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第三幕 学生期

173.強制帰還を防ぐには

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アントニオ
「母上、大丈夫ですか!?」

グリエルモ
「具合が悪くなったのは、どうしてかな? 誰かに魔法をかけられたとか?」

アントニオ
「あ...それは...」

 アントニオは、見ないようにしていた教室の壁に震えながら目を移した。

 だが、壁からは、悪意あるイタズラ書きが消えており、代わりに、リンドウを咥えて踊る龍と、人参の畑、『大地の色は神様からの贈り物。世界の生きとし生ける者への恵み。』という文字が書かれていた。

 ルドとリンだ!

 アントニオの体の奥底から、温かいものが込み上げてくる。

 ルドとリンが消してくれたんだ!

 イジメの問題は解決していないけど、でも、イジメがバレていないなら、全てが丸く収まる! 小さな子供が罪に問われて処分されることもなければ、犯人の子の出身領とジーンシャン領の間に諍(いさか)いが起きることもないだろう。俺も母上にジーンシャン領に連れ戻されなくて済む!

アントニオ
「多分、疲れていたからだと思います。慣れない寮生活でしたし、初めての音楽の授業があり、緊張していましたので。」

ジュン王太子
「疲れ? イタズラ書きは関係していないのですか?」

アントニオ
「あ、すみません。友人が落書きしてしまったようで、申し訳ありません。弁償します。」

ジュン王太子
「いや、この落書きではなくて...別の...」

アントニオ
「別の? 私の具合が悪くなるような落書きがあるのですか?」

 不安そうな顔のアントニオをみて、ジュン王太子は口を噤(つぐ)んだ。アントニオがイジメの事を知らないなら、具合の悪いアントニオに、あの気持ちの悪いイタズラ書きの内容を知らせて、わざわざ辛い思いをさせる必要はないと考えたのだ。

 イジメっ子は、秘密裏に処分すればいい。

ジュン王太子
「いえ、私の勘違いだったようです。」

 にっこりと微笑む王太子に、アントニオもにっこりと笑顔を返す。

 ジュン王太子の配慮を察した他の人間も、アントニオを傷付けないように口を噤んだ。

メアリー
「何はともあれ、良かったわ! さぁ、帰りましょう!」

アントニオ
「そうですね。今日はとても疲れてしまいましたし、寮の部屋に帰ってゆっくりしたいです。」

メアリー
「いいえ、ジーンシャン領に帰りましょう。」

アントニオ
「え!? 何故ですか? 誘拐事件ではなかったのにどうして!?」

メアリー
「心配で私が死んでしまうからよ。」

アントニオ
「母上! 王立学校に通わせてくれる約束です! ね? 父上!」

グリエルモ
「御免ね、トニー。今回のことで、私も一人暮らしをさせてはいけなかったと後悔したんだ。一緒に帰って欲しいな。」

アントニオ
「そんな!? 父上まで!?  ジーンシャン領の学校に通おうが、王立学校に通おうが、命を狙われる時は狙われますし、誘拐されるときは誘拐されますよ。空間移動する相手なら尚更です。むしろ、魔族が相手ならジーンシャン領だと魔族領にひとっ飛びです。」

メアリー
「家庭教師をつけますから、学校に通う必要はありません。絶対に連れて帰ります!」

 えぇええ~~~~!? 学校に通えずに軟禁生活が再開するの!? 絶対に嫌だ!

 そこへ、リッカルドがアウロラとジュゼッペを連れて到着する。

リッカルド
「え!? トニー様!? ご無事だったのですね!?」

アントニオ
「はい。誤解があったみたいです。私は誘拐されていなくて、寮の部屋で寝ていたのです。黒い騎士は私の友人で、部屋へ運んでくれただけなのです。

アウロラ! ちょうど良いところに! 母上と父上が約束を破って私をジーンシャン領に連れ帰ろうとするのです! 説得して!」

アウロラ
「トニー様。もう面倒くさいので、諦めて帰りましょう。私もジーンシャン領に帰れば、母様や姉様と暮らせますし、その方が良いです。」

アントニオ
「ア、アウロラ、裏切るのですか!?」

アウロラ
「いえ、そもそも、お給料を下さるのは、グリエルモ様ですので、私は忠実にお仕えしているだけです。それに、私もトニー様がいなくなったと思って怖かったので。」

アントニオ
「ジュゼッペ!」

ジュゼッペ
「わ、私は、もちろんトニー様の味方ですよ! ただ、私には何の権限もありません。」

アントニオ
「ジュン様! 私が王立学校で勉強できるように口添えを!」

ジュン王太子
「トニー様は王宮で預かりましょう!」

メアリー
「駄目です! 王立騎士団の護衛では、護りきれなかったでしょう?」

ジュン王太子
「それを言ったら、ジーンシャン魔導騎士団でも同じです。」

メアリー
「ジーンシャン領には私達もおります!」

アントニオ
「父上や母上であっても、ルド相手には勝てなかったと思います。」

メアリー
「私だったら、ルド様なら分かります!」

アントニオ
「全身鎧じゃ、母上でもわからないでしょう?」

メアリー
「そうであっても心配だから側にいたいの! 理屈じゃないの! 連れて帰るといったら、絶対に連れて帰ります!」

アントニオ
「嫌です! 絶対に帰りません!」

アウロラ
「どうして帰りたくないのですか?」

アントニオ
「友達を作るためです! 王立学校にいれば、領民でも部下でもない、対等な関係の友達が出来るのです! 将来、私が領主になった時に、他領の友人がいることは、外交的にプラスになります。そうでなければ、焦茶の私が領主になったときに、ジーンシャンは孤立してしまいます!」

メアリー
「でも、すでにイジメられて、ハブにされているのでしょう?」

アントニオ
「そ、そんなことはありません! イジメられてなんかいません! まだ、多くの学生と距離がありますが、その内、分かってもらえるはずです。それに、友達はちゃんといるのです! 嘘じゃないのですよ!? 3年のハンス・グレーザー先輩やカール・イグナシオ先輩とも友達だし、弓術の授業で一緒になったバドゥルディーン・オドゥオール君とも友達なのです!」

リッカルド
「ハンスさんとカールさんはヤンの友人ですが、あの2人はトニー様の部下希望じゃないですか? 放っておいてもジーンシャン領に来ますよ。バドは授業で2人きりだから仕方がなく知り合いになった程度です。」

アントニオ
「ちょっと! リッカルドまで!?」

リッカルド
「すみません、トニー様。ここで点数をあげておかないと、トニー様の護衛をクビになってしまいますので!」

メアリー
「他領にお友達を作るのはレオナルドやヤンに任せて、トニーは、お家に帰りましょうね!」

 息子に友達がいないのであれば、本来なら悲しむところだが、メアリーはにっこりと微笑んだ。

 アントニオはたまらずメアリーから目を背けて、キョロキョロした。すると、赤毛のクラスメイトが目に飛び込んで来る。

 そうだ!ディックがいる!

 アントニオの心臓は、今日1番の大きな音で鼓動した。

アントニオ
「と、友達ですよね? ディック?」

 アントニオは息を飲み、ディーデリックに縋るような目を向けた。

ディーデリック
「はい。友達です。」

アントニオ
「ディック!」

 アントニオは、嬉しくてディーデリックに抱きついて喜んだ。

 ディーデリックは、おずおずとアントニオの背中に手を回して、抱きしめ返した。

ディーデリック
「あの、トニーを連れて行かないで下さい。トニーがいなくなってしまったら、また、1人になってしまうのです...」

 メアリーは、ディーデリックに対して、駄目だとは言えなかった。
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