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第一章

00-1.プロローグ1 ★

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「お兄ちゃんがやるゲーム、冒険ばっかりでつまんなーい」

 リビングのテレビでゲームをしていた俺──ショウ・フジモトに、隣でその様子を見ていた五つ下の妹──アカリが文句を言ってくる。

「そんなにつまらないなら見なきゃいいだろ」

 適当に流しながら、迫り来る敵を凪ぎ払っていく。
 仲間が瀕死状態になればアイテムで回復させ、取得した経験値で各キャラクターのスキルを黙々と上げていく。でなければ先へ進めないからだ。
 そして旅の合間にある仲間とのやり取りにのめり込み、そしてまた敵と戦う。敵にも敵の背景があるのが心にグッとくる。敵なのに死んでほしくないと涙した事が何度あったか……。

「はぁ~、やっぱり面白いわ、RPG」

 そう、俺はRPGを好んでプレイしている。八才の頃に友だちの家でプレイして以来、十五年間のめり込んでいた。
 アカリには敵を倒していくだけにしか見えていないのだろうが、そんな事はない。
 ストーリーゲームなだけに、キャラクターたちとの友情や恋愛、裏切りから別れと、その内容は濃い。俺はそういうゲームが好きだ。アカリは理解する気もないのだろうが……。

「もっとさぁ~、乙女ゲームみたいな恋愛ものとかやらないの?」

 そう言いながら、アカリは携帯ゲーム機を持って電源を入れると、彼女がプレイしている乙女ゲームをつけて俺に見せて来た。いや俺、今戦闘中なんだけどっ。

「こういうさぁ、学園とかでヒロインとの仲を深めて恋して付き合ったりさぁ~」

 次々と話を進めながら、自分がプレイしている恋愛シュミレーションの画面をグイグイと目の前に持ってきて見せようとする。だから俺は今戦ってる最中なんだってばっ!

「このヒロインがめっちゃ可愛いんだよ~! って、お兄ちゃん聞いてる??」

 その瞬間、俺も仲間も全員倒され、テレビの画面が真っ赤に染まった。全滅だ。ゲームオーバーだ。

「……お前のせいで負けたんだけど」
「え~? わたしのせいじゃなくてお兄ちゃんが弱いからじゃん!」

 悪びれもせず人のせいにしてくる妹を白い目で見る。
 なんて奴だ。いや知ってたけど。

 アカリは義父と義母に甘やかされて育ったがために、随分と我が儘で自己中な考えをする様になってしまった。「甘やかし過ぎるな」と訴えても、両親が聞く事はない。

 そしてうちにはもう一人、俺の二つ下に妹がいる。
 名前はミツキだ。

 ミツキと俺は我が儘も許されなければ我慢させられる一方だった。「二人は年上なんだから」「妹のために色々してやるのが年上の使命だ」等々、散々な扱いである。

(ミツキのためならまだしも、アカリはなぁ……もう十分だろ)

 アカリは両親から愛情……と言って良いのかさだかではないが、兎に角可愛がってもらっている。欲しい物は何でも買ってもらえるし、悪戯しても怒られない。代わりに怒られるのは俺かミツキだ。何もしてないのに……解せぬ。
 特にミツキは「お姉ちゃんなんだから」に加えて「妹なんだから」と言われている。板挟み状態だ。「俺の事は気にしないで良いからな」とフォローしたり、両親に注意するがミツキへの当たりは酷いものだ。

(俺とミツキが他人の子だからなんだろうけど)

 俺とミツキへの扱いが酷いのには理由がある。
 それは二人とも両親の子ではないからだ。
 俺は父の子となっているが、実際は故人となった実の母の連れ子だ。だから再婚した父とは血が繋がっていない。
 対してミツキは義母の連れ子だが、実際は義母の元恋人の連れ子だ。だから義母と父と血は繋がっていない。
 両親と繋がっているのはアカリだけだ。二人にとって、実の子であるアカリは可愛いのだろう。しかも見た目もか弱そうで男なら守ってあげたくなるような容姿をしている。見た目だけなら完璧だ。他が残念過ぎるが。
 そんな経緯があり、似た境遇の俺とミツキは二人で協力して生活していた。両親も戸籍上は親だが残念なことに親と思えないし、アカリは論外だ。自然とミツキと一緒にいる事が増えたし、何かあれば二人で解決して来た。
 だから苦楽を共にし、いつしか妹として見れなくなってしまったミツキのために頑張るのは良いが、なんの苦労も努力もしていないアカリのために何かするのは嫌だった。死んでも断る。

「それでこの乙女ゲームなんだけどね、平民だったヒロインが聖女の力に目覚めて、攻略対象のヒーローと一緒に事件を解決していくの! そうしていく内に愛が芽生えて一緒になって、ヒーローは婚約者に婚約破棄をしてヒロインと結婚するんだ~。素敵じゃない?」
「何処がだよ」

 つい突っ込んでしまった。
 いや突っ込みたくなるよその内容。

「何処がって……全部よ?」

 アカリはアカリでキョトンとした顔をしながら答える。
 嘘だろ……コイツ本気か?

「婚約者がいるのにヒロインとって……それって浮気だろ? しかも婚約って正式なものをそんな簡単に破棄出来ないだろ」

 婚約者と別れてならまだしも、別れもせずにヒロインと仲を築くのは紛れもない浮気だ。しかも婚約はただの交際と違い正式に交わされるものだ。破棄の内容次第で裁判になるし、そもそもそんな簡単に破棄出来るものではない。

「普通はそうだろうけど、この婚約者……悪役令嬢って言うんだけど、悪役令嬢はヒロインを苛めるのよ。その証拠がいっぱい集まったから婚約破棄を突き付ける事が出来たのよ! うふふ、愛の勝利ね!」
「……そのいじめって?」
「え? えっとね、『身分が上の者に対してマナーがなっていない。授業で習った筈よ? まず頭を下げなさい』って強制したり、『婚約者のいる者にベタベタするな。離れなさい』って二人を引き離そうとするの!」
「それは普通の注意だね?」

 むしろ至極当然の指摘だった。
 悪役令嬢の地位は不明だが、貴族であるなら平民より上だ。位の低い者から声をかけるのはご法度だ。知り合いならまだしもそうでないなら大問題だ。
 それに『婚約者のいる者にベタベタするな』は、言われてもぐうの音も出ない事だ。学園内でしているなら周囲には見られているし、その悪役令嬢は嘲笑される事はなくても哀れみの目では見られるだろう。目の前でイチャイチャされて、その上友人の様に話しかけられたらそりゃ言いたくもなるわ……って言うかヒロインも凄いな。嫌がらせのレベルだよ、やってる事が。

「それだけじゃないんだよ!? ヒロインの教科書を破いたり、階段から突き落とそうとするの!」

 今までの流れから、どうも「胡散臭い」と思わずにはいられない。いや本当に胡散臭い。

「それ、目撃者っているの?」
「いるよ! ヒロインと仲の良い優しい子たち」

 胡散臭さが増してしまった。どう考えても悪役令嬢が嵌められたようにしか思えない。物的証拠がないなら罪にも出来ないだろうに……。

「悪役令嬢はなんて言ってるの」
「『私はその時間、公務や王妃教育を受けているので学園におりません』だって。すぐわかる嘘吐いてるよ」

 いやどう考えても悪役令嬢が正しいだろう。公務に王妃教育となれば証言出来る者はいっぱいいる。王妃なんて最強の後ろ楯じゃないか。
 それにしても……王妃教育と言うなら彼女は王太子の婚約者なのだろうが、王太子が無能過ぎる。婚約者が務めを果たしているのに、王太子はヒロインとイチャイチャ……なんて奴だ。男の風上にも置けない。逆に婚約破棄されればいいのに。

「……気になって来た?」

 ニヤニヤとしながら見上げて来る妹に「まさか」と言って鼻で笑う。
 どうせ乙女ゲーム仲間を作って「そうだよね~!」と相槌を打ってくれる相手を作ろうとしているのだ。その手には乗らないぞ。

「あ、因みにこのゲーム、ミツキさんもやってるよ」

 再びRPGを始めた俺の手が、不意に出てきた名前にピタリと止まる。
 ミツキもやっている? 
 彼女もゲームはするが俺と同じで冒険ばっかりしている人間だ。彼女が恋愛メインのゲームをするのは珍しい。

「断られたんだけど、『ミツキさんはわたしの事がキライなのね!』って泣いたらやってくれてる。あっはは! はじめからやればいーのにっ」

 お前か、犯人は。
 珍しいと思ったが強制じゃないか。そりゃ珍しい訳だ。

「だから、お兄ちゃんもやってくれるよね? だってミツキさんがやってるんだもの」

 極悪な笑みを浮かべているアカリに、俺は溜め息を吐いた。もうお前の方が悪役令嬢だわ。
 我が儘怪獣の言いなりになるみたいで嫌だが、ミツキと共通の会話が出来るならそれは良いかもしれない。

「わかった」
「本当!? やった!」
「その代わり、ミツキ『さん』じゃなくて『姉さん』と呼べ」

 アカリは俺の事を「お兄ちゃん」と呼ぶくせに、ミツキの事は「お姉ちゃん」ではなく「ミツキさん」と呼ぶ。
 なんだかミツキだけ疎外しているみたいでずっと不快に思っていたが、アカリは俺と違う意味でミツキを姉と思っていないのだろう。
 だから敢えて呼ぶように言えば、アカリは「嫌よ」とあっけらかんと答えた。

「どうしてあの人を姉と呼ばないといけないの? わたしの兄妹はお兄ちゃんだけだわ」
「ミツキも家族だ。俺の妹でお前の姉な事に変わりはないだろ」
「血は繋がってないわ」
「なら俺も家族じゃないな。俺もミツキと一緒であの人たちと、そしてお前とも血は繋がってない」
「それでもお兄ちゃんはお兄ちゃんよ」
「ならミツキもお姉ちゃんだな」

 どうしてこの女はこんなにもミツキを目の敵にするのだろうか。
 何が気に食わないのか知らないが、アカリのこの性格は歪み過ぎていると思う。
 そんな事を考えていれば、アカリは「もういーや。お兄ちゃんもそのゲームみたいにつまんないっ」と言って部屋に戻って行った。

(うるさいのが消えて清々するけど……警戒はしておこう)

 両親に誤解を与える言い方をして、何か仕掛けて来るかもしれない。俺にならまだ良いが、腹いせにミツキに向かうのは阻止しなければならない。

(乙女ゲームやらすために他のゲーム捨てられたりしたら堪らんからな。ここのゲームも一回避難させないと)

 俺の部屋には鍵が付いている。自室の物がちょくちょく失くなったのが切っ掛けであれこれ調べたら、盗聴器が仕掛けられていたのを発見したからだ。
 見付けた時に両親に訴えたが、その時にアカリが「もしかしたら、お姉ちゃんかも……」と、調子の良いことにお姉ちゃん呼びをしながらミツキを貶めようとしたのだ。
 両親はアカリの言い分を聞いてミツキを問い詰め、「警察に突き出すぞ!!」とまで言った。それに対して、ミツキは涙を浮かべながら無実を訴えていた。そりゃ身に覚えもなく突如として犯人扱いされたら困惑するし、泣くわ。
 当然俺は両親とその様子を見て笑っていたアカリにキレた。あまりにも愚かで目眩がしたほどだ。

『なら今から全員の部屋を片っ端から捜索しつつ警察も呼ぶか。第三者が関われば公平だろ。警察が来るまでの間みんなの部屋を確認する……先ずはアカリ、お前の部屋だ』

 そう言えば、アカリは見るからに狼狽えた。
「どうして!? わたしは関係ないわ!!」と怒鳴っているが、目が完全に泳いでいた。嘘を吐くならもっと演技力をつけろと、変な突っ込みを胸中でしてしまうぐらい色々崩れている。

『自分じゃないって堂々と言えるなら見せられるだろ。お前の部屋には人に見せられないものでもあるのか?』

 そう言えば、アカリは大声で泣き始めた。
 案の定「妹に対してなんだその態度は!!」と言われたので、「姉を貶めようとした事は何も言わないんですね」と返してやった。両親はもちろん黙った。自覚はあるのか。

『まずアカリの部屋から探す。次はミツキの部屋だ。双方の部屋が終わるまで二人はリビングにいて』

 二人の部屋を捜索した結果。アカリの部屋から盗聴器の受信器が見つかった。おまけに、失くなった俺のペンやタオル、下着まで発見したのだ。思わず身震いしたのは記憶に新しい。

 結局、警察は呼ばなかった。両親が泣きついたからだ。その代わりミツキへの謝罪と、俺とミツキの部屋に鍵を付ける約束と、アカリの部屋を同じ二階から一階に移す事でこの件は終わった。
 アカリに男として認識されていた事にゾッとした反面、俺がミツキに寄せる想いが今のままでは駄目だと自覚した。
 まずは家を出て親戚の養子にしてもらい、両親と決別しなくてはならない。
 嬉しい事に、実の母の親戚一同は賛同してくれているし、伯父夫婦が「うちに来なさい」と言ってくれている。
 皆に感謝しつつ、大切な人を救えるように計画を進めて行こうと、ゲームを自室に避難させながら、俺は決意を新たにした。


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