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第三幕 学生期

121.持久走1

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スラッカリー
「次の身体測定に移っても宜しいでしょうか?」

 スラッカリー先生は大変に腰を低くしてアントニオに向かって問いかけた。

 どうやら、スラッカリー先生はアントニオ・ジーンシャンに媚びを売る事に決めたらしい。

アントニオ
「あ、はい。すみません。お願い致します。」


 スラッカリーは学生達を連れて、今度は学校の正門に移動した。

スラッカリー
「これから、皆さんには学校の敷地を外壁沿いに一周して頂こうと思います。大体1周1500mくらいですかね? 帯刀したまま走ってタイムを図ります。ショートカット出来ないように外壁の角っこに3カ所、黄色、赤、青と色のついた札を置いていますので、3色の札を一枚ずつ持って来て下さいね。魔法使っても構いませんよ。魔力が残っていればね。」

 皆、けっこうな魔力を使ってヘトヘトだった。
涼しい顔をしているのはアントニオくらいである。

 運動着ではなく制服を着たまま、しかも帯刀したままなんて、きつ過ぎる!

スラッカリー
「嫌な顔をしないで! 実際の戦闘は準備無しに始まり、武器を装備しながら長時間動けないといけませんからね! 皆さんのためにやっているんですよ!」

 学生達は渋々ストレッチを始め、走る準備をする。

スラッカリー
「今回も先程と同じ順番でスタートしますので並んで下さい。スタートが公平になるように、5秒ずつ間隔をあけてスタートしてもらいます。えっと、アントニオ様は、この持久走は参加で宜しいでしょうか?」

アントニオ
「はい。もちろんです。」

スラッカリー
「では、最後にお呼び致しますので、少々お待ち下さいませ。さぁ、始めますよ!」

 スタート順は以下の通りだ。

①リアナ・ジャニエス(男爵令嬢)
②ユーリ・ブラウエル(男爵子息)
③マーク・ホワイトリー(大商人子息)
④クリスタ・ヒューゲル(グレーザー領騎士令嬢)
⑤エーリク・ハッキネン(ハッキネン領男爵子息)
⑥ルーカス・ミラー(ベナーク領騎士子息)
⑦フィオナ・グリーンウェル(伯爵令嬢)
⑧ディーデリック・バース(男爵家奴隷)
⑨ラドミール・ベナーク(伯爵子息)
⑩アントニオ・ジーンシャン(辺境伯子息)

 この順番で5秒ずつ間隔をあけてスタートする。

 1番最初にスタートしたリアナは小柄で華奢であまり足が速くない。足が太くなるのを気にして、あまり足の筋肉を鍛えていなかったのだ。

 もたもた走る男爵令嬢のリアナを、男爵子息のユーリがあっという間に追い抜きトップになった。

リアナ
「女の子相手に、ちょっとは加減しなさいよ!」

ユーリ
「関係無いね!」

 ユーリはトップになって意気揚々と走っていたが、最初の黄色い札が置いてあるポイントに差し掛かる前に、5番目にスタートしたはずのエーリク抜かされた。

ユーリ
「クソっ!」

 エーリクは無言で走り抜ける。

 無駄口叩いている暇があったら走ればいいのに。もっとも、黙って走っても俺が抜くけどな!
 王都暮らしの奴らには負けない! 田舎領と言われるハッキネン男爵領(エーリクの出身地)で暮らしているんだ。いつも広い土地を移動して暮らしていたから脚力には自信がある! それに、俺には走る速度を上げる風魔法がある。魔力で上位の奴らに劣っている分、ここでは1番を取らせてもらうぞ!

__________

 ユーリは焦りと疲労で大変むしゃくしゃしていた。

 ムカツク! ムカツク! ムカツク! クソ! なんで、俺がこんな扱いを受けなきゃいけないんだ! 攻撃魔法テストでも持久走でも!

 ...走る順番はさっきと同じ...と言っていたか...同じ順番ということは...アントニオ・ジーンシャンが1番最後だな...

 いいことを思いついてしまった...むしゃくしゃするから、あの焦茶を、少しくらい困らせてやろう! くくく...

 ユーリは最初のポイントに到着すると、黄色い札を余分に1枚多くとってポケットにしまった。

 アントニオ・ジーンシャン、札が無くて慌てふためくがいい!

__________

 後方でも、順位の変動が起きていた。

 大商人子息のマークは騎士令嬢のクリスタに抜かれて悔しがっていた。

 田舎男爵家のエーリクに抜かされるのはともかく、平民の女子に抜かされるなんて! デカ女め!

 グレーザー伯爵領の領民はお洒落好きでいいお客様だけど! ショートヘアでちょっと可愛いけど...ちょっと、気になってただけだし!...俺の方がチビかもしれないけど...確かに俺の方が身分下だけど...魔力も...良いとこを見せて、カッコいいって思われたかった...じゃなくって! これは、純粋に女の子に負けて悔しいだけだ! そうだ! 別に、女子に相手にされなさそうで、イラついているわけではない!

__________

 さらに後方でも。

 ディーデリックが走り出すと、あっという間にフィオナを抜き去った。

 5秒遅れて伯爵子息のラドミールが走り出す。

 攻撃魔法でディーデリックより成績がふるわなかったラドミールは、持久走では絶対に追い抜いてやると思っていた。だが、差は開くばかりである。

 あの赤毛、めちゃくちゃ速い! 平民の癖に、どうなってるんだ!?

 ラドミールが前方に気を取られていると、傍を一陣の風が通り過ぎていった。

ラドミール
「は?」

 アントニオがラドミールを抜き去ったのである。

 何度もいうがアントニオは勇者と聖女の息子である。身長も170cmあり、遺伝的に優れたパワーとスピード、スタミナを持つ。ジーンシャン家の訓練をこなしながら、人外の2人と山を駆け回り遊んでいたし、ダンスでも体を動かしていたので、後天的にも身体が鍛え上げられていた。

 ラドミールは、少しもブレることなく走行するアントニオの美しい背中を見送った。

 何だよアイツ! 戦士科に入れよ!

 ラドミールは心の中で叫んだ。

 アントニオのすぐ後ろを護衛騎士の2人が必死に追いかけて行く。

リッカルド
「トニー様の足がこなに速いなんて聞いてない!」

ヴィクトー
「くっ! なんて速さだ! 戦士科の学生並みだ!」

 大人2人は、このペースで最後まで走れるか不安になった。12歳の子供に魔導騎士が振り切られたら、とんでもない恥である。

 アントニオは最初のポイントに到着した。そして、黄色い札を取るとき、2人追い越してきたのに、自分が札をとったら1枚しか残らないことに気が付いた。

 あ、そういう試験なのかな? ビリは失格です的な? 危なかった。追い抜かせて良かった。先を急がなくちゃ! どんどん、枚数が減っていくのかも?

 アントニオは、スピードをあげて走った。

__________

 その次にポイントにたどり着いたラドミールも、もちろん、札の数が足りないことに気が付いた。

 札が1枚しかない!? どういうことだ? さっぱり分からないが、自分の分が確保出来て良かった。フィオナの奴パニクるだろうな。ビリなのに、通過の証がないなんて、恥ずかしいどころではない。

__________

 フィオナがポイントに差し掛かると、札のない台を見つけた。

 何で札がないの!? 誰かが意地悪して持ち去ったんだわ!

 だが、すぐに冷静さを取り戻すと、ペンを上着のポケットから出して台にサインした。

 これで、通過した証拠は残したわ。誰だか知らないけど、思い通りにはいかないわよ! 必ず仕返ししてやる!
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