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17. 社交ダンスは社交が目的です
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夜会がスタートした。
国王陛下による開会の挨拶から始まる。
だが、閲覧席に座る貴族達は、国王陛下のありがたいお言葉には興味がなく、大半の者がデビュタントの入場を今か今かと待ち侘びていた。
自然と今年注目のデビュタントやキャバリエ(エスコート役の男性)の話題が囁かれる。
「ホワイト家のニコラス様はギルドアカデミーの最先端ファッションで現れるかしら?」
「アンジェリカ様がお洒落だからといって、御子息までお洒落だとは限らないんじゃない?」
「ニコラス様は天使のような男の子だと噂されているけど、本当かしら?」
近年、社交界のファッションをリードして来たのはアンジェリカ伯爵とデボラ男爵夫人である。その子女であるニコラスとドリスに注目が集まるのは必然のことであった。
「ドリス・シルバー男爵令嬢は誕生日にプレゼントで山が出来るほどの美貌なのだとか」
「高慢で、言い寄る男性に火をつける魔女らしいですわよ?」
「爬虫類を使い魔にしているんですって!」
「心が操られた男は全裸で死ぬまで踊り続けるらしわ!」
「まぁ! 恐ろしい!」
冗談半分に面白おかしく噂話が語られる。
国王
「それでは諸君らに、今年、新しく社交界に加わるレディと、その騎士を紹介しよう」
入場のマーチ(行進曲)が演奏され、身分順に名前が呼ばれる。
今年は王族にデビューする者がいないため、アリアンナ公爵令嬢とその兄のカップルが1番最初に名前が呼ばれて入場した。
閲覧席からの拍手の大きさで、その家名の勢力の大きさが伺える。
そして、ドリス達も、さほど間を開けずに名前が呼ばれた。
ドリスは男爵令嬢だが、キャバリエであるニコラスが次期伯爵という上位の身分であるからだ。
本当の意味での貴族とは爵位のある者のことで、厳密には、それ以外の者は平民である。爵位を継承することが決まっているニコラスの身分は、継承権のない公爵家の子女よりも社交界での序列は高い。
司会
「ドリス・シルバー男爵令嬢様、並びに、ニコラス・ホワイト次期伯爵様」
一際大きな歓声が上がる。
会場にドリスとニコラスが風を切って登場すると、笑いながら噂話をしていた人々は、言葉を失った。
白い肌、銀の髪、細い腰に形の良い胸、ドリス・シルバーは女神の彫刻でもこれほどまでに整っていないだろうと思わせるほどの美しい造形だ。大粒のエメラルドの瞳と、うっかり視線を合わせたら、心臓は火炙りにされたように恋心で燃え上がるだろう。
歩く度にヒラヒラと揺れるドレスは、まるで妖精の花園。ドリスの美しさを少しも邪魔することなく引き立てる。
噂は冗談ではなく本当だった!
全てのデビュタント達が整列すると、来場者全員にスパークリングワインが配られる。乾杯に続いて、バレリーナによる舞踊、オペラ歌手による歌唱が披露され、格調高い舞踏会の権威が示された。
それが終わると、カドリーユという社交ダンスが始まる。カドリーユはカップル同士で踊るフォークダンスの様なもので、自由に踊れるダンスとは違い、ステップの順番が決まっており複雑だ。カドリーユの中でもワルツやポルカのステップが出てくるため、踊り手はあらゆる踊りをマスターしていないといけない。
だが、最も大変なのは社交である。曲が進むにつれて、対になって踊るカップルが少しずつ変わり、その度に挨拶が交わされる。踊りのステップばかりに気を取られていると笑顔が失われて、会話もろくに出来ずに終わってしまうのだ。しかし、会話に気を取られ過ぎたらダンスの順番が分からなくなる。気の利いた言葉を短時間で簡素に述べつつ、相手の挨拶にも反応しなくてはいけないのに、ダンスも優雅でなくてはいけない。社交ダンスであるカドリーユは運動神経と知性が要求される踊りなのである。
ただえさえ緊張する初めての夜会デビュー。背伸びして履いた高めのヒールに、いつもよりも重たい豪華な衣装がデビュタントの踊りの邪魔をする。今まで経験した事がないドレスの広がり。キャバリエ(エスコート役)も、その広がる裾をさばき切れず、アクシデントが連発する。
ドレスの裾を踏んで転ぶ者、他人のアクセサリーに髪を引っ掛け立ち往生する者、他人のアクシデントに気を取られ、自分のステップを忘れる者。
ここまでは、毎年あることだが、今年のアクシデントは一味違っていた。
スタートはカップル内でお辞儀をし、今度は対になるカップルとお辞儀をする。
お辞儀の後で、対になるカップルのキャバリエは、ドリスの宝石のような瞳と目があった。思わず、ステップを忘れて立ち尽くす。
パートナーのデビュタントが慌ててキャバリエのお尻を叩き、ニコラスの真似をさせることで、ダンスは何とか再開された。
今度はステップを踏みながら、斜め向かいにズレて、別のカップルにも挨拶をする。すると今度のキャバリエはドリスを意識するあまり、自分のパートナーの存在を忘れ、パートナーのドレスの裾を踏んで盛大に転んだ。
ドレスを踏まれてよろめくデビュタントを、ニコラスが抱きとめ、転倒を防ぐ。
ニコラス
「大丈夫?」
「は、はいぃ!」
ニコラス
「怪我が無くて良かった」
今度はニコラスの笑顔にデビュタントの目が眩んだ。
急いで立ち上がったキャバリエにデビュタントを返したが、ドレスの裾を踏んでもいないのに、今度はキャバリエが転倒した。
だが、ダンスはすでに次のステップへと移行している。
デビュタントの事はパートナーのキャバリエに任せて、ニコラスとドリスは自分達が次に対になるカップルの場所へと移動した。
今度の相手カップルのキャバリエは、パートナー交換のステップでドリスと密着する。ドリスの甘い香水の香りが漂う。
すると、突然キャバリエは前屈みで内股になり、おかしなステップを踊る。
元のカップルへと戻るステップで、デビュタントがパートナーのキャバリエの元へ戻ると、デビュタントはキャバリエの異変に気が付いた。
「嫌ですわ! トイレに行きたいなら何でさっき行かなかったの!?」
「いや、そういう訳じゃ...」
「そうじゃないなら、しっかりしてよ!」
険悪なムードで一曲目が終わった。
国王陛下による開会の挨拶から始まる。
だが、閲覧席に座る貴族達は、国王陛下のありがたいお言葉には興味がなく、大半の者がデビュタントの入場を今か今かと待ち侘びていた。
自然と今年注目のデビュタントやキャバリエ(エスコート役の男性)の話題が囁かれる。
「ホワイト家のニコラス様はギルドアカデミーの最先端ファッションで現れるかしら?」
「アンジェリカ様がお洒落だからといって、御子息までお洒落だとは限らないんじゃない?」
「ニコラス様は天使のような男の子だと噂されているけど、本当かしら?」
近年、社交界のファッションをリードして来たのはアンジェリカ伯爵とデボラ男爵夫人である。その子女であるニコラスとドリスに注目が集まるのは必然のことであった。
「ドリス・シルバー男爵令嬢は誕生日にプレゼントで山が出来るほどの美貌なのだとか」
「高慢で、言い寄る男性に火をつける魔女らしいですわよ?」
「爬虫類を使い魔にしているんですって!」
「心が操られた男は全裸で死ぬまで踊り続けるらしわ!」
「まぁ! 恐ろしい!」
冗談半分に面白おかしく噂話が語られる。
国王
「それでは諸君らに、今年、新しく社交界に加わるレディと、その騎士を紹介しよう」
入場のマーチ(行進曲)が演奏され、身分順に名前が呼ばれる。
今年は王族にデビューする者がいないため、アリアンナ公爵令嬢とその兄のカップルが1番最初に名前が呼ばれて入場した。
閲覧席からの拍手の大きさで、その家名の勢力の大きさが伺える。
そして、ドリス達も、さほど間を開けずに名前が呼ばれた。
ドリスは男爵令嬢だが、キャバリエであるニコラスが次期伯爵という上位の身分であるからだ。
本当の意味での貴族とは爵位のある者のことで、厳密には、それ以外の者は平民である。爵位を継承することが決まっているニコラスの身分は、継承権のない公爵家の子女よりも社交界での序列は高い。
司会
「ドリス・シルバー男爵令嬢様、並びに、ニコラス・ホワイト次期伯爵様」
一際大きな歓声が上がる。
会場にドリスとニコラスが風を切って登場すると、笑いながら噂話をしていた人々は、言葉を失った。
白い肌、銀の髪、細い腰に形の良い胸、ドリス・シルバーは女神の彫刻でもこれほどまでに整っていないだろうと思わせるほどの美しい造形だ。大粒のエメラルドの瞳と、うっかり視線を合わせたら、心臓は火炙りにされたように恋心で燃え上がるだろう。
歩く度にヒラヒラと揺れるドレスは、まるで妖精の花園。ドリスの美しさを少しも邪魔することなく引き立てる。
噂は冗談ではなく本当だった!
全てのデビュタント達が整列すると、来場者全員にスパークリングワインが配られる。乾杯に続いて、バレリーナによる舞踊、オペラ歌手による歌唱が披露され、格調高い舞踏会の権威が示された。
それが終わると、カドリーユという社交ダンスが始まる。カドリーユはカップル同士で踊るフォークダンスの様なもので、自由に踊れるダンスとは違い、ステップの順番が決まっており複雑だ。カドリーユの中でもワルツやポルカのステップが出てくるため、踊り手はあらゆる踊りをマスターしていないといけない。
だが、最も大変なのは社交である。曲が進むにつれて、対になって踊るカップルが少しずつ変わり、その度に挨拶が交わされる。踊りのステップばかりに気を取られていると笑顔が失われて、会話もろくに出来ずに終わってしまうのだ。しかし、会話に気を取られ過ぎたらダンスの順番が分からなくなる。気の利いた言葉を短時間で簡素に述べつつ、相手の挨拶にも反応しなくてはいけないのに、ダンスも優雅でなくてはいけない。社交ダンスであるカドリーユは運動神経と知性が要求される踊りなのである。
ただえさえ緊張する初めての夜会デビュー。背伸びして履いた高めのヒールに、いつもよりも重たい豪華な衣装がデビュタントの踊りの邪魔をする。今まで経験した事がないドレスの広がり。キャバリエ(エスコート役)も、その広がる裾をさばき切れず、アクシデントが連発する。
ドレスの裾を踏んで転ぶ者、他人のアクセサリーに髪を引っ掛け立ち往生する者、他人のアクシデントに気を取られ、自分のステップを忘れる者。
ここまでは、毎年あることだが、今年のアクシデントは一味違っていた。
スタートはカップル内でお辞儀をし、今度は対になるカップルとお辞儀をする。
お辞儀の後で、対になるカップルのキャバリエは、ドリスの宝石のような瞳と目があった。思わず、ステップを忘れて立ち尽くす。
パートナーのデビュタントが慌ててキャバリエのお尻を叩き、ニコラスの真似をさせることで、ダンスは何とか再開された。
今度はステップを踏みながら、斜め向かいにズレて、別のカップルにも挨拶をする。すると今度のキャバリエはドリスを意識するあまり、自分のパートナーの存在を忘れ、パートナーのドレスの裾を踏んで盛大に転んだ。
ドレスを踏まれてよろめくデビュタントを、ニコラスが抱きとめ、転倒を防ぐ。
ニコラス
「大丈夫?」
「は、はいぃ!」
ニコラス
「怪我が無くて良かった」
今度はニコラスの笑顔にデビュタントの目が眩んだ。
急いで立ち上がったキャバリエにデビュタントを返したが、ドレスの裾を踏んでもいないのに、今度はキャバリエが転倒した。
だが、ダンスはすでに次のステップへと移行している。
デビュタントの事はパートナーのキャバリエに任せて、ニコラスとドリスは自分達が次に対になるカップルの場所へと移動した。
今度の相手カップルのキャバリエは、パートナー交換のステップでドリスと密着する。ドリスの甘い香水の香りが漂う。
すると、突然キャバリエは前屈みで内股になり、おかしなステップを踊る。
元のカップルへと戻るステップで、デビュタントがパートナーのキャバリエの元へ戻ると、デビュタントはキャバリエの異変に気が付いた。
「嫌ですわ! トイレに行きたいなら何でさっき行かなかったの!?」
「いや、そういう訳じゃ...」
「そうじゃないなら、しっかりしてよ!」
険悪なムードで一曲目が終わった。
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