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第三幕 学生期

90.校舎案内で厩舎へ

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 その後、あちこちの施設を見て回り、校舎内の学食で食事をし、最後は、乗馬の訓練をする場所を見学しに厩舎までやって来た。

タイラ
「ヤンのユニコーンを見てやって下さい! すっごい真っ黒でカッコイイですよ! ハハハ!」

ヤン
「アントニオ様はユニコーンなど見慣れています! ジーンシャンの方ですから! それよりも、タイラ様のピカピカの白馬の方が、きっとお気に召しますよ!」

アントニオ
「話題になっていた子達ですね! ユニコーンさんにも白馬さんにもお会いしたいです!」

 厩舎の中に入ると、栗毛や鹿毛、芦毛の馬が並んでいる。その奥の方に白馬、少し離されて青毛のユニコーン、そして鹿毛のユニコーンが並んでいる。

 鹿毛のユニコーンは、きっとレオナルドの愛馬だ。

 アントニオが近付こうとすると、世話係が来て呼び止めた。

世話係
「あ! 危ないですよ! ユニコーンは自分よりも弱い相手には容赦がないので、近付かない方が良いです。あの2頭は、坊ちゃん達とジーンシャン家の世話係の言うことしか聞きませんから。」

ヤン
「アントニオ様は私の主だ。無礼だぞ!」

世話係
「あ、そうでしたか! 申し訳御座いません。」

アントニオ
「いえ、今のは、私を守ろうとして話して下さった事だと分かっています。むしろ有難うございます。」

 注意を有難く思ったアントニオだったが、ユニコーンはジーンシャン領の厩舎で見慣れているし、アントニオは今までユニコーンに襲われた事はない。

 アントニオの前では、ユニコーン達はいつも、とても大人しくて、従順だ。

 ヤンとレオナルドのユニコーンもアントニオを見つめて静かにしている。

ヤン
「やはり、アントニオ様なら大丈夫ですね!」

アントニオ
「そうですね。」

 ヤンの青毛のユニコーンの頭を撫でてやった後、そろそろ離れようかとアントニオが後ろ向いた瞬間、鹿毛のユニコーンがアントニオの肩に顎をのせてグイっと自分の方に引き寄せ、アントニオの顔中ベロベロに舐めた。

アントニオ
「わ! わ! わ! なに? どうしたの!?」

 鹿毛のユニコーンから敵意は感じられないが、よろけて倒れこんだアントニオを、咥えて、さらに引き寄せようとするので、ヤンとタイラが慌ててアントニオを引き上げて、ユニコーンと離した。

 だが、既にヨダレでベチャベチャである。

アントニオ
「油断しました...レオのユニコーンには去年、叔父上の屋敷で会っていたし、大丈夫だと思っていたのですが...自分より弱い相手には容赦ないってこういうことなのですね!?」

ヤン
「いえ...普通の反応は威嚇されて、蹴られるとか、角を突き立てられるとかですが...これは、逆に、とても好かれているような...」

ジュン王太子
「......そのユニコーンも、トニー様の歌を聞いたことがあるのでは?」

アントニオ
「ん~? 厩舎にわざわざ行って歌ったりはしていないのですが...叔父上の屋敷に滞在するときは、割とよく歌っているので...もしかしたら.....」

はぁ~っと王太子はため息をついた。

ジュン王太子
「...はやり...とても危険です。」

 侍従の人がタオルを持ってきてくれて、アントニオは顔を拭いたが、凄く馬の匂いが付いてしまって、早くお風呂に入りたくなった。


世話係
「恐れながら! アントニオ様は、馬をいつ厩舎に入れられますか? 早めに入れて、授業までに慣らした方がいいと思うのですが。」

アントニオ
「そうですか...ジュン様、ちょっと、ご相談が....」

ジュン王太子
「なんでしょうか?」

アントニオ
「その、ちょっと、私達だけで話せませんか?」

ジュン王太子
「もちろん大丈夫ですよ。皆! 少し外してくれ!」

アントニオ
「タイラ様とヤンはいてくれて大丈夫です。」

 侍従に人払いさせて、4人だけになったのを確認してから、それでもアントニオは小さな声で話し始めた。

アントニオ
「えっと、その、絶対に笑わないと約束してくれますか?」

ジュン王太子
「トニー様を笑ったりする者はここにはおりません。大丈夫ですよ。」

アントニオ
「ですが......タイラ様とヤンもいいですか? 特にタイラ様!」

タイラ
「え? 俺ですか? 大丈夫です! お約束いたします!」

ヤン
「私もお約束いたします!」

ジュン王太子
「それで、一体どんなご相談なのですか? この厩舎に入れる馬の事ですか?」

アントニオ
「はい...。その、私の乗馬用の騎獣なのですが......」

 アントニオはタイラとヤンの顔を交互に見て、溜息をつく。

ジュン王太子
「どうしたのですか?」

アントニオ
「.......リン! ドーラちゃんを呼んで!」

 その瞬間、ジュン王太子、タイラ、ヤンの3人の目の前が突然黄金に輝いた。

 3人は、何が起こったのかを理解出来ず、停止した思考を動かすのに数秒時間を費やすこととなった。

 そして、ようやく、それが黄金に煌めく生物だという事に気が付き、口と目が開いたままになった。

 黄金の生物は、アントニオに寄り添い、優雅に胸を張った。しかし、何かに気が付いた様子で、アントニオの匂いを嗅ぐと、ゆっくりユニコーン達の方に顔を向け、ギロリと睨んだ。

 次の瞬間、その生物の姿がパッと消えたかと思うと、鹿毛のユニコーンが呻き声をあげて倒れた。

アントニオ
「ドーラちゃん! ダメ!」

 外から従者の1人が「大丈夫ですか!?」と駆け込んで来る。

アントニオ
「あ、大丈夫です。ユニコーンさんがちょっとびっくりしちゃったみたいで、何でもありません。もうちょっと、お待ち頂けますか?」

従者
「?......承知致しました。」

 従者が出て行くと、姿を消していた黄金の生物が再びアントニオの傍に現れた。そして、今度はその生き物がアントニオをベロベロ舐めて、匂いを上書きしようとしはじめた。

アントニオ
「ちょっと、ドーラちゃん。もうやめて!」

 アントニオは、その生物を片手で諌めながら、倒れたユニコーンを心配し、覗き込んだ。どうやら、ちょっと小突かれて倒れただけで、とくに傷などはなさそうだ。ユニコーンは再び立ち上がり、ピンピンしている様子。アントニオはほっと胸を撫で下ろした。

ジュン王太子
「それで...その子は?」

アントニオ
「...ドーラちゃんです。」

ジュン王太子
「ドーラちゃん?」

アントニオ
「乗馬の授業の騎獣です...バイコーンなのですが......ダメでしょうか?」

 黄金のバイコーンは、王侯貴族のように優美に佇み、茶目っ気たっぷりにウィンクして来た。

 ジュン王太子殿下は、なんと答えて良いか分からず、タイラとヤンに目線を移す。

 タイラとヤンは、まだ口が開いたままだ。

ジュン王太子
「あ、あぁ、バイコーンで授業を受ける事は聞いております。しかし...今、何処から出てきたのですか? 何もない空間から突然出てきたように思うのですが......」

アントニオ
「この子は、透過魔法が使えるので、姿を消していられるのです。」

 ドーラちゃんは姿を消して見せ、再び現れる。

 透過魔法!? そんな魔法が存在するのか?

 ジュン王太子は、軽い目眩を覚えた。

ジュン王太子
「トニー様、このバイコーンは、人に懐いていて.......その.....安全なのですか?」

アントニオ
「ドーラちゃんは、とても頭が良いので、人間の会話はすべて理解しています。今のこの会話も。ね!」

 ドーラちゃんは、アントニオの呼び掛けに頷く。

アントニオ
「ただ、私と、私の友人以外には懐かないといいますか...ドーラちゃんを連れてきた、その友人が言うには、ドーラちゃんは好みの男性以外とは、同じ空気を吸っていたくないそうで、厩舎にお泊まりは到底出来そうもないのです。......授業の日だけ、連れて来るスタイルで、授業に参加出来ますか?」

ジュン王太子
「もちろんです........ですが、いや、こんなに凄い魔獣は見た事がない!」

アントニオ
「良かった! 馬でも、ユニコーンでもないから、授業で乗れるか心配していたのです。そうじゃないと、もっと派手なユニコーンさんに来てもらわなくちゃいけなかったので。ジュン様、有難うございます。ドーラちゃんも有難うね!」

 ドーラちゃんは、頷いてから、再びウィンクを送った。

アントニオ
「リン! ドーラちゃんのお帰りです!」

 アントニオが、そういうと、ドーラちゃんの姿は再び消えていった。

 なるほど、このバイコーンは大層賢い。そして、鹿毛のユニコーンなど相手ではないほど、強い魔獣なのだ。とジュン王太子は理解した。

 呼び出すときと帰すときの命令の言葉は、少し変わっているが、そもそも普通でない魔獣なのだから、自分が考えても仕方がない。

 あのバイコーンがいれば、トニー様は乗馬の試験で困る事はないだろう。

 ジュン王太子は従者達を呼び戻し、世話係に、アントニオの馬に関しては、世話をする必要がないと伝えた。

ジュン王太子
「トニー様、本当に今日は寮に帰られるのですか?」

アントニオ
「はい。今日は部屋までヤンが送ってくれますし、夕食もヤンと一緒に食べますので、大丈夫です。」

タイラ
「王宮に住めばいいのに!」

アントニオ
「有難うございます。でも、どうしても困ったら、お願いするかもしれませんが。」

タイラ
「何でそんなに寮で暮らしたいのですか?」

アントニオ
「...恐らく、一生に一度の一人暮らしだからです。タイラ様は出来ないことなのに、我が儘を申しましてすみません。」

タイラ
「何で一人暮らしがいいのですか? 執事もいなくて不便じゃないのですか?」

アントニオ
「芸術家は自由を愛します。この王国でも、吟遊詩人は歴史的にみて、放浪するものでしたよね?私もやはり吟遊詩人なのです。

私は故郷のジーンシャンを愛しているし、家族や騎士団の皆に『領主となるべく最善を尽くす』と約束しておりますから、今更、放浪しようとは思いませんが、許される限りは、自由でいたいのです。執事がいなくて不便でも。」

 夕日に照らされ、遠くに視線を送るアントニオの横顔は、なぜだか遠いもののように感じられた。

 その横顔が一瞬、年老いた吟遊詩人の姿と重なって見えて、ジュン王太子は目をこすった。
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