ビジネス トリップ ファンタジー[ 完結]

秋雨薫

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4.パレードと秘密

魔法使いの心は

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  男の名乗った名前は、何度も耳にした。リュラの旦那であり、そして……

「ヒュウさん…王様……!?」

  このミレジカの王様だ。幽霊と思っていた彼の正体に燈は動揺を隠せなかった。

「そう、僕は魔女に呪いをかけられて眠っている。身体はベッドの中なんだけど、こうして精神だけは少しの間離す事が出来る」

  魔女の呪いにより眠り続ける王。リュラがひた隠しにしてきた、彼の容態。悲しそうに笑うリュラの顔が脳裏を過り、燈は先程までヒュウを怖がっていた事も忘れてずいと近寄った。

「あのっ…!  リュラさんに会ってください…!  リュラさんとても寂しい思いをしていると思います…!」

  精神だけとはいえ、リュラだって彼と会いたいはずだ。自分よりも真っ先に彼女へ会って話をして欲しい。しかし、ヒュウは儚く笑って首を振る。

「僕もそうしたい。…けれど駄目なんだ。彼女の瞳に僕が映らない。…きっとこの姿が見えるのはウィルと君だけだ」
「どうして……?」
「魔法使いのウィルには見る事が出来る。君は彼の魔法にかかった事があるだろう?  その時の名残が残っているんだろうね。ウィルの魔法を通して僕を見られる事が出来るらしい」

  そうでしょう、ウィル。と王が言葉を投げかけ、ようやく魔法使いがこちらに身体を向けた。いつもの笑顔は浮かべておらず、やや浮かない表情だ。ウィルは黙ったまま頷いた。

「そうしたらウィルがリュラさんに魔法をかけたらヒュウさんの事見えるようになるんですか…?」

  ウィルの魔法に何度かかかった自分に見えるという事は、魔法にさえかかれば見えるようになるのでは、という淡い希望を抱いて尋ねる。ヒュウはウィルに答えさせようと視線で促したが、魔法使いは視線を床に向けたまま動きそうになかったので、困ったように後頭部を掻いてから「えーっとね」と考えを巡らせる為視線を宙に彷徨わせた。

「それは無理だろうね。うーん、何て言えばいいのかな。燈はウィルの魔法が浸透しやすいっていうか…波長が合っているっていうのかな…。原理はよく分からないけれど、リュラだけではなく他の者にも僕の姿を見る事が不可能らしい」
「そんな…」
「夢の中だけ、彼女に会う事が出来るんだけどね、彼女には申し訳ないよ」

  ヒュウは優しい笑顔を浮かべていたが、一番会いたいと思っているのはきっと彼なのだろう。笑顔に何処か寂しさが見えた気がした。目の前にいるのに触れない、認識してもらえない、会話が出来ない。どれほど辛く、絶望している事か。
  リュラに言われた事を思い出す。ヒュウを目の醒めない悪夢から救って欲しい、と。燈は大きく頷くと王に一歩歩み寄った。

「ヒュウさん…!  私、私達がヒュウさんを絶対目覚めさせます…!  だからもう少しだけ待っていてください…!」

  燈の勢いにヒュウは垂れた目を丸めさせたが、やがて嬉しそうに微笑んだ。

「頼もしいね、燈。ありがとう」

  次の願いは、ミレジカの王を目覚めさせる事。国を揺るがす大きな願いだが、燈はただヒュウとリュラが夫婦として仲睦まじく暮らして欲しいという思いが強かった。

「…そろそろ時間かな。僕は消えるとしよう」

  自身の手を見つめて、ヒュウはポツリと呟く。そう言う彼の手は先程より透けて見えた。またね、と別れの挨拶を言ってから、王は「そうだ」と思い出したように燈に声を掛けた。

「燈。彼を…ウィルを怖がらないでやってくれないか」
「え…?」

  突然ウィルの名前が出てきて、燈は困惑しながら隣の彼の顔を見上げた。魔法使いの彼はずっと床を見つめていたが、名前を呼ばれてようやく視線をヒュウの方へ向けた。少しずつ消えて行く王の姿を見ても、ウィルは何も言わない。その姿に、ヒュウは悲しそうに微笑んだ。

「彼は優しい男だよ。心を、感情を魔女によって奪われてしまっただけで―だから燈。彼を信じてやってくれ―」
「え―?」

  それだけ言い残して、王は姿を消してしまった。そこには燈とウィルだけが残される。
  王がその場からいなくなっても、今度は恐怖で叫ぶ事は無かった。ただ、ヒュウが残した言葉が、ぐるぐると燈の脳を占める。
  魔女に呪いをかけられた王が話してくれたのは、魔法使いである彼も魔女によって奪われたものがあるという事。
  魔女は生命を創る事だけでは無く、他人の感情まで奪う事が出来るのか。それでも何と無く理解が出来てしまうのは、魔法使いの彼の感情が不自然に欠如しているところを何度も目撃しているからだろう。
  ヒュウが姿を消しても、ウィルは彼がいた空間を見つめ続けていた。その蒼い瞳は感情が籠っていないように見えたが、燈には哀しみが見えた気がした。

「ウィル…」

  思わず名を呼ぶ。ウィルはこちらに顔を向けて、口元だけ微笑む。最初は優しい笑顔だと思っていた表情。だが、今見ると、その笑顔に彼の感情は現されておらず、ただ無理矢理口角を上げているのが分かった。
  ミレジカの住人に向けられていた哀れみを帯びた視線。牛の獣人モウが言い掛けた言葉の真相。ウィルの事を話しにくそうなラビィ。全てが繋がった。
  彼らはウィルの感情が失われた事を知っており、それを哀れんでいた。

「……燈も見えるんだね、ヒュウが。…ヒュウに言われているんだ。リュラを混乱させてしまうから、見える事は内緒にしてくれって…」

  何事も無かったかのようにウィルは話を始める。燈は胸が張り裂けそうな気持ちになり、何度も首を振った。知らないとはいえ、彼に感情は無いのかと残酷な言葉を投げかけてしまった。本当に彼には感情が無いというのに。

「あの、ウィル…!」

  燈がウィルの言葉を遮って謝ろうとした時だった。

「先程の音はここからか!?」

  窓ガラスが割れた騒ぎに気が付いた城の従者達がこちらに向かって走って来た。シェルバーのような青い軍服のような衣装を着たねずみがわらわらと集まってくる。体長は20センチくらいだろうか。数は30以上いそうだ。ねずみが大量に迫ってくる光景に燈は思わず顔を青ざめさせたが、それは失礼だと思い、気を取り直して首を振った。

「魔法使いのウィル!  一体何があったんだ!?」
「妖精のいたずらさ」

  一番前にいた灰色のねずみが代表してウィルに尋ねると、彼はいつもの調子で答えた。ウィルは妖精が魔女の分身であるセイラだという事は言わないつもりのようだ。ねずみの質問攻めに遭うウィルの横で、燈は彼の横顔を見上げた。
  彼の表情はいつも通りで、綺麗な笑顔を浮かべている。だが、燈はそれが仮面のように思えた。彼の仮面は、魔女から感情を取り返さない限り外せないのだろう。
  感情は、魔女から取り返せるのだろうか。

(もし、それが出来るなら、ウィル。私はーー)

  燈は一人ある事を決心したのだった。
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