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第三幕 学生期

169.誤解が誤解を呼んだ誘拐事件1

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 グリエルモ達が学校で現場検証をしていた頃、時を同じくして賢者ネハ・カーンは、カーン伯爵領にあるアイリスの湿原にやって来ていた。

ネハ
「偉大なる光の龍人にして、虹の女神アイリスよ! 私の願いを聞いてくれ! 」

 ネハが叫ぶと霧の中から紫色の龍が現れた。

ネハ
「私は元カーン伯爵夫人で...」

アイリス
「知ってるよ。ネハだろう? 久しぶりだね。」

ネハ
「よく、私が分かったね? もう、すっかりお婆ちゃんなのに。」

アイリス
「髪はだいぶ白くなっちまってるけど、紺色の瞳なんて珍しいからね。 そんな瞳を持ってるのはアンタかアンタの娘か孫くらいだろ? ついこの間まで小さな女の子だったのに、嫌だね、人族は成長が早いったらありゃしない。それで? 一体何が望みなんだい?」

ネハ
「友人の子供が誘拐されてね。こんな手紙が届いたんだ。だけど龍人語で書かれていて読めないんだよ。助けてくれないか?」

アイリス
「なんだか物騒な話だね。見せてみな。」

 アイリスは、龍から70歳位の女性に変化した。紫色の美しいロングヘアーで、ファッション誌の女編集長のようにカッコ良くパンツスーツを着こなしている。

 ネハがアイリスに手紙を見せると、アイリスは首をひねった。

アイリス
「これ、本当に誘拐犯が書いたのかい?」

ネハ
「分からないけど、誘拐があった日に王宮に届いたんだ。カラスが運んで来たと王太子殿下は言っていた。」

アイリス
「誘拐された子供は王太子の子かい? そりゃ大変だね。」

ネハ
「殿下の子じゃなくて、殿下の親戚の子なんだけどね。そりゃもう大変さ。」

アイリス
「でも、この手紙は誘拐事件とは関係なさそうだよ。金山 大貴(ダイキ・カナヤマ)君が具合が悪いから1週間ほど学校を休むって書いてあるよ。元気になるまで、友達の家にいるってさ。心配しないで。とも書いてある。」

ネハ
「学校のお休み連絡?」

アイリス
「大方、頼んだ奴が、カラスにちゃんと説明しなかったんだろうね。若いカラスに頼んだんだろうけど、カラスからしたら学校も王宮も大きな建物だし、そこで髪の白っぽい1番偉そうな奴に渡せとか、言われたんだろ。」

ネハ
「学長先生宛てだったということですか?」

アイリス
「あぁ~...もしくは、王太子と似た髪の毛の色をしている奴か...まぁ、龍人語でやり取りしているんだ。白髪の歴史教師とかじゃないか?」

 アイリスはネハに手紙を返した。

ネハ
「なるほど、分かったよ。有難うね。」

 ネハは、がっくりと項垂(うなだ)れた。この手紙がアントニオの誘拐と関係がないのであれば、アントニオを助ける手立てはないのである。

 アイリスは、内心、誘拐事件に龍人が関わっていなくて良かったと思ったが、ネハを哀れに思った。ネハの友人の子で、王太子の親戚ならば、大貴族の子供なのだろう。目的は金か、あるいは政治的な要求か。分からないが、子供の生還する確率は低い。

アイリス
「子供はカーン伯爵領の子供かい?」

ネハ
「違うよ。」

アイリス
「龍人が関わっているわけでも、カーン伯爵領の子でもないなら、私が人族のことに首を突っ込む訳にはいかないね。」

 ネハは普段、80歳とは思えないくらい元気な女性だ。だが、背を丸くして落ち込んでいるネハの姿は、弱々しい年相応の老人に見えた。そんなネハの姿に、アイリスは何とかしてやりたいと思った。

アイリス
「私もつくづくネハに甘いね! どこの領の子なんだい? 私は手出しが出来ないけど、縄張りにしている奴に頼んでやるよ。 王都の貴族かい?」

 ネハは顔を上げてアイリスを見つめた。

ネハ
「攫われた子は、ジーンシャン領の子だよ。」

アイリス
「ジーンシャンの子か! なら、丁度いい! たった今、ジーンシャンに縄張りがある奴がうちに来ているんだ。アンタの代わりに頼んでやるよ。そいつは鳥とも仲がいいし、誘拐犯を見つける事が出来るかもしれない。だけど、あんまり期待するんじゃないよ。助けてくれるとは限らないし、助けてくれても、子供が生還するとは限らないよ。」

ネハ
「有難う! アイリス!」

アイリス
「アンタは城に帰ってな! 疲れてるんだろ? だけど、結果が出たら連絡するから、部屋の窓は開けておきな。」

 ネハはカーン伯爵領内の城へ戻り、言われた通りに部屋の窓を開けると、王都にいるヒロヤ国王に手紙を書いた。手紙には欠席届の翻訳内容しか記載しなかった。龍人語の欠席届も同封し、使者を出した。

 龍人は気まぐれだ。期待してはいけない。龍人が助けてくれる話は書かない方が良いだろう。

 きっと、手紙を見て、みんなガッカリするね。手掛かりがなくなったのだから。

 ネハは重苦しい溜め息を吐くのであった。

_________


 アイリスは家に戻ると、リンの元に向かった。

 リンはバルドと一緒にアントニオの横たわるベッドの周りでワインのカタログを広げていた。飲まれたワインの代わりに何を買ってもらうかを検討している。

アイリス
「リンドウ! ちょっと、頼みたい事があるんだが、聞いてくれないかい?」

リン
「今、ちょっと手が離せないから後で!」

アイリス
「手は離せなくても、耳は暇してるだろ? 実はさ...」

リン
「結局、俺の同意がなくても喋るのか。」

アイリス
「茶化さないでくれよ! こっちは真面目な話しがしたいんだよ! ジーンシャン領の子供が誘拐されたらしいんだ。」

アントニオ
「え!?」

アイリス
「そういえば、エストちゃんもジーンシャンの出身だったね。」

アントニオ
「それは本当なのですか?」

アイリス
「あぁ、ネハが助けを求めに来たから間違いないよ。でも、ジーンシャン領はリンドウの縄張りだろ? 私が出て行くのは秩序が乱れると思ってね。アンタに相談したいんだ。」

アントニオ
「誰が誘拐されたのですか?」

アイリス
「王立学校に通っている子で、王太子の親戚だってさ。」

 王立学校に通っているジーンシャン領の子供はレオナルド・ジーンシャンとヤン・ツヴァインツィガーと自分だけである。

 自分は誘拐されていないし、王太子の親戚といえば1人である。

アントニオ
「レオのことだ!」

アイリス
「何だい、エストちゃんの知り合いかい?」

アントニオ
「従兄なんです! どうしよう!?」

リン
「レオって、モテモテの坊ちゃんか? アイツって結構、魔力が高くて強いんじゃなかったか?」

アントニオ
「でも、子供だよ。」

 アントニオはベッドから、降りてパジャマを脱ぐと、学生服に袖を通す。

バルド
「何をしてるんだ?」

アントニオ
「助けに行かないと!」

バルド
「駄目だ。寝ていろ。」

リン
「俺がちょっと行って、レオを取り返して来てやるよ。」

アントニオ
「でも、リンはレオの顔とか分からないだろ?」

リン
「キンキラ頭で、お前と同じくらいの大きさの奴だろ?」

アントニオ
「誘拐されたなら、帽子とかカツラとかで、分からないようにされてるかもだし、俺も行く!」

バルド
「絶対に安静だ!」

アントニオ
「早くしないとレオが殺されちゃうかもしれないのに、寝てなんていられないよ! もう、十分寝て、結構元気だし!待っているだけで、何も出来ないなんて、かえってストレスがかかっちゃうよ! 精神が肉体から抜けちゃうかも!」

 バルドは頭を掻いて少し思考してから答えた。

バルド
「分かった。だが、少しでも体調が悪くなったら、即、帰宅だ。いいな?」

アントニオ
「うん。有難う。」

アイリス
「私からも礼を言うよ。有難う。詳しいことはネハに聞いとくれ、ネハはカーン伯爵の城にいる。窓の開いている部屋で待っているはずだよ。」

リン
「では、まず俺が行って賢者に詳細を聞いてくる。お前達はゆっくり準備してろ。」

アントニオ
「了解!」

リン
「ルド、お前は、することがないなら寝て待っていても構わない。」

 バルドはそっぽを向いて、さっさと行けと手を振った。

アントニオ
「寝ててもいいってさ?」

 アントニオが意地悪そうに笑うと、バルドはアントニオの頭の上まで布団を被せ、布団ごとアントニオをベッドに放ると、それを枕のようにして寝転がった。

アントニオ
「グエッ、重い! 潰れるぅ~。」

アイリス
「じゃれるのも程々にしなよ!」

 リンが消えた後、アイリスも部屋を出て行く。

 アントニオがやっとのことで頭から布団をとって、バルドの方を見ると、バルドはアントニオのお腹を枕にして、沈黙して目を閉じていた。

アントニオ
「え!? ちょっと! ルド! まさか、本当にこのまま寝ないよね? どいてぇ~!!」
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