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第三幕 学生期

138.アイリスの花1

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 精神属性魔法研究室は、100平米くらいの広さの部屋で、グランドピアノが置いてある。木製の床と壁、白い天井、白いフカフカの絨毯、茶色の大きな3人掛けソファーが1つ、2人掛けソファーが2つ、ローテーブルが置かれている。

 ソファーはコの字型に配置されていて、ホテルのスイートルームみたいだ。窓は三重サッシになっており、紫色の重厚なカーテンが掛けられている。

 ダーシャ・カーン伯爵は、アントニオをソファーに座るように促すと、自らもソファーに座った。

ダーシャ
「さっそくですが、アントニオ様について、まずは色々とお聞きしたい。私は効果魔法を得意とする魔法使いですが、使える魔法は光属性ですし、そもそも、精神属性魔法を操る人間をアントニオ様の他に知りません。」

アントニオ
「はい。もちろんです。どのようなことをお話しすれば良いですか?」

ダーシャ
「まずは、産まれた時のお話しから...母ネハから、魔王の封印のことは聞いて知っています。産まれた時に、すでに魔力が3万ほどあったことも。それなのに、何故、焦茶の髪で生まれたのか?

聖女様は、妊娠した際に、何か変わったことがあったと仰っていましたか?」

アントニオ
「カーン伯爵も封印のことをご存知でしたか...ですが、特には何も...母から聞いておりません。」

 実は変わったことはありまくりだったが、転生前の記憶があるとか、胎児のときに魔王と楽しく封印の間で暮らしていたことなんて、言えるはずがない。

ダーシャ
「些細な事でもいいのです。妊娠してから食べ物の好みが変わったとか、妊娠後も仕事を続けていたとか。聖女様は何か仰っていませんでしたか?」

アントニオ
「そういえば...妊娠がきっかけではありませんが、魔王の封印に魔力を取られて、毎日、魔力が枯渇ギリギリの状態だったと母が言っていました。

だから、母は魔導騎士団には所属しないで、城内で書類整理をして大人しく暮らしていたのだとか。

それなのに、魔王討伐の旅をしていた時よりもお腹が空いて、ご飯を沢山食べていたそうです。」

ダーシャ
「やっぱり! 妊娠期間中に魔力の枯渇状態に!」

アントニオ
「何か、思い当たる点でも?」

ダーシャ
「いえ、私も長女を妊娠したときに、妊娠に気が付かず、毎日魔力が枯渇するほど騎士の仕事をしておりましたもので、娘が虚弱体質に産まれてしまい...」

アントニオ
「そうだったのですか。それは大変でしたね。」

ダーシャ
「下の3人の弟達の時は、体に気を付けていたので、丈夫に産まれてくれたのですが...あぁ、やっぱり、私の所為で娘は...」

 涙ぐむダーシャにアントニオは、ハンカチを差し出した。

アントニオ
「あまり自分を責めてはいけませんよ。カーン伯爵が悪かったわけではありません。仕方のない事だったのです。私の母も、私の焦茶の髪に責任を感じているようですが、私は、私の母が悪いのだとは思いません。カーン伯爵もそう思いますでしょ?」

 ダーシャは、大きく目を見開いて、アントニオの瞳を覗き込むと、大粒の涙を流した。

ダーシャ
「有難うございます。」

 ダーシャの気持ちが落ち着くまで、アントニオはしばらく待ってから、話しを再開した。

アントニオ
「確かに、私の髪の色が決まる胎児の時に、母の魔力が枯渇していた所為で、私の髪が焦茶になったのかもしれません。そして、毎日沢山の魔力消費があった上、魔素の濃いジーンシャン領にいたため、胎児だった私の体は大量の魔素を吸収し、魔力を蓄えるように進化した。そう考えると、納得出来る部分もありますね。

ただ、何故、精神属性になったのかは不明です。私の封印している魔人は、精神属性魔法を使う種族ではありませんし...」

カーン伯爵
「封印した魔王の属性がわかっているのですか!?」

アントニオ
「あ、はい。魔王バルドは、魔人族という種族で、父と母との戦闘では光の属性魔法しか使っていません。魔族でも精神属性魔法を持っているのは、サキュバス(女淫魔)とインキュバス(男淫魔)、セイレーン(鳥人)、マーメイド(人魚)、ドリアード(樹木精霊)、ラミア(蛇人)、ヴァンパイア(吸血鬼)くらいで、魔人族で精神属性を持つ個体は聞いたことがないと...詳しい友人が教えてくれたことがあります。」

カーン伯爵
「魔族の研究者がお知り合いに?」

アントニオ
「龍人と仲のいい友人がいるのです。」

カーン伯爵
「龍人と仲のいいご友人が! それならば、きっと本当のことですね。龍人は博識で信頼できると私の母も申しておりました。」

アントニオ
「ネハ様も龍人に会った事があるのですか? 竜(ドラゴン)ではなく龍?」

カーン伯爵
「はい。まだ、母が若い頃に数回だけだそうですが。

母も平民の両親から突然変異で生まれ、私と同じ黄味がかった金髪と紺色の瞳を持っていました。今では、ほとんど髪は白髪ですが。

母が、まだ貧しい平民の少女だった頃、村の外れで農作業をしていると、目の前に突然、アメジストのような紫色の美しい龍が降り立ったそうです。

そして、珍しい色の人族だと話しかけて来たそうです。

そういう変わった色で産まれた人間は、精霊に愛されている者が多く、特殊な能力を持っている。そして、何かしらの宿命を背負っているのだと、龍人は言ったそうです。

龍人の名前は人間には聞き取れませんが、自分のことをアイリスの花という意味の名前だと名乗ったようです。

母が光属性の魔法が得意だと話すと、アイリスは自分も光属性の魔法をいっぱい使えるのだと言って、母に、その魔法のいくつかを教えてくれたんだとか。

私が使う、髪の色を変える魔法も、母から習ったのですが、アイリスから教わった魔法の1つだそうです。

今じゃ、目が悪くて自分で使うと色ムラが出来ると言って、私に魔法を掛けさせていますが、昔は母も使えたのです。」

アントニオ
「素敵なお話しですね。」

ダーシャ
「はい。ですが、この話には続きがあるのです...

数々の魔法を習得した母は、魔法を教えてくれたお礼に、母の作った農作物をアイリスにプレゼントしました。

子供だった母が作った農作物は、チンケな野菜だったそうですが、アイリスは大変喜び、友情の証に母に金の腕輪を渡しました。

母は金の腕輪をとっても気に入り、街へお使いに出掛ける時は、必ず、その腕輪をつけて行きました。

ある時、母がいつものように腕輪をして街を歩いていると、貴族の馬車が目の前で停まりました。

馬車から降りて来たのは、カーン伯爵領の城の1つを管理する子爵の夫婦でした。

子爵の夫婦は言いました。

『自分達には子供がいない。養子にならないか?』

詳しく話を聞くと、子供が生まれず困っている子爵夫婦の元に紫色の髪をした女神が現れ、『子供が欲しいなら、この金の腕輪と同じ腕輪を持つ子供を養子にするといい』と告げたと言うのです。

子供になってくれたら、贅沢な暮らしが出来ると。

母は、贅沢な暮らしに憧れていたのですが、家族を愛していたので、悩んだそうです。そして、悩んだ末、実の両親の元に、子爵の夫婦を連れて行来ました。

平民の両親は、働き手がいないと生活に困ると言って断りました。

『うちの娘は安くないんだよ!』とも言っていたそうです。

そこで、子爵はお金を両親の目の前に積みました。

茶髪で平民の両親や兄弟達が楽に暮らしていけるような大金だったそうです。

『貴方方は子沢山で生活が苦しいのでしょう? これだけあれば、皆さんが豊かに暮らせるし、ネハさんも、私達とくれば豊かに暮らせる。』

母の実の両親は承諾しました。

母の生家は本当に貧しくて、食べる物にも困る家だったからです。

母が、生まれた家を出る日。平民の家族は、母にアイリスの花をプレゼントしました。

『あんたには何にもしてあげられなかったけど、今朝、水を汲みに行ったら、沢山花が咲いていたんだよ! 私達庶民には使い道がないけどさ、貴族のお嬢さまには必要だろ?』

母は家族に送り出され、子爵夫婦の養子になりました。」
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