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第二幕 幼少期

12.プレゼント探しは命懸け ♠︎♣︎

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 リュシアンとアントニオを乗せた飛竜がオルソの丘に到着した。リュシアンは、自分以外の人を乗せて、共に飛行することは初めてだったが、大人しい2歳児をベビーキャリアで背負うことは、野営装備を背負うことよりも楽であった。

アントニオ
「すぐに花を摘んで来ますね」

 アントニオは背中から降ろしてもらうと、さっそく、目当ての花を探し始めた。

 オルソの丘は、普段、人間が入らないこともあり、稀少な植物の宝庫である。拓けた丘というよりは、木々もそこそこに生えていて、木漏れ日が差し込んでいる。日当たりの良い場所の所々に、ゴーレムリリーをはじめとする、稀少なな花々や薬草が生えている。

 視界が悪い場所があるな。

 アントニオは小さくて、ちょっとした茂みに入るとリュシアンから見えなくなってしまう。リュシアンははぐれないように、念の為、アントニオに追跡魔法をかけておいた。それから、一緒に探し始めた。見栄えのする大きめの花を選んで摘んでいく。すると、背後から、かすかに獣の動く音がした。

 ガルルルゥ~...

 キングベアーだ。生息地とは知っていたが、こんなに直ぐに遭遇するとは!

リュシアン
「トニー様!」

 アントニオの方を振り返ると、すでにアントニオの姿は見えない。

 何処に...!?

 考える間もなく、キングベアーが襲いかかってくる。

 リュシアンはすぐにキングベアーに集中すると、キングベアーの頭上めがけて炎を叩き込んだ。

 するとキングベアーはのたうち回って、手当たり次第に周辺の木々をなぎ倒した。

 運が悪かった。その中に巨大毒蜂の巣があり、無数の巨大毒蜂がこちらに敵意を向けて出現したのである。

 倒し損ねたキングベアーと、数え切れない巨大毒蜂が自分を取り囲んでいる。リュシアンは、幾度となく実地で魔獣討伐を行なって来たが、単独で、しかも、これだけの数の敵と対峙したことはなかった。

 その瞬間、リュシアンは死を覚悟した。と、同時に、幼子をこんな危険な場所に連れて来てしまったことを後悔した。

 私が自分のくだらないプライドに固執しなければ、トニー様をお守り出来たのに! このままでは、自分だけではなく、トニー様まで死んでしまう!

 その時だった、甲高い子供の声で命じる声が聞こえてきた。

アントニオ
「リュシアン! 私が囮になる! 私に追跡魔法をかけているだろう? 引き寄せられた敵がライン状に並んだら、私の方へ向けて全力で攻撃魔法を放て!」

 茂みに隠れていたアントニオがひょっこり顔を出して、そう言うと、逆サイドへと駆け出していった。

____

 アントニオは、魔物達に追われながらも、リュシアンの姿が見えないところまで来ると、すぐにバルドを召喚した。

アントニオ
「ルドーーー!! 今、本気でピンチ。デッカイ蜂と熊に追われてんの。それで、俺が魔物達を引き付けたら、護衛の魔法使いに強力な魔法で一掃してもらうように頼んだから、もうすぐ強力な魔法が飛んでくるはず! ルド、防御魔法得意でしょ? 助けて!」

バルド
「なんで、そんなややこしい事になってるんだ?魔物なら、俺が倒してやるのに」

アントニオ
「それじゃ、魔王が復活したって大騒ぎになるだろ!」

バルド
「それもそうか。防御魔法を張ればいいんだな?」

アントニオ
「うん!」

バルド
「結界張ったぞ。でも、魔物の一部しか、こっちに来てないようだけど?」

アントニオ
「えぇ!?じゃ、誘き寄せるか」

バルド
「どうやって?」

アントニオ
「黙ってて! 歌う!」

 アントニオは立ち止まって、少し呼吸を落ち着けてから、思い切り息を吸った。

 姿勢よし! 肺よし! 喉よし! 口の開きよし! ちょっぴり魔力も込めてGO!

 アントニオの瞳が虹色に輝きはじめる。

「アァ~♪tr~+° ゚♬+.♪゚ ☆*♩+:。.。♫ *。.♪。:+*♫ .。*゚+.*.。☆♫ ゚+..。*゚+ ♬♩.。✴︎+..。✳︎+. .♪」

 空気を振動させて、喉をふるわす。ターゲットを惹きつけるように!

レオ・ドリーブ作曲のオペラ「ラクメ」より“鐘の歌”。

 敵を誘き寄せるために、ヒロインのラクメに歌わせる歌だ。俺は男だけど声変わり前のバリバリのベイビーだから、超高音の超絶技巧ヴォカリーズだって、実は楽々歌える音域なのだ。

 さぁ、おいで! おいで! モンスターちゃん達!

____

 リュシアンは、魔物と間合いを取りつつ、攻撃魔法の気を練りながら、追跡魔法を探知してアントニオの位置を探る。しかし、魔物が思ったようにライン状に並んでいないこともあるが、全力で主人に向けて魔法を打つなんて、もし、トニー様に魔法が当たったらどうなるのだろうかと、考えあぐねていた。

 すると突然、トニー様の方から、美しい歌が聞こえてきた。

 この世のものとは思えない程の美しい声に、心が震え、惹き寄せられる。キラキラと光るような声が、コロコロと一瞬のうちに高音から低音まで転がるように翻っていく。その心地よい響きに、すべての感覚が支配されていくのを感じた。

 歌に惹き寄せられているのは、自分だけではなく、魔物達も同じようで、皆、一直線に歌に向かって惹き寄せられていく。

『ライン状に...』

 リュシアンは主の言葉を思い出し、ハッとした。何だ!? 今のは、トニー様の魔法か? 必死に自分の感覚を取り戻し、再度魔力を練り直した。

 トニー様を信じるしかない。

 頃合いを見計らって、全力で炎の攻撃魔法を解き放った。

____

 煙りで視界が悪くなっているが、魔物は一層され、危険な気配はすでにない。

バルド
「魔物に生き残りがいたら手を貸してやろうと思ったが、無駄な心配だったな。山火事の心配も今のところなさそうだ。雨上がりだったから、火事にならなかったが、山で炎の魔法はやめろと言っておけ!」

アントニオ
「うん! ルド! めっちゃ有難う! 助かった! 魔法防御がなかったら、俺も死んでたわ。護衛くんも凄いなぁ」

バルド
「お前は放っておくと直ぐに死にそうで怖いな。また、何かあったらすぐに呼べよ」

アントニオ
「は~い!すぐに呼びま~す!」

バルド
「蜂の巣貰っていいか?」

アントニオ
「いいよ。この状況で、流石ルド! 食い意地がはっている」

バルド
「まあな。...お前の護衛が来るから帰るわ」

アントニオ
「は~い! また明日! 蜂蜜にあうパンケーキ焼いて貰うわ」

 目を見合わせて笑うと、バルドは封印の間に帰っていった。

リュシアン
「トニー様!トニー様!」

 煙りの向こうから、リュシアンの声がする。

アントニオ
「あ、こっち!こっち!」

リュシアン
「トニー様! よくぞご無事で!」

アントニオ
「うん。リュシアンも無事で良かった! 危険な目に合わせて申し訳ない。急いで、花を摘んで帰ろう」

リュシアン
「あ、はい」

 危険な目に合わせて申し訳ないのは、こちらの台詞では!? とリュシアンは思ったが、トニー様にとっては、魔物達など、危険でも何でもないのかもしれないと思い直し、口をつぐんだ。

 無事に花を摘み終えて、飛竜に乗って帰る途中、リュシアンは自分の浅はかさと無力さを痛感していた。

 どうやって防いだのかは分からない。だが、自分の全力で放った渾身の魔法は、わずか2歳の主に、傷一つ付けられなかったのだ。

 アントニオは、帰宅するとすぐに自室に戻り、花を並べて、あーでもない、こーでもない、と呟き、やっと納得のいく形にまとめると、器用に花の長さを切り揃えていった。そして、ジュゼッペに用意させていた、色紙やレース、リボンを、色々な組み合わせで花束に合わせてみては、また、あーでもない、こーでもないと、呟いて、取っ替え引っ替えした。

アントニオ
「うぅ~ん。やっぱり、これだな」

 花束を緑の紙で包み、その周りを茶の紙で包み、さらにその外側を白いレースで巻いて、最後に、茶と緑のリボンを二本ずつあわせて花束にかけ、蝶々結びをした。

アントニオ
「どうかな?」

 にんまり笑いながらアントニオが振り返る。

ジュゼッペ
「素晴らしいです! メアリー様は、白百合の乙女と言われていたのですよ! イメージにもピッタリです。きっとお喜びになられますよ!」

 ジュゼッペは手を強く握って、興奮した様子で答える。

リュシアン
「王都でも見ないような、立派な花束です。」

 リュシアンも、その素晴らしい出来栄えに誇らしい気持ちになった。

アントニオ
「喜んでくれるといいな」

 アントニオも期待に胸を膨らませた
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