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7. デビュタント(デビューする女性)

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ドリス
「ニコ...お化粧室に寄って欲しいのだけど...」

ニコラス
「ハングライダーは降りたら終わりだけど、それでもいい?」

ドリス
「うん。もう、十分楽しんだからいい!」

ニコラス
「分かった! じゃあ、すぐに着陸するね!」

 その瞬間、ドリスはザワっと嫌な予感がした。

 ニコラスはハングライダーのコントロールバーを引いて急降下を開始する。速度が増す機体。2月の冷たい風がドリスに吹きつける。

 ぎゃ~! 速い! 怖い! 寒い! チビリそう! うわぁ~ん!!

 着陸ポイント付近に近付くと、何故か今度はスピードを落とし、8の字に旋回しながらゆっくり降りる。

ドリス
「ニ、ニコ! 早く!」

ニコラス
「ゆっくり降りないと危ないよ?」

 こっちは違う意味で危ないんだって! ニコの馬鹿! 色々と限界! もうダメェ~!!!

 ようやく地面間近まで降りてくる。

ニコラス
「着陸するよ? オレがフレアー(停止)操作したら、小走り気味に着地してね」

ドリス
「うん!」

 ニコラスがフレアー操作をすると地面すれすれに飛んでいたハングライダーの機首が持ち上がり、ハングライダーは一気に減速した。

 足を出して、地面に合わせて足を動かす。

 着地の瞬間、重力の衝撃が体にかかる。

 うっ、耐えるのよドリス!

 着地成功!

ニコラス
「ドリちゃんお疲れ様!」

 ニコラスがドリスのハーネスを外してくれる。

ドリス
「ニコお疲れ様」

 やったぁ~! 間に合った! 着地の衝撃になんとか耐えきったわ!

 ドリスは辺りを見渡した。

ドリス
「それで...お化粧室は何処に?」

ニコラス
「ここから馬車で民家に移動して借りよう」

 今はまだ、馬車の迎えは近くにいない。

ドリス
「う、嘘!?」

ニコラス
「嘘じゃないよ?」

ドリス
「も、もう、無理!」

ニコラス
「じゃあ、ハングライダーで目隠し作ってあげるからここでする?」

ドリス
「外でするの!?」

ニコラス
「我慢出来るならしなくていいけど、馬車の迎えが来て皆の前で漏らしたら大変じゃない?」

ドリス
「目隠し作って!」

 ニコラスがハングライダーの一部を手早く解体し、目隠しを作ってくれたものの、つなぎを脱いで、外でトイレをする羽目になったドリスは、多大なる羞恥心に耐えなくてはいけなかった。

 ニコが関わるといつもこうしてワタクシばかりが恥をかくのよ! 爬虫類令嬢とか、裸マッチョ好き令嬢とか、贈り物と男心を火炙りにする魔女とか、最近はとんでもない噂まで流れているんだから!


 馬車が迎えに来ても放心状態で立ちすくむドリスに、ニコラスが遠慮がちに声をかける。

ニコラス
「ドリちゃん...その...」

ドリス
「何?」

ニコラス
「結婚してくれる?」

 ドリスは空を見上げた。

 今日は憎たらしいほどのいい天気である。白い小さな雲がゆったりと流れていく。

ニコラス
「ドリちゃん?」

 ドリスは思いっきり新鮮な空気を吸い込んで胸に溜めた。

ドリス
「無理に決まってるでしょ! どうしてワタクシが、こんなに惨めな気持ちでいると思っているの!? 少しは反省しなさいよ! ハングライダーがダメだって言ってるんじゃないのよ! 正直、ちょっと胸がときめいたけど、こんな大変な遊びをするなら前もって言いなさいよ! こっちは何の準備も出来なかったじゃない! その所為で髪はぐちゃぐちゃ、楽しいはずの飛行はトイレを我慢する苦行に、レディとしてのプライドはズタズタよ! サプライズしたら女性が喜ぶと思ったら大間違いよ! プロポーズは一生の思い出になるの! こんなに恥ずかしい記憶とセットで承諾なんて出来る訳ないじゃない! 女性も準備出来るように配慮しなさいよ! それに、どうしてキャベツや蝶になろうとするの! 人間になりなさい!」

ニコラス
「ドリちゃん御免...オレ、人間になる!」

 ドリスは再び遠くを見つめた。

 しかし、ドリスはその所為で重要な事に気が付く事が出来なかった。

 ニコラスは生まれた時から人間である。ドリスが人間になりなさいと言った言葉の意味を理解出来ていなかったのだ。

 恋人とか結婚相手とか、男である以前に、ドリちゃんにとってオレは人間ですらなかったってこと? どうすれば良いの? どうしたら人間だって認めてもらえる? 何をしたらいいのか、オレにはもう分からない。

 ニコラスの瞳から一雫の涙がこぼれ落ちた。

__________


 再び春が来て、ドリスとニコラスは社交界に正式にデビューする歳となった。

 ドリスやニコラスは今までも社交界に出入りしていたが、それは昼の社交界(昼食会や茶会)で、社交界の大本命である夜会(夜の社交界・晩餐会や舞踏会)ではないのだ。

 この国では、初めて王宮の舞踏会にデビューする貴族の女性はデビュタントといわれ、男性のエスコートを受けてデビューする。

 家名を背負って社交界にデビューするデビュタント達にとって、パートナー選びは非常に重要な意味を持っていた。

 権力、財力、人脈を示す事が出来るパートナーを得ようと、どの家も必死になるのである。

 しかしドリスは余裕だった。山のように積まれた手紙はすべて、デビュタントのパートナーの申し込みだった。

 ドリスの母であるデボラ・シルバー男爵夫人は、手紙を前にしてドリスに尋ねた。

デボラ
「誰にするの?」

ドリス
「適当でいいわよ...ニコとかで」

 父であるピーター・シルバー男爵は、困ったように笑った。

ピーター
「ニコラス君が申し込んでくれているんだったら良かったのですが...」

ドリス
「ニコから来てないの!?」

 どうして!? ワタクシと結婚したいってあんなに言ってたのに!?

 ドリスの胸に不安が広がった。


_________
狸田真より

 夜会大好き狸田です! 夜会で歌って欲しいというお仕事依頼がたまにあるのですが、本場ヨーロッパの夜会には行ったことがありません。ダンス友達から教えて貰った話しをもとに、妄想ファンタジーを書いております。
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