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サイベリアン王国での生活開始(8)
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「私も婚約するまではそう思っていたのだけれどね。でも、細かいことを気にする人なら、私みたいな猫を愛でる女なんかと婚約しないでしょう?」
「――確かに」
言われてみればその通りだ。離宮を用意し、不吉な猫と好き放題暮らせる環境を与えるなんて。規律を重んじるサイベリアン王国の王子としては、あるまじき行為である。
「私に一目ぼれしたってことらしいのだけれど。あまり熱っぽいこともおっしゃってくれないし、一体何を考えているかわからないのよねえ」
と、ソマリが首を傾げながら言う。
(うーん。でもソマリ様にこんなに自由な環境を用意してくれるっていうのは、やっぱり惚れた弱みなんじゃないかしら)
コラットが離宮に来てから、まだスクーカムはここを訪れていない。それまで王宮内で遠目でしか彼を見かけたことは無いが、常に鉄仮面を被っていたしほとんど喋らないので、人柄に関しては未知だった。
今まで猫のことしか頭に無かったコラットだったが、スクーカムとソマリの関係が気になりだし、彼の訪れが少し楽しみになった。
「ただね、スクーカム様は猫が苦手みたいで……。まあ一般的には悪魔の使いだと思われているから仕方がないと思うけれど。いつも猫を見ると苦しそうに呻くのよ。でも、ここを訪れると真っ先にチャトランを見に行くし……。何がしたいのかよくわからないのよね」
「はあ……」
確かにそれはよくわからないなとコラットが思っていると、ちょうど玄関の方から物音がした。ちょうどスクーカムがやってきたらしい。
玄関先で簡単に挨拶をかわし、侍女のコラットの自己紹介が終わると、ソマリはスクーカムを広間に案内した。
そして、テーブルについたふたりにお茶とお菓子を用意しようとするコラットだったが。
「チャトランは元気か。様子を見せてくれないか」
きっと鉄仮面の下は美しい顔をしているのだろうなあと想像できるような、透き通るような美声でスクーカムは言った。
「えっ。お茶とお菓子は召し上がらないのですか? 今、コラットが用意しようとしていたのですけれど……」
「ありがとう。しかし後ほどいただきたい。まずはチャトランだ」
一切迷う様子もなく、スクーカムがそう告げる。
(悪魔の使いである猫を警戒しているのかな? ソマリ様の身を悪魔から守るため、とか……?)
スクーカムの言動についてコラットがそう考えていると、ソマリは椅子から立ち上がった。
「かしこまりました。チャトランは寝室で日向ぼっこをしながら眠っています。昼寝している猫ちゃんを起こすわけにはいかないので、恐れ入りますがスクーカム様の方がご移動をお願いいたします」
「わかった」
ソマリの申し出に、スクーカムは頷く。
猫をスクーカムの前に連れてくるのではなく、スクーカムを猫のいる方へ移動させるなんて。
立場を考えるとありえないが、何よりも猫を愛するソマリにとってみれば、猫が最優先なのである。昼寝中の猫を起こすなど、言語道断なのだろう。
(ソマリ様に惚れているスクーカム様も、彼女が猫至上主義であるってことは重々承知しているってことなのかな)
寝室へスクーカムを案内するソマリの後を、コラットもついていく。そしてソマリが寝室の扉を開けると。
鉄仮面を被ったスクーカムは、いまだに伸びきっているチャトランの方に顔を向けると、仁王立ちした。
しばらくの間、微動だにせず声も発さないスクーカム。チャトランを凝視しているようだった。
「あ、あの。スクーカム様。どうなさいました? 先ほどから棒立ちですが……」
直立不動のスクーカムを不審に思ったのか、ソマリが怪訝な顔をして尋ねると。
「な、なんだあの長さは……。猫ってあんなに伸びるのか? 構造を考えるとおかしくはないか? 日光に照らされてキラキラに輝くふわふわの毛、あの幸せそうな寝顔……! ダメだ、苦しい。動悸がしてきた。くっ……」
小さく呻くと、スクーカムはその場で片膝を立てた。本当に苦しそうだ。
「ス、スクーカム様!? 大丈夫ですかっ?」
突然立っていられなくなったスクーカムを心配しているのか、ソマリが慌てた様子で声をかける。
しかしコラットは、スクーカムの言動に不信感を覚えていた。
(ふわふわの毛、幸せそうな寝顔、とか言っていたわよねこのお方)
無骨な軍人としてはありえない単語の連発だった。
ソマリは体調不良を訴えるスクーカムのことを純粋に案じているようで、言葉の意味については気に留めていないようだが。
すると、妙な動きをしたスクーカムのせいでチャトランが起きてしまった。立ち上がりかわいらしいあくびをしてから伸びをすると、鼻をふんふんとヒクヒクさせながら、人間達に近寄ってきた。
「う、うわわああああ。それ以上近寄るな! 破壊力が強すぎるっ……! 心臓が爆発して死んでしまうっ……!」
まるで恐ろしいモンスターが迫ってきているかのような言動をし出すスクーカム。その体は小刻みに震えている。
「スクーカム様! お気を確かに……!」
そんなスクーカムを素直に案じるソマリだったが。
「――確かに」
言われてみればその通りだ。離宮を用意し、不吉な猫と好き放題暮らせる環境を与えるなんて。規律を重んじるサイベリアン王国の王子としては、あるまじき行為である。
「私に一目ぼれしたってことらしいのだけれど。あまり熱っぽいこともおっしゃってくれないし、一体何を考えているかわからないのよねえ」
と、ソマリが首を傾げながら言う。
(うーん。でもソマリ様にこんなに自由な環境を用意してくれるっていうのは、やっぱり惚れた弱みなんじゃないかしら)
コラットが離宮に来てから、まだスクーカムはここを訪れていない。それまで王宮内で遠目でしか彼を見かけたことは無いが、常に鉄仮面を被っていたしほとんど喋らないので、人柄に関しては未知だった。
今まで猫のことしか頭に無かったコラットだったが、スクーカムとソマリの関係が気になりだし、彼の訪れが少し楽しみになった。
「ただね、スクーカム様は猫が苦手みたいで……。まあ一般的には悪魔の使いだと思われているから仕方がないと思うけれど。いつも猫を見ると苦しそうに呻くのよ。でも、ここを訪れると真っ先にチャトランを見に行くし……。何がしたいのかよくわからないのよね」
「はあ……」
確かにそれはよくわからないなとコラットが思っていると、ちょうど玄関の方から物音がした。ちょうどスクーカムがやってきたらしい。
玄関先で簡単に挨拶をかわし、侍女のコラットの自己紹介が終わると、ソマリはスクーカムを広間に案内した。
そして、テーブルについたふたりにお茶とお菓子を用意しようとするコラットだったが。
「チャトランは元気か。様子を見せてくれないか」
きっと鉄仮面の下は美しい顔をしているのだろうなあと想像できるような、透き通るような美声でスクーカムは言った。
「えっ。お茶とお菓子は召し上がらないのですか? 今、コラットが用意しようとしていたのですけれど……」
「ありがとう。しかし後ほどいただきたい。まずはチャトランだ」
一切迷う様子もなく、スクーカムがそう告げる。
(悪魔の使いである猫を警戒しているのかな? ソマリ様の身を悪魔から守るため、とか……?)
スクーカムの言動についてコラットがそう考えていると、ソマリは椅子から立ち上がった。
「かしこまりました。チャトランは寝室で日向ぼっこをしながら眠っています。昼寝している猫ちゃんを起こすわけにはいかないので、恐れ入りますがスクーカム様の方がご移動をお願いいたします」
「わかった」
ソマリの申し出に、スクーカムは頷く。
猫をスクーカムの前に連れてくるのではなく、スクーカムを猫のいる方へ移動させるなんて。
立場を考えるとありえないが、何よりも猫を愛するソマリにとってみれば、猫が最優先なのである。昼寝中の猫を起こすなど、言語道断なのだろう。
(ソマリ様に惚れているスクーカム様も、彼女が猫至上主義であるってことは重々承知しているってことなのかな)
寝室へスクーカムを案内するソマリの後を、コラットもついていく。そしてソマリが寝室の扉を開けると。
鉄仮面を被ったスクーカムは、いまだに伸びきっているチャトランの方に顔を向けると、仁王立ちした。
しばらくの間、微動だにせず声も発さないスクーカム。チャトランを凝視しているようだった。
「あ、あの。スクーカム様。どうなさいました? 先ほどから棒立ちですが……」
直立不動のスクーカムを不審に思ったのか、ソマリが怪訝な顔をして尋ねると。
「な、なんだあの長さは……。猫ってあんなに伸びるのか? 構造を考えるとおかしくはないか? 日光に照らされてキラキラに輝くふわふわの毛、あの幸せそうな寝顔……! ダメだ、苦しい。動悸がしてきた。くっ……」
小さく呻くと、スクーカムはその場で片膝を立てた。本当に苦しそうだ。
「ス、スクーカム様!? 大丈夫ですかっ?」
突然立っていられなくなったスクーカムを心配しているのか、ソマリが慌てた様子で声をかける。
しかしコラットは、スクーカムの言動に不信感を覚えていた。
(ふわふわの毛、幸せそうな寝顔、とか言っていたわよねこのお方)
無骨な軍人としてはありえない単語の連発だった。
ソマリは体調不良を訴えるスクーカムのことを純粋に案じているようで、言葉の意味については気に留めていないようだが。
すると、妙な動きをしたスクーカムのせいでチャトランが起きてしまった。立ち上がりかわいらしいあくびをしてから伸びをすると、鼻をふんふんとヒクヒクさせながら、人間達に近寄ってきた。
「う、うわわああああ。それ以上近寄るな! 破壊力が強すぎるっ……! 心臓が爆発して死んでしまうっ……!」
まるで恐ろしいモンスターが迫ってきているかのような言動をし出すスクーカム。その体は小刻みに震えている。
「スクーカム様! お気を確かに……!」
そんなスクーカムを素直に案じるソマリだったが。
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