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パーティー会場となっていた学園の建物を出て、馬車に乗ろうとしていると、ヴィルヘルムが近付いてきた。
「おい! 遅いぞ! 何ですぐに後を追って来ない!?」
「エミリア嬢の相談を受けておりました」
「相談とは何だ?」
「正妃になる方法を知りたいと...」
「そんな事を教えてどうするんだ!? エミリアが恋敵になってしまうだろ!?」
「恋敵にはなりませんが、妃になるのは難しいと申し上げました」
「何だと!? どうしてだ!?」
「後ろ盾も功績もない上、思慮深さに欠けるからです」
「そうじゃない! どうして恋敵にならないんだ!? お前は私の婚約者だろ!?」
「私が殿下に抱いている感情は恋ではないからです」
バァン!
ヴィルヘルムは近くの壁を思いっきり殴った。
そして、拳を痛めたらしく、手を抱えて悶絶した。
「大変だ! すぐに治療を! 医務室へ戻りましょう!」
「いい! 大丈夫だ!」
「骨が折れたりしていないか確認が必要です」
「もう、夜遅いから、学校医にみせるよりも、宮中医にみせる」
「絶対ですよ? それと、暴力的な行為はお控え下さい。素行が悪くては、王太子候補から外れてしまいます」
「いい!」
「よくありません」
「もういいんだ! 私は王位継承権を放棄して平民になる!」
ヴィルヘルムの声が晴れた夜空に響き渡った。その音をクリスチナは無心で聞いた。近くで大きな音が発せられたはずなのに、遠くで聞こえる微かな音のように、聞き取りづらい音であると感じた。
「聞いているのか!?」
「申し訳ありませんが、よく聞き取れませんでしたので、もう一度お願い致します」
「平民になるんだ!」
「平民になるとか聞こえたような...」
「そうだ! 王子をやめる!」
先程、あんなに頑張って説得したのに、また、振り出しに戻った...殿下、勘弁してくれ! ワタクシは大変に疲れている。頭が痛い...どうしようか...どうやって説得する?
「民を見捨てるのですか?」
「そうだ! 私も民になる!」
「民になってどうなさるのですか?」
「民になったら、少しは愛してくれるだろ...」
「エミリア嬢との愛の事はさておき、どうやって生活なさるおつもりなのですか?」
「エミリアとの愛の話などしていない! 生活は...何とかするさ。婚約破棄するんだから、私の生活のことなんて、お前には関係ないだろ?」
ヴィルヘルムはクリスチナを上目遣いでチラ見しながら喋る。
「いえ、関係がございます」
ヴィルヘルムは笑顔になった。
「なぜだ!?」
「殿下が市井(しせい)に下ると王に宣言し、議会に申請を行えば、ワタクシは殿下の心を繋ぎ止められなかったダメな女として責任を追求されるかもしれません」
まぁ、責任を追求される可能性は極めて無いに等しいが、ゼロではないから嘘にはならないだろう。これで同情してくれないかな?
「責任!? 愛ではなく!? ...お前がどうなろうと知るものか!」
ダメか...では、エミリア嬢の責任を追求される路線で交渉を...
「だが、お前が私に平民になって欲しくないと泣いて縋るなら考えてやってもいい! 大体、婚約破棄を言い渡されたのに泣いて縋らないなんて...ゴニョゴニョ」
そんな簡単なことでいいならいくらでもさせて頂きます!
「殿下に平民になって欲しくないです!」
ヴィルヘルムは呆れた顔をクリスチナに向けた。
「泣いていないじゃないか」
涙が必要だったか! それはちょっと難しいかもしれない? 涙は出そうにないから誤魔化しますか...
クリスチナは土下座して額を地面に擦り付けた。顔が見えないように。
「殿下に平民になって欲しくないです!」
涙声っぽい口調で言ってみた。
「っ...ど、土下座をして欲しいなんて言っていないぞ!? 面(おもて)を上げろ!」
面を上げたら、泣いていないのがバレてしまう。しかし、臣下として命令に従わないわけにはいかない。どうする?
迷っているとヴィルヘルムがクリスチナを立たせようと近付いて来た。
クリスチナは顔が見られないように、ヴィルヘルムの脚にしがみつく。
「殿下に平民になって欲しくないです!」
そのまま一気に殿下の体をよじ登り、胸に顔を埋める。
「はぁ!? おまっ! ちょっ! はぁ~?」
よし! これで、面は上げた! が顔は見られていない。その隙にハンカチを取り出して、目を擦り、涙を拭き取ったフリをすれば、水分はなくても不思議じゃないし、目は赤くなるし完璧だ!
「平民にはならないと約束して下さい!」
「わ、分かった」
良かった! 良かった! 作戦成功です。最初からハンカチを出せば良かったと今更気が付きましたが、結果として殿下は動揺して交渉を有利に進めることが出来ました!
「有難うございます。では、ワタクシは女王陛下に卒業のご挨拶に伺いますので、一緒に王宮に帰りましょう」
「い、一緒に!?」
「はい。あ、エミリア嬢が誤解されますでしょうか? でしたら、別の馬車で...」
「いや!? なんでエミリアの名前が出る!? 誤解などしようもないだろ? 一緒にか、カエるぞ!」
なんか変な発音をされているな...殿下の語学の先生に発言の相談をしなくては。
「おい! 遅いぞ! 何ですぐに後を追って来ない!?」
「エミリア嬢の相談を受けておりました」
「相談とは何だ?」
「正妃になる方法を知りたいと...」
「そんな事を教えてどうするんだ!? エミリアが恋敵になってしまうだろ!?」
「恋敵にはなりませんが、妃になるのは難しいと申し上げました」
「何だと!? どうしてだ!?」
「後ろ盾も功績もない上、思慮深さに欠けるからです」
「そうじゃない! どうして恋敵にならないんだ!? お前は私の婚約者だろ!?」
「私が殿下に抱いている感情は恋ではないからです」
バァン!
ヴィルヘルムは近くの壁を思いっきり殴った。
そして、拳を痛めたらしく、手を抱えて悶絶した。
「大変だ! すぐに治療を! 医務室へ戻りましょう!」
「いい! 大丈夫だ!」
「骨が折れたりしていないか確認が必要です」
「もう、夜遅いから、学校医にみせるよりも、宮中医にみせる」
「絶対ですよ? それと、暴力的な行為はお控え下さい。素行が悪くては、王太子候補から外れてしまいます」
「いい!」
「よくありません」
「もういいんだ! 私は王位継承権を放棄して平民になる!」
ヴィルヘルムの声が晴れた夜空に響き渡った。その音をクリスチナは無心で聞いた。近くで大きな音が発せられたはずなのに、遠くで聞こえる微かな音のように、聞き取りづらい音であると感じた。
「聞いているのか!?」
「申し訳ありませんが、よく聞き取れませんでしたので、もう一度お願い致します」
「平民になるんだ!」
「平民になるとか聞こえたような...」
「そうだ! 王子をやめる!」
先程、あんなに頑張って説得したのに、また、振り出しに戻った...殿下、勘弁してくれ! ワタクシは大変に疲れている。頭が痛い...どうしようか...どうやって説得する?
「民を見捨てるのですか?」
「そうだ! 私も民になる!」
「民になってどうなさるのですか?」
「民になったら、少しは愛してくれるだろ...」
「エミリア嬢との愛の事はさておき、どうやって生活なさるおつもりなのですか?」
「エミリアとの愛の話などしていない! 生活は...何とかするさ。婚約破棄するんだから、私の生活のことなんて、お前には関係ないだろ?」
ヴィルヘルムはクリスチナを上目遣いでチラ見しながら喋る。
「いえ、関係がございます」
ヴィルヘルムは笑顔になった。
「なぜだ!?」
「殿下が市井(しせい)に下ると王に宣言し、議会に申請を行えば、ワタクシは殿下の心を繋ぎ止められなかったダメな女として責任を追求されるかもしれません」
まぁ、責任を追求される可能性は極めて無いに等しいが、ゼロではないから嘘にはならないだろう。これで同情してくれないかな?
「責任!? 愛ではなく!? ...お前がどうなろうと知るものか!」
ダメか...では、エミリア嬢の責任を追求される路線で交渉を...
「だが、お前が私に平民になって欲しくないと泣いて縋るなら考えてやってもいい! 大体、婚約破棄を言い渡されたのに泣いて縋らないなんて...ゴニョゴニョ」
そんな簡単なことでいいならいくらでもさせて頂きます!
「殿下に平民になって欲しくないです!」
ヴィルヘルムは呆れた顔をクリスチナに向けた。
「泣いていないじゃないか」
涙が必要だったか! それはちょっと難しいかもしれない? 涙は出そうにないから誤魔化しますか...
クリスチナは土下座して額を地面に擦り付けた。顔が見えないように。
「殿下に平民になって欲しくないです!」
涙声っぽい口調で言ってみた。
「っ...ど、土下座をして欲しいなんて言っていないぞ!? 面(おもて)を上げろ!」
面を上げたら、泣いていないのがバレてしまう。しかし、臣下として命令に従わないわけにはいかない。どうする?
迷っているとヴィルヘルムがクリスチナを立たせようと近付いて来た。
クリスチナは顔が見られないように、ヴィルヘルムの脚にしがみつく。
「殿下に平民になって欲しくないです!」
そのまま一気に殿下の体をよじ登り、胸に顔を埋める。
「はぁ!? おまっ! ちょっ! はぁ~?」
よし! これで、面は上げた! が顔は見られていない。その隙にハンカチを取り出して、目を擦り、涙を拭き取ったフリをすれば、水分はなくても不思議じゃないし、目は赤くなるし完璧だ!
「平民にはならないと約束して下さい!」
「わ、分かった」
良かった! 良かった! 作戦成功です。最初からハンカチを出せば良かったと今更気が付きましたが、結果として殿下は動揺して交渉を有利に進めることが出来ました!
「有難うございます。では、ワタクシは女王陛下に卒業のご挨拶に伺いますので、一緒に王宮に帰りましょう」
「い、一緒に!?」
「はい。あ、エミリア嬢が誤解されますでしょうか? でしたら、別の馬車で...」
「いや!? なんでエミリアの名前が出る!? 誤解などしようもないだろ? 一緒にか、カエるぞ!」
なんか変な発音をされているな...殿下の語学の先生に発言の相談をしなくては。
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