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第一章 乙女ゲームに転生した転性者は純潔を守るためバッドエンドを目指す

50.初夜イベント2

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アンジェリカ
「んむ!」

 柔らかいブレイデン君の唇が、俺の唇を小鳥みたいに啄む。何度も、何度も。

 あ!? この感触! 昨日の夜と同じ...え!? えぇ~!?

 ブレイデン君のキスから逃れようと、腕に力を込めて押し返そうとするが、勇者の身体を押し返すパワーなど、俺にはなかった。

 ドサッ

 ベッドに自ら倒れて、ブレイデン君を見上げる。

 ブレイデン君の瞳が紫色にキラリと光り、スッとした鼻筋が近付く。

アンジェリカ
「ちょ、待って!」

ブレイデン
「前世から待っていたのです。もう、待てません」

 ブレイデン君が俺の上に体重をかけて乗って来る。

 ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ! このままではヤラれる!

アンジェリカ
「お、俺! 転性者なんだ!」

ブレイデン
「知っていますよ?」

 アンジェリカのドレスのボタンが少しずつ外されていく。

アンジェリカ
「違う! 転生して性別も変わったって意味! だから、中身は男なんだよ!」

 ボタンをかけ直そうとするが、手が震えて上手く出来ない。俺が一つかける間にブレイデン君は三つボタンを外してしまう。

ブレイデン
「ですから知っています」

アンジェリカ
「はぁ!?」

 俺はボタンは諦め、ブレイデン君の腕を捕まえる。

ブレイデン
「転生者ときいて直ぐに分かりました。そんな事で卑屈にならないで! 中身が男性で、身体が女性とか私には最高ですから」

 ブレイデン君は再び俺に口付けた。今度は小鳥のようなキスではなく、犬みたいに舌で舐めてくる。

 ぎゃ~! 今までの紳士はどこ行った!?

 俺はブレイデン君の手を離して、必死にブレイデン君の胸を押し返そうとするが、やっぱり、びくともしない。今度は後ろに逃げ場もなく、逃れられそうもない。

 そ、し、て! 気が付いたら全部ボタンが開いている!? 生地の薄いスリップがあらわになっている。

 これ、シュミーズドレスだと思ってたけど、もしかして初夜用のネグリジェだったのでは? 簡単にオープンになり過ぎ!

 どうしよう? 大声で叫んで助けを呼ぶ? でも、そうしたらブレイデン君の名誉が傷付くことに...そもそも、夫婦の営みで助けを呼ぶってどうなの? 呼んだところで、誰か助けに来てくれるんだろうか? 拒絶したらブレイデン君が傷付いて、去って行くかもしれない。

 そしたら、ギルドアカデミーはどうなる? ちゃんと俺達だけで運営できるのか? 友情を育んで去っていくなら問題ないのだろうが、離婚してブレイデン君が去ったらギルドもホワイト領から撤退するのでは?

 そうなれば、元の貧しいホワイト領に戻るどころか、ギルドアカデミー建設費用の巨額の借金だけが残り、今度こそ経済破綻する!

 アンジェリカはゾッとした。

 ホワイト領の皆が飢えて死ぬ?

 一気に鳥肌が立つ。

 だけど、目の前にいるブレイデン君が民を見捨てる無責任な男にはみえない。ブレイデン君自身も領民達とはすでに仲良しだ。ちょっと、夜の生活を断ったくらいで、そんな酷いことはしないはず? あれ? でも昨日...

アンジェリカ
「そ、そう言えば! 昨日、式の翌日には旅立つとか言ってなかったっけ?」

 ブレイデン君は鳥肌が立った俺の二の腕をさする。

ブレイデン
「そういえば、明日から新婚旅行ですね。一日あけた方が良かったですか? もし、明日、体が辛かったら、旅行を延期しますので、遠慮せず言って下さいね」

 えぇ~!? 新婚旅行だったの? ちゃんと説明してよ! 広報活動旅行かと思ってた。しかも、そういう気遣い!?

アンジェリカ
「ち、ちなみに、夫婦の営みの方を延期するというのは?」

ブレイデン
「そんなに不安ですか? それとも...寒いですか? もしかして具合が悪い?」

アンジェリカ
「具合は悪くないけど...」

 その手があったか! 具合が悪ければいいんだ!

アンジェリカ
「いや! 具合が悪いかも! ちょっと、寒くて! お腹冷やしちゃったかも!?」

ブレイデン
「...そんなに元気いっぱい言われると嫌われているみたいで悲しいです」

アンジェリカ
「あ、いや、嫌いとかそういうのじゃなくてだね...」

ブレイデン
「嫌ではないのですね? では、私が温めてあげます」

 ブレイデン君の温かい手が、俺のお腹を撫でる。

アンジェリカ
「いや! そうじゃない! あ、もう、いいです! 十分に温まりました!」

 ブレイデン君が眉をしかめて俺を見下ろす。話の通じない野獣のようで、普段の穏やかな姿がどこにも感じられない。

 知らない人みたいだ。

 そう思ったら、急に怖くなって、ブルブルと震えが止まらなくなってしまった。

 いつもの優しいブレイデン君を見つけようと、俺の視線は彷徨った。

 だけど、ブレイデン君の顔には微かに怒りが浮かんでいる。

 怖い...。

 目が涙で滲んで、視界が悪くなった。

 目を瞑ると今まで思い出が走馬灯のように駆け巡る。

 式で永遠を口にしたブレイデン君の唇が俺の手の甲に触れた柔らかい感触。

 一緒にソファに座って、寄り掛かったときのブレイデン君の背中の硬さ。

 舞踏会で手を引いてくれたブレイデン君の腕の太さ。

 ギルドの書類を広げ、重要事項記述をなぞった指のふしくれ。

 詐欺師を捕まえた翌朝に、朝日を浴びて笑っていたブレイデン君の白い歯。

 晩餐会で非難されている俺を庇ってくれた、ブレイデン君の低くて穏やかな声。

 爵位授与式で遠くから見つめた、英雄然たるブレイデン君の横顔。

 出会った、あの日。スライディングタックルをかましてしまったブレイデン君の長い脚。

 抱きしめられたときの体温やエキゾチックでウッディな香り。

 思い出の香りが、今も間近で強く香る。

 ブレイデン君は、いつだって、俺のピンチに駆けつけるヒーローだった...

ブレイデン
「怖がらないで」

 凍りついた空気を優しく動かすような、熱く甘い声が耳元で囁く。

 俺の睫毛に溜まった涙の雫を、ブレイデン君の熱い舌が舐めとる。

 この変態ヤロウ!

 目を開くと、俺のよく知っているブレイデン君の笑顔が鼻先にあった。

ブレイデン
「アンジェリカ、愛してる」

 顔から火が出るほどに俺の体は熱を帯びる。

ブレイデン
「私の天使...どうか貴女無しでは生きられない私を哀れんで」

 この夜、慈悲深い俺がどうなったのかは、誰も聞かないで欲しい。
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