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第二幕 幼少期

68.行き場のない花 ♣︎

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 リュシアンとジュゼッペはダイニングルームを探したが、アントニオの姿がない。

 ダイニングで働く侍女を捕まえて質問する。

ジュゼッペ
「トニー様を見なかったか?」

侍女
「見ておりません。今は自由時間ですし、例のご友人といらっしゃるのでは?」

ジュゼッペ
「いや、先程まで私達がご友人と話をさせて頂いていたんだ。その間、トニー様はお茶などをして時間を潰されている予定だったのだが.....。」

リュシアン
「今日はこの後、メアリー様の魔法のレッスンがある日ですよね? すでにメアリー様のところにいらっしゃるのでは?」

 2人は執務室を訪れたが、やはりアントニオの姿はなく、仕事をするグリエルモ、メアリー、クラウディオ、文官達がいるだけだ。

クラウディオ
「ジュゼッペ、どうしたのだ?」

ジュゼッペ
「トニー様は、こちらにはおいでになっていないですか?」

メアリー
「来ていないわ。今は自由時間ですし、ルド様やリン様と一緒でしょう?」

ジュゼッペ
「それが、つい先程までルド様とリン様は私達と一緒だったのです。ルド様がトニー様にダイニングでお茶をしているように言われておりましたので、ダイニングに行ってトニー様を探したのですが、侍女達の話では、食事後はダイニングにはいらしていないとのことでしたので.....てっきり、こちらかと....。図書室ですかね? 失礼致しました。」

 しかし、ジュゼッペとリュシアンは図書室でも、アントニオを見つける事はできなかった。ピアノが置いてあるホール、トイレやお風呂場、庭園も回ったが見当たらない。

 リュシアンが慌てて、探索魔法を使ったが、アントニオを発見することが出来なかった。

 いったい何処に?

ジュゼッペ
「トニーさまぁ~?」

 ジュゼッペは名前を呼びながら、トニーが好む場所を回る。

 探索魔法が使われたことで、異変に気が付いたバルドとリンが飛んで来た。

バルド
「どうした? エストがいないのか?」

リュシアン
「はい。探索魔法でも見つけられず......ですが、トニー様は魔力コントロールで気配を消すことも出来るので、隠れていらっしゃる可能性もありますが.....。」

バルド
「何の為に隠れる?」

リュシアン
「そうですよね。理由がありません。」

リン
「仲間外れにされて拗ねているんじゃないか?」

リュシアン
「そんな子供っぽいこと....」

リン
「あいつは子供だろ?」

 それもそうだ、と皆で納得した。

 メアリーとグリエルモも心配して駆けつける。

メアリー
「トニーはいたの?」

ジュゼッペ
「それが、何処を探しても....。」

メアリー
「どうして誰もトニーを見ていなかったの!?」

 メアリーは、リュシアンとジュゼッペの2人を怒鳴りつけ、ワナワナと震え、当てもなく何処かへ飛び出そうとしたが、バルドが捕まえた。

バルド
「今は、自由時間だ。この2人も見張っていてはいけない約束になっている。しかも、家の中だぞ! 落ち着け!」

メアリー
「落ち着いていられないわ! あの子には......!」

 『魔王の封印が!』と言いかけて、メアリーは口をつぐんだ。アントニオの封印についてはルド様とリン様は知らないかも知れない。知ったからといって、この2人が友人でなくなるとは思わないが、余計な事を言うべきではないと思った。

 動きの止まったメアリーから手を離し、バルドはため息を吐いた。

グリエルモ
「厩舎や召使いの宿舎にいるかもしれない。見て来る。」

メアリー
「私も!」

グリエルモ
「では、私は厩舎に、メアリーは召使いの宿舎、リュシアンは兵の宿舎、ジュゼッペは倉庫を見に行ってくれ。」

 皆で手分けして城中を探すが、何処にも見つからない。屋敷の正面玄関の扉を守る衛兵ですら、アントニオの姿を見ていないという。再び皆で屋敷の玄関ロビーに集まり情報を交換するが、誰もアントニオの姿を見ていなかった。

グリエルモ
「トニーにはルド様やリン様以外のご友人はいるのでしょうか?」

バルド
「いや、聞いた事がない。」

 もしかして、今度こそ魔王の封印が解けた? そして、連れ去られた?

 グリエルモ達に、真っ黒な思考が降りてくる。

 13年間も封印されていたのだ。復活した魔王が、自分を封印していた相手を目にしたときに、連れ去るなどという生ぬるい事をするだろうか?

 アントニオの死体が転がっている姿を想像し、絶句した。


_________


 一方、アントニオは、のんびり街を散歩していた。公園には、色とりどり花が咲いていて、とても綺麗だ。

 こんなに綺麗なところがあるんだったら、もっと早く遊びに来れば良かったな。

 木々の間にポピーの花が沢山生えているのが目についた。

 雑草っぽいし、摘んでも大丈夫かな?

 花と蕾を合わせて10本程摘み、花束を作った。

 部屋に飾ってもいいし、母上にプレゼントしてもいいな。

 そろそろ自由時間が終わるから、急いで帰ろう!

 ゲートハウスの関所まで戻り、借りていた帽子を憲兵に返す。

アントニオ
「帽子を有難うございます! お陰様でお花が摘めました!」

憲兵
「お帰りなさいませ。綺麗ですね! お役に立てて嬉しいです。」

 すると、通り掛かった魔導騎士が、アントニオの姿を見つけて声をかけてきた。

魔導騎士
「あ! トニー様! 先程、リュシアン様が探しに来られましたよ?」

アントニオ
「あ、本当ですか? 急いで戻らないといけませんね。教えて下さって有難うございます。」

 屋敷まで戻ると、正面玄関の衛兵が慌てて声をかけてきた。

衛兵
「よかった! 皆で探していたのですよ!」

 そう言って、扉を開けてくれた。

 玄関ロビーに皆が集まっていて、一斉にアントニオに視線が集まる。

メアリー
「トニー! 何処に行っていたの?」

 凄い勢いで抱きしめられて、とても苦しい。

アントニオ
「母上、痛いです。ちょっと、離れて!」

 アントニオは、メアリーの腕から身をよじって抜け出した。

バルド
「エスト、お前、何処に行っていた?」

 低い声で唸るようにバルドが言った。

アントニオ
「今日は天気もいいし、散歩していたんだ。何で怒ってるんだよ?」

バルド
「お茶をしていろと言ったはずだ!」

アントニオ
「そうするとは言ってないだろ? 喉なんか乾いてなかったし。」

バルド
「何故、外に出た!?」

アントニオ
「俺を部屋から追い出したのはルドだろ?」

バルド
「屋敷から出ていいとは言われていないだろ?」

アントニオ
「屋敷から出てはいけないとも言われていません。」

メアリー
「城中探したのよ? 一体何処にいたの?」

アントニオ
「ちょっと、お花を摘んでいただけです。ほら!」

 アントニオはメアリーにポピーの花束を差し出した。

 だが、メアリーは、ポピーの花を受け取らず、玄関ロビーの机の上を指差して「いいから、それはここに置きなさい。」と、怒鳴った。

 メアリーの笑顔が見られると思って積んだ花束は、行き場を失って、アントニオの胸に戻った。

メアリー
「私は何処にいたかを聞いているのです!」

アントニオ
「何で、皆、そんなに怒っているのですか? 今は自由時間なのに?」

 花束を握る手がふるふると震える。

メアリー
「答えなさい!」

アントニオ
「......街の公園です。」

 バチン!

 メアリーがアントニオの頬を叩いて、大きな音があがる。

アントニオ
「!?」

 アントニオは大きく目を見開いて、メアリーを見つめた。

 何で? 何で叩かれた?

 完全にパニックに陥っているアントニオに気が付かず、メアリーはさらに怒鳴り声を上げた。

メアリー
「許可なく外出していいと誰が言ったの!? どうして、皆を心配させるような事をするの!? 一体どれだけ、私を心配させれば気がすむのよ!」

 アントニオの頭の中は、恐怖でいっぱいになり、いつもの冷静さが失われていった。

 俺は悪い事をしたのか? 殴られて、怒鳴られるような事を? でも、約束事は守っていたし、自由時間に外出してはいけないとは言われていない。今までだって、深淵の森にも、霊峰山にも出かけていたし、それよりももっと安全な街に、3、40分散歩に出ただけだ。

 このまま殴られ続けては駄目だ! 反撃しなくては、また、理不尽なことで、ずっと殴られ続けてしまう! 怒鳴られ続けて、人間の尊厳が奪われてしまう。

アントニオ
「皆、自由に外出しているじゃないか!? どうして俺だけ駄目なんだ! 父上だって、母上だって、俺の歳には自由に出掛けていたはずだ! 何で、俺だけ叩かれなくちゃいけないんだ! 俺が焦茶の出来損ないだからか!? 心配しているのは、魔王の封印が解けたら、世界の平和が失われると思っているからなんだろ! 俺を心配しているわけじゃない! 本当は俺が邪魔だし居なくなって欲しいけど、世界の平和のために、仕方なく育てているんだ! だから、いつも監視して軟禁してるし、俺の自由とか、尊厳とか、幸せなんかどうでもいいんだ!」

メアリー
「違うわ!」

アントニオ
「違わないよ! どんなに言う事を聞いても、どんなに手間がかからないようにしても、俺のこと自体が気に入らないから叩くんだ! 完璧に親の思惑を読み取って、思い通りに動ける人間なんて存在しないよ! どんなに良い子にしたって、殴られて怒鳴られるなら、もう、良い子なんてしない!」

 アントニオは持っていた花束を地面に叩きつけた。

リン
「エスト! 落ち着け!」

 真っ赤になって、涙で前が見えなくなっているアントニオを、落ち着かせようと、リンは思ったが、錯乱している人物に『落ち着け』と言って、落ち着けば苦労はない。

アントニオ
「ルドやリンだって、いつも2人でつるんで俺を除け者にして、住みごごちの良い場所が、他に見つからないから、一緒にいるだけなんじゃないのか!? 俺みたいな、うるさい奴は嫌いだろ!」

バルド
「違うだろ!? お前は子供で一緒に出来ない事や、一緒に行けない場所があるのは仕方がない事だ!」

アントニオ
「俺は子供じゃない! 確かに結婚したり、女性と同棲したりしてないから、経験は乏しいかもしれないけど、俺の部下の結婚の世話は、俺の仕事のはずだ! でも、ジュゼッペやリュシアンが結婚出来ないのは、俺の所為だって思ってるんだろ? やっぱり、俺なんていない方がいいんだ!」

ジュゼッペ
「そ、そんなことありません! トニー様には皆が感謝しているのです! トニー様の犠牲で皆が助けられているのですから!」

アントニオ
「俺は皆のことを助けたりなんかしていない! 魔王の封印のことを言っているなら見当違いだよ! そもそも、世界を滅ぼそうとする魔王なんて、最初からいなかったんだから!」

グリエルモ
「どういう事だ!?」

 アントニオは、言ってはいけなかった事を言ってしまい青ざめた。

 真実を皆が知れば、両親とバルドは対立しなくてはいけないかもしれない。

 アントニオは何も言えなくなって、勢いよく屋敷を飛び出した。

 バルド、リン、グリエルモ、リュシアン、メアリー、ジュゼッペも後を追う。

 大きな広場になっているところまで来て、もう少しで追い付くという距離になる。

バルド
「エスト!!!」

 バルドはアントニオを捕まえようと手を伸ばした。

アントニオ
「♪Halt! ♪」
(止まれ!)

 バルドの身体はアントニオを捕まえることが出来きる直前で動かなくなってしまった。

 アントニオの瞳は虹色に輝きながら、涙を零していた。

フンパーディンク作曲のオペラ「ヘンゼルとグレーテル」より魔女のアリア

 オペラでは、逃げ出そうとしたヘンゼルとグレーテルを魔女が魔法で捕まえる時に歌われる歌だ。

「♪Hokus pokus, Hexenschuss! ......♪」
(ホークス ポークス 魔女の一撃だ! 前にも後ろにも動けないだろう。頭も首も固まるよ!)

 バルドだけでなく、アントニオを追いかけて来た、全ての人の動きが停止する。

 状態異常を引き起こす効果魔法というのは、術者が、対象者の魔力を上回らないとかける事は出来ない。

 対象者が複数であれば、その対象者の魔力を合計した量よりも、術者の魔力が大きくないといけないのだ。

 しかも、少しくらい魔力が上回った位では、成功率は低い上に、その効果が持続する時間も短くなる。

 だがどうだろう、人族で最高峰の魔力を誇ると言われる聖女と勇者、天才魔法使いのリュシアン、非戦闘民のジュゼッペはもちろんのこと、人族よりも魔力が多い魔人族の中でも最高の魔力を持つバルド、龍人族最高の魔力を持つリン、その全ての魔力を軽々と上回り、アントニオは皆を拘束することに成功した。

 その圧倒的な力を前に、一同に恐怖の色が浮かぶ。

 しかし、1番恐怖を感じていたのは、他ならないアントニオ自身であった。
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