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第三幕 学生期

168.教室の落書き

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 翌朝、回復したリッカルドとヴィクトー、ヤン、ディーデリックが集められ、前日にあった行動を検証することになった。

メアリー
「貴方がディックね。以前、寮のお部屋の前でも会いましたね。」

ディーデリック
「はい。」

 ディーデリックの顔を除き込んだ聖女メアリーの顔は青白くなっており、目の下には、クマが出来ている。以前に見かけた柔らかい微笑みは失われ、やつれた顔は、嘆きの妖精バンシーのようである。

メアリー
「貴方のことはトニーから聞いているのよ。生まれて初めて、親戚でもない、家臣でもない、人間のお友達が出来たって、とっても喜んでいたの。」

ディーデリック
「初めての? 友達!?」

メアリー
「そうよ。 あんなに喜んでいたのに...こんなことになるなんて! うぅぅ...どうして、トニーばかりがこんなに酷い目に合わないといけないの!?」

 涙ぐむ聖女の背中をさする勇者の顔も、憔悴しきっている。

 初めての友達!? 喜んでいた!? トニーが私の事をそんな風に? なのに、私はトニーを裏切って...

 ディーデリックは、自分の心が串刺しになって、その傷口から大量の血が流れるような、そんな苦痛を感じた。


 集まった一行は、寮のアントニオの部屋から、順に、足取りを追っていく。

ヤン
「昨日は、いつものように朝御飯をアントニオ様のお部屋で食べました。それから、午前中に授業のあるアントニオ様とお別れしました。」

リッカルド
「ルナールさんといつものようにトニー様のお迎え上がり、一緒に登校しました。」

 音楽室へと移動する。

ヴィクトー
「音楽の授業をエーリク・ハッキネンと2人で仲良く受けられたのですが、他の学生達はトニー様の魅了魔法を恐れ、授業を受けませんでした。」

 こんな事をして何の意味があるのだろうか?

 それは、誰にも分からなかった。だが、何もせずに待っていることなんて、誰にも出来なかった。

 食堂まで来て、リッカルドが、クラスメイト達の話しをアントニオが聞いていた話しを始めると、ディーデリックは泣き崩れた。

ディーデリック
「御免なさい! 御免なさい! 私が、私が...あんな事を言わなければ!」

 メアリーが、うずくまるディーデリックの背中を優しくさする。

メアリー
「どうしたの? 落ち着いて。」

リッカルド
「ディーデリックは、あの時、クラスメイト達から、授業への配慮をトニー様にお願いして欲しいと言われていました。友達なんだから、お願いくらい出来るだろうと。」

ディーデリック
「出来ないって言ったんです。...友達じゃないから出来ないって...う、ヒック。」

メアリー
「え...!?そんな...だって...」

 メアリーは狼狽えた。ディーデリックをさすっていた手を離し、ディーデリックを困惑する瞳で見つめた。

 ディーデリックは、メアリーから向けられた冷たい視線に恐怖した。

ディーデリック
「うっく...だって、トニーが私の事を友達だって思ってるなんて、知らなかったから...今まで、生きて来て、私のことを友達だと思ってくれる人なんて、誰もいなかったから...ぅう。」

 グリエルモは2人に近付き膝をつくと、ディーデリックとメアリーを一緒に抱きしめた。

グリエルモ
「トニーもディックも、初めてのお友達で、どうしたらいいのか分からなかったんだね。大丈夫だよ。トニーが帰ってきたら、一緒に仲直りしようね。」

 メアリーはディーデリックの手を両手で握り、頭を下げた。

メアリー
「お願い! 仲直りしてあげて、この通りよ!」

 ディーデリックは何度も何度も頷いた。

 食堂でお茶をもらい。皆の気持ちが落ち着くのを待ってから、一行は、市松クラスへと向かった。

 昨日、王太子が市松クラスで見た光景は悲惨なものであった。他人がみても胸糞が悪くなるような悪口の数々が、アントニオに向けて書かれており、きっと、母親であるメアリーや、父親であるグリエルモには、辛い光景になるだろうと想像出来た。

ジュン王太子
「メアリー様、グリエルモ様、いいですか、何を目にしても、気持ちをしっかりと持って、冷静でいて下さい。」

グリエルモ
「分かりました。」

メアリー
「えぇ。」

 市松クラスの前には、警備兵が4人ほど立って人が近付かないように警備をしている。

 立ち入り禁止の看板を避け、扉が開かれた。

 一行は、市松クラスに足を踏み入れる。

ジュン王太子
「これは一体!?」

グリエルモ
「落書きは何処に?」

 市松クラスの壁には、リンドウの花を咥えた龍が踊っている絵が描いてある。その横には、人参の畑が描かれ、高貴な身分の人が書いたような美しい文字で『大地の色は神様からの贈り物。世界の生きとし生ける者への恵み。』と書かれていた。

ヤン
「この絵! 湯呑みの絵に似てる!」

メアリー
「湯呑みの絵?」

リッカルド
「確かに、トニー様がご友人に貰ったと言っていた、龍人の湯呑みの柄に似ています。作家は違う気がしますけど...」

グリエルモ
「トニーの友人!? そういえば、この綺麗な字にも見覚えがある。」

メアリー
「ルド様とリン様だわ!」

 メアリーの顔が輝くような笑みに変わる。

ジュン王太子
「トニー様の友人? 先程、友人はディーデリックだけだと言っていなかったか?」

メアリー
「人間の友人はディックだけだと思います。」

ジュン王太子
「人間の友人は?」

グリエルモ
「ルド様とリン様は、その...白き人なのです。」

ジュン王太子
「神だと、そう名乗ったのか?」

メアリー
「いいえ、ですが、伝承の通りなのです。真っ白な髪に、真っ白な肌。私達よりも魔力が高くて、空間移動魔法を使われます。」

ディーデリック
「空間移動魔法を? では、やっぱり、アントニオ様を連れ去った騎士は、悪い人ではなかったのですね?」

メアリー
「どうして、そう思うの?」

ディーデリック
「え? ...だって、空間移動魔法を使える人は、そんなにいないでしょう?」

グリエルモ
「そうだね。特別な人にしか使えない。」

ディーデリック
「その白き人の友人は、グリエルモ様よりも大きな男の人ではないのですか?」

グリエルモ
「あ、あぁ、そうだね。ルド様は、私よりも大きい。髪や目の色は見たのかい?」

ディーデリック
「黒い騎士は、全身鎧だったので髪や目の色は分かりませんが、悪口の落書きを見て怒っていましたし、護衛騎士が剣を向けるまでは、戦意を感じませんでした。それに、私がアントニオ様を連れて行かないでって頼んだら、ここにはコイツを傷付ける奴がいるから置いてはおけないって話したんです。だから...その、あの人はアントニオ様のご友人だったんじゃないかと思って...」

メアリー、グリエルモ 
「「え!?」」

ジュン王太子
「すまない...上手く理解出来なかった。もう一度言ってくれるか?」

ディーデリック
「えっと、はい。ですから、黒い騎士は、アントニオ様のご友人の白き人なのではないですか?」

メアリー
「え!?...でも、だったら何故? トニーは何処に?」

ジュン王太子
「で、では、何故身代金要求の手紙が?」

ディーデリック
「その手紙は、黒い騎士から送られたものなのですか?」

ジュン王太子
「...いや、確かに...それは分からない。」

グリエルモ
「そういえば、以前、ルド様とリン様は、トニーに危害を加える奴がいたら、トニーを連れて行くと仰っていた...だが、もし、本当にルド様だったとしたら、どうして、魔王の装備と魔法を?」

ディーデリック
「魔王?」

リッカルド
「魔王は14年前にグリエルモ様とメアリー様が倒されたはずでは?」

グリエルモ
「えぇ~っと、そうだね...」

ジュン王太子
「そうだ。だが、倒したはずの魔王に特徴が似ている黒い騎士が現れたのだ。だが、それは魔王ではない可能性が!?...もう、頭がこんがらがって訳がわからん!」

グリエルモ
「では、では、何故レオナルドも狙われたんだ!? アントニオを襲った真犯人は!?」

ジュン王太子
「それは、女子生徒で...レオナルドの件は、トニー様の件とは関係ないと思われる。」

グリエルモ
「だが、お菓子に毒が盛られたんだろう?」

ジュン王太子
「それは、惚れ薬で...」

メアリー
「惚れ薬!? トニーの悪口を書いたのは同じ犯人ではないの?」

ジュン王太子
「悪口を書いたのは別の女子生徒達だ。」

メアリー
「犯人が分かっているのね! 誰なの!? 永遠に光が見えない体にしてやる!」

 メアリーに闇の帝王が降臨すると、ディーデリックも護衛騎士2人も、口を開けたまま硬直し、我が目を疑った。

 そこには、慈悲深い聖女の姿も、哀れな母親の姿も、もはや存在しなかった。

 紫色に目が光り、闇のオーラがメアリーの白銀の髪をメデューサのようにくねらせた。

グリエルモ
「メアリー落ち着いて! それで、その落書きの犯人が、トニーを襲った真犯人なのか?」

ジュン王太子
「いや、それが、どうも、そうではない。彼女達は自分のイタズラがバレていないと思っていた。トニー様と鉢合わせになっていたら、イタズラがバレていないなんて思わないはずだ。」

メアリー
「じゃあ、一体どうして、トニーが倒れたの!?黒い騎士でも、落書きの女子生徒でもないなら、何なのよ! トニーを返してよ! 私にトニーを返して!!!」

 一気に闇が吹き出して、教室中を覆い尽くした。黒い光りなのか闇なのか分からないようなものが、悍(おぞ)ましいほどのうねりを見せている。

 暴走するメアリーの魔力をグリエルモが氷の防御魔法で必死に抑える。

グリエルモ
「リッカルド! アルベルト邸へ走れ! アウロラを呼んできてくれ! ヤンはディックを連れて退避しろ! 殿下は力を貸してください! 私1人じゃ、メアリーの力は抑えられない!」

 まるで魔王が復活したような、悪夢のような光景から、ディーデリックはヤンに手を引かれて抜け出した。

『愚かだな』

 また、あの黒い騎士の声が聞こえたような気がした。
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