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終わる日常

あの時

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  リヴは両手を後ろに拘束されているので、満足に動く事ができない。
 負傷を覚悟で、廃教会を囲う塀に隠れようとしたが、ミラが炎を纏ったレイピアで風の刃をいくつか受け止めたので負傷は免れた。

「おい、ミラ……! 俺の拘束を解け!」
「いいや。攻撃魔法が使えない君は足手まといだ。私だけで何とかする」
「何とかって……!」

 ミラはリヴの言葉を最後まで聞かず、レイピアを構えながらアピの元へ向かう。

「ミラ!!」

 ミラは、リヴの生存が最優先事項だ。それを邪魔するのならば、アピの命を奪う事も厭わないはず。
 リヴは塀から身体を出そうとしたが、鋭い風魔法が横切った為、すぐに身を潜める。
 以前、ミラと対峙した時は、圧倒的にミラが有利だった。現在の我を失ったアピでは、簡単にレイピアで貫かれてしまう。

「リヴなんて死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」

 ティールの両腕を切断された時よりも、憎悪が感じ取れる。死ねという言葉は、誰からも生を望まれていない魔女の子の心を抉る。

(じゃあ、どうしてあの時殺さなかったんだよ)

 初めて会った時、アピは自分を殺さず、居場所を作ってくれた。例え、暗殺者と標的という歪んだ関係でも、アピに日常を教える生活は悪くないと思う自分もいた。
 あの日常があったからこそ、リヴは生きていて、魔女の子だとバレてしまっていても、生きたいと思っている。
 ——あのアピの言葉は、自分の弱い心を隠す為の偽りだ。いつも偽りで身を固めていたリヴには痛い程分かった。
 このまま、アピを殺されるわけにはいかない。リヴは意を決して、塀から身を乗り出す。風刃は、いくつも乱打されていた。リヴは意識を集中させ、タイミングを見計らう。——一つの風刃が、リヴの近くを通り抜けようとする。

(——今!)

 リヴは後ろに縛られた両手を風の刃の通り道に差し出す。

「……くっ!」

 風刃のお陰で縄を切る事はできたが、右手首も深く切られてしまった。このまま放置したら失血死一直線だ。
 だが、リヴは回復魔法に秀でた魔女の子。自身に回復魔法をかける。
 アピは以前「回復魔法は傷のなかった時に戻す」高度な魔法だと言っていたが、リヴは傷を癒す治癒魔法だ。これができるのは、リヴのような回復魔法に秀でた魔女の子だけだ。
 淡い紫色の光がリヴの右手首を包むと、深く切られた傷はみるみるうちに治癒されていく。治癒が終わったのを確認してから、リヴはミラの後を追う。

 ミラはアピの風刃を華麗にかわし、時にはレイピアで弾いて徐々に距離を詰めている。ミラも黙って防御をしているわけではない。彼女はレイピアを振り、アピへ向けて炎を放つ。
 アピは風魔法をうまく使い、空へと避難する。
 アピの葡萄色の瞳と、ミラの澄んだ青色の瞳の視線が交錯する。

「彼を殺されては困る。リヴは私の元で、魔道具の糧になってもらうんだ」
「そんなの知らない! 私の邪魔をするなら殺す!」

 アピはミラへ向かって憎しみをぶつけるかのように風の刃を何度も放つ。立て続けに魔力を消費すれば、疲れそうなものだが、アピにそのような素振りはない。流石暗殺者達を返り討ちにしただけある。
 しかし、アピは魔法を器用に使う事は苦手なようだ。重力魔法で押さえつけてしまえば、風刃で一発だというのに、それをしようとしない。
 もしかしたら、アピは言葉では殺すと言っているが、潜在意識では殺す事を躊躇しているのかもしれない。
 アピの言葉が本当なら、彼女は人を殺した事がない。それなのに、今その手を血に染めてしまうのはいけないと思った。

「アピ! 俺と同じになるな!!」

 思わず叫ぶと、アピの淀んだ瞳がこちらを睨む。攻撃の矛先は完全にリヴの方になった。アピは空中で身体をこちらに向けると、手をかざして風刃で攻撃をしてくる。
 リヴはナイフを取り出して、風刃を弾きながら前へと進む。だが、普通のナイフでは魔法の連撃に耐えきれずに折れてしまう。
 一陣の風がリヴの右頬を抉った。血が噴き出し、地面に大きな雫を落とす。

「……っ、あ……」

 一瞬だけ、アピの憎悪が水面を打つように揺らぐ。風刃もピタリと止まる。
 回復魔法が長けているリヴは、命さえ奪われなければすぐに治癒することができる。抉られた頬に手を添えると、紫色の光が傷を癒す。

「……っ、ふー……俺は大丈夫だ、アピ……」

 元通りになった頬を見せて、リヴは引きつった笑顔を見せる。引きつってしまったのは、笑顔を作るのが苦手だからなのだが、正直疲労感もある。
 魔女の子だからといって、高度な回復魔法を使っていれば魔力を激しく消耗する。このまま怪我を受け、回復魔法をかけていたら倒れるのはこちらだ。

「り、リヴ……」

 リヴの無事な姿に、アピの口元が僅かに緩む。やはり、彼女は人を傷つける事を恐れている。ティールに心を弄ばれて、攻撃をするしかなくなっている。
 アピの説得に光明が見えてきた、と思った時だった。

「困るな。この男は私の大切な魔女の子だ」

 レイピアから勢いよく発せられた炎を使い、ミラがアピのいる空中まで跳躍する。リヴに注意を向けていたアピは、我に返って何とか反撃しようとするが、焦って防御すらもとれない。

「ミラ! やめろ!!」
「出来ない相談だよ」

 リヴの静止虚しく、ミラのレイピアはアピの左胸を――

「はあい、残念」

 貫かなかった。何故なら、背後から現れた黒い触手にミラが拘束されたからだ。
「くっ……」

 黒い触手は、1本でミラの上半身を覆いつくせるくらいの大きさだ。拘束されながらも、ミラは首だけを動かして振り返る。
 そこには、腕を触手に変化させているティールの姿があった。

「ミラディアス様とあろう者が、こおんな簡単に捕まっちゃうなんてねえ。焦っちゃったのかなあ?」

 ミラはレイピアに再度炎を纏わせようとしたが、ティールに強く握られた為、思わず手を離してしまった。
 レイピアが地面に落ちる音が、虚しく響き渡る。

「フッフフ……あの時みたいだねえ」

 ティールは舌なめずりをしながら下卑た笑みを見せた。

「ティール……!」

 全く動こうとしていなかったのに、アピのピンチですぐに行動したようだ。
 リヴは勿論飛べないので、地上で成り行きを見ているだけしかできない。

「ボクさあ、あの時お前の秘密に気付いたって言ったじゃん? それ、お前が女だって事さあ。どんなに隠していても、体の違いは隠せないからねえ」

 かなり強い力で拘束されているようで、ミラの美しい表情が歪む。だが、青い瞳だけはティールを真っ直ぐと睨んでいた。

「あれえ? ボク、君の癇に障るような事言ったかなあ? ああー、そうか。それ、君のコンプレックスだもんね」

 ケラケラと笑うティールの言葉に、ミラの表情が何故か青ざめた。

「君がどうして魔女の子にこだわるか、ボク知っているよお」

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