上 下
16 / 52

サイベリアン王国での生活開始(8)

しおりを挟む
「私も婚約するまではそう思っていたのだけれどね。でも、細かいことを気にする人なら、私みたいな猫を愛でる女なんかと婚約しないでしょう?」
「――確かに」

 言われてみればその通りだ。離宮を用意し、不吉な猫と好き放題暮らせる環境を与えるなんて。規律を重んじるサイベリアン王国の王子としては、あるまじき行為である。

「私に一目ぼれしたってことらしいのだけれど。あまり熱っぽいこともおっしゃってくれないし、一体何を考えているかわからないのよねえ」

 と、ソマリが首を傾げながら言う。

(うーん。でもソマリ様にこんなに自由な環境を用意してくれるっていうのは、やっぱり惚れた弱みなんじゃないかしら)

 コラットが離宮に来てから、まだスクーカムはここを訪れていない。それまで王宮内で遠目でしか彼を見かけたことは無いが、常に鉄仮面を被っていたしほとんど喋らないので、人柄に関しては未知だった。

 今まで猫のことしか頭に無かったコラットだったが、スクーカムとソマリの関係が気になりだし、彼の訪れが少し楽しみになった。

「ただね、スクーカム様は猫が苦手みたいで……。まあ一般的には悪魔の使いだと思われているから仕方がないと思うけれど。いつも猫を見ると苦しそうに呻くのよ。でも、ここを訪れると真っ先にチャトランを見に行くし……。何がしたいのかよくわからないのよね」
「はあ……」

 確かにそれはよくわからないなとコラットが思っていると、ちょうど玄関の方から物音がした。ちょうどスクーカムがやってきたらしい。

 玄関先で簡単に挨拶をかわし、侍女のコラットの自己紹介が終わると、ソマリはスクーカムを広間に案内した。

 そして、テーブルについたふたりにお茶とお菓子を用意しようとするコラットだったが。

「チャトランは元気か。様子を見せてくれないか」

 きっと鉄仮面の下は美しい顔をしているのだろうなあと想像できるような、透き通るような美声でスクーカムは言った。

「えっ。お茶とお菓子は召し上がらないのですか? 今、コラットが用意しようとしていたのですけれど……」
「ありがとう。しかし後ほどいただきたい。まずはチャトランだ」

 一切迷う様子もなく、スクーカムがそう告げる。

(悪魔の使いである猫を警戒しているのかな? ソマリ様の身を悪魔から守るため、とか……?)

 スクーカムの言動についてコラットがそう考えていると、ソマリは椅子から立ち上がった。

「かしこまりました。チャトランは寝室で日向ぼっこをしながら眠っています。昼寝している猫ちゃんを起こすわけにはいかないので、恐れ入りますがスクーカム様の方がご移動をお願いいたします」
「わかった」

 ソマリの申し出に、スクーカムは頷く。

 猫をスクーカムの前に連れてくるのではなく、スクーカムを猫のいる方へ移動させるなんて。
 立場を考えるとありえないが、何よりも猫を愛するソマリにとってみれば、猫が最優先なのである。昼寝中の猫を起こすなど、言語道断なのだろう。

(ソマリ様に惚れているスクーカム様も、彼女が猫至上主義であるってことは重々承知しているってことなのかな)

 寝室へスクーカムを案内するソマリの後を、コラットもついていく。そしてソマリが寝室の扉を開けると。

 鉄仮面を被ったスクーカムは、いまだに伸びきっているチャトランの方に顔を向けると、仁王立ちした。
 しばらくの間、微動だにせず声も発さないスクーカム。チャトランを凝視しているようだった。

「あ、あの。スクーカム様。どうなさいました? 先ほどから棒立ちですが……」

 直立不動のスクーカムを不審に思ったのか、ソマリが怪訝な顔をして尋ねると。

「な、なんだあの長さは……。猫ってあんなに伸びるのか? 構造を考えるとおかしくはないか? 日光に照らされてキラキラに輝くふわふわの毛、あの幸せそうな寝顔……! ダメだ、苦しい。動悸がしてきた。くっ……」

 小さく呻くと、スクーカムはその場で片膝を立てた。本当に苦しそうだ。

「ス、スクーカム様!? 大丈夫ですかっ?」

 突然立っていられなくなったスクーカムを心配しているのか、ソマリが慌てた様子で声をかける。
 しかしコラットは、スクーカムの言動に不信感を覚えていた。

(ふわふわの毛、幸せそうな寝顔、とか言っていたわよねこのお方)

 無骨な軍人としてはありえない単語の連発だった。

 ソマリは体調不良を訴えるスクーカムのことを純粋に案じているようで、言葉の意味については気に留めていないようだが。

 すると、妙な動きをしたスクーカムのせいでチャトランが起きてしまった。立ち上がりかわいらしいあくびをしてから伸びをすると、鼻をふんふんとヒクヒクさせながら、人間達に近寄ってきた。

「う、うわわああああ。それ以上近寄るな! 破壊力が強すぎるっ……! 心臓が爆発して死んでしまうっ……!」

 まるで恐ろしいモンスターが迫ってきているかのような言動をし出すスクーカム。その体は小刻みに震えている。

「スクーカム様! お気を確かに……!」

 そんなスクーカムを素直に案じるソマリだったが。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...