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1巻
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金魚が泳ぐガラスドームのネックレス
こんな安っぽい恋愛ドラマみたいな展開、現実に存在するんだ。
私――紺茜は眼前の光景を眺めながら、他人事のように感心してしまった。
今日は、私の二十歳の誕生日だった。
数日前に年上の恋人・充から「授業が終わったら俺の家に来てよ。素敵なお店にエスコートするから!」と言われていたので、ルンルン気分で彼の家へ向かった。
ただし、受講予定だった講義が突然休講になったので、約束の時間より二時間早く。
事前にスマートフォンからメッセージを送っておこうかと思ったけれど、彼の家は大学の目と鼻の先だったので、何も連絡せずに行ってしまった。
インターホンを押すが反応がなく、留守なのかと思って一旦は立ち去ろうとした。
――しかし。
虫の知らせとでも言うべきか。このドアの向こうから、なんとなく不穏な気配がしてならない。
私は、安アパートの傷だらけのドアノブをおっかなびっくり回した。鍵はかかっていなかった。だから忍び足で入った。
彼の家は狭いワンルーム。入った瞬間、それは見えた。シングルベッドの上で、妖艶な女性と体を重ねている私の恋人の姿が。
しばらくの間、無言で彼らの行いを見ていると、体勢を変えた充と目が合った。みるみるうちに青ざめていった彼は、次の瞬間、陳腐なセリフを口にした。
「茜! ち、違うんだ! これはっ!」
言い訳を口にする充の背中を、後ろから抱きしめる女は、私を見て勝ち誇ったように笑う。
――はあ。そんな顔をされましてもねえ。どうぞどうぞ、もういらないので持っていってくださって結構ですよ。
友達の紹介で知り合った二歳上の充。出会った時から、テンプレイタリア人のようにアピールが激しくて、流されるように恋人同士になった。
優しかったし、話も面白かったので、それなりに楽しく付き合っていた。彼に対して、燃えるような恋心を抱いていたわけではないけれど、好きだったと思う。
だけどそんな気持ちはもう微塵も残っていない。
いや、残っていないことにしよう。
浮気した男と付き合いを続けられるほど、私は器用な人間ではない。
「バイバイ」
私は満面の笑みを浮かべて、充に向かって断言する。途端に、彼が「ひっ」と喉の奥で悲鳴を上げた。きっと私の笑みに黒い影を見たのだろう。
充は、絡んでいる女の手を振り払うと、ベッドから勢いよく飛び出てきた。そして私の肩をがしっと掴むと、切なそうに顔を歪めてこう言った。
「これは一時の気の迷いっていうか……。俺には茜だけなんだ。頼む、許してくれ」
私に懇願する彼の言葉の後に、「えー! 何よそれ、聞いてない!」なんていう、耳障りな女の声が続く。
――まあ! やっぱりその女はただの遊びで、本当に愛しているのは私なのね。
なんてこと、思うわけがないだろう、この馬鹿!
「汚い手で触らないでくれる?」
笑顔のまま、充の手を思いっきり振り払う。ほんの十分前まで好きだった温かい手は、私の中で一気に不浄の物へと成り下がった。
っていうか、全裸で縋りついてこられてもねえ。写真に撮って、変なタグ付けをしてSNSにアップしたいくらいである。やらないけど。
私は充に背を向けて、つかつかと歩いて部屋を後にした。歩いている間、下種男の喚き声が聞こえた気がしたけれど、きっと空耳だと思う。
そのまま私は、大学近くのバス停で自宅方面に向かう路線バスを待つ。幸い、数分で来てくれた。
私の家は繁華街から離れた山奥の集落の一軒家だ。大学までバスで五十分はかかるから不便ではあるが、賃貸ではないので家賃はかからない。
バスの一番後ろの座席に座り、私は外を眺めた。窓の風景は、賑わいを見せる繁華街から、夏らしい青々とした田んぼが多くなり、次第に周囲が木々に囲まれていく。
見飽きたその風景がいつの間にか滲んでいった。気づいたら、私の目が湿っている。
それを拭い、私は生まれて初めての恋人との別れに、無理やり踏ん切りをつけた。
* * *
「ただいまー……」
建て付けの悪い古びた引き戸を開けながら、私は覇気のない声で言う。返事がないことはわかっているけれど、昔からの癖で言ってしまうのだ。
背の高い塀で囲まれたこの家は、母屋の他に、軽いボール遊びならできそうな大きな庭と、正体不明な物がたくさん放置されたままになっているかなり古い蔵がある。
母屋は、分厚く真っ黒な瓦屋根の載った木造平屋造りだ。正確な年数はわからないが、築五十年は軽く超えているだろう。
中には六つも畳敷きの和室があるけれど、常に使っているのはそのうちの三つで、私ひとりで住むには広すぎるくらい大きな家である。
元々は母方の大叔母の持ち家で、私にとっては忘れられない思い出の家だ。
物心がつくかつかないかの頃に両親を事故で亡くした私は、親戚をたらい回しにされるというありがちな経験をしている。そして、大叔母が元気だった頃、一年くらいここに住んでいたこともあった。
独身の大叔母は優しくて心が広くて、この家はとても居心地がよかった。庭にはこの辺を縄張りにしている猫が常に何匹か来ていて、よく私は猫と大叔母と家族ごっこをして遊んでいた。
大叔母が病気になって私の面倒をみられなくなり、別の親戚の家に引き取られることになった時は、号泣したのを覚えている。
できることなら、ずっとこの家にいたかった。しかし、当時まだ十歳だった私に、自分の身の振り方を決める権利などあるはずもなかった。
その後、紆余曲折の末なんとか成人を迎えた私だったが、この家で過ごした温かな日々を、どうしても忘れることができなかった。
そして、大叔母亡き後、ずっと空き家になっていたこの家に、大学進学と同時に住まわせてもらうことになったのだ。
家に入った私は、荷物を置くなり、真っ先に脱衣所へと向かった。浮気男に触れられた左肩を、一刻も早く洗い流したかったからだ。
バランス釜のつまみを、カチカチと音を鳴らしながら回して湯沸かしをする。この昭和の遺物を、私と同世代の人はあまり知らないようだ。
バランス釜とは、バランス型風呂釜の通称で簡単に言えば、ガスを使った給湯器のことだ。シャワーの水圧が弱く、すぐにお湯も冷めてしまうけれど、そこまで不便は感じない。
お湯が沸くまでの間、とりあえずシャワーで体を洗い流す。私はあの男に触れられた左肩を、石鹸で念入りに洗った。まるでお清めでもするような気持ちで。
気のすむまで洗って満足した時、ふと鏡に映った右肩の痣が目に入った。
物心ついた時から右肩にある、二センチ四方くらいの変な模様の痣だ。どことなく猫の肉球のような形に見えなくもない。
親戚の話によると、生まれた時に痣はなかったそうだ。もしかしたら、幼い時に怪我でもしたのかもしれない。
入浴後、すぐに寝てしまおうかと思ったけれど、この心の乱れようでは、入眠までに時間がかかる気がした。
そこで私は、ある部屋へ向かった。
その部屋に入った瞬間、鼻を刺すような樹脂の臭いがした。一般的にはあまりいい臭いではないけど、私にとっては慣れ親しんだ落ちつく臭いだった。
六畳ほどの和室には、大叔母が放置していた桐箪笥や、私が最近買った安物のキャスターなどが所狭しと並んでいる。部屋の奥にある机の上には、工具やUVライトが出しっぱなしになっていた。
「さて……今日は何を作ろうかな」
机の引き出しを開けて、中に入っているパールやビーズ、ホログラムなどのキラキラしたパーツを眺める。ここは、アクセサリーなどを作るための作業部屋なのだ。
私はアクセサリー作りを趣味としていた。それは、子供の頃にリリアンやビーズ細工を教えてくれた大叔母の影響だった。
UV光でレジンを固めたり、樹脂粘土やプラバンを使ったアクセサリー作りは、時間の経つのも忘れて没頭してしまう。
しかも、最近ではただの趣味ではなくなってきていた。
というのも、大学に入学したての頃、できの良かったアクセサリーを試しにネット通販サイトで販売してみたところ、あっという間に完売してしまった。
それ以来、アクセサリーによる稼ぎが、私の食費や光熱費となっている。最近では顧客も増えてきていて、他にアルバイトをしなくてもいいくらいの利益が出ていた。
――今日はひたすらアクセサリーを作り続けよう。そうすれば、あの忌々しい男のことなんて、どっかに消え失せてくれるだろう。
それから数時間、私は集中してアクセサリーを作り続けた。透明なレジンの中にパールやドライフラワーを封じ込めたヘアゴムや、樹脂粘土で作ったマカロンをモチーフにした子供用のペンダント、ビーズを繋げたシンプルなピアスなど、販売用のアクセサリーが次々とでき上がっていく。
作業が一段落し、満足感を味わっていた時だった。
――ん?
外で何か物音がしたような気がした。
来客だろうか? この集落に住む人の大半は、何世代も前からここに定住している顔見知りだ。みんな親戚のような感覚でいるからか、平気で他人の家に上がり込む。
大叔母の親戚である私のことも、そう思ってくれているのは嬉しいけれど、田舎ならではの風習にはやっぱりちょっと困ってしまう。
まあ、ご近所さんはみんな気のいい人たちだし、円滑な近所付き合いのためには、やめてほしいなんて言えないのだけど。
私は障子を開けて、縁側へ出る。案の定、庭に人影があった。すでに午後九時を回っていたため、暗くて誰かは判別できない。
だけど、こんな山奥に泥棒なんてめったに出ない。やっぱり近所の誰かだろう。回覧板でも届けに来たのだろうか、と私は小さく嘆息する。
「あの、何かご用ですか?」
私はその人影に向かって、声をかけた。するとその影がゆっくりと振り返る。作業部屋から漏れる光が、その人物の顔を照らし出した。
――その瞬間、私は息を呑んだ。
一見、鋭く見えそうな切れ長の瞳には、穏やかな光が浮かんでいる。驚くほど整っている色白の顔は、女性と見まがうほど美麗だ。しかし、百八十センチはありそうな長身と平坦な胸、灰色のシンプルな男物の着流しを着ていることで、彼が男性であるとわかる。
二十五歳前後に見える彼は、カラーコンタクトでも入れているのか、美しい新緑の瞳をしていた。スッと通った鼻筋に、形のいい薄い唇。黒い短髪はサイドの長さが左右で違っている。よく見ると、橙色のメッシュがところどころに入っていた。
首には黒い首輪のようなチョーカーをしている。
――え? どういうこと? なんでこんな神秘的な超絶和風イケメンが、ウチの庭にいるわけ?
「あ、あの。ご近所の方……ですか?」
想定外の来訪者に、私は少しだけ警戒しながら尋ねる。こんなド田舎には不釣り合いなイケメンではあるが、最終バスもとっくに通過している時間にここにいるということは、この辺の人で間違いないはず。
でも、今まで一度として見たことがないことを考えると、帰省か何かで集落を訪れた人だろうか。それとも、引っ越してきた人とか?
相手についていろいろ考える私だったが、彼は艶っぽい唇を開いて、爽やかなイケボで言った。
「近所……というよりは、親族かな? 君の」
素敵な美声に一瞬心地よくなったが、言われた言葉の意味がわからず、首を傾げてしまう。
「…………はあ?」
親族……って? この人が?
記憶を必死に探って、会ったことのある親戚を思い出そうとする。
だけど、親戚同士の集まりで、このイケメンの顔を見たことは一度もなかった。
もしかしたら、私の知らない遠縁の親戚なのかもしれない。さすがにすべての親族を把握しているわけではないし。
「そうなんですか。……私とは初対面のようですけど」
こんなイケメンなら、一度でも顔を合わせていたら絶対に記憶に残っているはずだ。
「初対面? まさか。何を言ってるんだい? 僕はずっとこの日を待っていたんだよ」
まるで恋人に愛を囁くような色っぽい目つきをして、穏やかに彼が言う。かっこいいなあこの人と思いながらも、やはり言っていることがわからない。思わず私は眉間に皺を寄せた。
――なんか、変わった人だな。
こんな山奥の家にピンポイントで訪ねてきたということは、大叔母と繋がりがある可能性が高い。だけど私には、本当に全く彼に心当たりがなかった。
不思議と怖そうな感じはないけれど、掴みどころがなくてちょっと変な印象を受ける。夜も遅いし、一度お帰りいただけないだろうか。
「あの、たぶん人違いかと思いますよ」
私は努めて優しくそう言った。すると彼は困ったように微笑んだ。
「約束を忘れてしまったのかい? 今日は茜の二十歳の誕生日だろう。ようやく昔の契りを果たす時が来たというのに」
「えっ⁉」
その言葉に私は虚を突かれた。
何故私の名前と誕生日と、さらには年齢まで知っているのだろう。
どうやら人違いではないようだ。しかし、やっぱり彼に関する記憶が一切ない。幼い頃に会ったきりで、私が忘れてしまっているだけなのか?
「申し訳ないんですけど、私はあなたのことを全く覚えていなくて。あと、契りってなんのことですか?」
本当に親戚なのかもしれないけれど、彼の目的が一向にわからないので、恐る恐る尋ねる。
すると彼は「ふっ」と鼻で小さく笑う。「仕方ないなあ、こやつめ」とでも言いたげな、どこか面白がっているような微笑み。
「昔、家族になろうと約束しただろう? 今日、茜が二十歳を迎えたことによって、やっと僕たちは結婚できるんだよ」
「けっ……⁉」
予想を大きく上回る単語が出てきて、思わず言葉を詰まらせてしまう。
なんでこのイケメンから、突然、契りだの結婚だの訳のわからないことを言われているのか、皆目見当もつかない。親族かどうかも怪しい気がしてきた。
ただ、確かなことがひとつだけある。
――こいつ、絶対やばい奴だ!
そうでなければ、いきなり結婚なんてワードが飛び出してくるはずがない。私とどこで出会い何を気に入ったのかは知らないが、新手のストーカーという可能性もある。
ストーカーなら、年齢や名前くらい調べているだろうし。
「婚礼の準備をしないとなあ。化け猫たちが大勢祝ってくれるよ」
ますます訳のわからないことを言い出した男から、私は一目散に逃げ出した。作業部屋に戻り、急いでガラス戸を施錠し、障子をぴしゃりと閉める。
やばいやばい。本当にあの人、やばい。
警察を呼ぼうか⁉ いや、でも実際に被害が出ないうちは動いてくれないって聞いたことがある。それに、パトカーがサイレンを鳴らして来た日には、近所中の噂になるだろう。せっかくのんびり暮らしているのに、居づらくなるのは勘弁だなあ……などと、作業部屋の中で頭を抱えていると。
「夫に対してひどい仕打ちだね」
「うわあ⁉」
いつの間にか、作業部屋に着流し姿のイケメンがいた。彼は、先ほど作成したアクセサリーや桐箪笥を興味深そうに眺めている。きっちり鍵は締めたはずなのに、一体どこから入ってきたというのか。
「ちょっ……! なんなのあんた! 不法侵入で訴えるよ⁉」
彼の物腰が柔らかなためか、不思議と恐怖感はなかった。しかし「一体全体お前は何者なんだ」という思いが強くて、口調が乱暴になってしまう。
「夫婦だから不法侵入も何もないと思うけど?」
「だ、だからっ! その意味がわからないからっ! 私は独身二十歳の女子大生ですっ! 誰かと結婚した記憶はとんとございませーん!」
「ああ、やっぱり忘れてるのか。でも大丈夫。僕はちゃんと覚えているから」
私が必死に訴えても、ニコニコ笑いながらさらりと流されてしまう。まさに暖簾に腕押し、糠に釘。
「あの! 私今、忙しいんで! その話はまた今度!」
よって、別の作戦に出ることにした。真っ向から彼の言っていることを否定しても聞いてくれないことがわかったので、とにかく出て行ってもらうように仕向ける。
――すると。
「なんだ、そうなのかい? 女子大生とやらも大変だね。それではまた後でね、茜」
柔和な笑みを浮かべてそう言うと、彼は私に背を向けてあっさりと作業部屋から出て行った。
よくわからないけど、意外に簡単に納得してくれてよかった……。私はひとり残された部屋で、安堵のあまりその場にへたり込む。
途端に、どっと疲れが湧いてきた。
今日は、恋人の浮気現場に遭遇して別れを決意した上、変な男に不法侵入されるというダブルコンボをお見舞いされたのだ。疲労困憊するはずである。
そう思ったら、急に眠気が襲ってきた。寝室に行く気力すらなかった私は、そのまま作業部屋の畳の上で眠ってしまったのだった。
* * *
懐かしくて、切ないけれど、ちょっと優しい。そんな遠い記憶を夢に見た。
これはいつのことだっただろう?
「みーくん……みーくん……」
私は泣きながら大叔母さんの家の縁側に座っていた。三毛猫のみーくんが「にゃあ……」と寂しげに鳴いて、私の膝へ乗ってきた。
みーくんは、その時の私の親友だった。ほとんどいつも一緒にいたと思う。
お父さんとお母さんを亡くした私が、大叔母さんの家で暮らすようになって一年が経った。
それまでは従兄弟の家や、独身の叔母さんの家で世話になっていた私。みんな最初は優しかった。しかし、次第に従兄弟は私を邪魔者扱いするようになったし、大人たちは私のいないところで「あの子、暗くてかわいくないわねえ」「いつまで家で面倒をみなきゃいけないんだ」なんて言っているのを知っていた。
だから私は、どこにいても心から馴染むことができなかったんだ。
だけど大叔母さんだけは違った。最初に「好きなだけここにいていいよ」と言ってくれた。それでも今までの経験から、なかなか心を開けない私に「一緒に編み物しようか」とか「リリアンやってみる?」と、いろいろなことに誘ってくれた。
少しふっくらとして小柄だった大叔母さんは、その小さな体から常に温かい雰囲気を醸し出していた。両親の死や他の親戚からの扱いによって、自暴自棄になっていた私の心を優しく溶かしてくれるような、そんな雰囲気を。
若い頃は大層美しかったのだろうと想像できる整った顔には、幾重にも皺が刻まれていた。その皺がより深くなる大叔母さんの笑顔に、嘘や偽りがないことを私は子供ながらに感じ取っていた。
彼女が心から私を受け入れてくれていることがわかって、大叔母さんが大好きになり、彼女の前では素直な子供になれたのだ。
大叔母さんの家の広い庭には、いつも何匹かの猫がいた。近所をうろついている猫たちは、優しく大らかな大叔母さんによく懐いているようだった。
育った環境からか学校でもなかなか友達ができなかった私は、その猫たちと大叔母さんが遊び相手だった。
お父さんとお母さんを亡くしてから初めて、心から安らぎを覚えたのがここでの暮らしだった。「大人になるまでここにいていいんだからね」と言う大叔母さんの言葉に、私は心の底から安心していたのだ。
――それなのに。
こんな安っぽい恋愛ドラマみたいな展開、現実に存在するんだ。
私――紺茜は眼前の光景を眺めながら、他人事のように感心してしまった。
今日は、私の二十歳の誕生日だった。
数日前に年上の恋人・充から「授業が終わったら俺の家に来てよ。素敵なお店にエスコートするから!」と言われていたので、ルンルン気分で彼の家へ向かった。
ただし、受講予定だった講義が突然休講になったので、約束の時間より二時間早く。
事前にスマートフォンからメッセージを送っておこうかと思ったけれど、彼の家は大学の目と鼻の先だったので、何も連絡せずに行ってしまった。
インターホンを押すが反応がなく、留守なのかと思って一旦は立ち去ろうとした。
――しかし。
虫の知らせとでも言うべきか。このドアの向こうから、なんとなく不穏な気配がしてならない。
私は、安アパートの傷だらけのドアノブをおっかなびっくり回した。鍵はかかっていなかった。だから忍び足で入った。
彼の家は狭いワンルーム。入った瞬間、それは見えた。シングルベッドの上で、妖艶な女性と体を重ねている私の恋人の姿が。
しばらくの間、無言で彼らの行いを見ていると、体勢を変えた充と目が合った。みるみるうちに青ざめていった彼は、次の瞬間、陳腐なセリフを口にした。
「茜! ち、違うんだ! これはっ!」
言い訳を口にする充の背中を、後ろから抱きしめる女は、私を見て勝ち誇ったように笑う。
――はあ。そんな顔をされましてもねえ。どうぞどうぞ、もういらないので持っていってくださって結構ですよ。
友達の紹介で知り合った二歳上の充。出会った時から、テンプレイタリア人のようにアピールが激しくて、流されるように恋人同士になった。
優しかったし、話も面白かったので、それなりに楽しく付き合っていた。彼に対して、燃えるような恋心を抱いていたわけではないけれど、好きだったと思う。
だけどそんな気持ちはもう微塵も残っていない。
いや、残っていないことにしよう。
浮気した男と付き合いを続けられるほど、私は器用な人間ではない。
「バイバイ」
私は満面の笑みを浮かべて、充に向かって断言する。途端に、彼が「ひっ」と喉の奥で悲鳴を上げた。きっと私の笑みに黒い影を見たのだろう。
充は、絡んでいる女の手を振り払うと、ベッドから勢いよく飛び出てきた。そして私の肩をがしっと掴むと、切なそうに顔を歪めてこう言った。
「これは一時の気の迷いっていうか……。俺には茜だけなんだ。頼む、許してくれ」
私に懇願する彼の言葉の後に、「えー! 何よそれ、聞いてない!」なんていう、耳障りな女の声が続く。
――まあ! やっぱりその女はただの遊びで、本当に愛しているのは私なのね。
なんてこと、思うわけがないだろう、この馬鹿!
「汚い手で触らないでくれる?」
笑顔のまま、充の手を思いっきり振り払う。ほんの十分前まで好きだった温かい手は、私の中で一気に不浄の物へと成り下がった。
っていうか、全裸で縋りついてこられてもねえ。写真に撮って、変なタグ付けをしてSNSにアップしたいくらいである。やらないけど。
私は充に背を向けて、つかつかと歩いて部屋を後にした。歩いている間、下種男の喚き声が聞こえた気がしたけれど、きっと空耳だと思う。
そのまま私は、大学近くのバス停で自宅方面に向かう路線バスを待つ。幸い、数分で来てくれた。
私の家は繁華街から離れた山奥の集落の一軒家だ。大学までバスで五十分はかかるから不便ではあるが、賃貸ではないので家賃はかからない。
バスの一番後ろの座席に座り、私は外を眺めた。窓の風景は、賑わいを見せる繁華街から、夏らしい青々とした田んぼが多くなり、次第に周囲が木々に囲まれていく。
見飽きたその風景がいつの間にか滲んでいった。気づいたら、私の目が湿っている。
それを拭い、私は生まれて初めての恋人との別れに、無理やり踏ん切りをつけた。
* * *
「ただいまー……」
建て付けの悪い古びた引き戸を開けながら、私は覇気のない声で言う。返事がないことはわかっているけれど、昔からの癖で言ってしまうのだ。
背の高い塀で囲まれたこの家は、母屋の他に、軽いボール遊びならできそうな大きな庭と、正体不明な物がたくさん放置されたままになっているかなり古い蔵がある。
母屋は、分厚く真っ黒な瓦屋根の載った木造平屋造りだ。正確な年数はわからないが、築五十年は軽く超えているだろう。
中には六つも畳敷きの和室があるけれど、常に使っているのはそのうちの三つで、私ひとりで住むには広すぎるくらい大きな家である。
元々は母方の大叔母の持ち家で、私にとっては忘れられない思い出の家だ。
物心がつくかつかないかの頃に両親を事故で亡くした私は、親戚をたらい回しにされるというありがちな経験をしている。そして、大叔母が元気だった頃、一年くらいここに住んでいたこともあった。
独身の大叔母は優しくて心が広くて、この家はとても居心地がよかった。庭にはこの辺を縄張りにしている猫が常に何匹か来ていて、よく私は猫と大叔母と家族ごっこをして遊んでいた。
大叔母が病気になって私の面倒をみられなくなり、別の親戚の家に引き取られることになった時は、号泣したのを覚えている。
できることなら、ずっとこの家にいたかった。しかし、当時まだ十歳だった私に、自分の身の振り方を決める権利などあるはずもなかった。
その後、紆余曲折の末なんとか成人を迎えた私だったが、この家で過ごした温かな日々を、どうしても忘れることができなかった。
そして、大叔母亡き後、ずっと空き家になっていたこの家に、大学進学と同時に住まわせてもらうことになったのだ。
家に入った私は、荷物を置くなり、真っ先に脱衣所へと向かった。浮気男に触れられた左肩を、一刻も早く洗い流したかったからだ。
バランス釜のつまみを、カチカチと音を鳴らしながら回して湯沸かしをする。この昭和の遺物を、私と同世代の人はあまり知らないようだ。
バランス釜とは、バランス型風呂釜の通称で簡単に言えば、ガスを使った給湯器のことだ。シャワーの水圧が弱く、すぐにお湯も冷めてしまうけれど、そこまで不便は感じない。
お湯が沸くまでの間、とりあえずシャワーで体を洗い流す。私はあの男に触れられた左肩を、石鹸で念入りに洗った。まるでお清めでもするような気持ちで。
気のすむまで洗って満足した時、ふと鏡に映った右肩の痣が目に入った。
物心ついた時から右肩にある、二センチ四方くらいの変な模様の痣だ。どことなく猫の肉球のような形に見えなくもない。
親戚の話によると、生まれた時に痣はなかったそうだ。もしかしたら、幼い時に怪我でもしたのかもしれない。
入浴後、すぐに寝てしまおうかと思ったけれど、この心の乱れようでは、入眠までに時間がかかる気がした。
そこで私は、ある部屋へ向かった。
その部屋に入った瞬間、鼻を刺すような樹脂の臭いがした。一般的にはあまりいい臭いではないけど、私にとっては慣れ親しんだ落ちつく臭いだった。
六畳ほどの和室には、大叔母が放置していた桐箪笥や、私が最近買った安物のキャスターなどが所狭しと並んでいる。部屋の奥にある机の上には、工具やUVライトが出しっぱなしになっていた。
「さて……今日は何を作ろうかな」
机の引き出しを開けて、中に入っているパールやビーズ、ホログラムなどのキラキラしたパーツを眺める。ここは、アクセサリーなどを作るための作業部屋なのだ。
私はアクセサリー作りを趣味としていた。それは、子供の頃にリリアンやビーズ細工を教えてくれた大叔母の影響だった。
UV光でレジンを固めたり、樹脂粘土やプラバンを使ったアクセサリー作りは、時間の経つのも忘れて没頭してしまう。
しかも、最近ではただの趣味ではなくなってきていた。
というのも、大学に入学したての頃、できの良かったアクセサリーを試しにネット通販サイトで販売してみたところ、あっという間に完売してしまった。
それ以来、アクセサリーによる稼ぎが、私の食費や光熱費となっている。最近では顧客も増えてきていて、他にアルバイトをしなくてもいいくらいの利益が出ていた。
――今日はひたすらアクセサリーを作り続けよう。そうすれば、あの忌々しい男のことなんて、どっかに消え失せてくれるだろう。
それから数時間、私は集中してアクセサリーを作り続けた。透明なレジンの中にパールやドライフラワーを封じ込めたヘアゴムや、樹脂粘土で作ったマカロンをモチーフにした子供用のペンダント、ビーズを繋げたシンプルなピアスなど、販売用のアクセサリーが次々とでき上がっていく。
作業が一段落し、満足感を味わっていた時だった。
――ん?
外で何か物音がしたような気がした。
来客だろうか? この集落に住む人の大半は、何世代も前からここに定住している顔見知りだ。みんな親戚のような感覚でいるからか、平気で他人の家に上がり込む。
大叔母の親戚である私のことも、そう思ってくれているのは嬉しいけれど、田舎ならではの風習にはやっぱりちょっと困ってしまう。
まあ、ご近所さんはみんな気のいい人たちだし、円滑な近所付き合いのためには、やめてほしいなんて言えないのだけど。
私は障子を開けて、縁側へ出る。案の定、庭に人影があった。すでに午後九時を回っていたため、暗くて誰かは判別できない。
だけど、こんな山奥に泥棒なんてめったに出ない。やっぱり近所の誰かだろう。回覧板でも届けに来たのだろうか、と私は小さく嘆息する。
「あの、何かご用ですか?」
私はその人影に向かって、声をかけた。するとその影がゆっくりと振り返る。作業部屋から漏れる光が、その人物の顔を照らし出した。
――その瞬間、私は息を呑んだ。
一見、鋭く見えそうな切れ長の瞳には、穏やかな光が浮かんでいる。驚くほど整っている色白の顔は、女性と見まがうほど美麗だ。しかし、百八十センチはありそうな長身と平坦な胸、灰色のシンプルな男物の着流しを着ていることで、彼が男性であるとわかる。
二十五歳前後に見える彼は、カラーコンタクトでも入れているのか、美しい新緑の瞳をしていた。スッと通った鼻筋に、形のいい薄い唇。黒い短髪はサイドの長さが左右で違っている。よく見ると、橙色のメッシュがところどころに入っていた。
首には黒い首輪のようなチョーカーをしている。
――え? どういうこと? なんでこんな神秘的な超絶和風イケメンが、ウチの庭にいるわけ?
「あ、あの。ご近所の方……ですか?」
想定外の来訪者に、私は少しだけ警戒しながら尋ねる。こんなド田舎には不釣り合いなイケメンではあるが、最終バスもとっくに通過している時間にここにいるということは、この辺の人で間違いないはず。
でも、今まで一度として見たことがないことを考えると、帰省か何かで集落を訪れた人だろうか。それとも、引っ越してきた人とか?
相手についていろいろ考える私だったが、彼は艶っぽい唇を開いて、爽やかなイケボで言った。
「近所……というよりは、親族かな? 君の」
素敵な美声に一瞬心地よくなったが、言われた言葉の意味がわからず、首を傾げてしまう。
「…………はあ?」
親族……って? この人が?
記憶を必死に探って、会ったことのある親戚を思い出そうとする。
だけど、親戚同士の集まりで、このイケメンの顔を見たことは一度もなかった。
もしかしたら、私の知らない遠縁の親戚なのかもしれない。さすがにすべての親族を把握しているわけではないし。
「そうなんですか。……私とは初対面のようですけど」
こんなイケメンなら、一度でも顔を合わせていたら絶対に記憶に残っているはずだ。
「初対面? まさか。何を言ってるんだい? 僕はずっとこの日を待っていたんだよ」
まるで恋人に愛を囁くような色っぽい目つきをして、穏やかに彼が言う。かっこいいなあこの人と思いながらも、やはり言っていることがわからない。思わず私は眉間に皺を寄せた。
――なんか、変わった人だな。
こんな山奥の家にピンポイントで訪ねてきたということは、大叔母と繋がりがある可能性が高い。だけど私には、本当に全く彼に心当たりがなかった。
不思議と怖そうな感じはないけれど、掴みどころがなくてちょっと変な印象を受ける。夜も遅いし、一度お帰りいただけないだろうか。
「あの、たぶん人違いかと思いますよ」
私は努めて優しくそう言った。すると彼は困ったように微笑んだ。
「約束を忘れてしまったのかい? 今日は茜の二十歳の誕生日だろう。ようやく昔の契りを果たす時が来たというのに」
「えっ⁉」
その言葉に私は虚を突かれた。
何故私の名前と誕生日と、さらには年齢まで知っているのだろう。
どうやら人違いではないようだ。しかし、やっぱり彼に関する記憶が一切ない。幼い頃に会ったきりで、私が忘れてしまっているだけなのか?
「申し訳ないんですけど、私はあなたのことを全く覚えていなくて。あと、契りってなんのことですか?」
本当に親戚なのかもしれないけれど、彼の目的が一向にわからないので、恐る恐る尋ねる。
すると彼は「ふっ」と鼻で小さく笑う。「仕方ないなあ、こやつめ」とでも言いたげな、どこか面白がっているような微笑み。
「昔、家族になろうと約束しただろう? 今日、茜が二十歳を迎えたことによって、やっと僕たちは結婚できるんだよ」
「けっ……⁉」
予想を大きく上回る単語が出てきて、思わず言葉を詰まらせてしまう。
なんでこのイケメンから、突然、契りだの結婚だの訳のわからないことを言われているのか、皆目見当もつかない。親族かどうかも怪しい気がしてきた。
ただ、確かなことがひとつだけある。
――こいつ、絶対やばい奴だ!
そうでなければ、いきなり結婚なんてワードが飛び出してくるはずがない。私とどこで出会い何を気に入ったのかは知らないが、新手のストーカーという可能性もある。
ストーカーなら、年齢や名前くらい調べているだろうし。
「婚礼の準備をしないとなあ。化け猫たちが大勢祝ってくれるよ」
ますます訳のわからないことを言い出した男から、私は一目散に逃げ出した。作業部屋に戻り、急いでガラス戸を施錠し、障子をぴしゃりと閉める。
やばいやばい。本当にあの人、やばい。
警察を呼ぼうか⁉ いや、でも実際に被害が出ないうちは動いてくれないって聞いたことがある。それに、パトカーがサイレンを鳴らして来た日には、近所中の噂になるだろう。せっかくのんびり暮らしているのに、居づらくなるのは勘弁だなあ……などと、作業部屋の中で頭を抱えていると。
「夫に対してひどい仕打ちだね」
「うわあ⁉」
いつの間にか、作業部屋に着流し姿のイケメンがいた。彼は、先ほど作成したアクセサリーや桐箪笥を興味深そうに眺めている。きっちり鍵は締めたはずなのに、一体どこから入ってきたというのか。
「ちょっ……! なんなのあんた! 不法侵入で訴えるよ⁉」
彼の物腰が柔らかなためか、不思議と恐怖感はなかった。しかし「一体全体お前は何者なんだ」という思いが強くて、口調が乱暴になってしまう。
「夫婦だから不法侵入も何もないと思うけど?」
「だ、だからっ! その意味がわからないからっ! 私は独身二十歳の女子大生ですっ! 誰かと結婚した記憶はとんとございませーん!」
「ああ、やっぱり忘れてるのか。でも大丈夫。僕はちゃんと覚えているから」
私が必死に訴えても、ニコニコ笑いながらさらりと流されてしまう。まさに暖簾に腕押し、糠に釘。
「あの! 私今、忙しいんで! その話はまた今度!」
よって、別の作戦に出ることにした。真っ向から彼の言っていることを否定しても聞いてくれないことがわかったので、とにかく出て行ってもらうように仕向ける。
――すると。
「なんだ、そうなのかい? 女子大生とやらも大変だね。それではまた後でね、茜」
柔和な笑みを浮かべてそう言うと、彼は私に背を向けてあっさりと作業部屋から出て行った。
よくわからないけど、意外に簡単に納得してくれてよかった……。私はひとり残された部屋で、安堵のあまりその場にへたり込む。
途端に、どっと疲れが湧いてきた。
今日は、恋人の浮気現場に遭遇して別れを決意した上、変な男に不法侵入されるというダブルコンボをお見舞いされたのだ。疲労困憊するはずである。
そう思ったら、急に眠気が襲ってきた。寝室に行く気力すらなかった私は、そのまま作業部屋の畳の上で眠ってしまったのだった。
* * *
懐かしくて、切ないけれど、ちょっと優しい。そんな遠い記憶を夢に見た。
これはいつのことだっただろう?
「みーくん……みーくん……」
私は泣きながら大叔母さんの家の縁側に座っていた。三毛猫のみーくんが「にゃあ……」と寂しげに鳴いて、私の膝へ乗ってきた。
みーくんは、その時の私の親友だった。ほとんどいつも一緒にいたと思う。
お父さんとお母さんを亡くした私が、大叔母さんの家で暮らすようになって一年が経った。
それまでは従兄弟の家や、独身の叔母さんの家で世話になっていた私。みんな最初は優しかった。しかし、次第に従兄弟は私を邪魔者扱いするようになったし、大人たちは私のいないところで「あの子、暗くてかわいくないわねえ」「いつまで家で面倒をみなきゃいけないんだ」なんて言っているのを知っていた。
だから私は、どこにいても心から馴染むことができなかったんだ。
だけど大叔母さんだけは違った。最初に「好きなだけここにいていいよ」と言ってくれた。それでも今までの経験から、なかなか心を開けない私に「一緒に編み物しようか」とか「リリアンやってみる?」と、いろいろなことに誘ってくれた。
少しふっくらとして小柄だった大叔母さんは、その小さな体から常に温かい雰囲気を醸し出していた。両親の死や他の親戚からの扱いによって、自暴自棄になっていた私の心を優しく溶かしてくれるような、そんな雰囲気を。
若い頃は大層美しかったのだろうと想像できる整った顔には、幾重にも皺が刻まれていた。その皺がより深くなる大叔母さんの笑顔に、嘘や偽りがないことを私は子供ながらに感じ取っていた。
彼女が心から私を受け入れてくれていることがわかって、大叔母さんが大好きになり、彼女の前では素直な子供になれたのだ。
大叔母さんの家の広い庭には、いつも何匹かの猫がいた。近所をうろついている猫たちは、優しく大らかな大叔母さんによく懐いているようだった。
育った環境からか学校でもなかなか友達ができなかった私は、その猫たちと大叔母さんが遊び相手だった。
お父さんとお母さんを亡くしてから初めて、心から安らぎを覚えたのがここでの暮らしだった。「大人になるまでここにいていいんだからね」と言う大叔母さんの言葉に、私は心の底から安心していたのだ。
――それなのに。
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