、気が付くと馬の上に乗っていた。
「おぉー…すごい…」
「ありがとうございます。では、行きましょうか」
アッシュの弟が待つ村へは、馬を走らせて1時間ほどかかるらしい。
廉とアッシュは青空の下、少し言葉を交わしながら進んでいった。
この世界に来る前の廉の身の上話や、今から向かうアッシュの生まれ故郷の話、お互いに共通する部分は弟がいることくらいだったが、話は弾み、二人の会話はどこか穏やかだった。
「弟さん、早く良くなるといいですね」
廉はそう言うと、アッシュは小さく頷いた。
「前に行ったときも元気でしたから、きっと大丈夫でしょう。ですが、やはり顔を見るまでは落ち着きません」
そんなやり取りをしていると、道端に立つ一人の男が目に入った。
その道は町も何もなく、あるのはだだっ広い草原だけ。
近づくにつれ、その男の姿は鮮明になり、男の頭には狐のような耳が生えていることが分かった。
「…獣人?こんなところで、どうしたんでしょう。廉さん、少し待っていてください」
そう言うとアッシュは、馬から降りるとその男へ声をかけた。
「どうされましたか」
「道に迷ってしまいましてね。俺は旅人なのですが、地図をなくしまして…。道案内を頼みたい」
ヘヘ、と笑う男の姿に、廉はどこか違和感を感じた。
口元は笑っているのに、目は笑っていない。何かを探るような目つきをしているように見えたのだ。
「地図がないと不便でしょう。この先の村に地図がありますし、一緒に行きますか?」
アッシュは快く応じ、男に手を差し出した。
「ありがたいね、頼むよ」
男がその手を握ろうとした、その瞬間だった。
廉の頭の中に、突如として奇妙な声が響く。
『こいつの薬草と金さえ手に入れば…!』
その声は、男の心そのものだと直感的に感じた。
廉は一瞬迷ったが、そんな暇はない、と馬から降りるとアッシュの手を引いた。
「おぉっ…と…!廉さん?」
「アッシュさん!この男、アッシュさんの荷物を盗むつもりです!」
アッシュは一瞬驚いたが、なるほどな、と理解し、すぐさま男との間に距離を取った。
「何者だ?」
男は一瞬動揺したが、すぐに態勢を立て直すと素早くアッシュの薬草が入ったカバンをひったくった。
二人があっ、と思ったその瞬間、男は狐の姿へと変化し、一目散にその場を後にした。
「待って…!」
廉が手を伸ばすと、その瞬間にアッシュは手のひらを男へ向け、紋章を光らせた。
その光から矢が数本出現する。かと思えば数秒後、見事な精度で男が咥えたバッグに狙いを定め、一直線に飛んだ。
「!?」
男は驚いたのか、狐の姿から元の男の姿へと変化する。
その勢いでカバンは地面に転がり、アッシュはそれを素早く拾い上げた。
「この私の荷物を盗むとは、いい度胸です」
アッシュは静かに、そして怒りを込めて男を睨む。
男は狐の耳をペタンと頭に添わせるように下げると、悪かった、とぽつりと呟いた。
「おはようございます、廉さん」
「おはようございます。…その馬、乗るんですか」
「えぇ」
アッシュの隣には、大きな一頭の馬。
どうやらアッシュは馬術に優れているようで、地方のさまざまな馬術を競う競技にも出ているらしい。
(と、近所の住人が話しているのを聞いた。)
「廉さんは私の後ろに乗ってください。この馬は私と長く共に過ごしていますから、貴方を振り落とすことはありません」
アッシュはそう言うと、馬の頭をポンポンと叩きながらよろしくねと言った。
「アッシュさん…馬ってどうやって乗るんですか?」
「あぁ、少々お待ちくださいね」
軽やかに馬に飛び乗ったアッシュは、小さく呪文のような何かを唱える。
と、その瞬間廉の身体はフッと宙に浮き、気が付くと馬の上に乗っていた。
「おぉー…すごい…」
「ありがとうございます。では、行きましょうか」
アッシュの弟が待つ村へは、馬を走らせて1時間ほどかかるらしい。
廉とアッシュは青空の下、少し言葉を交わしながら進んでいった。
この世界に来る前の廉の身の上話や、今から向かうアッシュの生まれ故郷の話、お互いに共通する部分は弟がいることくらいだったが、話は弾み、二人の会話はどこか穏やかだった。
「弟さん、早く良くなるといいですね」
廉はそう言うと、アッシュは小さく頷いた。
「前に行ったときも元気でしたから、きっと大丈夫でしょう。ですが、やはり顔を見るまでは落ち着きません」
そんなやり取りをしていると、道端に立つ一人の男が目に入った。
その道は町も何もなく、あるのはだだっ広い草原だけ。
近づくにつれ、その男の姿は鮮明になり、男の頭には狐のような耳が生えていることが分かった。
「…獣人?こんなところで、どうしたんでしょう。廉さん、少し待っていてください」
そう言うとアッシュは、馬から降りるとその男へ声をかけた。
「どうされましたか」
「道に迷ってしまいましてね。俺は旅人なのですが、地図をなくしまして…。道案内を頼みたい」
ヘヘ、と笑う男の姿に、廉はどこか違和感を感じた。
口元は笑っているのに、目は笑っていない。何かを探るような目つきをしているように見えたのだ。
「地図がないと不便でしょう。この先の村に地図がありますし、一緒に行きますか?」
アッシュは快く応じ、男に手を差し出した。
「ありがたいね、頼むよ」
男がその手を握ろうとした、その瞬間だった。
廉の頭の中に、突如として奇妙な声が響く。
『こいつの薬草と金さえ手に入れば…!』
その声は、男の心そのものだと直感的に感じた。
廉は一瞬迷ったが、そんな暇はない、と馬から降りるとアッシュの手を引いた。
「おぉっ…と…!廉さん?」
「アッシュさん!この男、アッシュさんの荷物を盗むつもりです!」
アッシュは一瞬驚いたが、なるほどな、と理解し、すぐさま男との間に距離を取った。
「何者だ?」
男は一瞬動揺したが、すぐに態勢を立て直すと素早くアッシュの薬草が入ったカバンをひったくった。
二人があっ、と思ったその瞬間、男は狐の姿へと変化し、一目散にその場を後にした。
「待って…!」
廉が手を伸ばすと、その瞬間にアッシュは手のひらを男へ向け、紋章を光らせた。
その光から矢が数本出現する。かと思えば数秒後、見事な精度で男が咥えたバッグに狙いを定め、一直線に飛んだ。
「!?」
男は驚いたのか、狐の姿から元の男の姿へと変化する。
その勢いでカバンは地面に転がり、アッシュはそれを素早く拾い上げた。
「この私の荷物を盗むとは、いい度胸です」
アッシュは静かに、そして怒りを込めて男を睨む。
男は狐の耳をペタンと頭に添わせるように下げると、悪かった、とぽつりと呟いた。
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