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第二幕 幼少期

32.魔力測定

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 まだ、王都2日目だというのに、アントニオはすでに帰りたくなっていた。

 初めて使うベッドの寝心地も違和感があって眠れなかったし、何よりもジュゼッペがいない。

 考えてみたら、1歳の時から毎日ずっと一緒だったから、ジュゼッペのいない生活が久しぶり過ぎて、違和感が半端ない。

 アルベルト邸には、ジュゼッペの代わりに世話をしてくれる執事がいるにはいるが、ツーカーじゃないし、面倒な挨拶から始まる敬語じゃないといけないし、とにかく気を使う! 疲れる! 祖父母にはさらに気を使う! 叔父夫婦と子供にも気を使う! 疲れた! もう、疲れた! 疲れた! お家に帰りたい! 芸術家はデリケートなんだよ!

 眠い。怠い。

 でも、今日が、旅行の目的の能力鑑定である。

 能力鑑定を行う神殿には、結局、両親とリュシアンだけでなく、両家の祖父母、叔父夫妻と子供達を連れた団体で行くことになった。
鑑定後に皆でランチして、お買い物をするためであるが、団体様ってちょっと恥ずかしい。

 いや、オペラ歌手時代は目立ってなんぼのものだったけど、自分が目立つのと家族が目立つのはちょっと違う...家族が目立ってるのって、なんか恥ずかしいんだよな。こんな経験は前世ではしなかったというか、まぁ、普通、英雄や大スターの息子になんて生まれないから当たり前か...

 馬車で神殿に降り立つと、通行人が神を崇めるように集まって来た。聖女様や勇者様の信者達である。挨拶する者、感動で涙する者、ヒソヒソ話しをする者、様々だ。

 たまに聞こえる、「焦茶」「誰?」「何? あの子」の単語で、自分が悪い意味で目立っていることが認識できる。

 そりゃそうだ、こんなキンキラキンの家族と従者に囲まれて、自分1人が焦茶なんだから。

 そういえば、俺より暗い髪の人間を街で見かけなかった。

 ジーンシャン領でもエリートばっかりの屋敷にこもっていたから、明るい髪の色は当たり前だった。でも、街に行けば、自分と似たような暗い髪の人間がいっぱいいると思っていたのだ。しかし、馬車から見える王都の街でも、濃いめの茶髪はいるものの、自分ほど暗い髪の色の人間は歩いていなかったのである。

 自分の焦茶の髪は嫌いじゃないし、むしろ自分の顔によく似合っていてカッコイイのでは? と思っているくらいだった。けれど、こうも周りから、汚いものを見るような目で見られると、結構キツイものがある。

 帰りたい...

 一般訪問者の多い大神殿を抜けて、中庭を通り、奥の特別な儀式等をする建物に向かう。

 アントニオがうつむきながらトボトボ歩いているのに気が付いたメアリーは、アントニオの手を取ろうとしたのだが、アントニオは反射的にメアリーの手を払ってしまった。

 白銀の髪をたなびかせ歩くメアリーの横に並び立つことは、自分の焦茶の醜さを強調するような気がした。人から馬鹿にされたくない気持ちが無意識のうちに発動して、メアリーを拒絶してしまったのである。

 メアリーは訳が分からないという顔をしている。

アントニオ
「あ、母上...御免なさい。」

 アントニオはとっさに謝ったが、再び手を繋ごうとしたメアリーの手を避けた。

 このキンキラキンな人達と比べられたくない。

 自分の中に芽生えた焦茶コンプレックスを、アントニオは家族に知られたくなかった。

アントニオ
「あれ? えっと、今日は、その、反抗期かも...?親離れっていうか...今日は手繋ぎも抱っこもいいです...。なんだか恥ずかしいかも。」

 誰にでもある親離れとして誤魔化した。

 アントニオは、オペラ歌手だった自分の本質が変わっていないことを、改めて認識した。
誰よりも美しいと言われたかった、その声も、所作も、容姿も。身体を鍛え、舞台マナーと演技を勉強し、開演2時間前に小屋入りしメイクして、衣装を身に付けた。そんな日々を思い出した。醜いと思われることは、芸術家にとって大変な苦痛である。人から愛されないということは、自分の芸術の死を意味する。

 家族に対して誤魔化すことで、自分の傷付いた心も誤魔化そうとした。

メアリー
「反抗期って...(なんてマセているのかしら?)」

 メアリーは、アントニオの言葉にすっかり騙されて、傷付くことはなかった。真っ赤になって、引っ込めた手を握りしめるアントニオを見て、可愛いと思いつつ、男の子はこうして母親から離れていってしまうのかと、少し寂しくなった。


 奥の建物に案内され、神官による能力鑑定が行われた。

神官
「凄い魔力の量で、測りきれませんでした。こんな事は初めてです」

 生まれたばかりの赤子のときですら3万も魔力があったのだ。6歳になった今では見当もつかない。とんでもない魔力量なのは、容易に想像できる。

メアリー
「それで、属性は?」

神官
「そ、それが...属性が分からないのです」

メアリー
「属性が分からない?」

神官
「はい。通常の魔力には属性によって色のようなものがあるのですが、アントニオ様には、その色が見えません」

メアリー
「どういうことなの?もっと解るように教えて!」

神官
「火属性のある者は、赤い火のような熱いオーラのようなものが見えます。水属性の場合は水色の冷たいオーラ、光属性はキラキラと光るような、闇属性なら暗いモヤのような。多属性お持ちの方は、それらが、混ざり合ってマーブルのようになっているのが見えるのです。聖女様も勇者様も、非常に色とりどりのオーラが見えるのですが、アントニオ様の場合は、無色透明です。

 実は、風属性も透明なオーラなのですが、オーラが素早く動いていて、風だとわかるのです。ですが、アントニオ様のオーラは動いておらず、凝縮された巨大な圧力のようなものが四方に伸びており、その...この部屋にいる私達全員を、オーラで捕まえているように見えるのです」

 そんな事を言われて恥ずかしくなったアントニオは、大変萎縮した。そういえば、前世でも、よく言われていた気がする。舞台の上に立つと、オーラがあって舞台が華やかになると。脇役を歌う時は、もっと気配を消せって言われたなぁ~。

 アントニオがオーラを消そうと心掛けると、神官は、またもビックリして声をあげた。

神官
「!?...魔力が消えた...何故?」

 神官はアントニオを凝視して、魔力を探してみるが、さっきまでは確かにあった巨大なオーラが消えている。

神官
「もしかして、コントロール出来るのですか?」

 神官に言われて、アントニオは首を傾(かし)げたが、呼吸を落ち着けると、姿勢を正し、舞台に登場するときように、オーラを全開にしてみる。

 俺はオペラの主役プリモ(1番の男)だ!空間を、観るものすべてを支配するのだ!

 次の瞬間、魔力鑑定の出来ない人間ですら、その圧倒的なオーラを感じ、アントニオから目が離せなくなった。

 アントニオの瞳が虹色に輝き、その美しさに、溜め息が出た。

アントニオ
「今、魔力を解放してみたのですが、どうでしょうか?」

 よく響く美しい声で話しかけられて、神官は思わず息を飲んだ。

神官
「う、美しい...」

アントニオ
「はい!?」

神官
「あ、いえ、凄い魔力です。神のように神々しい...」

アントニオ
「そうなんだ!」

 アントニオが嬉しくなって、無邪気にニコッと笑うと、見た人間の血圧は一気に上昇した。

メアリー
「トニー! 魔力を控えて......鼻血が出そう...」

ヘンリー
「老人には刺激が強過ぎる...魔力を納めてくれるかね?」

オデット
「子供達にも、刺激が強過ぎるわ」

 アントニオは、急いでオーラを引っ込めた。

 他の皆は、ホッと一息つく。

アントニオ
「それで、属性は分かりそう?」

神官
「も、申し訳ありません! 何しろ前例がありませんので...不明のままでございます」

アントニオ
「そうですか」

ロベルト
「属性が分からないということは、通常の我々が使っているような魔法は使えないということか?」

 適性のない属性の魔法は使えない、というのが、この世界の常識である。

 魔法が使えなくては、大容量の魔力があっても、あまり意味がない。

アントニオ
「魔法って、どうやって使うの?」

 アントニオは、周りの人が魔法を生活的に使っているのを何度も見ていたし、真似てしてみようと思ったことがあったが、全然出来なかった。
周囲の人に教えてもらおうと思って、教えを請うたが、参考になる返答はもらえなかったのである。

 実は、周りの人の多くは、焦茶の子だから魔法は使えなくて当たり前だと思っていた。そのため、アントニオを傷付けないように気を遣っていたのだ。『魔力鑑定で属性と魔力量が分かれば、使える魔法がわかるようになる』と答えて誤魔化していた。グリエルモやメアリーも、大雑把に魔法を使うイメージは教えたものの、魔力の枯渇による魔王の復活を恐れていたので、アントニオに魔法の練習はさせなかったのである。

 ロベルトは片眉を少し上げて、奥歯を噛み締めてから、静かに口を開いた。

ロベルト
「トニー、適性のない魔法は使えない。しかし、お前は昨日、魔法を使っていただろう?」

アントニオ
「昨日?...歌に魔力を込めて歌ったことですか?」

ロベルト
「そうだ。お前は間違いなく、偉大な魔法使いだ。だが、誰も知らない属性を持っていて、誰も、その使い方を知らない。誰も、教えることは出来ない。だから、自分で使い方を探すしかないのだ」

グリエルモ
「トニー、大丈夫だよ。一緒に探そう」

 グリエルモ はアントニオの頭を撫でて励ました。

アントニオ
「はい」
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