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第三幕 学生期
240.償いの方法
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アントニオ
「今すぐに謝りに行く!」
バルド
「その楽譜は、あの娘の物じゃないかもしれないのにか?」
アントニオ
「どっちだっていいんだ!」
リン
「どっちだっていいってことはないだろ?」
アントニオ
「皆がテオドラ様を疑ったとき、カヴィタ様だけは、テオドラ様の善良さを信じていた。そんな優しい人が、嘘をつくはずがない! この楽譜がカヴィタ様の物じゃなくても、歌をプレゼントしようとしてくれたのは本当だと思うんだ! 例え嘘だったとしても、疑って傷付けるよりも、信じて俺が騙される方がいい! 今度こそ、信じたいんだ! カヴィタ様がテオドラ様に、そうしたように!」
リン
「分かった。だが、具合の悪い女性の家に、約束なしに訪ねるのはダメだ。まずは手紙を書いて謝罪しろ! 今すぐに!」
アントニオ
「そうだね。だけど、どうやって失われた楽しい時間を取り戻せばいいだろう?」
傷付けるのは簡単だ。だが、その逆は難しい。傷を癒し、幸福を与えるためには、多大なる労力や時間、費用を消費する。
多くの人が、仕方のないミスだったと諦めて、その労力を惜しみ、簡単に謝るだけですませてしまう。
だが、自分は必ず成し遂げなければならない。
毎日、具合が悪くて家にこもっている少女が、見つけてもらえない自分の思いを歌に託した。そして、自分の音を見付けてもらえた事を喜び、目一杯お洒落をしてきたのだ。普段出掛けない人なのだから、きっと、彼女は今日という日のためにドレスを買っている。
どれだけ彼女は俺に期待していた事だろう。
そんな彼女の気持ちを俺は踏みにじってしまったのだ。
どれだけ彼女はガッカリした事だろう。
俺が楽譜の確認を怠らなければ、あんな風に恥をかかせる事もなく、あの時、咄嗟に機転をきかせていれば、楽しくお茶が出来た。
だが、後悔してクヨクヨしている場合ではない! こうしている間にも、彼女は苦しんでいるに違いない!
出来るだけ早く謝罪し、失った以上の喜びを彼女に与え、償わなければならない!
芸術家は人を幸せにするために存在する。人を傷付けたままで終わってはならないのだ!
_________
その日の夜。王都にあるカーン伯爵邸にて。
カヴィタは自室のベッドに横たわっていた。だが、カヴィタの髪や瞳の色は昼のお茶会の時とは異なっていた。
焦茶の髪に焦茶の瞳。それが、カヴィタの本当の色である。昼間の姿は、娘の劣等色を隠そうと、母であるダーシャ・カーン伯爵が光魔法で色を変えていたのである。
魔法が使えない癖に、魔力の吸収だけ出来て、排出が出来ない。普通の焦茶よりも劣っている焦茶。それが、カヴィタの真の姿であった。
傷付いた精神を癒そうと、体が周囲の魔素を吸収しようとする。
もう、お腹も胸もいっぱい。
食べたくないのに、無理矢理、砂糖がいっぱい入った生クリームを口に流し込まれているような感覚である。
吐きそうだけど、吐けなくて、身悶えする。
役立たずの癖に、また、色んな人に迷惑をかけてしまった。
気持ちが落ち込むと、また、吸収が始まる。
カヴィタは大きく深呼吸した。
空(くう)の心を持つのだ。全ての法(法則、掟、習慣、秩序)、精神を支配するものには実体がなく、空(むな)しいものである。私が思う私の恥などなく、悲しみや苦しみも、欲望も無い。誰かの害になってしまうと思っている私や、褒められたいと思う私、死にたいと思う私もいない。空(くう)の心を持つならば、全ての苦しみから解き放たれ、自由な魂は空(そら)へとかえる。
私は自由だ!
傷付けられた心などない! 回復しようと、魔素を吸収する必要はないのだよ。
カヴィタは自身に言い聞かせた。
静かに扉が開き、カーン伯爵が大きな花束を抱えて入って来た。花束は、カンパニュラ・ソリドラアイーダが無数に咲き乱れる全長1m越えの大きな花束である。(カンパニュラ・ソリドラアイーダは釣鐘草の仲間だが、ユリに形状が似ている薄紫色の花をつける)
ダーシャ
「カヴィタ、アントニオ様から届いたんだ」
カヴィタは花束と手紙を受け取る。
『カヴィタ様
私は過ちを犯しました。それも、恩を仇で返す大罪を。
本日、お見せした楽譜は、届いた楽譜のすべてではありませんでした。私は最も大切な楽譜を別にしていたのです。
その楽譜こそが、カヴィタ様が送って下さった楽譜ではないでしょうか?
そうでなかったとしても、貴女様が私のために楽譜を贈って下さった事にかわりはありません。私はその事を大変嬉しく思い、感謝しております。
私が過ちを犯さなければ、お茶をしながら音楽を一緒に楽しめたのに、悔やまれてなりません。
どうか、もう一度機会を与えて下さい! もし、機会を与えて下さるのでしたら、カヴィタ様の曲で最高の演奏をさせて頂きます。その演奏を償いとさせて下さい。
感謝と謝罪の意を持つカンパニュラ・ソリドラアイーダの花を贈ります。
どうか、この花を受け取り、私の償いを受け入れて下さい。どうか、罪人を憐れに思い、赦しを与えて下さい。そして、今度こそ、私の歌声を聴いて下さい。
アントニオ・ジーンシャンより』
カヴィタは花束を抱きしめた。
カヴィタ
「罪深い方」
自由になったはずの心は、再び囚われてしまった。
「今すぐに謝りに行く!」
バルド
「その楽譜は、あの娘の物じゃないかもしれないのにか?」
アントニオ
「どっちだっていいんだ!」
リン
「どっちだっていいってことはないだろ?」
アントニオ
「皆がテオドラ様を疑ったとき、カヴィタ様だけは、テオドラ様の善良さを信じていた。そんな優しい人が、嘘をつくはずがない! この楽譜がカヴィタ様の物じゃなくても、歌をプレゼントしようとしてくれたのは本当だと思うんだ! 例え嘘だったとしても、疑って傷付けるよりも、信じて俺が騙される方がいい! 今度こそ、信じたいんだ! カヴィタ様がテオドラ様に、そうしたように!」
リン
「分かった。だが、具合の悪い女性の家に、約束なしに訪ねるのはダメだ。まずは手紙を書いて謝罪しろ! 今すぐに!」
アントニオ
「そうだね。だけど、どうやって失われた楽しい時間を取り戻せばいいだろう?」
傷付けるのは簡単だ。だが、その逆は難しい。傷を癒し、幸福を与えるためには、多大なる労力や時間、費用を消費する。
多くの人が、仕方のないミスだったと諦めて、その労力を惜しみ、簡単に謝るだけですませてしまう。
だが、自分は必ず成し遂げなければならない。
毎日、具合が悪くて家にこもっている少女が、見つけてもらえない自分の思いを歌に託した。そして、自分の音を見付けてもらえた事を喜び、目一杯お洒落をしてきたのだ。普段出掛けない人なのだから、きっと、彼女は今日という日のためにドレスを買っている。
どれだけ彼女は俺に期待していた事だろう。
そんな彼女の気持ちを俺は踏みにじってしまったのだ。
どれだけ彼女はガッカリした事だろう。
俺が楽譜の確認を怠らなければ、あんな風に恥をかかせる事もなく、あの時、咄嗟に機転をきかせていれば、楽しくお茶が出来た。
だが、後悔してクヨクヨしている場合ではない! こうしている間にも、彼女は苦しんでいるに違いない!
出来るだけ早く謝罪し、失った以上の喜びを彼女に与え、償わなければならない!
芸術家は人を幸せにするために存在する。人を傷付けたままで終わってはならないのだ!
_________
その日の夜。王都にあるカーン伯爵邸にて。
カヴィタは自室のベッドに横たわっていた。だが、カヴィタの髪や瞳の色は昼のお茶会の時とは異なっていた。
焦茶の髪に焦茶の瞳。それが、カヴィタの本当の色である。昼間の姿は、娘の劣等色を隠そうと、母であるダーシャ・カーン伯爵が光魔法で色を変えていたのである。
魔法が使えない癖に、魔力の吸収だけ出来て、排出が出来ない。普通の焦茶よりも劣っている焦茶。それが、カヴィタの真の姿であった。
傷付いた精神を癒そうと、体が周囲の魔素を吸収しようとする。
もう、お腹も胸もいっぱい。
食べたくないのに、無理矢理、砂糖がいっぱい入った生クリームを口に流し込まれているような感覚である。
吐きそうだけど、吐けなくて、身悶えする。
役立たずの癖に、また、色んな人に迷惑をかけてしまった。
気持ちが落ち込むと、また、吸収が始まる。
カヴィタは大きく深呼吸した。
空(くう)の心を持つのだ。全ての法(法則、掟、習慣、秩序)、精神を支配するものには実体がなく、空(むな)しいものである。私が思う私の恥などなく、悲しみや苦しみも、欲望も無い。誰かの害になってしまうと思っている私や、褒められたいと思う私、死にたいと思う私もいない。空(くう)の心を持つならば、全ての苦しみから解き放たれ、自由な魂は空(そら)へとかえる。
私は自由だ!
傷付けられた心などない! 回復しようと、魔素を吸収する必要はないのだよ。
カヴィタは自身に言い聞かせた。
静かに扉が開き、カーン伯爵が大きな花束を抱えて入って来た。花束は、カンパニュラ・ソリドラアイーダが無数に咲き乱れる全長1m越えの大きな花束である。(カンパニュラ・ソリドラアイーダは釣鐘草の仲間だが、ユリに形状が似ている薄紫色の花をつける)
ダーシャ
「カヴィタ、アントニオ様から届いたんだ」
カヴィタは花束と手紙を受け取る。
『カヴィタ様
私は過ちを犯しました。それも、恩を仇で返す大罪を。
本日、お見せした楽譜は、届いた楽譜のすべてではありませんでした。私は最も大切な楽譜を別にしていたのです。
その楽譜こそが、カヴィタ様が送って下さった楽譜ではないでしょうか?
そうでなかったとしても、貴女様が私のために楽譜を贈って下さった事にかわりはありません。私はその事を大変嬉しく思い、感謝しております。
私が過ちを犯さなければ、お茶をしながら音楽を一緒に楽しめたのに、悔やまれてなりません。
どうか、もう一度機会を与えて下さい! もし、機会を与えて下さるのでしたら、カヴィタ様の曲で最高の演奏をさせて頂きます。その演奏を償いとさせて下さい。
感謝と謝罪の意を持つカンパニュラ・ソリドラアイーダの花を贈ります。
どうか、この花を受け取り、私の償いを受け入れて下さい。どうか、罪人を憐れに思い、赦しを与えて下さい。そして、今度こそ、私の歌声を聴いて下さい。
アントニオ・ジーンシャンより』
カヴィタは花束を抱きしめた。
カヴィタ
「罪深い方」
自由になったはずの心は、再び囚われてしまった。
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